日本人は12歳とは? わかりやすく解説

日本人は12歳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 00:53 UTC 版)

ダグラス・マッカーサー」の記事における「日本人は12歳」の解説

公聴会3日目5月5日午前10時35分から始まり午前12時45分から午後1時20分まで休憩挟んだ後に、マッカーサー日本統治についての質疑が行われた。マッカーサーはその質疑の中で、人類の歴史において占領統治うまくいったためしがないが、例外としてジュリアス・シーザー占領と、自らの日本統治があるとし、その成果により一度民主主義享受した日本アメリカ側陣営から出ていくことはないと強調したが、質問者のロング委員よりヴァイマル共和政民主主義を手にしながらナチズム走ったドイツを例に挙げ質問受けた際の質疑下記の通りである。 RELATIVE MATURITY OF JAPANESE AND OTHER NATIONS Senator Long.(ロング上院議員Germany might be cited as an exception to that, however. Have you considered the fact that Germany at one time had a democratic government after World War I and later followed Hitler, and enthusiastically apparently at one time. (しかしドイツはそれに対す例外として挙げられるかも知れません。ドイツ一度第一次世界大戦の後に民主主義政府有したのに、その後一時熱狂的にヒトラーの後を追ったという事実をあなたは考慮しましたか?) General MacArthur. (マッカーサー元帥Well, the German problem is a completely and entirely different one from the Japanese problem. The German people were a mature race. If the Anglo-Saxon was say 45 years of age in his development, in the sciences, the arts, divinity, culture, the Germans were quite as mature. The Japanese, however, in spite of their antiquity measured by time, were in a very tuitionary condition. Measured by the standards of modern civilization, they would be like a boy of 12 as compared with our development of 45 years. Like any tuitionary period, they were susceptible to following new models, new ideas. You can implant basic concepts there. They were still close enough to origin to be elastic and acceptable to new concepts. The German was quite as mature as we ware. Whatever the German did in dereliction of the standards of modern morality, the international standards, he did deliberately. He didn't do it because of a lack of knowledge of the world. He didn't do it because he stumbled into it to some extent as the Japanese did. He did it as a considered policy in which he believed in his own military might, in which he believed that its application would be a short cut to the power and economic domination that he desired. Now you are not going to change the German nature. He will come back to the path that he believes is correct by the pressure of public opinion, by the pressure of world philosophies, by his own interests and many other reasons, and he, in my belief, will develop his own Germanic tribe along the lines that he himself believes in which do not in many basic ways differ from our own. But the Japanese were entirely different. There is no similarity. One of the great mistakes that was made was to try to apply the same policies which were so successful in Japan to Germany, where they were not quite so successful,to say the least. They were working on a different level. (まぁ、ドイツ問題日本の問題と完全に、そして、全然異なるものでした。ドイツ人成熟した人種でした。アングロサクソン科学芸術神学文化において45歳年齢達しているとすればドイツ人同じくらい成熟していました。しかし日本人歴史は古いにもかかわらず教えを受けるべき状況ありました現代文明を基準とするならば、我らアングロサクソン)が45歳年齢達しているのと比較して日本人は12歳の少年のようなものです。他のどのような教え受けている間と同様に彼等新しいモデル影響されやすく、基本的な概念植え付ける事ができます日本人新し概念受け入れる事ができるほど白紙近く柔軟性ありましたドイツ人は我々と全く同じくらい成熟していましたドイツ人現代国際的な規範道徳放棄したときは、それは故意よるものでした。ドイツ人国際的な知識不足していたからそのような事をしたわけではありません。日本人いくらかはそうであったように、つい過ってやったわけでもありません。ドイツ自身軍事力用いることが、彼等希望した権力経済支配への近道であると思っており、熟考の上軍事力行使したのです。現在、あなた方ドイツ人性格変えようはしないはずです。ドイツ人世界哲学圧力世論圧力と彼自身利益多くの他の理由によって、彼等正しいと思っている道に戻っていくはずです。そして、我々のものとは多く変わらない彼等自身考え路線沿って彼等自身信念ゲルマン民族作り上げるでしょう。しかし、日本人はまった異なりました。全く類似性がありません。大きな間違い一つドイツでも日本成功していた同じ方針適用しようとしたことでした。控え目に言ってもドイツでは同じ政策でも成功してませんでしたドイツ人異なレベル活動していたからです。) — p.312、Military situation in the Far East. Corporate Author: United States.(1951) この発言多く日本人には否定的に受け取られ日本におけるマッカーサー人気冷却化大きな要因となった(#マッカーサー人気の終焉)。当時日本人はこの発言により、マッカーサーから愛されていたのではなく、“昨日の敵は今日の友”と友情持たれていたのでもなく、軽蔑されていたに過ぎなかったことを知ったという指摘がある。 さらにマッカーサーは、同じ日の公聴会の中で「日本人は12歳」発言前にも「日本人全ての東洋人同様に勝者追従し敗者最大限見下げる傾向持っているアメリカ人自信落ち着き理性的な自制態度をもって現れた時、日本人に強い印象与えた」「それはきわめて孤立し進歩遅れた国民日本人)が、アメリカ人なら赤ん坊の時から知っている『自由』を初め味わい、楽しみ、実行する機会得たという意味である」などと日本人を幼稚と見下げて、「日本人は12歳」発言より強く日本人侮辱した取られかねない発言行っていた。 また、自分日本の占領統治シーザー偉業比肩する自負したり、「(日本マッカーサーが行った改革は)イギリス国民に自由を齎したマグナ・カルタフランス国民に自由と博愛を齎したフランス革命地方主権概念導入した我が国アメリカ独立戦争、我々が経験した世界偉大な革命とのみ比べることができる」と証言しており、マッカーサー証言で、自身日本成し遂げた考えていた業績弁護していたという解釈もある。 一方でマッカーサーは「老兵は死なず……」のフレーズ有名な1951年4月19日の上両院議員前にした演説では「戦争以来日本人近代史記録された中で最も立派な改革成し遂げた」や「賞賛に足る意志と、学習意欲と、抜きんでた理解力をもって日本人戦争残した灰の中から、個人の自由人格尊厳向けた大きな建造物建設した政治的にも、経済的にも、そして社会的にも、今や日本地球上にある多く自由国家と肩を並べており、決して再び世界信頼裏切る事はないであろう」と日本称賛しており、「日本人は12歳」発言日本人ドイツ人より信頼できることを強調したかっただけでマッカーサー真意がうまく伝わらなかったという解釈や、マッカーサーと関係が深かった吉田茂のように「元帥演説詳細読んでみると「自由主義民主主義政治というような点では、日本人はまだ若いけれど」という意味であって「古い独自の文化優秀な素質とを持っているから、西洋風文物制度の上でも、日本人将来の発展頗る有望である」ということ強調しており、依然として日本人対す高い評価期待変えていないのがその真意である」と好意的な解釈もある。なぜマッカーサーが「12歳と言って13歳」でなかったのかは、英語の感覚言えば12歳は「ティーンエイジャー」ではまだないということである。まだ精神年齢熟しきっておらず、新し事柄受け入れることが可能だ強調しているのである

※この「日本人は12歳」の解説は、「ダグラス・マッカーサー」の解説の一部です。
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