救命
救命活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 23:38 UTC 版)
事故発生後、洋一は直ちに馬場に待機していた救急車に乗せられて競馬場内の救護所に搬送され、当直の2人の医師と、馬主として毎日杯にケイシエルを出走させていた医師・内田恵司により救命措置が行われた。しかし舌からの出血が気管に流れ込み、呼吸障害による窒息死の危機が差し迫っており、この前日、まったくの偶然に納入されていた新たな医療機器のひとつである気道チューブを気管に挿入して気道の確保を行い、危機を回避した。しかし、瞳孔は散大し、血圧は低下、自発呼吸も極めて薄弱であったことから、3人の医師は、洋一が脳に深刻なダメージを負っており、早く医療設備の整った病院で治療しなければならないと判断し、救護所での応急的な処置を終えると、直ちに関西労災病院に搬送された。救急車には安田伊佐夫と松本善登が同乗し、2人とも搬送中の治療に協力した。病院へ到着後、安田から武田と裕美子に対して、洋一が落馬して入院する旨が伝えられた。しかしこの時点では、2人は怪我がそれほど重篤なものとは考えておらず、武田は「ああ、また落ちたのか」と漏らすなど、安穏としていた。徐々に容態は安定し、12月には、医師の許可を得て短期間ではあるが久々に自宅に戻り、正月を迎えた。
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