論理の三要素についての補足
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/17 06:31 UTC 版)
「IMRAD」の記事における「論理の三要素についての補足」の解説
IMRADと論理の三要素(三角ロジック)の関係を論じる前に、三角ロジックそれ自身について、最低限のことを、本文脈に沿って推理小説(推理漫画)を例に概説する。 [例]比較的ポピュラーな『名探偵コナン』の場合で考えてみよう。この作品では、まず、何か事件が起こる。次に主人公の江戸川コナンは(誰かの口を借りて)「犯人はあなただ」と言う。つまり、これが結論である。しかし、犯人とされた人間は大体とぼける。高木刑事あたりに至っては「まさか」と異を唱える。そこで、コナンは証拠物件(指紋の拭き取られたナイフそのもの、あるいはそのナイフが落ちていた場所など)を挙げるが、これだけでは、読者もよく分からない。つまり、根拠となる事実というのは、それ単独では結論を支持しているかどうかはおおよそ分からない。そこでコナンはその証拠物件が、証拠物件たり得ていることを、多少強引ながらも延々と説明していく(例えば、自分が推定したトリックなどと比較する)。これが、推論過程である。 「結論」(主張)と「結果」(推論過程)と、「根拠」(データ、証拠物件)の関係は、特に初心者にとっては難しいため、推理漫画の例を挙げ、例解したが、論文における「結論」(主張)というのは、推理小説の結論とは異なり、Resultsで示したデータがどのような傾向を示しているのか、あるいは、どのような意味を持つのかを箇条書きしたものであったり、何らかのモデルを立てた場合には「XXのモデルとよく一致した(あまり一致しなかった)」等といった事柄を記述したものであり、データからある程度素直に導き出されるものであることが多いことに注意されたい。 [例]別の例として、マウスiPS細胞関する論文(必要に応じ、翻訳版も参照;西川伸一(翻訳)、ニシカワ&アソシエイツ(翻訳)「山中iPS細胞・ノーベル賞受賞論文を読もう―山中iPS2つの論文(マウスとヒト)の英和対訳と解説及び将来の実用化展望」一灯舎(2012年12月))を素材として、結論と証拠の関係を見てみよう。但し、ある程スキームへの当てはめをよくするため、日本学士院賞受賞理由 (パブリックドメインに属する文書)を参考にデフォルメした。作法に則って書かれている論文であれば、アブストラクトかイントロダクションあるいはコンクルージョンのいずれかを見れば以下のような論文の骨格に相当する情報を見ることができ、本論文の場合でも、サマリー(アブストラクトに相当)を見ると適切なオーバービューが得られる。 ●結論 4種類の遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)をレトロウイルスベクターによってマウス皮膚線維芽細胞に導入することにより、 [結論1]無限の増殖能と、 [結論2]生体のほぼすべての細胞に分化できる多能性(pluripotency) を有する細胞が得られた。 ●証拠(事実) [証拠1]この細胞を培養すると、ES細胞と同様の増殖能を有した。(要はヘイフリック限界を無視した増殖をする) [証拠2]この細胞は、ES 細胞と類似したコロニー形態を示した。 [証拠3]この細胞のマイクロアレイで遺伝子発現を調べたら、発現パタンがよく似ていた。 [証拠4]この細胞を免疫不全マウスの皮下に注射したところ三胚葉系に分化した組織を持つ奇形腫を作ることができた。 [証拠5]この細胞をマウス胚に注入することによってキメラマウスを得ることに成功した。(正確に言うと、 [証拠6]前記キメラマウスのあらゆる組織内に、この細胞に由来する細胞が見出され正常に機能していた。(これが多能性の証明の決定打である。ただ、原論文ではこの部分が非常に婉曲的で、煮え切らない表現になっていることに注意が必要である。煮え切らない表現になっている場合には、その理由に着目すべきであろう。因みに原論文のSummaryには、“Following injection into blastocysts,iPS cells contributed to mouse embryonic development.(胚盤胞に導入した後に、iPS細胞は胚発生に寄与した。)”というものすごく控えめな表現になっている。(つまり「キメラマウスが出来た」とは言っていない。)この論文の段階では「キメラマウスが出来たといえるか」については、議論があるようだが、論文読解法の解説のレベルで議論する限そう考えてもよいであろう。また、コアなレベルの専門家(山中教授を含むかもしれない)を除いて、充分キメラマウスと言うに値するものが出来ているというのが大方の見方であろう。原論文の表現がこのように煮え切れない言い方になっているのは、成功率の悪さと、出来た“キメラマウス”の性線にiPS由来の細胞が確認できなかったこと(のちに他のグループが成功している)による。)因みに原論文においては、キメラマウスに関して以下のように述べられている。 "We then introduced 2 clones of iPS-TTFgfp4 cells (clones3 and 7) into C57/BL6 blastocysts by microinjection. (我々が2つのiPS-TTFgfp4細胞のクローン(クローン3および7)を、顕微鏡観察下で注入したところ、C57/BL6マウスの胚盤胞に導入した。)[訳注:"iPS-TTFgfp4細胞"というのは細胞の名前。固有名詞と思ってもらってよい。/クローンというのは、ここでは、「均一な"iPS-TTFgfp4細胞"がいくらか得られているわけだが、その中の一つというぐらいの意味で、クローン人間とかいうのとは全然関係ない意味。コピーぐらいの意味でとってもよいであろう。/“C57/BL6マウス”はマウスの品種の名前。固有名詞と思ってもらってよい。]。With iPS-TTFgfp4-3, we obtained 18 embryos at E13.5, 2 of which showed contribution of GFP-positive iPS cells (Figure 6C). (iPS-TTFgfp4-3を用いた系において、E13.5に18匹の胎児が得られその内の2つにはGFP陽性のiPS細胞が寄与していることが示された(図6C参照)。[発生したマウス内でiPS細胞が分化しているとした場合、組織切片に紫外光を当てとGFPが光るようデザインされている。]Histological analyses confirmed that iPS cells contributed to all three germ layers (Figure 6D).(組織学的解析によって,iPS細胞が3胚葉のすべてに寄与していることが確認されか(図6D参照)). We observed GFP-positive cells in the gonad but could not determine whether they were germ cells or somatic cells.(我々は,生殖腺においてGFP陽性細胞を観察したが、一方でそれが生殖細胞か体細胞かを判定することは出来なかった.)" さて、証拠1,2が、結論1をサポートするのは自明として、証拠3-6が本当に結論2をサポートしているかは人によっては自明ではないかもしれない。無論、専門家のレベルにしてみれば、特に証拠6が決定打となって(実際にiPS細胞だけからvitroで心臓や肝臓を作れたという段階でなくても、多能性があることを主張可能であること)が自明であろうから、現論文ではいちいち証拠6が決定打だということをぐじぐじと説明していないが、「多能性の立証方法」そのものが問題となる時代であれば、証拠3-7が結論2をサポートしていることを説明するというのも、重要な考察の一つとなりえる。より強力な証拠として、完全なキメラ(本記事では[証拠6']が得られる)に加え、「[証拠7]さらに交配により全身がiPS 細胞よりなるマウスが得られた。こうした結果から、iPS 細胞はES 細胞と比べてほぼ同様の多能性を有することが確認された。」があれば(外国の他グループにて到達された)が、紹介した論文の中ではこれらはまだ成功していない段階だったので、それに伴う歯切れの悪さがある。(因みに、真偽が危ぶまれているSTAP細胞も同様の論理で多能性を示しているが 、こちらは第一報の段階で、上記の証拠7に相当する結果まで完全に示したと称しており、非常に歯切れがよい点で対照的である。) 主張(結論)や証拠となる事実は、論文ごとにまちまちで、類型化が困難であるが、推論過程の展開のさせ方については、一般的な論理の展開法のレベルで、ある程度の類型化が可能である。九州大学の井上奈良彦教授の講義ノートには、推論過程の展開のさせかたとして以下のパターンが説明されている。論文においても推論過程の展開方法それ自身は同様である。 類推: 帰納の一種。過去の類似の例を根拠とし、論じるべき対象においても同様のことが発生するだろうと結論する(ex.「チェルノブイリとスリーマイル島の原発が重大事故を起こした」という証拠を引用して根拠とし、「日本の原発も重大事故を起こすだろう」)。 一般化: 帰納の一種。複数の例から一般法則を導く。 相関関係: AとBとの間に成立する関係式等の指摘(駅の近くにはマクドナルドが立つ)。 因果関係: 相関関係があったときに、どちらが原因でどちらが結果であるのかまで言及する(駅があるとマクドナルドができる)。 論理の三要素については、厳密なところを言い出すと様々な異説がある。本記事による解説は、ジョージ W. ジーゲルミューラーらの文献(特に57ページ)に準拠している。即ち、「論拠 (warrant)」という言葉を、「推論過程 (reasoning process)」として扱っていて、「反証」や「限定」などについては、省略する立場をとっている。「論拠」という概念よりも「推論過程」という概念を重んじる立場や、「反証」や「限定」が、本質的ではないとする立場(三角ロジック)を採用している。
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