歯
『古事記』下巻 水歯別命(みづはわけのみこと。反正天皇)の御歯は長さ1寸、広さ2分(ぶ)、上下等しくととのって、珠をつらぬいたようであった〔*『日本書紀』巻12〔第18代〕反正天皇即位(A.D.406)前紀では、天皇の歯は、生まれながらに1本の骨のようにきれいに並んでいた、と記す〕。
★2.歯がなかった皇后。
『蒙求』37「杜后生歯」 晋の成帝の皇后(=成恭杜)は、美女ではあったが、成長しても歯が1本も生えなかった。そのため、なかなか結婚できなかった。ところが、成帝が彼女に結婚を申し込み、結納の日になると、一夜のうちに歯がすべて生え揃った。
★3.金(きん)を入れて歯を飾る。
『伊豆の踊子』(川端康成) 高等学校の学生である「私」は、女4人・男1人から成る旅芸人一行と、伊豆半島を旅した。美しい踊子に、「私」は心ひかれた。湯が野から下田への山道を歩いている時、後ろの方で女たちが、「私」の歯並びの悪さを話題にした。踊子が「それは、抜いて金歯を入れさえすれば、なんでもないわ」と言うのが聞こえた。
『金色夜叉』(尾崎紅葉)中編第1~2章 間貫一は鴫沢宮と別れた後、退学して、高利貸し鰐淵直行の手代となる。ある日、同業の高利貸し、美人で名高い赤樫満枝が貫一を食事に誘う。満枝は金歯を入れ、帯留も指環も腕環も時計も金(きん)であった。彼女は熱心に貫一に求愛するが、貫一は「私は世の中のすべての人間が嫌いです。一生妻は持ちません」と言い放つ。
『番町皿屋敷』(講談)第9席 江戸時代の初め頃、「侠客(きょうかく)」というものが流行した。旗本の山中源左衛門は前歯を2枚抜いて金歯を入れ、青山主膳は銀歯を入れて、「金銀の入れ歯組」と称し、連れ立って街を歩いた。彼らは公儀の御威光を鼻にかけ、盛り場で往来の者に喧嘩をしかけることを楽しみとして、日々を送っていた。
★4.金歯を売る。
『暢気眼鏡』(尾崎一雄) 「金大暴騰、1匁につき純金いくら18金いくら、今が売り時」という広告ビラを見て、妻の芳枝は、彼女の歯の金冠を取ってしまった。「私」は怒ったふりをしつつ、芳枝の好意に甘えて、金冠を質屋へ持って行き4円余りを得た。「私」はその金で、まず第一に米を買った。昔聞いた笑話(金歯を入質して米を買ったが、それを喰う段になり弱った)を、「私」は苦々しく思い出した。
*死者の金歯を盗み取る→〔死体〕1dの『不思議な手紙』(つげ義春)。
★5.歯形。
『坐笑産(ざしょうみやげ)』「歯形」 見栄っ張りの隠居が自分の腕に噛みつき、「これ見よ。愛人が焼き餅をやいて噛みついたのだ」と自慢する。「この歯形は、女にしてはずいぶん大きいね」と言うと、隠居は「そのはずだ。笑いながらよ」。
『現代民話考』(松谷みよ子)4「夢の知らせほか」第1章の10 昭和21年(1946)のこと。「私」は結婚している身でありながら、嫁に行く夢を見た。「こんな年齢で、主人もいるのに、どうしたことかな?」と不思議に思ううち、三三九度の盃になった。盃を重ねようとした時に、上の歯がすっぽり抜けてしまった。この夢を見た数日後、主人が亡くなった(長野県須坂市)。
『ローマ皇帝伝』(スエトニウス)第8巻「ウェスパシアヌス」 ウェスパシアヌスは、皇帝ネロの随員としてアカイアに滞在中、夢を見た。それは、「ネロが歯を1本抜かれ、その後たちまちウェスパシアヌスとその一族の繁栄が始まる」との夢であった。すると翌日、医者が広間へ入って来て、たった今、抜いたばかりのネロの歯を見せた〔*後、ウェスパシアヌスは皇帝になった〕。
『沙石集』巻8-5 けちな男が虫歯を抜いてもらおうと、唐人の所へ行く。虫歯1本抜くのに銭2文の決まりである。男は「1文にまけろ」と要求するが、唐人は断る。男は「それなら3文で歯を2本抜け」と言い、虫歯1本と良い歯1本を抜いてもらって、得をした気分であった。
*初茄子1つで2文、2つだと3文→〔売買〕9aの『日本永代蔵』巻2-1「世界の借家(かしや)大将」。
★8.歯痛。
『金枝篇』(初版)第3章第13節 オーストラリアの黒人は歯痛を治すために、熱した槍投げ器を頬にあてる。その後に槍投げ器を捨てれば、それとともに歯痛は、黒い石となって身体から離れる。黒い石は、古い土塁や砂山で見つかるので、彼らはそれを拾い集め、敵めがけて投げる。敵に歯痛を与えるためだ。
顎なし地蔵の伝説 昔ある人が、下顎の歯がひどく痛んだので、痛む下顎をもぎとって放り捨て、死んでしまった。その人の姿を像にしたのが顎なし地蔵さまで、本尊は隠岐にある。出雲の人たちは、歯痛を病むと顎なし地蔵さまにお祈りをし、治ったら梨を川や海へ流す。梨は、汐の流れで隠岐まで運ばれて行く(島根県松江市)。
『奇談異聞辞典』(柴田宵曲)「戸隠明神」 信州戸隠明神の奥の院は、大蛇である。歯を煩う者は、3年間、梨を食うことを断(た)って立願すれば、歯の痛みはたちどころに治る。3年の後、梨の実を折敷にのせ、川中へ流して賽礼をなす慣わしである(『譚海』巻2)→〔後ろ〕1b。
『へたも絵のうち』(熊谷守一)「絵を志す」 「私(熊谷守一)」は偏食のため、子供の頃から歯が悪く、歯痛で苦しんだ(*→〔兵役〕3a)。当時は、歯痛くらいでは、いちいち医者などには行かなかった。家のものが豆腐を川に投げたりしてくれるが、なかなか歯痛はおさまらない。豆腐を川に落とすとか、歯痛を止めるまじないが、いろいろあったのだ。
*虫が歯を食うので虫歯になる→〔虫〕5の『虫歯の物語』(古代アッカド)。
*堪え難い歯痛と頬の脹れ→〔識別力〕2の『春琴抄』(谷崎潤一郎)。
★9.入れ歯。
『花吹雪』(太宰治) 春の宵。黄村(おうそん)先生は屋台で杉田老画伯から嘲笑されたので、喧嘩をしようと外へ出るが、まず上顎の総入れ歯を外して道路の片隅に置いた。何しろ、3百円の大金をかけた入れ歯なのだ。ところが、落花が乱れ散り、白雪のごとく吹き溜まって、入れ歯を覆い隠してしまった。黄村先生は狼狽し、四つ這いになって入れ歯を捜す。杉田老画伯は屋台から箒を借り、花びらをかきわけて、入れ歯を見つけてくれた。
*黄村先生を主人公とする作品は、他に→〔山椒魚〕2の『黄村先生言行録』、→〔茶〕1の『不審庵』がある。
★10.牙のある女。
月と妻と妹(コーカサス、オセット族の神話) 母親が7人の息子を産み、次いで女の子を産んだ。女の子には牙があり、母親と兄たち6人を食い殺してしまった。末弟だけは遠くへ逃げ、塔に住む美女を妻とした。牙のある少女は、末弟をも食い殺そうとねらった→〔母の霊〕3。
齒と同じ種類の言葉
- >> 「齒」を含む用語の索引
- 齒のページへのリンク