戸田派武甲流薙刀術
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/06/04 07:27 UTC 版)
| 戸田派武甲流薙刀術
とだはぶこうりゅうなぎなたじゅつ
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|---|---|
| 使用武器 | 薙刀 |
| 発生国 | |
| 発生年 | 戦国時代 |
| 創始者 | 戸田清眼 |
| 源流 | 戸田流 |
| 主要技術 | 薙刀術 |
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戸田派武甲流薙刀術(とだはぶこうりゅうなぎなたじゅつ)は、薙刀術の流派のひとつ。鍵付薙刀を遣うことで知られる。他に剣・槍・鎖鎌術を併伝している。
古流薙刀術の流派の多くは薙刀対日本刀という想定の形が中心だが、この流派は剣・槍・鎖鎌に対する形が5本に対し、薙刀対薙刀(相薙刀)の形が11本と多いのが特徴である。
歴史
越前の朝倉家に仕えた戸田清眼(富田勢源と同一人物と思われる)を流祖とし、関東の戦国武将である北条氏邦夫妻がこれを学んだと伝えられる。その後は、北条家の家臣であったと伝えられる武州秩父(現・埼玉県秩父郡小鹿野町)の強矢家の家伝の流儀となる[2]。
歴代の伝承者の中では、幕末の第13代の強矢良輔武行が有名である。強矢良輔は甲源一刀流の剣客として著名で、紀州藩付家老・水野家(新宮城主)の剣術指南役となり、傍ら江戸の四谷に道場を構えた。また、強矢良輔が「戸田派武甲流」と改称したとされる[3]。
技法
- 相薙刀(薙刀合薙刀)十一本
- 飛乱・虎乱・合位・風葉・水車
- 小手落之事・引落・迅雲・左右打留・突留
- 片手返
- 太刀(薙刀合太刀)五本
- 槍(薙刀合槍)五本
- 飛龍留・巻捨・摺入・水車隠・五固
- 鎖鎌(薙刀合鎖鎌)五本
- 鎖留・鎖引・水月・片避・一足押
- 鍵付薙刀合太刀 五本
- 岩波・後乗打・二重巻・異曲・管
- 鍵付薙刀合槍 五本
- 鱗・巻落・左右冠・半月・気頭返
それぞれに表の形・裏の形がある[4]。
系譜
宗家継承問題
二十代宗家は生前に兄弟子であり、十九代宗家より師範允可を受けた高弟でもあるデンマーク出身[5]の師範を宗家代理に指名、後事を託して死去した。宗家代理は次代の宗家育成を続けている[6]。
出典
- ↑ 秘伝古流武術 1990 p.73
- ↑ 新田寿々雄 1994 p.168
- ↑ 新田寿々雄 1994 p.168-169
- ↑ 秘伝古流武術 1990 p.72
- ↑ 今月の人 平常心を培う日本の武道 ケント・ソレンセン さん(41歳) - 稲毛新聞
- ↑ 現在 - 戸田派武甲流薙刀術公式サイト
参考文献
関連項目
リンク
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