シャンベリとは? わかりやすく解説

シャンベリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/05 15:35 UTC 版)

Chambéry


行政
フランス
地域圏 (Région) オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏
(département) サヴォワ県
(arrondissement) シャンベリ郡
小郡 (canton) 4
INSEEコード 73065
郵便番号 73000
市長任期 ミシェル・ダンタン
2014年 - 2020年
自治体間連合 (fr) fr:Chambéry métropole
人口動態
人口 58 039人
2012年
人口密度 2 765人/km2
住民の呼称 Chambérien/Chambérienne
地理
座標 北緯45度34分12秒 東経5度54分42秒 / 北緯45.57度 東経5.9118度 / 45.57; 5.9118座標: 北緯45度34分12秒 東経5度54分42秒 / 北緯45.57度 東経5.9118度 / 45.57; 5.9118
標高 平均:270m
最低:245 m
最高:560m
面積 市: 20,99km2 (2 099ha)
Chambéry
公式サイト www.chambery.fr
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シャンベリ(Chambéry)はフランスの東部、オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏都市で、サヴォワ県県庁所在地である。

人口は1999年現在、約5万5千人。隣接都市を合算した人口は約11万人、都市圏としては約13万人の人口を擁する。

歴史

古代ローマ時代にこの場所にはレメンクム(Lemencum)という名の街があった。シャンベリが都市の勅許を獲得し、歴史に再登場するのは12世紀以降である。サヴォイア伯爵家はシャンベリに宮廷を置き、サヴォイア家が勢力を伸ばすに従い、シャンベリは発展していった。 シャンベリの帰属は二回、サヴォイアからフランスの間で移転している。

1792年から1815年にシャンベリはフランス領となり、モン・ブラン県の県庁所在地とされた。しかし1815年には再びサヴォイア家に帰属した。シャンベリの帰属が最終的に確定したのは1860年3月24日である。以後、シャンベリは再びフランス領に編入され、サヴォワ県の県庁所在地とされ、現在に到る。

第二次世界大戦中、シャンベリは1944年5月26日に空襲を受けた。

1961年には近接する二つの都市、ビシー(Bissy)とシャンベリ=ル=ヴィユ(Chambéry-le-Vieux)を合併した。

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