公判証言
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 04:59 UTC 版)
女性のジェンダー・セクシュアリティや、セックス、すなわち性の研究を深めた藤本は、刑事事件となった松文館裁判で2003年7月、弁護側証人として出廷、わいせつだと疑いを受けたアダルトコミック『蜜室』における女性器の描写が一般に流布する描写と比べて特に過激だとは思えず、むしろ作者のきめ細かい工夫が見られ、女性の気持ちや体が開いていく描写として必然性があると指摘する。 証言の中で藤本はまず、作者の丁寧な仕事によって「(女性の視点でみて)非常にうまくいっているときのセックスのリズムとか呼吸とかそういったものを写し取っている」と述べる。その結果、「いたずらに性欲を刺激するために性器を子細に描写しているというよりは、むしろ、そういう関係性全体の中でのそのかかわり合いの象徴として」「作者が自分との性によって女の人が喜びを感じてだんだん開いていく、自然に気持ちも体も開いていく」描写となっていると指摘。男性の性欲や性衝動、性的興奮をいたずらに刺激・喚起するのではなく、女性の気持ち、密着感や温かさを、ある種の快感のバロメーターとして性器の開き方を描き分けた『蜜室』の描写は、「読者自身が持っているある種身体的な性的な記憶(身体的な親和的な記憶とか、そういう相手と密着したときの密着感)をよみがえらせることでエロチックな気分にさせるというところにウェイトがある」、と分析結果を述べている。 また、インターネットで容易に実写映像が見られる時代となっている今日(こんにち)、「実写でもない、絵で書いたに過ぎないもの、性器描写というのを取り締まるのはどうか」と社会環境の具体例を挙げて証言して捜査にあたった警察や、起訴に及んだ検察を批判。結論として『蜜室』の描写が、実写の写真やアダルトビデオと比べ、一般的な男性にとって性欲を喚起する度合いは低いと考えられる旨述べている。 この藤本証言に対し、一審・東京地裁刑事第2部(裁判長・中谷雄二郎)は「藤本証人が述べるように、そこには性や女性に対する作者の一定の意識等が反映されていると見る余地もないわけではない」と一定程度認めながらも、物語の展開や筋書きから「作品の眼目である性交、性戯場面を導入展開するためのものにすぎず、作品の中心はあくまでも性交、性戯場面の描写にある」とし、「本件漫画本の構成や物語の内容・展開等にかんがみると、平均的読者が、本件漫画本から、弁護人らや藤本証人が主張するように、一定の思想や意識を読み取ると期待することは著しく困難というほかなく、したがって、単なる好色的興趣以上のものを看取することはほとんど不可能というべきである」と退け、『蜜室』の描写は「専ら読者の好色的興味に訴えるもの」と認定した。 この東京地裁判決について藤本は、長岡義幸(ジャーナリスト)、米沢嘉博、山口貴士と対談した医学新聞『メディカルトリビューン』2004年7月号で、性表現が過激化する現状から判断して、「どう考えても負けるはずがない」と思っていた、にもかかわらず敗訴となったのは意外だと感想を述べ、わいせつを決める基準は裁判所が独占(健全な社会通念は裁判所の判断で決定)すると宣言した判決文を批判、「どんなに流通していても、それがいいかどうかは裁判所が決めるものだ」とする裁判所の姿勢に懸念を表明した。藤本はこの一連の経緯を、文藝春秋の『日本の論点2005』で簡潔に報告している。 控訴審・東京高裁第6刑事部(2005年6月。裁判長・田尾健二郎)は、藤本証言に言及しなかったものの、「性器部分が人体の他の部分に比して誇張され、かつ、細かい線画によって綿密に描かれることによって、性器の形態や結合・接触状態の描写がはなはだ生々しいものとなり、読者の情緒や官能に訴え、想像力をかきたてる」描写だと判示し、一審同様に「平均的読者が本件漫画本から一定の思想や意識を読み取ることは著しく困難」であり、「芸術的・思想的価値のある意思の表明という要素はほとんど存しないから、本件漫画本がその作品性、思想性、芸術性により性的刺激の度合いが緩和されているとは認められない」とし、『蜜室』の描写が、「今日の健全な社会通念に照らし、いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」わいせつ物に該当すると認定した。しかし「わいせつ性の程度を、同様の情景を実際に撮影した写真やこれを録画したビデオテープ、DVD等の実写表現物の有するわいせつ性の程度と比べると、両者の間には相当の開きがあり、本件漫画本が漫画本であるが故のわいせつ性の特殊性も考慮しなければならない」とも判示、藤本証言(実写画像との比較)の意図を汲んだ形となり、検察官による被告の取調べで『蜜室』がわいせつ物であると認めた情状を併せた勘案で、懲役刑を科した一審判決を破棄、罰金刑に減刑した。 その後、松文館側は最高裁判所へ上告したが、最高裁第一小法廷は2007年6月に二審判決を支持し上告を棄却。松文館側の敗訴が確定した。
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