救難員
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救難員(きゅうなんいん、英語: JASDF medic)は、航空自衛隊の航空士職域の一つ。航空救難団の救難隊に属し、UH-60JやU-125Aなどの救難機に搭乗して、遭難者や傷病者の機内への収容などを担当する[1]。
注釈
- ^ 海上保安庁の潜水士が『海猿』と俗称されるのに対し、メディックは陸上でも活動することから『海猿であり山猿』と解説されることもある[3]。
- ^ 坂本 2018, pp. 186–189では年2回としている。
- ^ 2007年当時は岐阜病院で行われていたが[1][6]、同院は2022年に閉院した[7]。
- ^ このことから、「航空自衛隊の救難員を表すメディックという言葉の語源は、戦場でパラシュート降下を行なう医療技術を持った衛生隊員“Paramedic”に由来する」と解説するウェブページもあるが[13]、英単語としての“Paramedic”は、元来は(救難降下能力の有無に関わらず)衛生兵を指す言葉であり、後には民間で病院前救護を担当する要員をも指すようになった[14]。
出典
- ^ a b c d e f 杉山 2007, p. 89.
- ^ a b c d 航空幕僚監部 2006, p. 641.
- ^ 「夜間捜索訓練中に消息絶った救難ヘリ「最後の砦」 メディック…自衛隊随一の精強」『産経ニュース』産業経済新聞社、2017年10月18日。
- ^ 航空救難団. “救難員募集”. 2022年6月9日閲覧。
- ^ a b c d 航空幕僚長 空将 竹田 五郎『救難降下訓練生の取扱い等に関する達』(レポート)航空自衛隊、1979年6月22日 。
- ^ a b 杉山 2007, p. 83.
- ^ 自衛隊岐阜病院長 空将補 森本 浩吉 (2022年3月). “自衛隊岐阜病院閉鎖のご挨拶”. 2022年6月9日閲覧。
- ^ a b c d e f 杉山 2007, p. 86.
- ^ 航空幕僚長 空将 牟田 弘国『航空自衛隊の基本教育に関する達(登録報告)』(レポート)航空自衛隊、1966年7月1日 。
- ^ 杉山 2007, p. 70.
- ^ 杉山 2024.
- ^ a b c d e f 杉山 2007, pp. 72–75.
- ^ 赤城工業株式会社 (2012年). “航空自衛隊 航空救難団 救難教育隊”. 2022年6月10日閲覧。
- ^ “Paramedic”. Merriam-Webster.com Dictionary. Merriam-Webster. 2022年6月10日閲覧。
- ^ 杉山 2007, p. 115.
救難員
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航空自衛隊の職域で、不時着・墜落した搭乗員の捜索救難を主任務とし、災害派遣では民間人の救難活動にも従事する。 救難員候補である救難学生に選抜されると自衛隊病院での衛生教育の他、陸上自衛隊での落下傘降下訓練や海上自衛隊での潜水訓練を受け、空挺レンジャー課程を卒業するなど過酷な訓練を受ける。 パラシュートで降下し救助を行えることからParatrooper(英語版)の短縮形であるparaと衛生兵を意味するMedic(英語版)とを合わせパラメディック(Paramedic。パラレルのparaではない)やメディックとも呼ばれる。 航空救難団隷下の救難隊に所属し、全国に分散配置されている。
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