娼婦 娼婦の概要

娼婦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/15 20:19 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
ポンペイ遺跡の性的な壁画

呼称

同義語は「売春婦」(ばいしゅんふ)「売笑婦」(ばいしょうふ)。害意を含んだ呼称に「淫売婦」「醜業婦」など多数ある。古くは「遊女」。また街角で客待ちをする娼婦を「街娼」(がいしょう、俗に「たちんぼ」)という。公的に認められた娼婦を「公娼」、認められていない娼婦を「私娼」という。

歴史

ナポリの売笑婦、1945年
日本の娼婦の歴史は「遊女」を参照

売春婦は、一説には人類史上最古の職業といわれている。古代世界では神の恩寵を性交を通して与える者「神聖娼婦」として聖職と捉えられることがあった。また、世界各国の軍隊では兵士の強姦事件や性病機密漏洩の防止のために売春婦を多数雇い入れる例がある。

現在では単純な「売春婦」のみならず、「風俗嬢」や「ポルノ女優」、「AV女優」、「チャットレディ」など、その存在はいろいろな形で引き継がれている。

娼婦になる理由

以前は借金や貧困、経済的事情などにより、止む終えず又は強制されて売春業に就く例が多かった。例えば江戸時代には、貧乏人の子女が売られていったと言われる。

警察の医者の待合室でのアルベルティーネ、売春婦を扱って物議を醸したデンマークの小説「アルベルティーネ」の作者クリスチャン・クローグ自身による挿絵

現在の日本では、娼婦になる理由は必ずしもこうした単純なものではなくなってきている。たとえば少女売春に関する著作では、性に関する興味関心からという例のほかに、ホストクラブにはまりその金を捻出するため、危険ドラッグにはまりそれを売る側の指示で、など様々な理由が挙げられている[1]

日本における娼婦

第二次世界大戦前は「遊女」を参照

第二次世界大戦後の連合国軍占領下において、連合国軍将兵の慰安、及び一般日本人女性に対する「肉の防波堤」として特殊慰安施設協会(RAA) が設立される。労働は客によって過酷であったが極端に困窮していた国情もあり、戦争未亡人の助けともなった[2]

しかしこれは占領下があけると終了し、その後1956年には売春防止法が制定され、日本において街に佇む娼婦は、その存在自体が違法とされるものとなった。しかし形を変えて娼婦は存続した。

現在は、ソープランドなどの「風俗嬢」、ラブホテルなどを利用した援助交際の女性、アダルトビデオへ出演する「AV女優」、インターネットを利用したライブ映像で視聴者と会話しながら性行為を見せるライブチャットの「チャットレディ」など、その就業実態は多岐にわたっている。また、援助交際と似ているが必ずしも肉体関係が伴うとは限らないパパ活といった活動もみられる。

著名な娼婦


  1. ^ 大治(1998)[要ページ番号]
  2. ^ 『戦後性風俗大系』 p.12 -


「娼婦」の続きの解説一覧




娼婦と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「娼婦」の関連用語

娼婦のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



娼婦のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの娼婦 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS