飯山鉄道(現・飯山線の一部)
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「買収気動車」の記事における「飯山鉄道(現・飯山線の一部)」の解説
1944年の飯山鉄道買収に伴い、中型の半鋼製ボギー式ガソリンカー7両が承継された。 買収前から鉄道省同様に「キハ」「キハニ」形式を称しており、戦時買収路線でもあって、形式変更は行われなかった。全車が、1949年(昭和24年)から1950年(昭和30年)にかけて地元・長野県内の上田丸子電鉄に払い下げられ、電車や電車付随車となっている。 キハニ1 - 5 (1931年 日本車輌東京支店製) キハ101・102 (1937年 日本車輌東京支店製) なお飯山鉄道のガソリンカーは、他に半鋼製小型4輪車のキハ51(南総鉄道線廃線に伴い、同社キハ103を1940年〈昭和15年〉に譲受。1932年〈昭和7年〉日本車輌東京支店製)が在籍していたが、現車は買収前に日立航空機立川工場の工員輸送用に譲渡されており、1944年(昭和19年)6月1日の国家買収後、後追いの形で同年7月26日付にて書類上の譲渡が為されている。従って買収対象とはなっていない。
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飯山鉄道
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地元の有志により発起された飯山鉄道は1917年に鉄道免許状が下付されたが資本金50万円に対し建設費車両購入費などでおよそ135万円かかるとされ市町村の寄付を見込んでも50万円が不足していた。鉄道院監督局は不足分を借入金で賄うことに危惧していたという。ところが沿線の信濃川に流入する中津川に水力発電所を計画していた信越電力(東京電燈と鈴木商店の共同出資のちに東京電燈に合併)がその建設資材の輸送手段として飯山鉄道を利用するために出資することになり株式の大半を保有することとなった。そして電源開発のため延長することになり資本金を300万円に増資した。1921年に豊野駅 - 飯山駅間が開通してからは発電所建設資材運搬のため下流の新潟県境へ延伸していくことになった。 1917年(大正6年)5月5日 飯山鉄道に対し鉄道免許状下付(上水内郡神郷村-下水内郡飯山町間)。 1920年(大正9年)3月20日 鉄道免許状下付(下水内郡飯山町-同郡岡山村間)。 1921年(大正10年)10月20日 飯山鉄道 が豊野駅 - 飯山駅間を開業、信州浅野(現・信濃浅野)・上今井・替佐・飯山の各駅および蓮・静間停留場を新設。 1922年(大正11年)9月15日 鉄道免許状下付(下水内郡岡山村-中魚沼郡十日町間) 。 1923年(大正12年)7月6日 飯山駅 - 桑名川駅間を延伸開業、信州平(現・信濃平)・戸狩(現・戸狩野沢温泉)・上境・桑名川の各駅および北飯山停留場を新設。 12月1日 桑名川駅 - 西大滝駅間を延伸開業、西大滝駅を新設。 1925年(大正14年)11月19日 西大滝駅 - 森宮野原駅間を延伸開業、横倉・森宮野原の各駅および信州白鳥停留場を新設。 1927年(昭和2年)8月1日 森宮野原駅 - 越後外丸駅間を延伸開業、越後田中・越後外丸の各駅を新設。 11月6日 越後外丸駅 - 越後田沢駅間を延伸開業、越後鹿渡・越後田沢の各駅を新設。 1928年(昭和3年)10月23日 信州白鳥停留場を駅に変更。 1929年(昭和4年)9月1日 越後田沢駅 - 十日町駅間を延伸開業し十日町線と合わせて現在の飯山線の区間が全通、越後水沢・土市・十日町(国有鉄道既設駅)の各駅を新設。 1930年(昭和5年)5月16日 伊達臨時停留場を新設。 1931年(昭和6年)9月16日 上桑名川停留場を新設。 10月16日 平滝停留場を新設。 1932年(昭和7年)5月25日 伊達駅を大黒沢駅に改称。 1934年(昭和9年)9月26日 平滝停留場を駅に変更。 12月23日 上境駅を野沢温泉駅に改称。 1936年(昭和11年)6月15日 大黒沢臨時停留場を廃止。 1937年(昭和12年)4月1日 足滝臨時停車場を新設。 8月9日 北外丸臨時停車場を新設。 1941年(昭和16年)9月9日 北飯山停留場を駅に変更。 1942年(昭和17年)8月13日 北外丸臨時停車場を駅に変更。 輸送・収支実績年度輸送人員(人)貨物量(トン)営業収入(円)営業費(円)営業益金(円)その他益金(円)その他損金(円)支払利子(円)政府補助金(円)1921 62,057 8,871 35,959 49,317 ▲ 13,358 1922 258,832 63,327 199,470 161,331 38,139 1923 413,129 79,851 299,577 219,318 80,259 雑損5,712 84,737 106,051 1924 465,883 37,608 246,638 222,819 23,819 雑損54 61,612 245,725 1925 487,730 38,926 255,427 194,429 60,998 27,112 243,076 1926 447,275 48,447 280,464 275,139 5,325 7,619 345,640 1927 470,093 40,094 279,403 318,907 ▲ 39,504 雑損5,390 36,824 347,789 1928 504,119 34,745 270,248 359,790 ▲ 89,542 118,988 350,651 1929 550,755 37,574 299,509 335,200 ▲ 35,691 雑損10,907 154,638 354,201 1930 496,082 30,286 242,235 327,571 ▲ 85,336 雑損5,617 169,720 355,167 1931 407,618 30,366 221,140 254,871 ▲ 33,731 雑損2,925 155,379 273,515 1932 382,504 42,170 206,379 206,665 ▲ 286 雑損371 154,793 216,545 1933 417,071 38,538 213,526 225,324 ▲ 11,798 雑損2,328 152,404 161,007 1934 462,998 45,994 228,767 198,674 30,093 雑損922 144,413 173,021 1935 445,603 49,460 227,550 197,070 30,480 自動車231 雑損償却金60,528 127,592 177,920 1936 509,736 69,507 297,164 227,974 69,190 自動車業3,527 雑損償却金147,373 106,325 186,158 1937 677,251 150,768 468,675 396,401 72,274 自動車業21,126 自動車業2,490雑損償却金149,485 91,041 153,019 鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版
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飯山鉄道
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「国鉄1225形蒸気機関車」の記事における「飯山鉄道」の解説
1920年に3両(製造番号17 - 19)が開業用に製造され、1 - 3と称した。これらは、飯山鉄道としては小型に過ぎたようで、全機が1944年(昭和19年)の戦時買収以前に他社に譲渡されている。 3は、記録上1941年(昭和16年)3月、熊延鉄道に譲渡され、同年5月5日付けで同社の7となっている。この機関車は、実際は飯山鉄道1で、熊延鉄道譲渡までの間に振り替えがあったようである。1953年(昭和28年)9月2日付で廃車となった。 2については、1944年に西武鉄道(初代)に譲渡されて2(2代)となった。1954年には日本ニッケル鉄道(後の上武鉄道(2代)に貸し出された後、1956年(昭和31年)4月に別府鉄道へ譲渡されて同社の7となった。当機は、同社の蒸気機関車としては5とともに最後まで残り、1967年(昭和42年)5月に廃車となった。 3と振り替えられた1については、日本ニッケル鉄道が1941年(昭和16年)の開業用として譲り受け、3と付番された。その後、一時的に元僚機の2と再会するという偶然もあったが、1962年(昭和37年)まで使用され、1965年(昭和40年)2月5日付で廃車された。
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