ボールペン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/19 09:57 UTC 版)
インクによる分類
ボールペンは、使用するインクの特性により分類される。
主なものとして油性ボールペン、水性ボールペン、ゲルインクボールペンがあり、JISやISOの規格ではインク粘度とチキソトロピー性によってこれらに区別される。比較的高粘度のインクで筆記する油性ボールペンは複写伝票などにも適し事務用に広く普及するが、後発の水性およびゲルインクボールペンは低粘度状態のインクで筆記するため低筆圧でも発色がよく、1990年代以降の日本では後者のシェアが高い[18]。
JISやISOの規格では、一般筆記用と公文書用の要件が定められており、後者は薬品による改竄(en:Check washing)への耐性が高い。
油性ボールペン
ボールペンの中でも最も古典的であり、1930-1940年代にビーロー・ラースローによって開発された。揮発性が低く高粘度の有機溶媒をインクに使っているため、滲みが少なく、裏移りがなく、筆記距離が長いなどの利点がある。インクは紙への浸透作用によって表面的な乾燥を実現する。基本的にペン先はドライアップ(インクの乾燥による故障)せず[19]、リフィルの保存期間が比較的長い。欠点としては書き味の重さや、書き出しのかすれ、ボテ(ペン先への余剰インク溜まり)の発生がある。色素は主に染料が使われ、顔料系と比べて耐光性は劣るが、耐水性は良好であり、実用上は50年以上の筆跡保存性が確かめられている。
低粘度油性ボールペン
2000年代からは、従来の溶煤(2-フェノキシエタノール、ベンジルアルコール)とは異なるインク配合によって滑らかな書き味を志向した「低粘度油性インク」のボールペンが普及している[20]。比較的早いものでは、ゼブラのジムニーライトが1998年、オートの油性ソフトインクが1999年から存在する。海外製品ではステッドラーが2018年に「トリプラス ボール」[21]を出している。
各社ともインクに独自名称を付けていることが多い。
- ジェットストリームインク (JETSTREAM) - 三菱鉛筆、2002年
- アクロインキ - パイロットコーポレーション、2008年
- ビクーニャ(VICUÑA)インキ- ぺんてる、2010年
水性ボールペン
オートの「水性ボールペンW」(1964年)[22]が開祖で、ぺんてるの「ボールぺんてる」(1972年)[23]のヒットにより普及した[18]。欧米ではボールペンではなくローラーボールと呼ばれる。インクの粘度が低いため、さらさらとした感じの書き味が魅力である。油性ボールペンに比べ書き味、色の発色性の面で優れている。染料インクの場合、水に濡れるとインクが流れて字が消えてしまう弱点もある(顔料インクは耐水性がある)。
油性とは異なりドライアップしやすいため、使用後はキャップを確実に閉めなければならない。キャップのいらないノック式もあり、海外製では遅くとも1990年にはラミーの「swift」といった製品が登場しているが、日本製では歴史が浅くパイロットの「VボールRT」(2008年)で初めて実用化された[24]。
水性ボールペンの内部構造には、インクの貯留方式によって中綿式と直液式がある。従来の中綿式は、毛細管の中綿からインクを供給するため、重力方向にかかわらず筆記できる特徴を持つが、インク残量が見えず、残量が減るとインクフローが下がる欠点がある。後年開発された直液式では、直接液状インクを貯蔵し、万年筆の櫛溝(蛇腹)に似たコレクターを通じて供給することで、中綿式の欠点を払拭している[25]。コレクターのインク保留量には限界があり、極端な温度・気圧変化を受けるとインク漏れするおそれがある[26]が、この点でも改良は重ねられている[27]。
ゲルインクボールペン
サクラクレパスの「ボールサイン」(1984年)で初めて開発された[28]。中性ボールペンとも呼ばれる。ゲルの性質によって、水性ボールペンのよさである書き味がなめらか、ボテが無い、書き出しが良いことと、油性ボールペンのよさであるインク残量を見ることができる、最後までインクの出方が一定である、(顔料の場合)耐水性があることを合わせ持つ[29][30]。
水性インクにゲル化剤を加えたゲルインクは、リフィル内部では高粘度のゲル状だが、ボールが回転すると速やかにインクが粘度の低いゾル状になり、インクがペン先から滲出する。滲出したインクが紙面に付着するとインクが直ちにゲル化するためインクの滲みが少ない[31]。また比較的大きなインク粒子を使いやすい特徴があり、白色顔料を混ぜたパステルカラー(不透明)インク、ラメ入りインク、香り付きインク、消せるインクといった特殊な製品も登場している。インク素材には染料系と顔料系があり、染料ゲルインクは発色が鮮やかで書き味も滑らかだが、耐水性に難がある。顔料ゲルインクは乾燥後の耐水性・耐光性が高く長期保存に適する。
水性と同じくドライアップしやすく初期はキャップ式のみであったが、キャップのいらないノック式も三菱鉛筆の「シグノノック式」(1997年)[32]以降実用化され、のちに油性同等にスリムなリフィルによる多色ノック式や多機能ノック式も登場した。ノック式はドライアップしにくいインクの配合や、ばねでボールを押し出し非筆記時に隙間を封じることでドライアップを防いでいる。
エマルジョンボールペン
2010年にゼブラのスラリに搭載された新たな種類のボールペンインク[33]。油性インクと水性ジェルを混合した油中水滴型エマルジョンインクを使用する。油性7水性3の割合で混合(乳化)した状態で安定させることにより、水性の滑らかな書き味と、油性の鮮やかで濃い筆記線を両立している。耐水性と耐光性は共に高い。他社の低粘度油性に対応する位置付けになっている。
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