水滸伝の成立史とは?

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水滸伝の成立史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/31 00:47 UTC 版)

水滸伝の成立史(すいこでんのせいりつし)は、中国明代に成立した長編小説四大奇書の一つである『水滸伝』の成立過程に関わる様々な論点についての概説である。




注釈

  1. ^ 明中期の蔵書家・高儒の書目(蔵書目録)。序文によれば嘉靖19年(1540年)の成立。
  2. ^ 小松謙・高野陽子の研究では『水滸伝』全篇の人称詞、指示詞、疑問詞、特殊用語の使われ方を分析し、まず第35回ごろに第一の変化が生じ、第60回ごろを境に更に大きな変化が生まれ、第70回以降は完全に性格が変わることを明らかにした。特に第75回以降は『三国志演義』などのような歴史小説の文体に近く、最終的に小説にまとめあげた作者が、水滸伝物語にきちんとした結末をつけるために人工的に作り上げたものであろうと推論している。小松謙・高野陽子「『水滸傳』成立考 - 語彙とテクニカル・タームからのアプローチ」(『中国文学報』65、2002年)。
  3. ^ 佐竹靖彦は著書の中で百回本を4つの部分に分け、第1回から40回までを第1部分「義士銘々伝」、41回から82回までを第2部分「宋江体制確立」、83回から90回までを第3部分「遼国征伐」、91回から100回までを第4部分「方臘征伐」と区分している。佐竹1992、17-32頁。
  4. ^ 洪邁『夷堅乙志』巻6「蔡侍郎」に「侍郎去年(宣和6年=1124年)帥鄆時、有梁山濼賊五百人受降、既而悉誅之」とある。鄆州は『水滸伝』にも登場する梁山泊附近の鄆城県が所属する州である。
  5. ^ 侯蒙(侯参謀)は『水滸伝』百二十回本の101~110回に登場する。
  6. ^ 張叔夜は『水滸伝』百回本・百二十回本の75~82回に登場する。
  7. ^ 通常の書籍の「章」にあたる区切りが「第○回」と「回」で示されるため、章回小説と呼ばれる。それ以前は文章の区切りである「則」ごとに標題をつけた分則形式が主流であった。章回の特徴は数字で回数が示されることと回題に対句表現が多く用いられることが挙げられる。『水滸伝』百回本の後、『三国志演義』(李卓吾評本)『西遊記』(世徳堂本)でも採用され、明清代の通俗小説で流行した。
  8. ^ 清代の蔵書家・黄丕烈が自らの蔵書「士礼居叢書」に『宣和遺事』を宋本として収録したことによる。
  9. ^ 高島俊男や中鉢雅量は、晁蓋が三度祝家荘を討って戦死すること、李応が若い青年であることが『水滸伝』と食い違うことなどから、『梁山五虎大劫牢』に関しては、『水滸伝』成立以前の作品ではないかとする。高島1987、186-187頁。中鉢1996、152頁。
  10. ^ 呉用の計略により梁山泊に誘いこまれた盧俊義を捕らえる話は現行『水滸伝』の第61回・62回の展開と似ている。
  11. ^ 史実における方臘の乱と『水滸伝』の方臘戦で共通する戦場は、杭州睦州歙州のみである。婺州衢州といった銭塘江沿いの戦場やそれより南の処州での戦闘は、潤州蘇州など大運河沿いの州に置き換えられている。
  12. ^ なお、李開先は『水滸伝』の続篇である『金瓶梅』の作者「蘭陵笑笑生」の正体であるとする説もある。詳細は蘭陵笑笑生参照。
  13. ^ 「鉄」「銕」はともに「鐵」の異体字であり、意味に違いはない。
  14. ^ このように元々の話を焼き増ししてもう一つ似たような話を作り、他の位置に挿入したとおぼしき痕跡は他の部分にも見られる。同じ虎殺しの話である第23回の「武松打虎」と第43回の「李逵探母」、奸婦殺しの話であり悪女の名も似通う第24-26回の「潘金蓮殺し」と第44-46回の「潘巧雲殺し」などがその例である。

出典

  1. ^ 高島1987、236頁。
  2. ^ 高島1987、188-189頁。
  3. ^ 高島1987、192頁。
  4. ^ 松村・小松2005、130頁。
  5. ^ 高島1987、198-199頁。松村・小松2005、130-131頁。
  6. ^ 高島1987、194-197。松村・小松2005、132。
  7. ^ 高島1987、203-204頁。
  8. ^ 高島1987、205-207頁。松村・小松2005、132頁。
  9. ^ 高島1987、206-207頁。
  10. ^ 魯迅1997、392頁。松村・小松2005、166-173頁。
  11. ^ 高島1987、273頁。
  12. ^ 高島1987、274-275頁。
  13. ^ 馬場2004、76頁。
  14. ^ 高島1987、245-272頁。
  15. ^ 松村・小松2005、164頁。
  16. ^ 笠井直美「金陵世徳堂本『水滸記』について」注14、同「李宗侗(玄伯)旧蔵『忠義水滸傳』」注22など。
  17. ^ 馬場2004、78-79頁。
  18. ^ 高島1987、276-280頁
  19. ^ 松村・小松2005、176
  20. ^ 高島1987、281、松村・小松2005、177
  21. ^ 馬場2004、81-83頁
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  23. ^ 馬場2004、74-75頁。
  24. ^ 魯迅1997、384頁。
  25. ^ 『宋史』巻五百三十一 侯蒙伝。
  26. ^ 『宋史』巻五百三十三 張叔夜伝。
  27. ^ 牟潤孫「折可存墓誌銘考証兼論宋江結局」(『台湾大学文史哲学報』第二期、1952年)。
  28. ^ 厳敦易『水滸伝的演変』(1957年、作家出版社)。
  29. ^ 宮崎1972、44-54頁。
  30. ^ 高島1993、260-271頁
  31. ^ 中鉢1996、107-131頁。
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  34. ^ 佐竹1992、38-39頁。
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  60. ^ 宮崎1972、66-70頁。
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  64. ^ 小松2010b、212-213頁。
  65. ^ 松村・小松2005、148頁。
  66. ^ 『建炎以来繋年要録』巻七「建炎元年七月、賊史斌拠興州、僭号称帝、斌本宋江之党」。
  67. ^ 小松2010a、3頁。
  68. ^ 高島1987。
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  83. ^ 大塚2000、130-145頁。
  84. ^ 宮崎市定「水滸伝的傷痕―現行本成立過程の分析―」『東方學』第六輯、1967年。
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  89. ^ 佐竹1992、84-90頁。
  90. ^ 松村・小松2005、184-185頁。
  91. ^ 松村・小松2005、186頁。
  92. ^ 高島1987、49頁。
  93. ^ 中鉢1996、132-136頁。
  94. ^ 『水滸伝人物事典』30-31頁。
  95. ^ 松村・小松2005、146-147頁。
  96. ^ 『水滸伝人物事典』98-99頁。






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