赤十字社 名称と標章

赤十字社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/17 09:41 UTC 版)

名称と標章

  赤十字(紅十字)
  赤新月
  赤水晶(イスラエル、マーゲン・ダビド公社
  承認を受けていない赤十字
  承認を受けていない赤新月

多くの国では、識別マークは白地に赤い十字を模した赤十字(Red Cross)のマークを採用している。この赤十字マークは1863年に赤十字規約が制定された時にはすでに決定しており、創立当初から各国において使用されていたものの、当時は団体名は各国まちまちであり、赤十字社という名前は使用されていなかった。しかし団体の規模が大きくなるにつれて統一した名称が必要となっていったことを受け、1867年からオランダ救護社が通称としてマークの名前を団体名として使用していたため、赤十字社を各国救護社の正式名称とすることが提案され、1872年スペインを皮切りに1870年代には各国救護社が赤十字社と改称していった[4]。呼称については「赤十字社」が一般的だが、中華人民共和国では「紅十字会」(赤は中国語では「紅」)、また朝鮮民主主義人民共和国では「赤十字会」と呼んでいる。イスラム諸国では、「十字はキリスト教を意味し、十字軍を連想する」として嫌われたため、白地に赤色の三日月を識別マークとし、「赤新月社」(せきしんげつしゃ)と呼んでいる[5]

このマークはデュナンの母国スイスの国旗の赤地に白い十字の色を反転したものとされており、ジュネーブ条約にも「スイスに敬意を表するため、スイス連邦の国旗の配色を転倒して作成した白地に赤十字の紋章」との一文があるが、1863年の赤十字創立時の記録にはルイ・アッピアが団体構成員の目印として白い腕章を提案し、おそらくアンリ・デュフールと思われる人物がそれに赤い十字のマークを付け加えることを提案したのみで、スイス国旗についての記載は存在しない。スイス国旗と赤十字の関係についての初めての記載は1870年のギュスターブ・モアニエの発言が初出である[6]。この一文が挿入されたのは、初期加盟国のひとつであるオスマン帝国の行動が原因である。オスマン帝国は1865年にジュネーブ条約に加盟したが、自国の兵士の大半を占めるイスラム教徒がキリスト教の印である十字架の印を用いるのは不適当であるとして、1876年に新たに赤い三日月を模した赤新月(Red Crescent)のマークを制定し、以後オスマン帝国の救護部隊には赤十字に代わり赤新月を使用させる旨スイス政府に通告を行った。オスマンのこの動きによってペルシャタイ王国といった国々で新しい標章制定の動きが強まり、世界同一のマークを使用することを重視する赤十字国際委員会との対立が深まった。1906年にはジュネーブ条約が改定され、この時に上記の「スイスに敬意を表するため、スイス連邦の国旗の配色を転倒して作成した白地に赤十字の紋章」との一文が初めてジュネーブ条約に挿入された。これは、赤十字のマークがキリスト教とはなんの関係もなく、スイスに敬意を表したものだと強調することで、非キリスト教国、特にイスラム教国に対して赤十字マークの使用を促す意図があった[7]。ただしオスマン帝国はこれを承認せず、翌年に赤新月マークの使用を条件として加入した。やがて第一次世界大戦後、いくつかのイスラム教国の新独立国が誕生すると、それらの国々は赤新月を自国の団体のマークと定めた。(インドネシアはイスラム教徒が多い国であるが例外的に「赤十字社」である。またパキスタンマレーシアバングラデシュなどは設立当初は「赤十字社」であったが、のちに「赤新月社」に変更した)。また、イランの「赤獅子太陽」(Red Lion with Sun)も公認された[注 2]。ただし赤十字社はこうした異なるマークの採用には非常に否定的なスタンスを貫いており、第二次世界大戦後にユダヤ教を国教とするイスラエルが独立し、マーゲン・ダビド公社(=ダビデの赤盾社)が設立された時に、彼らのマークとして提唱された「ダビデの赤盾」(Red Star of David)を赤十字社のマークとして認定することを拒否しており、「ダビデの赤盾」は今までに承認されたことはない。なお、赤獅子太陽は現在使用されていない(条約上は有効である)[8]

赤十字・赤新月の他にも種々の標章が乱立し混乱を招くことから、赤十字・赤新月に代わる共通の(=第三の)標章採用が提案された。これには加盟国の合意に基づくジュネーブ条約の改訂を要する為に議論は紛糾したが、2005年12月8日の赤十字・赤新月国際会議総会において、全会一致原則の総会では異例である投票による賛成多数により、赤の菱形を象った宗教的に中立な第三の標章「赤水晶」(Red Crystal)が採択された。これは、ジュネーブ諸条約第三追加議定書英語版として、署名が開放され、2007年1月14日に発効した。「赤水晶」の標章の意味や法的効力は従来の赤十字・赤新月と完全に同一である。

「赤水晶」(Red Crystal)を用いることで、イスラエルの赤盾社は国際赤十字への加盟が出来る事となり、赤十字国際委員会は同社を正式に承認した。ただし、「ダビデの赤盾」の標章は、イスラエル国内(国境紛争中のウエストバンクと東エルサレム地域を除く)のみで用いる「表示標章」であり、ジュネーブ条約の「保護標章」としては認められていない。同様に国内での宗教勢力のバランスから赤十字・赤新月の標章を併用したいと主張しているエリトリア等の国や地域でも、「赤水晶」を使用することで国際赤十字への加盟を期待している[9]。また、この「赤水晶」の標章は単独で用いる以外に、国際活動を行う際にホストとなる国の了承があれば、中の白地の部分に独自のマークを入れても構わない[注 3]

なお、「赤十字」マークに対するかなり強硬な統一標章維持の姿勢とは異なり、赤十字・赤新月・赤水晶の各標章において、その標章の明確な形状は指定されていない。色調においても同様である。これは、もし明確な形状・色調を定めてしまった場合、その標章から少しでも外れたものが赤十字標章とみなされず攻撃を受けてしまうことを防ぐためである[10]。また、標章を使用できるのは法律で定められた組織・団体に限られる[11]


注釈

  1. ^ これにより、中華民国紅十字会は中国の赤十字社として承認されていない。
  2. ^ 王制当時のイランにおける「イラン赤獅子太陽社」・イラン革命で王制が倒れて以後の1980年からは使用されていないが、国際条約や関係法令の条文上には現在も残っており、正式に「保護標章」として用いることが可能である。
  3. ^ ただし、中の白地部分に独自のマークを入れて用いるのはあくまでも「表示標章」としての場合に限られ、「保護標章」としては赤水晶を単独で用いる必要がある・詳細は日本赤十字社『赤十字と国際人道法普及のためのハンドブック』p.28-30および井上忠男『第2版 医師・看護師の有事行動マニュアル』第7章を参照
  4. ^ ダビデの赤盾や赤水晶については明文規定がないが、「これらに類似する記章若しくは名称は、みだりにこれを用いてはならない。」とされている。

出典

  1. ^ Annual Report 2019 - International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies”. IFRC. 2020年11月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月18日閲覧。
  2. ^ https://www.jrc.or.jp/about/naritachi/ 「国際赤十字の成り立ち」日本赤十字社 2017年5月13日閲覧
  3. ^ a b https://www.jrc.or.jp/about/principle/ 「赤十字基本7原則」日本赤十字社 2017年5月13日閲覧
  4. ^ 「戦争と救済の文明史 赤十字と国際人道法のなりたち」p135-136 井上忠男 PHP新書 2003年5月2日第1版第1刷
  5. ^ 土井かおる『よくわかるキリスト教』PHP研究所、2004年、117ページ
  6. ^ 「赤十字標章ハンドブック―標章の使用と管理の条約・規則・解説集」p6-7 東信堂 2010年3月
  7. ^ 「赤十字標章ハンドブック―標章の使用と管理の条約・規則・解説集」p8 東信堂 2010年3月
  8. ^ 『知っていますかこのマークの本当の意味』日本赤十字社、2018年4月1日、10頁。 
  9. ^ 赤十字新聞 第794号 2006年7月1日発行
  10. ^ 「赤十字標章ハンドブック―標章の使用と管理の条約・規則・解説集」p14 東信堂 2010年3月
  11. ^ 知っていますか?このマークの本当の意味
  12. ^ 赤十字マーク誤用しないで 「法律違反」と日赤 共同通信(47NEWS)、2008年5月2日
  13. ^ 「知っていますか?このマークの本当の意味」日本赤十字社 2007年1月初版発行
  14. ^ 地図記号一覧国土地理院
  15. ^ 地図記号:病院
  16. ^ 地図記号:保健所
  17. ^ 2009年11月27日ニュースニュージャパンキックボクシング連盟
  18. ^ 商標審査基準 第4条第1項(不登録事由) 第1項第4号(赤十字等の標章又は名称)
  19. ^ 井上忠男「戦争と救済の文明史 赤十字と国際人道法のなりたち」p48-54、PHP新書 2003年5月2日第1版第1刷
  20. ^ 井上忠男「戦争と救済の文明史 赤十字と国際人道法のなりたち」p59-62、PHP新書 2003年5月2日第1版第1刷
  21. ^ 井上忠男「戦争と救済の文明史 赤十字と国際人道法のなりたち」p63、PHP新書 2003年5月2日第1版第1刷
  22. ^ 井上忠男「戦争と救済の文明史 赤十字と国際人道法のなりたち」p80-81、PHP新書 2003年5月2日第1版第1刷
  23. ^ https://www.jrc.or.jp/about/history/ 「歴史・沿革」日本赤十字社 2017年5月12日閲覧
  24. ^ https://www.jrc.or.jp/about/plaza/display/vol12/ 「赤十字情報プラザ 展示紹介一覧 vol.12 国際舞台にデビュー」日本赤十字社 2017年5月12日閲覧
  25. ^ 「戦争と救済の文明史 赤十字と国際人道法のなりたち」p209 井上忠男 PHP新書 2003年5月2日第1版第1刷
  26. ^ 「戦争と救済の文明史 赤十字と国際人道法のなりたち」p232-233 井上忠男 PHP新書 2003年5月2日第1版第1刷
  27. ^ https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/k_jindo/naiyo.html 「ジュネーヴ諸条約及び追加議定書の主な内容」日本国外務省 2017年5月13日閲覧
  28. ^ https://www.jrc.or.jp/about/humanity/history/ 「国際人道法のあゆみ」日本赤十字社 2017年5月13日閲覧
  29. ^ 「国際4つの自由賞2014」~赤十字の活動が表彰されました|日本赤十字社”. www.jrc.or.jp. 2019年2月15日閲覧。
  30. ^ 日本赤十字新聞
  31. ^ “ガザ、救急車も標的。11台破壊、医療関係者44人死傷”. Asahi.com (朝日新聞社). (2009年1月9日). https://www.asahi.com/special/09001/TKY200901090007.html 2012年6月7日閲覧。 
  32. ^ “シリア赤新月社、ホムスに初の支援物資届ける 車両狙った攻撃も”. AFP (フランス通信社). (2014年2月9日). https://www.afpbb.com/articles/-/3008094 2014年2月12日閲覧。 
  33. ^ 赤十字への攻撃辞さず=タリバンが声明-アフガン”. 時事通信社 (2018年8月15日). 2018年8月19日閲覧。
  34. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3397869?cx_amp=all&act=all






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