因果性 ヒュームの因果説

因果性

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/18 13:21 UTC 版)

ヒュームの因果説

西洋近代ではデイヴィッド・ヒュームが、「因果性とは、空間的に隣接し時間的に連続で、2種類の出来事が伴って起きるとき、この 2種類の出来事の間に人間が想像する(人間の心、精神の側に生まれる)必然的な結合関係のことである」とした。つまり、物事はたまたま一緒に起きているだけでも、人間が精神活動によって勝手に結びつきの設定をしている、という指摘を含んでいる。

因果規則性説

隣接し、連続して起きる2つの出来事は、「それを述べる普遍言明の文に組み込まれるとき、因果的に結びついている」とする。ヒュームの心理的要素を除き、その代わり statement 記述の生成という点に着目している説。科学の場で記述を作りだしてゆく方法やその問題点についての示唆も与えてくれる説である。

単称因果言明、因果律

人間というものは、あるいは人間の頭脳というものは、規則性の記述が現前になくても、いくつかの出来事を知覚・認知しただけで、それらが因果的に結びついていると考える強い傾向を持っている。

例えば、「この医者がお産に携わった事が、この妊婦の産褥熱を引き起こした」というstatement言明がある。この言明は、たとえ「お産への従事が、全て産褥熱を引き起こす」という普遍言明(全称命題)が偽であるにしても、それとは独立に真でありうる(可能性がある)。個々の出来事は、この言明が記述する順序で起きているためである。

個々の出来事の間に因果性の関係を設定するのは、人間の精神というものが、「全ての出来事には原因がある」という考え方、いわゆる「因果律」の考え方、を前提にしているからである。

人間は日常生活を送る上では、そのような考え方、つまり「全ての出来事には原因がある」とする考え方をして、特に問題は生じはしない。だが、いざそれが本当にそうなのか、正しく論証しよう、科学的に究明しようとすると、実は非常に困難である。それが困難であることは、歴史的には、カントによる論証の試みにも現れている。

人間が「全ての出来事には原因がある」という考え方、いわゆる「因果律」の考え方、を前提にしているのは当然である。なぜなら、実際に、全ての現象はそれが現実に発生する際には必ず因果関係を伴い、結果が発生する直前の原因を欠いて「何かが生起する」ということは起こり得ない。例えばボールが転がる際には、必ず誰かが投げるなり風に吹かれるなど、直前に何らかの原因がなければ「転がる」という結果は生じ得ない。人間の行動についても、何の動機(原因)も無く行為が現実に発生することはありえない(というのも、この結論に反対する者も、反対する動機が無ければ反対するという行為が起きないであろう)。上述の産褥熱の例でも、病気が現実に起こる際にも患者の抵抗力、体調、ウイルスの存在など、直前の原因を欠いて結果は発生し得ない。しかし、例えば植物が気候・土壌・日当たりなどの条件(原因)が揃って初めて果実を付ける(結果)のと同じで、複数の原因が複合して一つの結果をもたらすのが普通である。故に、「この医者がお産に携わった事が、この妊婦の産褥熱を引き起こした」という判断は、他の原因を除外し、一つの原因を結果に影響するよりも大きく考えている点で誤謬である。というのも人間は唯一、抽象的判断を行うことができる生物なのであるが、抽象的判断は一つの要素だけを個別に抽出して思考を行うという性質であるため、それを現実に生起している出来事に適用する際に、判断力(つまり、抽象的思考を現実に生起する現象に適用する過程)で、誤謬(つまり、因果関係の間違った解釈)を犯すことがあるからである。因果関係を必然的に伴うのは、抽象的思考によって推論された過去や未来の出来事ではなく、現在において現実的に発生している現象についてである。ゆえに、原因と結果の連鎖や究極の原因などの抽象的推論が誤謬と矛盾に陥ることは、カントも証明している。

因果律という考え方の反事実条件法への置き換え

「全ての出来事には原因がある」と「因果律」という考え方を採用するということは、宇宙全体の性質に関して、検証も無しに、形而上学的に非常に強い主張をしてしまうことになる[5]。このような主張を含んでしまうと、結局、証明も反証もできない言明をしてしまっているのと同じことになるので、(広く認められている反証主義の方法論を採用すると)これはもはや科学的言明ではない、ということになってしまうのである。

一般に、科学の世界では、もし途方もなく強い主張をする時は、途方もない主張を支えるに足るだけの非常に確たる証拠を示さなければならない、とされている。したがって、(科学的な方法を守り、科学的な記述を構築してゆくためには)このような主張(因果律)を含めずに済むならば、そのほうが良いのである[5]

また、「事象 x が、別の事象 y を引き起こした」という単称因果言明は、「この状況においては、事象 x がなければ、事象 y は起きなかったはずだ」という、条件法命題に置き換えると、「因果律」という、途方もない前提は含んでいない。

「この状況においては」という箇所の明示的な記述が必要となってくる。実は、これを厳密に行おうとすると、大きな困難が生じる。というのは、その状況というのは、つきつめると厳密には全宇宙の状態を記述しなければならないということになるからである。このように結局、因果性という概念は、本質的に形而上学的概念である[5]


注釈

  1. ^ つまり、現代の創発の概念にもつながるような発想の原稿。
  2. ^ 光学』において、「空間は sensorium dei(神の感覚中枢)」と記述している。

出典

  1. ^ Oxford Dictionaries
  2. ^ お酒の代謝能力の違い
  3. ^ a b c d e 大沼正則 (1978)
  4. ^ 平凡社『西洋思想大事典』(1990)【因果性】
  5. ^ a b c 『哲学・思想 事典』
  6. ^ a b 平凡社『世界大百科事典』 vol.7 p.7【因果律】。
  7. ^ 平凡社『西洋思想大事典』 (1990)【因果性】p.595。
  8. ^ Peskin, Schroeder (1995) Chapter 2 他。
  9. ^ a b 上田 (2004)
  10. ^ Einstein, Podolsky, Rosen (1935).
  11. ^ Kochen, and Specker (1967).
  12. ^ ボーア論文集 (1)
  13. ^ とある勘違い治療の実例”. 夏井睦 (2001年12月20日). 2017年11月10日閲覧。
  14. ^ Matute, Helena; Blanco, Fernando; Yarritu, Ion; Díaz-Lago, Marcos; Vadillo, Miguel A.; Barberia, Itxaso (2015). “Illusions of causality: how they bias our everyday thinking and how they could be reduced” (English). Frontiers in Psychology 6. doi:10.3389/fpsyg.2015.00888. ISSN 1664-1078. https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2015.00888/full. 






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