ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域の意味・解説 

ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/05 16:45 UTC 版)

ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域(ポンペイ、ヘルクラネウムおよびトッレ・アンヌンツィアータのいせきちいき)は、西暦79年ヴェスヴィオ山の噴火によって埋もれてしまったポンペイヘルクラネウム(現・エルコラーノ)の都市遺跡およびトッレ・アンヌンツィアータヴィラの遺跡を対象とするUNESCO世界遺産リスト登録物件である。1997年世界遺産委員会ではイタリアの世界遺産が10件登録されたが、これはそのうちの1件である。


注釈

  1. ^ 建設年は青柳 (2001) p.44や ICOMOS (1997) p.49 に依拠した。『ブリタニカ国際大百科事典 小項目電子辞書版』(ブリタニカ・ジャパン、2011年)でも紀元前6世紀頃となっているが、『コンサイス外国地名事典』第3版(三省堂)では紀元前8世紀までには建設されていたとされ、『ミシュラン・グリーンガイド イタリア』では紀元前8世紀、『ビジュアルワイド世界遺産』では紀元前7世紀とされている。
  2. ^ 日本ユネスコ協会連盟の訳は、「ポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡」(『世界遺産年報1999』p.19)、「ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域群」(『世界遺産年報2004』p.67)と、細かな変化をしてきた。

出典

  1. ^ 青柳正規「都市と住宅」(青柳 (2001) p.44)
  2. ^ フランス ミシュランタイヤ社 (1998) p.226
  3. ^ 水村 (2004) pp.150-151
  4. ^ アンナマリア・チャラッロ、エルネスト・デ・カロリス「ポンペイの日常生活」野中夏実訳(青柳 (2001) p.88)
  5. ^ a b c d e f g ジュゼッペ・ルオンゴ、アンナマリア・ペッロッタ、クラウディオ・スカルパティ「79年の噴火」藤沢(今井)桜子抄訳(青柳 (2001) pp.18-19)
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m エルネスト・デ・カロリス「ポンペイ発掘史」(青柳 (2001) pp.20-21)
  7. ^ 青柳 (2001) p.24
  8. ^ ICOMOS (1997) p.52
  9. ^ 日本ユネスコ協会連盟監修 (2013) 『世界遺産年報2013』朝日新聞出版、p.42
  10. ^ 世界遺産アカデミー監修 (2012) 『すべてがわかる世界遺産大事典・下』マイナビ、p.27
  11. ^ ユネスコ世界遺産センター監修 (1998) 『ユネスコ世界遺産13 新指定』講談社、付録p.14
  12. ^ 水村光男監修 (2004) 『ヨーロッパの世界遺産 (1) イタリア・ギリシア』講談社講談社+α文庫〉、p.146
  13. ^ 青柳正規監修 (2003) 『ビジュアルワイド世界遺産』小学館、p.231
  14. ^ 谷治正孝監修 (2013) 『なるほど知図帳・世界2013』昭文社、p.151
  15. ^ 古田陽久 古田真美 監修 (2011) 『世界遺産事典 - 2012改訂版』シンクタンクせとうち総合研究機構、p.81
  16. ^ 街路名は青柳 (2001) pp.14-15による。
  17. ^ a b c d e f Archaeological Areas of Pompei, Herculaneum and Torre Annunziata : Multiple Locations(2013年10月30日閲覧)
  18. ^ a b c d e f 青柳 (2001) pp.14-15
  19. ^ 青柳 (2001) p.57
  20. ^ a b c フランス ミシュランタイヤ社 (1998) p.228
  21. ^ 青柳 (2001) p.46
  22. ^ a b c フランス ミシュランタイヤ社 (1998) p.229
  23. ^ 青柳 (2001) p.88
  24. ^ 青柳 (2001) p.110
  25. ^ 青柳 (2001) pp.14-15
  26. ^ a b c d フランス ミシュランタイヤ社 (1998) p.230
  27. ^ フランス ミシュランタイヤ社 (1998) pp.228-229
  28. ^ 各邸宅の説明はすべてフランス ミシュランタイヤ社 (1998) p.230 による。
  29. ^ フランス ミシュランタイヤ社 (1998) pp.229-230
  30. ^ 青柳 (2001) p.89
  31. ^ a b 青柳 (2001) p.197
  32. ^ a b c d 水村 (2004) p.154
  33. ^ a b c フランス ミシュランタイヤ社 (1998) p.231
  34. ^ フランス ミシュランタイヤ社 (1998) p.227
  35. ^ a b c d 水村 (2004) p.156
  36. ^ フランス ミシュランタイヤ社 (1998) pp.117-119
  37. ^ 水村 (2004) pp.156-157
  38. ^ フランス ミシュランタイヤ社 (2001) p.118
  39. ^ ICOMOS (1997) p.50
  40. ^ フランス ミシュランタイヤ社 (1998) p.119
  41. ^ Map : Archaeological Areas of Pompei, Herculaneum and Torre Annunziata with their buffer zone
  42. ^ a b c フランス ミシュランタイヤ社 (1998) p.200
  43. ^ Committee Decisions 21COM VIII.C Inscription: The Archaeological Areas of Pompei, Herculanum and Torre Annunziata (Italy)世界遺産センター、2013年10月30日閲覧)より翻訳の上で引用。


「ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域」の関連用語

ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS