ユーロシティとは? わかりやすく解説

ユーロシティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/22 16:12 UTC 版)

ユーロシティのロゴ
ジュネーヴヴェネツィア行のユーロシティ37

ユーロシティ(EuroCity, 略称 EC)はヨーロッパにおける国際列車列車種別である。「ヨーロッパ都市間特急」などとも訳される。主要駅にのみ停車する優等列車であるが、一般に最高速度は200km/h以下であり、ICEなどの高速列車の運行されている国ではこれらに次ぐ種別と位置づけられている。

TEEや国際インターシティの後継といえる列車であるが、TEEとは異なり一等車二等車の双方を連結するのが原則である。

1987年の夏ダイヤから西ヨーロッパで運行を開始した。当時は夜行列車のユーロシティも存在したが、1993年ユーロナイトとして分離され、以後は昼行列車のみとなった。その後東ヨーロッパへ運行範囲を拡大する一方で、西ヨーロッパでは高速鉄道網の発達により減少傾向にある。

なおオーストリアオーストリア連邦鉄道では、1996年から同国内のみを走る列車にもユーロシティという種別を用いている[1]

歴史

前史

1974年-75年冬のTEE網

西ヨーロッパでは1957年一等専用の国際列車であるTEEの運行が始まった。TEEは最盛期の1974年冬ダイヤ期間には45往復(うち国際列車30往復)が運行され、11ヶ国を結んでいた[2]

しかし1970年代になると国際列車でも二等車の需要が増え、TEEの中にも二等車を含む通常の特急・急行列車に置き換えられるものが現れた。1979年には西ドイツの国内列車であるインターシティがすべて二等車を連結するようになり、元TEEであった国際列車の一部も西ドイツ国内ではインターシティ扱いされるようになった[3]

1980年6月1日のダイヤ改正から国際列車に対しても「インターシティ」の種別名が用いられるようになり、18往復の国際インターシティとされた[3]。その後も国際インターシティの新設やTEEから国際インターシティへの置き換えが進んだ。また1984年1月22日にはフランスパリスイスジュネーヴローザンヌを結ぶ国際TGVがインターシティ扱いされるようになった[4]

1986年冬ダイヤでは53往復の国際インターシティがあり、うち9往復はTGVであった。このとき国際TEEは4往復にまで減少していた[5]

ユーロシティの発足

1987年夏ダイヤにおけるユーロシティ網。
緑 : ユーロシティ(昼行在来線列車)
橙 : ユーロシティとして扱われる国際TGV
青 : ユーロシティ(夜行)
赤 : 国際TEE
灰色 : 国際インターシティ

1987年5月31日のダイヤ改正で、TEEや国際インターシティに代わる新たな種別としてユーロシティが発足した。種別名は当初EuroCity(英語)、EuroCité(フランス語)、EuroCitta(イタリア語)の3原語を併記する案もあったが、EuroCityの単独表記とされた[6]

列車がユーロシティとされるためには、以下のような条件を満たす必要があった。

  • 一等車、二等車とも空調設備を備える[7][8]
  • 食堂車を連結する[7][8]
  • 夜行列車の場合は寝台車クシェット(簡易寝台)車のみで座席車は連結しない[9]
  • 表定速度は90km/h以上[7]。ただし山岳路線では80km/hまで緩和される[8]
  • 主要な都市にのみ停車し、方向転換が行なわれる場合を除き停車時間は5分以下[7]
  • 真夜中から午前6時までは客扱いを伴う停車をしない[7]
  • 乗務員と停車駅の駅員は二か国語以上を話せること[7]
  • 国境通過時の出入国管理税関検査は車内で走行中に行なわれること。ただし国境駅を起終点とする場合はこの限りではない[7]
  • 動力は可能な限り多電源対応の電気機関車を用い、国境での機関車交換を不要とする[7]
  • 通常の運賃のほか、特急料金を徴収する[8]
  • 沿線に因んだ列車名をつける[8]

ただしすべての条件が必ずしも満たされていたわけではなく、昼行列車のおよそ4割が表定速度90km/h未満であった[6]。また停車時刻についても、6時以前に発車したり24時以降に終着駅に到着する昼行列車があり、夜行列車でも深夜に客扱いを行なうものがあった[10]

1987年夏ダイヤで運行されていたユーロシティは64往復で、うち7往復は夜行列車であった。これらの列車は13ヶ国(イギリスイタリアオーストリアオランダスイススウェーデン[注釈 1]スペインデンマーク西ドイツノルウェー[注釈 1]フランスベルギールクセンブルク)のおよそ200の都市を結んでいた[6]

昼行ユーロシティの多くは国際インターシティから変更されたものであるが、新たに設定された列車や、インターシティではない特急・急行列車からユーロシティになった列車もある。パリ - ブリュッセル間の「ルーベンス」、「イル・ド・フランス」はTEEからユーロシティになった列車であり、ユーロシティ化後も一等車のみの編成であった。この時のダイヤ改正でTEEラインゴルトアムステルダム - バーゼル)は廃止されており、国際TEEとして残ったのはゴッタルドのみとなっていた[6]

なおすべての国際インターシティがユーロシティになったわけではなく、モン・スニリヨン - ミラノ)、リーグレ(ミラノ - マルセイユ)、ノルトプライン(ハンブルク - フレゼリクスハウン)の3往復はインターシティのままであった[6]

東ヨーロッパへの拡大

チェコ国内を走るユーロシティ(2005年)

ユーロシティの誕生した1987年は東欧革命以前であり、ユーロシティは西側ブロック(ただしスイスとオーストリアも含む)でのみ運行されていた。しかし1988年夏にはEC「レハール」(ウィーン - ブダペスト)がハンガリーに乗り入れた[11][12]

東欧革命後、1991年夏ダイヤ改正でEC「アントニン・ドヴォルザーク」(ウィーン - プラハ)によりチェコスロバキア[注釈 2]がユーロシティ網に加わるとともに、パリ - フランクフルト・アム・マイン間の列車であった「ギュスターヴ・エッフェル」、「ハインリッヒ・ハイネ」がドレスデンまで延長され、旧東ドイツ地域にユーロシティが乗り入れた[13]1992年夏にはEC「ベロリナ英語版」(ベルリン - ワルシャワ)、「ミマラ」(ミュンヘン - リュブリャナ - ザグレブ)が新設されポーランドスロベニアクロアチアにユーロシティが乗り入れた[14]

さらに1993年夏ダイヤ改正でも中央・東ヨーロッパに新たなユーロシティが多数生まれた[15]。中でも「ウィンドボナ」(ベルリン - プラハ - ウィーン)と「ハンガリア」(ハンブルク - ベルリン - プラハ - ブダペスト)は、元は冷戦時代にはTEEに対抗して運行されていた東側ブロックの国際急行列車であった[14][16]

サービスの変遷

ユーロシティは発足時には一つの系統につき1から数往復程度の運行であったが[17]、後には国境を挟む主要区間で2時間間隔などの等間隔ダイヤを導入する例も現れ、例えばアムステルダム - ケルン間のユーロシティは1991年夏から2時間間隔となった[18]。一方でサービスが簡素化され、食堂車が廃止されて車内販売のみとなった列車も存在する[19]

また、2000年代に入ると列車名のないユーロシティも現れた。例えばパリ - フランクフルト・アム・マイン系統では2003年にユーロシティから列車名が外された[20]TEE以来の伝統を持つ列車名も多くが消滅した[21]

高速鉄道による置き換え

ブリュッセル南駅に停車するICEとタリス

1987年のユーロシティ発足当時は、フランススイスを結ぶ国際TGVもユーロシティの一部として位置づけられていた。しかし1992年に運行を始めたドイツ・スイス間のICEはユーロシティとはされず、二国間のユーロシティを置き換えていった[22][23]。TGVについても1995年に運行を始めたパリ - ブリュッセル系統などはユーロシティとはされず、これを引き継いだタリスもユーロシティとは別の種別である[23][19]。ただし1996年運行開始のフランス・イタリア間のTGV(2000年より「アルテシア」のブランド名を使用)はユーロシティとされ[24]、2010年現在においても"EuroCity Artesia"と表記されることがある[25]

このほか1996年からスイス・イタリア間で運行を始めた振り子式車両ペンドリーノ使用のチザルピーノもユーロシティとは別に位置づけられていた[注釈 3][26][27]。ただし同様にペンドリーノで運行されていたチェコ・オーストリア間やスロベニア・イタリア間の列車(いずれも2010年現在は廃止)はユーロシティであった[28]。また、2008年オーストリアで導入されたレイルジェットも周辺国との間のユーロシティを置き換えつつある[29]

また、一部区間がTGVで置き換えられて区間が短縮されるとともにユーロシティから格下げされたカタラン・タルゴのような例もある[23]。これらの影響で、西ヨーロッパからはユーロシティが姿を消しつつある。2010年時点では、ユーロシティの残っているのは中欧諸国のほかは高速化から取り残された系統が主になっている[19]。すでにイギリススペインオランダにはユーロシティが存在せず、フランスでは東部の一部に残るのみである。

車両

ユーロシティのほとんどは電気機関車の牽引する客車列車である。使用される客車は一般に各国のインターシティまたはこれに相当する優等列車用の客車である。複数の国の客車を混結した編成が用いられることもある[19][28]

少数ながら電車気動車によるユーロシティも存在する。用いられている車両は以下の通り。

  • IC3型気動車デンマーク国鉄) : ハンブルク - コペンハーゲン間のユーロシティで使用[28][30]
  • ETR610型/RABe503形電車(スイス連邦鉄道、トレニタリア) : ペンドリーノの一つで2009年からイタリア・スイス間のユーロシティに用いられている。元はチザルピーノ向けに製造されていた車両であるが、本格的な運行開始はチザルピーノの廃止後である[27]。RABe503形は2014年からスイス国鉄が導入している増備形。

またTGV Sud-EstおよびTGV Réseauを用いるパリジュネーヴミラノの間の国際TGVもユーロシティとみなされる[28]

過去にユーロシティに用いられていた電車には以下がある。

料金・座席指定

ユーロシティの利用には運賃のほか特急料金が必要である。ただしユーレイルパスなどの鉄道パスは特急料金分も含んでいる。座席の指定にはこのほか指定料金が必要である。ポーランドにおいてはユーロシティは全車指定席となっており予約が必須である[37]

イタリア発着のユーロシティとベルリン - ワルシャワ間の「ベルリン-ワルシャワエクスプレス」は包括運賃制度を採用しており、予約が必須であり切符の購入時期などによって料金が変わる[37]

主な系統

2014年現在

2010年冬ダイヤにおけるユーロシティ網(TGVを除く)。線の太さはその区間の列車数に対応する。

2014年-15年の冬ダイヤにおいて運行されているユーロシティ(TGVを除く)の主な系統は以下の通り。詳細は#列車一覧節を参照。

ブリュッセル - バーゼル

ベルギーブリュッセル南駅)からルクセンブルク市フランスメスストラスブールミュールーズなどを経由しスイスバーゼルに至る。1日2往復のユーロシティが運行されている。

かつての国際寝台車会社のプルマン列車「エーデルヴァイス」の経路の一部であり、TEE時代にもエーデルヴァイス、イリスが走っていた[38]。イリスはTEE時代と同じ列車名、ほぼ同じ区間で運行されている稀な例の一つである[21]

ハンブルク - コペンハーゲン

ドイツハンブルクハンブルク=アルトナ駅デンマークコペンハーゲンを結ぶ。途中プットガルテン(Puttgarden)とロービュ(Rødby)の間は車両航送が行なわれる[30]

同区間はIC3型気動車によるユーロシティ1往復のほか、ICE TD車両(605形気動車)によるICEも運行されており[30]、ユーロシティとICEを合わせれば2時間間隔の等間隔ダイヤとなっている[39]

ベルリン - ワルシャワ

ドイツのベルリンポーランドワルシャワの間では「ベルリン-ワルシャワエクスプレス」と名付けられたユーロシティが1日4往復運行されている[40]

ベルリン - ワルシャワ間の国際急行列車であった「ベロニナ」が1992年にユーロシティとなり[14]、その後1993年にVarsovia[15]1998年にPaderewskiが加わって3往復となった[41]2002年には固有の列車名がなくなり「ベルリン-ワルシャワエクスプレス」と総称されるようになり[42]2010年には一往復増発されて一日4往復となっている[33]

ベルリン - プラハ

ベルリンとチェコプラハの間ではドレスデン経由のユーロシティが2時間間隔で運行されている。一部はベルリンからハンブルクなどへ、またプラハからウィーンブラチスラヴァブダペスト方面へ延長されている[43]

プラハ - ブラチスラヴァ - ブダペスト

プラハからブジェツラフを経由してスロバキアブラチスラヴァまではベルリン方面からの直通列車を含め7往復が運行されており、2時間間隔の等間隔ダイヤとなっている。さらにブダペストまでは6往復が直通する[43]

フランクフルト・アム・マイン、ミュンヘン - クラーゲンフルト、グラーツ

ドイツのミュンヘンからオーストリアザルツブルクを経由してオーストリア南東部のフィラッハクラーゲンフルトあるいはグラーツに至る。ドイツ側では一部がフランクフルト・アム・マインなどまで直通する[44]

ミュンヘン - ビショフスホーフェン(クラーゲンフルト方面とグラーツ方面の分岐点)間では約2時間間隔でユーロシティ間が運行されている。ザルツブルクでのオーストリア国内列車との乗り継ぎを含めればミュンヘン - フィラッハ間は完全な2時間間隔となる[44][45]

ミュンヘン - イタリア

ミュンヘンからオーストリアのインスブルックを経由しイタリアヴェローナに至る。ヴェローナからはミラノヴェネツィアボローニャへ各1往復が直通する。ミュンヘン - ヴェローナ間では2時間間隔で運転される[46]

TEE「メディオラヌム」の走っていた路線であり、1987年に列車名を「レオナルド・ダ・ヴィンチ」と改めてユーロシティとなった。かつてはドイツ側ではドルトムントなどドイツ北西部へ、イタリア側ではローマへ直通していた列車もあったが、いずれも現存しない[47]

ハンブルク - バーゼル - クール

ドイツのハンブルクから、ルール地方およびライン川沿いを経由しバーゼルで国境を越え、チューリッヒを経てクールに至る。一日2往復のユーロシティが運行されている[48]

ハンブルク - バーゼル間はハノーファーフランクフルト・アム・マイン経由と比べて遠回りであり、さらにケルン - マインツ間もケルン-ライン=マイン高速線ではなく在来線を走行する。このためICEと比べるとハンブルク - バーゼル、チューリッヒ間では2時間以上、ケルン - バーゼル間でも1時間近く所要時間が長い[48]

バーゼルで国境を越える列車はTEEの時代から多数存在し、ドイツ側ではフランクフルト、ハノーファー経由ハンブルク方面やケルン経由オランダアムステルダムへ、またスイス側でもジュネーヴイタリアミラノなどへ直通していたユーロシティもあった。しかしこれらのほとんどは、ICEに置き換えられるかバーゼルを境に別の列車に分割されるかしている[22]

スイス - イタリア

2014年現在、スイスとイタリアを結ぶユーロシティには以下の4つの系統が存在する[49]

1987年のユーロシティ発足当時はジュネーヴ発着のシンプロントンネル経由の系統、バーゼルからゴッタルドトンネル経由の系統、チューリッヒからゴッタルドトンネル経由の系統が存在していた。ジュネーヴ発着系統はローザンヌでパリからのTGV(ユーロシティ扱い)と接続していた。またバーゼル系統はドイツのドルトムントあるいはハンブルクへ直通しており、チューリッヒ発着系統はシュトットガルトまで直通していた[51]

1996年からユーロシティとは別の列車種別としてチザルピーノの運行が始まった。一方の客車ユーロシティはインターシティに格下げされるものや逆にインターシティから格上げされるものがあり、一時南はローマまで、北はバーゼルからストラスブール経由ブリュッセルまで延長されていたものもある。また2004年からは客車のユーロシティもチザルピーノ社による運行となった[51]

2007年にレッチュベルクベーストンネルが開業したことでバーゼルとミラノの間の主要経路は同トンネル経由に移った[52]2009年にチザルピーノ社は列車の運行から撤退し、「チザルピーノ」の種別で運行されていた列車はユーロシティに変更された。またこのときからスイス・イタリア間のユーロシティはすべて振り子式電車となった[53]。2010年冬ダイヤ改正(12月12日)ではバーゼル - ミラノ - ヴェネツィア間(ゴッタルド経由)のユーロシティが新設されている[54]。当時はその他のゴッタルド経由のユーロシティはETR470型電車の運行であったが、この系統にはスイス連邦鉄道のETR610型電車が使用されている[55]

過去の系統

パリ - ブリュッセル - アムステルダム

フランスパリベルギーブリュッセルの間は、かつて最大6往復のTEEの運行されていた区間であり、1987年のユーロシティ創設時にも5往復(アムステルダムおよびケルンへ直通する各1往復を含む)が運行された。そのうち「ブラバント」と「ルーベンス」はユーロシティでありながらTEE時代と同様一等車のみの編成であった[56]

1993年からパリ - ブリュッセル間のみの列車は再度TEEに種別を変更した。これらの列車は1995年TGVに置き換えられて廃止された。さらに1996年にはEC「エトワール・デュ・ノール」(パリ - ブリュッセル - アムステルダム)が、1997年にはEC「ジャック・ブレル」(パリ - ブリュッセル - ケルン)がそれぞれ同区間のタリスに置き換えられて廃止され、パリ・ブリュッセル間からユーロシティは姿を消した[56]

2010年現在ではパリ - アムステルダム間はタリスがほぼ1時間間隔で、パリ - ブリュッセル間ではそれ以上の頻度で運行されている[57]。このほかブリュッセルとパリ以外のフランス各地を結ぶTGVも存在する[58]

パリ - ケルン、ドルトムント

1987年当時、パリと西ドイツ北西部のケルンドルトムントの間ではユーロシティが三往復運行されていた。うち2往復(「モリエール」: パリ - ドルトムント、「パルジファル」: パリ - ケルン)はベルギー南部経由であり、1往復(「ギュスターヴ・エッフェル」: パリ - ケルン)はやや遠回りのブリュッセル経由である[59]。ギュスターヴ・エッフェルはその後一旦急行列車に格下げされた後、1993年に「ジャック・ブレイユ」の名で再びユーロシティとなった[60]

これらはいずれも1997年にタリスに置き換えられて廃止された[59]。2010年現在ではパリ - ケルン間は直通のタリス5往復(2時間から4時間間隔)またはタリスとICEブリュッセル南駅で乗り継ぐことで連絡される[61]

パリ - フランクフルト、ルクセンブルク

1987年当時、パリ - フランクフルト・アム・マイン間には2往復のユーロシティがあり、うち1往復は途中メスルクセンブルク市への編成を分割していた。パリ - ルクセンブルク間にはこれとは別にもう1往復のユーロシティがあった[17]。パリ - フランクフルト間のユーロシティはその後増発され、一時はドイツ東部のドレスデンチェコプラハまで延長されていたものもあった[62]

2007年LGV東ヨーロッパ線開業時にパリ - フランクフルト間のユーロシティはICEに置き換えられて廃止された[63]。2010年現在同区間には一日5往復(平日)のICEまたはTGVがある。このほかタリスとICEをブリュッセルまたはケルンで乗り継ぐことでも連絡される[64][65]

パリ - ミュンヘン

パリとミュンヘンストラスブール経由で結ぶ経路では、TEEは一度も運行されたことはなく、ユーロシティも1987年時点では存在しなかった。しかし1989年に2往復(「モーツァルト」: パリ - ウィーン、「モーリス・ラヴェル」)がユーロシティとなった。パリ - ウィーン間の直通は2002年に廃止されたものの、パリ - ミュンヘン間やそのうちの一部のみを走るユーロシティは増発された[66]

2007年にこれらのユーロシティは、ストラスブール - ミュンヘン間の1往復を除いてTGVに置き換えられ廃止された[63]

パリ - バーゼル - チューリッヒ

かつてTEEアルバレートの走っていた区間であり、1987年にはアルバレートとル・コルビュジエの2往復がユーロシティとなった[67]

1997年6月にはル・コルビュジエがパリ - バーゼル間に短縮されてユーロシティではなくなり[68]、同年9月にはパリ - チューリッヒ間をベルン経由で結ぶTGV(のちに「リリア」のブランド名がつけられる)が新設されたことにともない、アルバレートも区間を短縮されてユーロシティではなくなった[67]。その後2007年のLGV東ヨーロッパ線開業にともない、パリ - チューリッヒ間のTGVはストラスブール、バーゼル経由となった[63]

リヨン - ミラノ

フランスのリヨンイタリアミラノフレジュス鉄道トンネル経由で結んでいたTEEモン・スニは1972年に一般の特急列車に格下げされたのち、1980年には国際インターシティとなっていた。しかし1987年には表定速度の遅さなどを理由にユーロシティとはされなかった[69]

1997年9月になって、振り子式車両ETR460電車が投入されるとともに、モン・スニとリヨン - トリノ間の2往復がユーロシティとされた。しかし2000年には客車列車に戻され、2003年にこの区間のユーロシティは廃止された[69]

ブリュッセル - ケルン

ブリュッセルとケルンをリエージュアーヘン経由で結ぶ路線は1984年ベルギー国鉄のインターシティB線とされ、2時間間隔の等間隔ダイヤで列車が運行されていた[70][60]。1987年には、この区間を含む列車のうちオーステンデ - ケルン間の「メムリンク」とパリ - ケルン間の「ギュスターヴ・エッフェル」の2往復がユーロシティとなった[60]

1993年にはブリュッセル - ベルリン間の「アレクサンダー・フォン・フンボルト」などが新設されて同区間のユーロシティは4往復となった。しかし1997年のタリスのケルン乗り入れにともないこれらのユーロシティは全て廃止された[60]

2002年から同区間ではタリスのほかICEも運行されている[60]。2010年現在ではタリスの運行区間はパリ - ブリュッセル - ケルン間、ICEはブリュッセル - ケルン - フランクフルト間である[64]

アムステルダム - ケルン、フランクフルト

オランダとドイツ(西ドイツ)をライン川沿いに結ぶ経路では、一時4往復のTEEが運行されていた。1987年にはアムステルダムとミュンヘンインスブルック(オーストリア)、クール(スイス)を結ぶ計3往復がユーロシティとなった。1991年には増発されてアムステルダム - ケルン間では2時間間隔の等間隔ダイヤとなった[71]

これらのユーロシティは2000年11月にICEに置き換えられて廃止された。ICEの運行区間は当初ほとんどがアムステルダム - ケルン間のみであったが、2002年のケルン-ライン=マイン高速線開業にともないアムステルダム - フランクフルト間に延長された[71]。2010年現在ではアムステルダム - フランクフルト間で6往復(平日)、アムステルダム - バーゼル間に1往復のICEがある[72]

フランクフルト - ウィーン

ドイツ(西ドイツ)とオーストリアの国境をパッサウで越える経路では、1987年に「プリンツ・オイゲン」(ハンブルク - ウィーン)と「ヨハン・シュトラウス」(ケルン - フランクフルト - ウィーン)がユーロシティとなった[17]。その後1989年には「フランツ・リスト(Franz Liszt)」(ドルトムント - ブダペスト)が加わっている[73]1991年にはパッサウ経由のユーロシティは2時間間隔の等間隔ダイヤとなった[74]

プリンツ・オイゲンは1998年にICEに置き換えられ、2003年にはさらに1往復のユーロシティがICEに置き換えられた[75]。そして2007年に同経路のユーロシティはすべてICEに変わり、同時にブダペストへの直通列車もなくなった[76]

ミュンヘン - ウィーン

ミュンヘン - ウィーン間の列車がTEEになったことは一度もなかったが、1987年には同区間の「スタチャス」がユーロシティとなった[17]。その後パリ - ウィーン間の「モーツァルト」やミュンヘン - ブダペスト間の「バルトーク・ベーラ」なども加わったが、2002年にはユーロシティはミュンヘン - ウィーン間とミュンヘン - ブダペスト間の2往復のみとなった[77]。そして2009年にはこれらのユーロシティは段階的にレイルジェットに置き換えられた[78][29]

ハンブルク - オーフス

ハンブルクとデンマークオーフスの間では2002年12月に2往復のユーロシティが新設された。うち1往復はベルリン経由チェコのプラハまで直通していた[79]

2010年現在、同区間の国際列車はICEに置き換えられている[80]

ミラノ - ニース

元TEEであった国際インターシティの「リーグレ」(ミラノ - マルセイユ)は1987年以降もインターシティのままであった。1992年にはミラノ - ニース間に短縮された。2004年12月にリーグレは他の2往復とともにユーロシティとなった[81]。これらのユーロシティはTreni Riviera(リヴィエラの列車)と総称された[82]

しかし2009年12月13日には同区間のユーロシティがすべて廃止され、ミラノ - ヴェンティミリア間のイタリア国内インターシティと置き換えられた[83][84]

ウィーン - ヴェネツィア

2004年12月からウィーン - ヴェネツィア間のユーロシティ2往復は「アレグロ(Allegro)」のブランド名で運行されていた[85]。しかし2008年に1往復削減され[78]、残る1往復も2009年12月に廃止された[86]

2010年時点においては、フィラッハでオーストリア国内ユーロシティとバス(ÖBBインターシティ・バス)を乗り継ぐ必要がある[87]

プラハ - ウィーン - ウィーナー・ノイシュタット

プラハからチェコ南東部のブジェツラフオーストリアウィーンを経由してウィーナー・ノイシュタットまでの区間ではユーロシティが2時間(一部3時間)間隔で運行されていた[43]。2010年冬ダイヤ改正までは同区間にチェコ鉄道680系電車を用いたスーパーシティも運行されていたが、これはオーストリア国内ではユーロシティ扱いとなっていた[28][88]

かつてはウィーン南駅発着であったが、ウィーン中央駅の工事に伴う南駅の一部閉鎖のため、2009年12月からウィーナー・ノイシュタットまで延長され、ウィーンでの停車駅はマイドリング駅(Bahnhof Wien Meidling)に変更された[86]

全列車がrailjetに置き換えられた。

チューリッヒ - ミュンヘン

スイスチューリッヒとドイツのミュンヘンを結ぶ経路では一日4往復のユーロシティが運行されていた。途中短距離ではあるがオーストリア領を経由していた[89]

元はTEEバヴァリアの経路であり、1987年にバヴァリアを含め3往復がユーロシティとなった。2001年に同区間にはICE-TD車両によるICEが新設されたが、車両のトラブルにより2003年に客車列車のユーロシティに変更されている。また、かつてはスイス側ではベルンジュネーヴへ、ドイツ側ではニュルンベルク経由チェコのプラハへ直通していた列車もあった[90]

チューリッヒ - ウィーン

スイスのチューリッヒとオーストリアのウィーンを結ぶ。途中クーフシュタインザルツブルクの間でドイツ国内を回廊列車として通過する。

1987年に「トランスアルピン」[91]など3往復がユーロシティとなった[92]

全列車がrailjetに置き換えられた。

列車一覧

1987年夏ダイヤ

1987年5月31日のユーロシティ創設時に運行されていたユーロシティは以下の通り[17]。昼行ユーロシティの「改正前」欄が空欄であるものは同名の国際インターシティであった。

昼行

列車番号 列車名 区間 沿線国 改正前[6]
EC 3/2 レンブラント
Rembrandt
アムステルダム - ケルン - バーゼル - クール
EC 5/4 カルロ・マーニョ
Carlo Magno
ドルトムント - バーゼル - ミラノ - セストリ・レヴァンテ IC「メトロポリタノ(Metropolitano)」 : ドルトムント - ミラノ
EC 7/6 レッチュベルク
Lötschberg
ハノーファー - ケルン - バーゼル - ブリーク
EC 9/8 ラインプファイル
Rheinpfeil
ハノーファー - ケルン - バーゼル - クール
EC 11-12/13-10 レオナルド・ダ・ヴィンチ
Leonardo da Vinci
ドルトムント - マンハイム - ミュンヘン - インスブルック - ミラノ IC「メディオラヌム(Mediolanum)」
EC 21/20 ブラウエル・エンツィアン
Blauer Enzian
ドルトムント - フランクフルト・アム・マイン - ミュンヘン - クラーゲンフルト
EC 21/24 ルテチア[注 1]
Lutetia
パリ - ローザンヌ (TGV)
EC 23/26 シザルパン[注 1]
Cisalpin
EC 25/28 レマノ[注 1]
Lemano
EC 27/22 シャンゼリゼ
Champs-Élysées
パリ - フラーヌ(Frasne) - ローザンヌ、ベルン (TGV)[注 2]
EC 25/24 エラスムス
Erasmus
アムステルダム - ケルン - フランクフルト - ミュンヘン - インスブルック
EC 27/26 フランス・ハルス
Frans Hals
アムステルダム - ケルン - フランクフルト - ミュンヘン 新設
EC 29/28 ヨハン・シュトラウス
Johan Strauss
ケルン - フランクフルト - ウィーン
EC 31/30 メルクール
Merkur
フランクフルト - ケルン - ハンブルク - コペンハーゲン
EC 31/34 ルテチア[注 1]
Lutetia
ジュネーヴ - ローザンヌ - ミラノ
EC 33/36 シザルパン[注 1]
Cisalpin
EC 35/38 レマノ[注 1]
Lemano
EC 39/40 モンテヴェルディ
Monteverdi
IC「リアルト(Rialto)」
EC 37/30 ロムルス
Romulus
ウィーン - ヴェネツィア - ローマ 急行列車(Express)
EC 33/32 スカンディナヴィアン
Scandinavien
ハンブルク - コペンハーゲン
EC 35/34 ハンザ
Hansa
急行列車(D-Zug)「ハンブルク急行(Hamburg Express)」
EC 41/40 モリエール
Molière
パリ - ナミュール - ドルトムント
EC 43/42 ギュスターヴ・エッフェル
Gustave Eiffel
パリ - ブリュッセル - ケルン IC「ディアマント(Diamant)」
EC 45/44 パルジファル
Parsifal
パリ - ナミュール - ケルン
EC 49/48 メムリンク
Memling
オーステンデ - ブリュッセル - ケルン IC「サフィール(Saphir)」
EC 53/52 ヴィクトル・ユーゴー
Victor Hugo
パリ - メス - フランクフルト
EC 57/56 ゲーテ
Goethe
EC 53/56 ロッシーニ
Rossini
シャフハウゼンチューリッヒ → キアッソ(Chiasso) → ミラノ

ミラノ → キアッソ → チューリッヒ

EC 61/60 マリア・テレジア
Maria Theresia
チューリッヒ - インスブルック - ウィーン [注 3]
EC 63/62 トランスアルピン[91]
Transalpin
バーゼル - チューリッヒ - インスブルック - ウィーン
EC 65/64 フランツ・シューベルト
Franz Schubert
EC 63/62 ベンジャミン・ブリテン
Benjamin Britten
ロンドン - ハリッジ(Harwich)[注 4]
フーク・ファン・ホラント(Hoek van Holland) - アムステルダム
「フーク・コンティネンタル(Hook Continental)」(イギリス側)
「ボートレイン・アムステルダム(Bootrein Amsterdam)」、「ボートレイン・ロンドン(Bootrein London)」(オランダ側)[注 5]
EC 67/66 アドミラル・デ・ロイテル
Admiraal De Ruyter
「デイ・コンティネンタル(Day Continental)」(イギリス側)
「ボートレイン・アムステルダム(Bootrein Amsterdam)」、「ボートレイン・ロンドン(Bootrein London)」(オランダ側)[注 5]
EC 67/66 スタチャス
Stachus
ミュンヘン - ウィーン 急行列車
EC70-71/72-73 カタラン・タルゴ
Catalan Talgo
ジュネーヴ - アヴィニョン - ポルトボウ - バルセロナ
EC 71/70 レティア
Rätia
ハンブルク - フランクフルト - バーゼル - チューリッヒ - クール
EC 75/74 ティチアーノ
Tiziano
ハンブルク - フランクフルト - バーゼル - ミラノ
EC 77/76 モンブラン
Mont Blanc
ハンブルク - フランクフルト - バーゼル - ジュネーヴ
EC 79/78 ヘルヴェティア
Helvetia
ハンブルク - フランクフルト - バーゼル - チューリッヒ
EC 81/80 カーヴェンデル
Karwendel
ハンブルク - ミュンヘン - ガルミッシュ=パルテンキルヒェン - インスブルック
EC 81/84 ルーベンス
Rubens
パリ - ブリュッセル
EC 83/86 ブラバント
Brabant
EC 85/80 イル・ド・フランス
Ile de France
EC 87/82 エトワール・デュ・ノール
Etoile du Nord
パリ - ブリュッセル - アムステルダム
EC 83/82 ヘルマン・ヘッセ
Hermann Hesse
シュトットガルト → チューリッヒ → キアッソ(Chiasso) → ミラノ

キアッソ → チューリッヒ → シュトットガルト

新設
EC 85/84 バルバロッサ
Barbarossa
シュトットガルト - チューリッヒ - キアッソ - ミラノ
EC 87/86 シュヴァーベンラント
Schwabenland
シュトットガルト → チューリッヒ → キアッソ
チューリッヒ → シュトットガルト
新設
EC 91/90 プリンツ・オイゲン
Prinz Eugen
ハンブルク - ウィーン
EC 93/92 シュヴァイツァーラント
Schweitzerland
チューリッヒ - リンダウ - ミュンヘン 無名の急行列車[注 6]
EC 97/96 ゴットフリート・ケラー
Gottfried Keller
急行列車(D-Zug)
EC 99/98 バヴァリア
Bavaria
EC 95/94 イリス
Iris
ブリュッセル - ルクセンブルク市 - ストラスブール - バーゼル - チューリッヒ - クール
EC 113/116 ル・コルビュジエ
Le Corbusier
パリ - バーゼル - チューリッヒ
EC 115/114 アルバレート
Arbalète
EC 203-202/209-208 ロベール・シューマン
Robert Schuman
パリ - メス - ルクセンブルク
EC 205 ゲーテ
Goethe
ルクセンブルク → メス[注 7]
EC 1342 ヴィクトル・ユーゴー
Victor Hugo
メス → ルクセンブルク[注 8]
EC 921/928 ジュネヴォア
Genevois
パリ - ジュネーヴ (TGV)
EC 923/924 ヴォルテール
Voltaire
EC 925/926 ヴェルサイユ
Versailles
EC 927/920 ジャン=ジャック・ルソー
Jean-Jacque Rousseau
  1. ^ a b c d e f ローザンヌで同名の列車と接続
  2. ^ フラーヌで分割、併合を行なう(Thomas Cook Continental Timetable May 31 - June 30 1987, table 55)。
  3. ^ 西ドイツ国内は回廊列車として通過。
  4. ^ ハリッジ - フーク・ファン・ホラント間は船舶連絡。ベンジャミン・ブリテンはこの間夜行連絡船。なおThomas Cook Continental Timetable May 31 - June 30 1987, table 10Xによればイギリス側の列車はユーロシティとしての列車番号がつかない。
  5. ^ a b アムステルダム行きがボートレイン・アムステルダム、フーク・ファン・ホラント行きがボートレイン・ロンドンで、ともに1日2本運転。
  6. ^ 「シュヴァイツァーラント」という列車名はシュトットガルト - チューリッヒ間の急行列車につけられていた。
  7. ^ メス - パリ間EC56ゲーテに併結。
  8. ^ パリ - メス間EC53ヴィクトル・ユーゴーに併結。

夜行

列車番号 列車名 区間 沿線国
EC 213/212 パラティーノ
Palatino
パリ - シャンベリ - ジェノヴァ - ローマ
EC 217/216 スタンダール
Stendhal
パリ - トリノ - ミラノ
EC 223/222 ガリレイ
Galilei
パリ - ローザンヌ - ブリーク - ミラノ - ヴェネツィアフィレンツェ[注 1]
EC 391(491)/390(490) アルフレッド・ノーベル
Alfred Nobel
ハンブルク - プットガルテン(Puttgarden) - ロービュ(Rødby) - ヘルシンゲル - ヘルシンボリ - ストックホルムオスロ[注 2]
EC 407-406/409-408 パリ・マドリード・タルゴ
Paris-Madrid Talgo
マドリード - ボルドー - パリ
EC 471/470 コメット
Komet
ハンブルク - ハノーファー - バーゼル - チューリッヒ - クール、バーゼル - ブリーク[注 3]
EC 475-474/477-466 バルセロナ・タルゴ
Barcelona Talgo
バルセロナ - ナルボンヌ - パリ
  1. ^ パリ発列車はミラノで分割を、パリ行き列車はブリークで併合を行なう。フィレンツェ - ブリーク間は列車番号412(Thomas Cook Continental Timetable May 31 - June 30 1987, table 37)。
  2. ^ プットガルテン - ロービュ間(渡り鳥コース)とヘルシンゲル - ヘルシンボリは車両航送を行なう。ヘルシンボリ - オスロ間は列車番号EC491/490。
  3. ^ バーゼルで分割、併合を行なう(Thomas Cook Continental Timetable May 31 - June 30 1987, table 73)。

2010年-11年冬ダイヤ

2010年 - 11年冬ダイヤ(12月12日改正)で運行されているユーロシティは以下の通り。以下ではThomas Cook Eurppean Rail Timetableにおいて列車種別が"EC"とされている列車のうち、オーストリア国内列車を除いたものを記している。「運行本数」は一日あたりの運行数であり、空欄のものは一日一往復である。ただし曜日により運休となったり運行区間を変更したりする列車もある。「供食」欄が○のものは食堂車を連結し、△のものはバーまたは車内販売による軽食の提供がある。

列車番号 列車名 区間 沿線国 運行本数 供食 出典
EC 361 / 360 ストラスブール - シュトットガルト - ミュンヘン [93]
EC 91 / 90 ヴォーバン英語版
Vauban
ブリュッセルルクセンブルク → ストラスブール → バーゼルチューリッヒクール

チューリッヒ → ブリュッセル[注 1]

× [94]
EC 97 / 96 イリス
Iris
ブリュッセル - ルクセンブルク - ストラスブール - バーゼル ( - チューリッヒ)[注 2] ×
EC 295 / 296 ジャン・モネ英語版
Jean Monnet
ブリュッセル - ルクセンブルク - ストラスブール - バーゼル ×
EC 31 / 30 ハンブルク - コペンハーゲン 1往復[注 3] [39]
EC 41, 43, 45, 47 / 46, 44, 42, 40 ベルリン-ワルシャワエクスプレス
Berlin Warszawa Express
ベルリン - ポズナン - ワルシャワ 4往復 [40]
EC 249 / 248 ヴァヴェル英語版
Wawel
ハンブルク - ベルリン - ヴロツワフ - クラクフ
EC 71 / 70 グスタフ・マーラー
Gustav Mahler
プラハ - ウィーン - ウィーナー・ノイシュタット [43]
EC 73 / 72 スメタナオランダ語版
Smetana
EC 75/74 フランツ・シューベルト
Franz Schubert
EC 77/76 アントニン・ドヴォルザーク
Antonín Dvořák
EC 79/78 グスタフ・クリムト
Gustav Klimt
プラハ → ウィーン
グラーツ → ウィーナー・ノイシュタット → ウィーン → プラハ
EC 137 / 136 モラヴィア
Moravia
ワルシャワ - ) ボフーミン(Bohumín) - オストラヴァ - ブラチスラヴァ - ブダペスト[注 4] [43][95]
EC 171 / 170 ハンガリア英語版
Hungaria
ベルリン - プラハ - ブラチスラヴァ - ブダペスト [43]
EC 173 / 172 ヴィンドボナ英語版
Vindobona
ハンブルク - ベルリン - プラハ - ウィーン - フィラッハ
EC 175 / 174 ヤン・イェゼニウスオランダ語版
Ján Jesenius
Jeszensky János
ハンブルク - ベルリン - プラハ - ブラチスラヴァ - ブダペスト
EC 177 / 176 ヨハネス・ブラームスオランダ語版
Johannes Brahms
ベルリン → プラハ → ウィーン
ブルノ → プラハ → ベルリン → ハンブルク
EC 179 / 178 アロイス・ネグレッリオランダ語版
Alois Negrelli
シュチェチン - ベルリン - プラハ
EC 273 / 272 ヤロスラフ・ハシェク
Jaroslav Hašek
プラハ - ブラチスラヴァ - ブダペスト
EC 275 / 274 スロヴァン
Slovan
プラハ - ブラチスラヴァ
EC 345 / 344 アヴァラ
Avala
プラハ - ブラチスラヴァ - ブダペスト - ベオグラード
EC 379 / 378 カール・マリア・フォン・ウェーバーオランダ語版
Carl Maria von Weber
シュトラールズント → ベルリン → プラハ → ブルノ
ウィーン → ブルノ → プラハ → ベルリン → シュトラールズント
EC 111 / 110 ミュンヘン - ザルツブルク - フィラッハ - クラーゲンフルト [44]
EC 113 / 112 ジーゲン - フランクフルト・アム・マイン - シュトットガルト - ミュンヘン - フィラッハ - クラーゲンフルト [44][96]
EC 115 / 114 ヴェルターゼー
Wörthersee
ミュンスターケルン → シュトットガルト → ミュンヘン → クラーゲンフルト
クラーゲンフルト → ケルン → ドルトムント
[44]
EC 117 フランクフルト・アム・マイン→ ミュンヘン → クラーゲンフルト 片道のみ
EC 111-211 / 210-110 サヴァ
Sava
ミュンヘン - フィラッハ - リュブリャナ - ザグレブ - ベオグラード[注 5] [注 6] [97][44][98]
EC 113-213 / 212-112 ミマラ
Mimara
フランクフルト・アム・マイン - ミュンヘン - フィラッハ - リュブリャナ - ザグレブ[注 7] [注 8] [97][44][96][98]
EC 217 / 216 ザールブリュッケン - マンハイム - シュトットガルト - ミュンヘン - ザルツブルク - グラーツ [44][99]
EC 219 / 218 フランクフルト・アム・マイン - シュトットガルト - ミュンヘン - グラーツ [44]
EC 391 / 390 ミュンヘン - ザルツブルク - リンツ × [100]
EC 81, 83 / 80, 188 ミュンヘン - インスブルック - ヴェローナ 2往復 [46]
EC 85/ 84 ミュンヘン - インスブルック - ヴェローナ - ボローニャ
EC 87/ 86 ミュンヘン - インスブルック - ヴェローナ - ヴェネツィア
EC 89-92 / 93-88 ミュンヘン - インスブルック - ヴェローナ - ミラノ
EC 189 / 82 ミュンヘン - インスブルック
EC 7, 101 / 6, 100-102 ハンブルク - ケルン - バーゼル - チューリッヒ - クール [48]
EC 191, 193, 195, 197 / 190, 192, 194, 196 チューリッヒ - ブレゲンツ - リンダウ - ミュンヘン 4往復 [89]
EC 35, 39, 41 / 32, 34, 36 ジュネーヴ - ローザンヌ - ブリーク - ミラノ 3往復 [49]
EC 37 / 42 ジュネーヴ - ローザンヌ - ブリーク - ミラノ - ヴェネツィア
EC 51, 57, 59 / 50, 52, 56 バーゼル - ベルン - ブリーク - ミラノ 3往復
EC 153 / 158 バーゼル - ルツェルン - ルガーノ - ミラノ - ヴェネツィア
EC 13, 15, 17, 19, 21, 23, 25 / 12, 14, 16, 18, 20, 22, 24 チューリッヒ - ルガーノ - ミラノ 7往復
EC 165 / 166 チューリッヒ - インスブルック - ザルツブルク - ウィーン [注 9] [101]
EC 151 / 150 エモナ
Emona
ウィーン - グラーツ - マリボル - リュブリャナ (- リエカ[注 10] [102]
EC 159 / 158 クロアチア
Croatia
ウィーン - グラーツ - マリボル - ザグレブ
EC 251, 255 / 252, 256 ウィーン - グラーツ - マリボル[注 11] 2往復
EC 121 / 120 プラハ - ジリナ - コシツェ [103]
EC 103 / 102 ポロニア英語版
Polonia
ワルシャワ - オストラヴァ - ウィーン - フィラッハ [95]
EC 105 / 104 ソビェスキ英語版
Sobieski
ワルシャワ - オストラヴァ - ウィーン
EC 111 / 110 プラハ英語版
Praha
プラハ - オストラヴァ - ワルシャワ
  1. ^ ブリュッセル行はスイス国内ではインターレギオ英語版扱い。
  2. ^ スイス国内ではインターレギオ扱い。
  3. ^ 1月中旬から4月上旬まで運休
  4. ^ ワルシャワ - ブダペスト間直通は二等車のみ。ワルシャワ - ボフーミン間ではEC 110/111 Prahaと併結。
  5. ^ ミュンヘン - フィラッハ間EC111/110と併結。
  6. ^ イェセニツェ - ベオグラード間で連結。
  7. ^ フランクフルト - フィラッハ間EC113/112と併結。
  8. ^ ミュンヘン - フィラッハ間で連結。
  9. ^ ドイツ国内では停車せず。
  10. ^ リュブリャナ - リエカ間(列車番号483/482)はユーロシティ扱いではない。ウィーン - リエカ間を直通するのは二等車のみ。
  11. ^ マリボル行の1本(EC 251)はグラーツ始発。

脚注

注釈

  1. ^ a b 夜行列車のみ
  2. ^ 当時はチェコスロバキアの分離(ビロード離婚)前。
  3. ^ ただしチザルピーノ社が2004年から運行を担当した客車列車はユーロシティであった。
  4. ^ 2010年12月からETR680はプラハ - ブラチスラヴァ間の国際スーパーシティに用いられているが、これがユーロシティとしても扱われるかは時刻表に記載がない。

出典

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参考文献

  • Malaspina, Jean-Pierre (2005) (フランス語), Train d'Europe Tome 1, La Vie du Rail, ISBN 2-915034-48-6 
  • Malaspina, Jean-Pierre (2006) (フランス語), Train d'Europe Tome 2, La Vie du Rail, ISBN 2-915034-49-4 
  • Mertens, Maurice; Malaspina, Jean-Pierre (2007) (フランス語), La légende des Trans-Europ-Express, LR Press, ISBN 978-2-903651-45-9 
  • 地球の歩き方」編集室, ed. (2010), ヨーロッパ鉄道の旅, 地球の歩き方 by Train (改訂第4 ed.), ダイヤモンド社, ISBN 978-4-478-05823-7 
    • 秋山芳弘, “レイルジェット”, pp. 36-41 
    • 橋爪智之, “ユーロシティ(イタリア-スイス)”, pp. 42-45 
    • 橋爪智之, “スーパーシティ”, pp. 46-49 
    • 秋山芳弘, “インターシティ・スロヴェニア”, pp. 58-59 
    • 橋爪智之, “北欧・渡り鳥ルート”, pp. 66-69 
    • 橋爪智之, “ユーロシティ”, pp. 70-73 
  • (ドイツ語) Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008), München, Germany: GeraMond, (2008), ISBN 978-3-89724-202-9 
    • Pillmann, Zeno; THD, “Die Glanzzeit des Intercity-Verkehrs (1979-1991)”, pp. 26-38 
    • Pillmann, Zeno; THD, “Der Intercity im ICE-Zeitalter (1991-2008)”, pp. 58-69 
  • Thomas Cook Continental Timetable, Thomas Cook  各号
  • Thomas Cook European Timetable, Thomas Cook, ISSN 0952-620X  各号
  • Thomas Cook European Rail Timetable, Thomas Cook, ISSN 0952-620X  各号

関連項目


ユーロシティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/07/23 17:10 UTC 版)

イリス (列車)」の記事における「ユーロシティ」の解説

1987年5月31日ダイヤ改正でユーロシティが発足したイリス号は新設されたユーロシティに編入され同時にイリス号のスイス起終点駅がグラウビュンデン州クールまで延長された。 ユーロシティ編入後、イリス号の列車番号はEC94/95となったが、インターシティ時代運行路線変化はなかった。その後イリス号の列車番号はEC96/97に改められた。2013年12月ダイヤ改正が行われ、イリス号の運行区間往復ともブリュッセル - バーゼル間に短縮された。 (2015年)現在、イリス号はスイス国鉄所属車輛運行されている。列車の編成は7輛編成で、食堂車連結はない。

※この「ユーロシティ」の解説は、「イリス (列車)」の解説の一部です。
「ユーロシティ」を含む「イリス (列車)」の記事については、「イリス (列車)」の概要を参照ください。

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