北野に対する判決理由
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 11:59 UTC 版)
「富山・長野連続女性誘拐殺人事件」の記事における「北野に対する判決理由」の解説
Mの自白調書の信用性 Mの自白調書については、「検察官の主張する通り、『北野と共謀した』という点では一貫性が保たれてはいるが、捜査の最終段階や公判における供述は、いずれも北野を共犯者として名指しし、自らの実行正犯性を強固に否定するもの(=北野に責任を押し付けようとするもの)だ。つとに指摘されてきた共犯者の自白の危険性が一部現実化していることが明らかである」と指摘し、「共謀を認める部分についてのみMの供述を信用できる点が存在するか、という角度から問題点を掘り下げるべき」と判示した。 その上で、検察官の「Mは取り調べの当初、愛する北野をかばおうとしたが、説得を受けて共謀に関する真実を告白した」とする主張については、「その愛情を抱いている相手に責任を押し付けるような供述に転じた理由に関する疑問を解消する事情は窺われず、押しつけ供述を始める以前から、Mの供述内容は著しく不自然で、共謀に関する供述内容にも看過できない不合理な点が残されている」と指摘。Mが「自身の単独犯」「北野(および、彼以外の男)と共謀した」「自身は関与していない」などと、次々と供述内容を変遷させていることなどを挙げ、「Mの供述内容には、北野の有罪認定のための証拠として用いるだけの信用性は認められない。虚偽供述と残余部分とを区別して評価できる特段の事情も見いだせない」「捜査時点におけるMの供述全体について、取調官の心証を考慮しつつ自己の供述を巧みに操作し責任の転嫁、軽減を図ろうとする意図に支配されたものであった疑いが極めて濃厚である」と判示した。そして、「このような理解に立脚するときは、Mは、事件後程なく、極刑も予想される犯罪の実行責任を北野に転嫁させようと考えていたということになるから、犯行時点のMが、北野との間に心身の一体性を強く感じていたとする検察官の主張には多大の疑問を禁じ得ない。むしろ、北野の『Mは情を知らない自分を利用し、M自身の刑事責任を免れる意図で、事前の下見や各犯行の前後に自分を伴って行動していた』という主張を、現実的な可能性を帯びたものとして受け止めざるを得ない」と結論づけた。 両名の一体性 上述の考察に加え、検察官の「Mと北野は事件前から愛人関係にあり、共同で『北陸企画』を経営するなど、心理面および日常生活面で強固な一体性があった。実行者であるMが、犯行の意図を北野に告知しなかったはずはない」とする主張に対しては、Mが北野と知り合って以降も他の男性と関係を持っていた点や、フェアレディZ購入による借金の推移(Mは金融機関などからの借り入れ分を返済するため、サラ金に手を出すなど困窮していた一方、北野にはそこまで困窮していた事情はなく、Mに助力しようとした様子も窺われない点)および、借金に対する相互認識の差異(Mが多額の借金をしていたことを、北野が知らなかったこと)などから、「2人が事件当時まで、愛人関係を継続し、経済的にも一定限度で利害関係を共通にしていたことは認められるが、Mが北野に対し、一心同体と評価できるまでの一体感を抱いていたとまでは認められない」と結論づけ、検察官の主張を退けた。 また、その「検察官の『Mと北野は一体的になり、共謀していた』という旨の主張の論拠は、『北野の自白』を除くと『富山事件の誘拐場所として、北野も経営者として使用していた北陸企画事務所が使用されたこと』『長野事件の際、北野がMと行動をともにしていたこと』に尽きる。それ以外は何の批判的検討もなく、Mの供述に依拠したり、信用性に欠ける関係者の証言内容を根拠にしている」と指摘し、共謀立証の在り方についても厳しい批判を展開した。 北野の自白の信用性 #2人の供述内容の変遷に照らし、長野事件では「否認→自白→供述拒否」という経過を辿っており、否認後自白に転じる契機として過剰自白(「自分がBを殺害した」という明白な虚偽自白)が混在していたり、富山事件でも自白と否認との動揺の跡が歴然としており、自白状況が著しく不安定である点を指摘。以下の点も含めて、「自白内容の合理性に関する検察官の主張はいずれも論拠を欠き、かえって供述の真摯性に疑問を抱かざるを得ない事情が少なからず認められ、供述の変遷過程をたどると、その疑いは一層深まるばかりである」と総括した。 また、北野が自白に至った経緯についても検討し、「愛人関係にあったMが利得目的に重罪を引き起こし、その間自身がMと行動をともにしていたことや、利得が自分にも還元される可能性が強かったことが要因となり、道義的責任(北野の言う「男の責任」)を抱いていた北野が、捜査官側から心情論的な追及を受けたこともあって、その道義的責任を承認する意味であえて虚偽の不利益事実を自認した疑いが濃厚である」とも指摘した。秘密の暴露の有無 検察官の「富山事件における北野の自白には、睡眠薬の使用に関する『秘密の暴露』が認められる」という主張については、「北野がそのような供述をした当時(1980年4月15日)、Aに対する睡眠薬使用の事実は、鑑定などによって確認はされていなかったが、捜査官が事前にそのような疑いを抱くことなく尋問に臨んだとは思えない。『秘密の暴露』とは、『あらかじめ捜査官の知り得なかった事項で捜査の結果客観的事実であると確認されたもの』のことであり、事前に明確な事実確認ができていなくても、捜査官が当該事実の存在について疑いを抱いていた事項についての供述は、『秘密の暴露』には当たらない」と指摘。先行して捜査が進んでいた長野事件について、Bの遺体に防御創が認められなかったことから、4月4日の時点で薬物使用の痕跡があったかについての鑑定が嘱託され、同月13日にはMがBに対する睡眠薬の使用を認めたこと、翌14日には長野県警の警察官が富山市内の薬局から、富山事件前にMが睡眠薬を購入したことを記録した要指示薬帳面を領置したことを挙げた上で、「捜査機関が両事件の状況的類似性に思い至らなかったはずがなく、宮﨑恪夫警部も『Aも睡眠薬を使って殺されていたと思った』と証言していることから、Aに対する睡眠薬の使用は、(北野が4月15日に自白するより前から)単なる想像の域を越え、具体的な証拠に裏付けられた疑念に高まっていたことが推認される」として、「北野の供述について、秘密の暴露性を肯定し、自白全体に高度の信用性を付与することはできない」と判断した。 自白内容の合理性・変遷 北野の供述内容について、「共謀に加わった者であれば当然体験・記憶していると考えられる事項に関する説明の欠落」「共謀を疑わせる客観的事実について、疑問を解消させるに足りる説明が加えられていない点」「共犯関係があったにしては不自然な状況の存在」といった不自然性を指摘した。また、共謀の本体的部分(殺害実行者・身代金額・受け取り場所など)について説明の困難な変遷が見られたり、共謀に加わったなら当然知っているだろう事項について、いったん具体的・詳細な供述をしたのに撤回している点や、極めて短期日の間に具体的説明が変転したりする点などの存在を指摘し、「本件における供述変遷状況は、自白全体の体験供述性を強く揺るがすものである」と判示した。 北野の弁解について 一方、北野の「自分はMを『金儲けの上手な女性』と思い込み、彼女から持ち掛けられた(政治資金や土地絡みの)嘘の儲け話を信じて、事件前から(特に、長野事件の発生時期に)行動をともにしていた」という供述の信用性について、「Mからその儲け話の取引相手の素性を説明されていなかったり、政治資金の具体的な集め方や、金沢の土地の具体的な所在地・所有者などについても、不明瞭なままMの説明を受け入れていたことになったりなど、北野の弁解にはにわかには信じ難いがある点は否定できないが、それらの儲け話が失敗に終わったとしても、北野にとって失うものは多くなく、Mの動きに便乗していたに過ぎないため、北野の『騙されていた』という弁明も一応成り立たないわけではない。また、北野の『騙されていた』という旨の供述は、逮捕された直後からほぼ一貫して具体的に供述されており、逮捕直後になって思いついた創作とみなすのはいささか困難だ」と指摘。その上で、「北野の弁解を直接裏付ける客観的証拠はほとんどないが、Mの供述内容の不自然性や、長野事件の捜査段階では北野が『政治資金』に関する弁解を(同時期に、『大宮の男から、まともとは言えない種類の金を受け取る』と言って北野を同行させたとする旨の弁解をしたMより)具体的に行っている点を併せて考えれば、Mと事前に口裏合わせが行われたとも考え難い」と指摘し、「Mと北野の供述が符合することは、北野側にとって有利な事情として分類することが可能となる」と判示した。
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