応用戦略
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/11 20:03 UTC 版)
基本戦略は、デッキが全て残っていることを前提としたものである。しかし、カウンティング対策をしないカジノでは配り終わったカードは元に戻さずにディスカードトレーと呼ばれるトレーにそのまま置いておく。通常、シューと呼ばれる複数セット(デッキ)の塊を用い、この手順によって複数回のゲームを進行する。シャッフルしないカジノでは一つのシューにおけるゲームのある時点で残っているカードにはばらつきが生じる。情報理論的表現をすれば、シューは記憶のある情報源である。従って、残りカードの組み合わせによって、プレイヤーが有利になっている状態が生じる。ここが、無記憶情報源であるサイコロを用いたクラップスやルーレット等のカードを用いないカジノゲームとの大きな相違点である。 残りデッキに、10点やAのカードが多く残っている場合にはプレイヤー有利、4,5,6等のカードが多く残っている場合にはディーラー有利になることが多いことがシミュレーション及び理論解析によって確かめられている。また、基礎戦略とは異なるプレーが最適となるケースが出てくる。説明のため、非常に人工的な2つの状況を述べる。 例1 残りカードが全て8である場合 プレイヤーは8が2枚配られた段階で、スタンドする。ディーラーにも8が2枚配られ、16となるがルールによってディーラーはヒットしなければならない。結果として、ディーラーには8が3枚配られバストするので、プレイヤーは必ず勝つことになる。この場合には必ず勝つので賭け金を出来るだけ大きくすることが最適となる。また、(説明のためスプリットが許されないルールであるとすると、)戦術上は基本戦略とは異なり、2枚の8をヒットせずにスタンドすることが最適な戦略となる。 例2 残りカードが全て6である場合 ディーラーは、ルールによって、必ず6が3枚の18となる。従って、プレイヤーはディーラの6を見て自身の2枚の6に対して基本戦略通りスタンドをすると、必ず負けてしまう。そこで基本戦略とは異なりヒットをする。結果的に、プレイヤーもディーラーも18となるので、必ず引き分けとなる。従って、この状況はプレイヤーにもディーラーにも有利ではない。但し、負けないためにはプレイヤーが12をヒットすることが戦略上必須となる。 例3 残りカードが全て3である場合 ディーラーは、ルールによって、必ず3が6枚の18となる。従って、プレイヤーは基本戦略通りプレイすると3が5枚の15になった時点でスタンドすることになるが、これでは負けてしまう。そこで基本戦略とは異なり3が7枚の21になるまでヒットをすればプレイヤーは必ず勝てる。但し、勝つためにはプレイヤーが21になるまでヒットすることが戦略上必須である。 上記の3例のような非常に単純な状況であれば、プレイヤーが有利かどうかの判断、最適戦術の判断を即座に判断出来る。しかし、より一般的な状況においては、まず配られたカードを全て記憶することは非常に難しい。また仮に、残りのカード状況を完璧に把握していたとしても、プレイヤーが有利かどうか、どのような戦略を取るべきかを計算するためには、考えられる全ての場合について確率を数え上げる必要が出てくるので、これを人間の頭で計算することは非常に難しい。このように、残りカードに応じてプレイヤーの有利不利や最適な戦略を『近似的に』判断することが可能となる。これがカードカウンティング(card counting)と呼ばれている手法である。 代表的なカウンティング手法であるHi-Loをここに示す。まずシューの配り始めにおける、カウント値を0とする。カードが開かれていくのに合わせて ハイカード(high card; 10点カードとA)が見えたら -1 ローカード(low card; 2~6点のカード)が見えたら +1 その他のカードは 0 というルールに従ってカウントを増減させていく。ここで、そのカウントがある一定の閾値を越えれば、プレイヤーに有利であると判断しベットを増やし積極的なプレイを行い、逆に、ある閾値以下であればプレイヤー不利判断し、ベットを減らし消極的なプレイを行う。また、戦略変更(strategy change, index change とも; 基本戦略からの逸脱)も、このカウント値に基づいて行う。但し、同じカウント値であっても、残りのカード枚数が少ない方が、よりカードが偏っていると考えられるので、上述のカウント値を残りのカードの枚数(あるいはデッキ数)で割って正規化した「トゥルーカウント(true count)」を用いることが行われる。 このようなカウンティングを利用することで、総合的にプレイヤーが有利に戦える可能性が出てくる。カウンティングはあくまで近似的な手法であるため、厳密な計算を行った場合には、カウントが大幅にプラスになっていてもプレーヤーが不利な状況や、逆にカウントがマイナスでもプレイヤーが有利な状況もありえる。例えば、上記例1では残りカードが全て8だということは、その時点で-1と数えるカードも+1と数えるカードも出尽くしてしまっている訳であるから、カウントの値も0に戻っている。従ってカウント値からは、この状況は有利でも不利でもないと判断される。にも関わらず実際には、圧倒的にプレイヤーが有利な状況となっているのであるから、この場合、Hi-Loカウントは「誤判断」を行っている訳である。 そこで、カウンティングの効率の指標として、厳密に有利な状況を、有利であると判定する確率が考えられる。これがベッティングコリレーション(Betting Correlation)またはBetting Efficiencyと呼ばれるものである。上記Hi-Loと同等レベルの複雑さをもつカウンティング手法においては、ベッティングコリレーションは90%以上の高い精度を示す。即ち、プレイヤーの有利不利をかなりの高確率で判断する性能がある。 一方、あるカウンティングが正しいプレーを指摘する確率はプレーイングコリレーション(Playing Correlation)またはPlaying Efficiencyと呼ばれる。プレーイングコリレーションは通常あまり高くなく、70%程度が限界値であるとされている。 但し、これらの指標はあるカウンティング手法の性能の目安であり、どの程度プレイヤーが有利になるかは、 カードの残り枚数がどの程度でシャッフルが行われるか(penetrationとも呼ばれる) ベット金額の幅(Bet Spread)はどの程度か? 戦略変更の閾値となるカウント値をどの程度覚えておくのか? デッキ数、細かなルールの有無 等によって変わってくる。これを判断するためのデータ集やシミュレーションソフト等は、専門ショップ等で購入することが出来る。 一般的に、複雑な手法はより一層の効率の上昇が期待できるが、記憶力や疲労とのトレードオフとなる。そのため、カウンティング手法にも難易度や着目すべき点によっていくつかの種類がある。 Hi-Loと同程度の複雑さの手法の代表的なのものは KO トゥルーカウントへの変更という操作を必要としない手法 Hi-Opt I メインとなるカウントの他に、Aの枚数を別にカウントすることによりベッティングコリレーションの向上を狙った手法 である。 また、カウントを行うときにカードの種類によってその重みを変更(例えば5をプラス1と数えるのではなくプラス2、あるいはプラス3と数える)することによる性能向上を狙った手法にOmega II, Zen などがある。これらの戦略は書籍やWebサイト等で有料もしくは無料で配布されており、またBlackjack Forumのような戦略研究専門雑誌も発刊されている。 なお、一時期はポケコンを用いたカウンティングをする者もおり、すべての出現カードに対して正確にカウントでき、その後の期待値の計算なども正確に行えるため、詰んだ状況以外では理想的なプレイを行える。もちろん、現在このような機器の持込を許可するようなハウスは存在しない。 有名なエドワード・ソープ博士の"Beat the Dealer"によって、カウンティングの有効性が一般大衆に知られるようになって以来、カウンティングで収入を得ることを正業とするカードカウンターが非常に多く出現した。日系アメリカ人のケン・ユーストンも偉大なカードプレイヤーの一人に数えられている。また、1970年代から20世紀の終わりにかけて、カードカウンティングの研究も非常に盛んに行われた。このため、カジノはカードカウンターを排除すべく様々な対抗策を取ってきた。 まず法律的には、世界中のほとんどの地域でカウンティングを行うことを直接禁止する法律はなく、直接禁止することは不可能であり、各ケースでの判決判例になる。ラスベガスのあるネバダ州では「カジノは私的設備であるので、任意の第3者の入場を拒否することが出来る」という判断によってカードカウンターをいかさまとして排除している。 残りカードを十分残してシャッフルすればカウンティングの収益は激減するので、これを常時励行したり、カードカウンターらしき人物がプレイしている場合に特別に行ったりするという策もある。 更に、21世紀に入り、カードカウンターを発見することはピットボスの観察という人間的な手法に頼っていたものを、機械的にプレイヤーのベットの上げ下げやプレーの変更を記録することにより、酔っ払ったふりをしていい加減なプレイをするといったカモフラージュをしている場合や、カードカウンターが負けている場合でも、そのプレイヤーのカードカウンティングの技術レベルを正しく判定する装置が導入されるようになり、高額プレイを行うカードカウンターが収益を上げることの出来る機会は大幅に減ってきた。また、生体認証を用いて脅威となるプレイヤーを同定するシステムも、主に高額の賭けが行われる所では導入が進んでいる。 さらに、連続シャッフルマシンの導入も世界各国のカジノで進められてきている。連続シャッフルが行われた場合は、カードカウンティングの効果は全くなくなる。また、連続シャッフルが行われるゲームは、「カードの流れを読んでプレー」をしたいプレイヤー(言うまでも無くこのような手法に有効性は実証されていない)や、「ディーラーの運を読んでプレイ」をしたいプレイヤー(こちらも当然ながら有効性は実証されていない)も敬遠するようになる。 また、単純に控除率を上げることでの対処として、「イーブンをプレイヤーの負けとして扱う」ハウスもある(この場合、イーブンマネーは成立せず、ナチュラル21の手にインシュランスを掛けて成功しても配当はトータルで元返しとなる。これによる理不尽感を払拭するため、このようなハウスではプレイヤーのナチュラル21が成立した場合、ディーラーの手に関係なく即座に配当を行うルールにされることが多い)。 他には、ベット可能額の幅を小さくすることで「プレイヤーに有利なゲームで特別に厚く張る」ことを防止できる。中には、最小額=上限額といったハウスもある。 このように、カウンティングによってプレイヤーがカジノに対して数学的に有利にプレーすることが出来る可能性があり、またカウンティングを行わなくても基本戦略に従ってプレーするという努力を行ってプレイした場合の控除率が、カジノで提供されるゲームの中では非常に低い、という稀有なゲーム(完全技術介入下において控除率が0%未満になるゲームは、カジノでは他に存在しない)であったブラックジャックも大幅なルール変更によりその魅力は失われつつあり、また人気も徐々に低くなりつつあるのが現状である。
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