藤沢市・マイアミビーチ市姉妹都市提携締結の経緯
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「東洋のマイアミビーチ」の記事における「藤沢市・マイアミビーチ市姉妹都市提携締結の経緯」の解説
1956年9月 - アイゼンハワーアメリカ合衆国大統領が直接国民間の交際を通じて合衆国と他国家国民間における大いなる国際的友情と理解の基礎を確立するための“国民対国民”の提携計画を樹立し、これをきっかけに国際的な姉妹都市提携が盛んになった。 1958年2月21日 - 金子小一郎藤沢市長は、アメリカ合衆国における都市との友好親善、経済の提携、文化の興隆に寄与することを目的としてフロリダ州マイアミ市長に対し、都市提携を申し入れた。6月23日 - ロバート・キング・ハイ=マイアミ市長より金子市長宛書簡(マイアミ市は、すでにラテンアメリカに対し、都市縁組の申し入れをすませてしまったところであり、納得して欲しい)。また、マイアミ市は藤沢市のこの意向をアメリカ合衆国広報文化局(USIS)に連絡した模様。この段階では、マイアミ市とマイアミビーチ市の関係について藤沢市側はよく理解できていなかったようである。マイアミ市は巨大な商業都市であり、マイアミビーチ市はその東隣にある衛星都市で、ビーチリゾートはここにある。 1959年2月26日 - ケネス・オカ=フロリダ州マイアミビーチ市長より、金子=藤沢市長宛書簡(藤沢市と都市提携を承諾したい熱意をもち、かつ全議員賛成議決の用意がある。)。マイアミビーチ市は人口5万、藤沢市とまったく都市形態、特色を一にしていることが判明。 3月4日 - マイアミビーチ市議会は、藤沢市との都市提携締結を決議。 3月5日 - 藤沢市議会は、マイアミビーチ市との提携締結を満場一致で可決。この旨をマイアミビーチ市長、駐米日本国大使=朝海浩一郎(自宅は藤沢市片瀬)に国際電報をもって打電。藤沢市・マイアミビーチ市双方とも初めての姉妹都市提携であり、藤沢市は全国で14番目の姉妹都市提携だったという。 これを機会に「東洋のマイアミ」を「東洋のマイアミビーチ」に改称。 3月8日 - ワシントンD.C.日本大使公邸においてマイアミビーチ市ケネス・オカ市長夫妻らを招いて午餐会の後、 ワシントンD.C.でのナショナル・フラワー・ショー会場における両市間都市提携承認伝達式に朝海駐米大使が主賓として出席。決議文の手交。 4月3日 - “藤沢市とマイアミビーチ市との都市提携委員会専門部会規定”“同産業部会規定”“同教育部会規定”“同文化観光部会規定”起案(4月15日決定) 4月4日 - マイアミビーチ市議会の決議書到着。折返し本市議会の議決書写を発送。一方朝海大使からは3月8日ワシントンにおけるナショナル・フラワー・ショーと両市間都市提携承認伝達式に主賓として出席した模様、ならびにマイアミビーチ市長は近く本市訪問の意志ある旨を伝えてきた。その他マイアミビーチ市広報、写真到着。 4月4日 - 秋本信善=藤沢市議会議長、3月5日の「都市提携を結ぶことについて」が原案可決された証明文書を発行。 4月7日 - 藤沢市とマイアミビーチ市との都市提携委員会結成準備委員会(第1回)開催。 4月17日 - マイアミビーチ市からの初の訪問者ウイリス・サイトシーイング会社社長 ハロルド・バインダー来訪。同氏の来市は、フロリダ州全般にわたり本市観光の紹介ならびに親善に意義があるため、本市マイアミビーチ海岸、水族館等を視察ののち交換歓迎会を催した。マイアミビーチ市の予算書、条例集等を同氏から受領。 4月19日 - マイアミビーチ市、市民管弦楽団による「藤沢市に捧げる演奏会」を開催。 5月26日 - 都市提携委員会結成準備委員会(第2回)開催。決議事項次のとおり。一、委員会委員の選出。二、都市提携記念行事の実施。1.マイアミビーチ市へ送る催し(7月18日、土曜日)。2.都市提携記念式典、記念パレード(8月7、8、9の3日間)マイアミビーチ市長一行を招き、秩父宮記念体育館、片瀬浜でマイアミビーチショーと兼ねて開催。3.6月1日朝海大使帰国の際に連絡する。 6月1日 - 朝海大使、公務のため帰国し、藤沢市役所に来庁。市長、助役、市議会議長、副議長らと面接打合せ。たまたマイアミビーチ市議会全員協議会開催中につき議場においてマイアミビーチ市事情報告のスピーチとスライド上映、参会者全員に多大の感銘を与えた。 6月23日 - “マイアミビーチ市対藤沢市例年第1回ジュニアオリンピック通信水泳大会”開催。フラミンゴ公園内水泳プール。 7月18日 - マイアミビーチへ贈る催し「都市提携記念江の島マイアミビーチオープニングショー」(13:00~サンケイホール。フジテレビ、特別番組を制作・放映) 8月7日 - 秩父宮記念体育館で都市提携フェスティバル開催。来賓:マイアミビーチ市民代表、アメリカ大使館移民帰化事務所長、在横浜アメリカ領事館代表。 8月7日 - “藤沢市対マイアミビーチ市例年第1回ジュニアオリンピック通信水泳大会”開催。湘南学園プール。この大会は、両市の中学生がそれぞれ水泳大会を開き、結果を交信しあって競技するというものであった。ところが、日米のプールは度量衡の違いのため距離が異なり、結果を換算しなければならなかった。このため、この1回が行われたのみである。 8月8日 - 記念大パレード(横浜銀行藤沢支店前→本町→辻堂→小田急ビーチハウス前)。参加:米陸・空軍軍楽隊、藤沢商業高等学校音楽隊、藤嶺学園女子高等学校鼓笛隊、第一中学校・鵠沼中学校・明治中学校合同ブラスバンド、江の島龍神ばやし、民謡協会の民踊行進、鵠沼各町内の人形山車、江ノ島鎌倉観光のフロート車など市内各企業数十台の宣伝車による。途中から悪天候になり、ことに人形山車の処置に苦労したという。 8月15日 - 記念花火大会(マイアミビーチショー最終プログラム)。これらのうち、藤沢市で開催された一連の行事の総称を「マイアミビーチショー」と名付けた。これが、今日藤沢市観光協会が企画運営する一連の夏季の観光行事の総称を「江の島マイアミビーチショー」と称する由来である。 10月11~28日 - マイアミビーチ市アートセンターで絵画展開催。この展覧会に藤沢市から児童画50点を出品予定だったが、藤沢からの作品到着が遅れ、出品できなかった。
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