民弥流
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民弥流(たみやりゅう)とは、居合術の流派のひとつ[1]。遠祖を林崎甚助重信、流祖を民弥権右衛門宗重とする[1]。富山藩[2]、加賀藩[3]など、北陸を中心に伝承された。
注釈
出典
- ^ a b c 綿谷雪『武藝流派辭典』(人物往來社、1963年)259頁
- ^ a b 『富山県史 近世』(富山県、1976年)92頁
- ^ 『金沢市史 通史編:第2巻』(金沢市、2004年)307頁
- ^ 黒田 1991, p. 26.
- ^ 『金沢市紀要』(金沢市、1924年)82頁
- ^ 今村嘉雄『十九世紀に於ける日本体育の研究』(不昧堂書店、1967年)347頁
- ^ a b 富永堅吾『剣道五百年史』(百泉書房、1972年)85, 382頁
- ^ a b 天保7年(1836年)『諸芸雑志 巻1~巻17』(富山県立図書館所蔵)巻11:82-86頁
- ^ 安政7年(1860年)写『相心流居合手抜鑑書』(東京国立博物館所蔵)
- ^ 『金沢市史 通史編 : 第2巻』(金沢市、2004年)307頁
- ^ a b 『とやまスポーツ物語』(富山県公文書館、2020年)3頁
- ^ a b c 綿谷雪『武藝流派辭典』(人物往來社、1963年)92頁
- ^ a b c 綿谷雪『日本剣豪100選』(秋田書店、1972年)146-147頁
- ^ 『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』(講談社、2015年):「上泉孫次郎」項(コトバンク)
- ^ 綿谷雪『武芸流派100選』(秋田書店、1972年)99頁
- ^ 『富山市史』(富山市、1909年)146-147頁
- ^ 『近世越中の教育事情 〜広徳館・私塾・寺子屋〜』(富山県公文書館、2012年)3頁
- ^ 「諸芸雑志 巻1~巻17」(富山県立図書館所蔵)巻8:76頁に所収。
- ^ 富山市の「黒田正好 正郡先生碑」に刻まれた情報より
- ^ a b 『日本古武道総覧』(日本古武道協会、1997年)86頁
- ^ 黒田 1991, p. 141-253(第9-第13章).
- ^ 黒田 1991, p. 47-54.
- ^ a b 杉上清兵衛尉より杉山八左衛門『田宮真傳奥儀集』, 文化11(1814)年, 旧武専謄写本.
- ^ 窪田清音『剣法居合記』, 文政2(1819)年, 日本体育大学付属図書館蔵.
- ^ 窪田清音『剣法傳授居合口傳』, 江戸末期, 山田次郎吉『剣道集義 続』(1923年)所収.
- ^ 黒田 1991, p. 82, 126.
- ^ 甲野善紀『武術を語る 身体を通しての"学び"の原点』(壮神社, 1987年)304頁.
- ^ 黒田 1991, p. 29.
- ^ 黒田 1991, p. 126.
- ^ 振武館黒田道場, 2022/12/25閲覧
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