室町水墨画とは? わかりやすく解説

室町水墨画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/13 03:27 UTC 版)

水墨画」の記事における「室町水墨画」の解説

室町時代日本水墨画全盛期と言ってよいであろう足利家禅宗庇護したこともあり、禅文化五山文学栄え足利家の寺である京都相国寺からは如拙周文雪舟はじめとする画僧輩出したまた、東福寺画僧吉山明兆は、濃彩仏画から水墨画まで幅広い作品制作した8代将軍足利義政政治省みなかったが、文化振興には力を入れ唐物呼ばれる中国舶載書画茶道具などを熱心に収集・鑑賞した。当時日本珍重されたのは、中国南宋時代画家作品で、夏珪馬遠牧谿もっけい)、梁楷玉澗ぎょくかん)らが特に珍重された。牧谿梁楷玉澗などは中国本国よりも日本評価の高い画家である。なお、室町時代日本画壇が水墨画一色であった考えるのは誤りで、この時代には伝統的な大和絵屏風盛んに描かれていたことが、20世紀後半以降研究明らかになっている。 14世紀まで日本水墨画頂相祖師図道釈画などの人物画花鳥画中心としていたのに対し15世紀には日本でも本格的な山水画描かれるうになる日本水墨山水画のうち、最も初期の作とされるものは、「思堪」という印章のある『平沙落雁図』(個人)である。この作品には中国出身禅僧一山一寧の賛があり、彼の没年である1317年制作年代下限となる。画面下部に「思堪」の朱印があり、これが画家名と思われるが、その伝記等は不明である。この『平沙落雁図』にはまだ水墨画画法をこなしきれていない稚拙な部分があり、遠近感表現なども十分で はない。それから約1世紀経た応永年間15世紀初頭)に、「詩画軸」と称される一連の作品制作される。 「詩画軸」とは、「詩・書画一体」の境地表したもので、縦に長い掛軸画面下部水墨画描き上部余白に、画題関連した漢詩書いたのである。この種の詩画軸年代分かる最古のものとされるのが藤田美術館蔵の『柴門新月図』(さいもんしんげつず)で、応永12年1405年)の作である。この図は杜甫の詩を題材したもので、絵の上部には序文続いて18名の禅僧詩文書いており、絵よりも書の占めスペースが倍以上大きい。15世紀前半制作され詩画軸代表作としては他に『渓陰小築図』、『竹斎読書図』、『水色巒光図』(すいしょくらんこうず)などがあり、絵の筆者は『渓陰小築図』が明兆、『竹斎読書図』、『水色巒光図』が周文との伝えもあるが、確証はない。この時期詩画軸は、「書斎図」と呼ばれる山水囲まれ静かな書斎で過ごす、文人理想境地題材したものが多い。 この時代にはようやく画人の名前と個性明確になってくる。相国寺画僧如拙は、『瓢鮎図』(ひょうねんず京都退蔵院)を初め若干作品知られる。やはり相国寺画僧であった周文は、幕府御用絵師としての事績文献からは知られ詩画軸山水屏風などに「伝周文筆」とされる作品多数残るが、確証のある作例1点もない。 15世紀後半には、水墨画家としてのみならず、著名な画家一人である雪舟1420年 - 1502年/1506年)が登場する雪舟備中国岡山県)の出身で、地方武士の血を引くと言われる上京して相国寺の僧となるが、後に大内氏頼って山口移住応仁の乱1467年 - 1477年)の始まり前後して中国明に渡航足掛け3年滞在して帰国した帰国後は山口、大分など、もっぱら地方遍歴して制作し80歳代まで作品残している。雪舟明応4年1495年)、76歳の時、弟子の宗淵に与えた作品山水図』(通称「破墨山水図」)の自賛に、「自分は絵を学ぶために明に渡航したが、そこには求める師はいなかった」と記し先輩に当たる如拙周文画業たたえている。この自賛は、日本の画家が自らの画業について語ったものとしては最古のものであり、日本画家として自負窺える雪舟中国絵画影響消化しつつ『天橋立図』のような日本実景題材にした独自の水墨画制作したまた、多く弟子育成し、彼らの中には秋月薩摩出身)、宗淵(鎌倉円覚寺画僧)など、それぞれの出身地帰って活躍した者もいた。こうしたでも、雪舟日本絵画与えた影響大きかった室町時代には、地方にも多く画人現れ、その多く武家出身であった。その代表的な存在が、常陸国太田茨城県常陸太田市)の武家出身画家雪村であった雪村は後に出家して画僧となり、関東地方会津地方80歳代まで制作続けたが、その作品には武家出身らしい気迫こもったものが多い。 この時代には他にも多く水墨画家がいた。著名な者としては、曾我蛇足松谿岳翁丘らがいるが、これらの人物の伝記はあまり明らかでない足利将軍家仕えた同朋衆」(唐物目利きなど、芸術顧問的な仕事をしていた)の阿弥派一族能阿弥芸阿弥相阿弥)も水墨作品残している。 竹斎読書図 伝・周文東京国立博物館国宝山水図水色巒光図)(奈良国立博物館国宝山水図破墨山水図)雪舟東京国立博物館国宝秋冬山水図秋景雪舟東京国立博物館国宝溌墨山水図 杉浦俊香 昭和3年1928年)作 個人

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