不法行為
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/27 12:03 UTC 版)
特殊不法行為
民法(714条以下)や特別法において一般不法行為の原則が修正された特殊不法行為が定められている[13]。
民法上の特殊不法行為
特別法上の不法行為
- 旅客に関する責任(商法第590条)
- 製造物責任法
- 国家賠償法
- 自動車損害賠償保障法
- 大気汚染防止法
- 水質汚濁防止法
- 原子力損害の賠償に関する法律
不法行為の効果
一般不法行為も特殊不法行為もその効果は原則として損害賠償である[13]。
金銭賠償の原則
損害賠償は、別段の意思表示がなければ金銭賠償が原則である(金銭賠償の原則、722条1項・417条)。原状回復などの特定的救済は名誉毀損の場合(723条)などに例外的に認められる。
ドイツ民法のように原状回復を原則とするものがあるものの、最終的には金銭賠償による処理がなされる場合が多いとされる[46][47]。
損害の賠償には財産的損害に対する賠償と精神的損害に対する賠償(慰謝料)があり、前者には積極的損害(積極損害)と消極的損害(消極損害、逸失利益)がある[48][49]。ただし、厳密には民法は精神的損害に限らず広く非財産的損害に対する賠償を認めており(711条)、法人のように精神的損害を観念できない場合にも名誉や信用に対する損害の発生があれば損害賠償が認められる(最判昭39・1・28民集18巻1号136頁)[50][51][52]。
損害賠償請求権者
- 自然人・法人
- 権利能力なき社団・財団
- 権利能力なき社団・財団も損害賠償請求権者となる(民事訴訟法29条)[53]。
- 胎児
- 胎児にも損害賠償請求権が認められている(721条)。
- 近親者に対する損害の賠償(711条)
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損害賠償の範囲と賠償額の算定
損害賠償の範囲
416条の規定は不法行為にも類推適用される(通説・判例。判例として大判大15・5・22民集5巻386頁、最判昭48・6・7民集27巻6号681頁)[55]。
損害賠償額の算定
- 積極的損害
- 消極的損害
- 慰謝料
損害賠償額の調整
- 損益相殺
- 不法行為によって被害者が一定の利益を得た場合(保険金等)には損害賠償額は減額調整される[61]。
- 過失相殺
- 不法行為の発生において被害者側にも過失が認められる場合にも損害賠償額は減額調整される[61]。ただし、債務不履行責任においては、裁判所は、これを必ず認容額の計算に反映させなければならないとされているのに対し(418条)、不法行為責任においては被害者側に過失が認められる場合であっても、裁判所はそれを賠償額の計算に反映させず損害額全額を認容することができる(722条2項)。
- これは、不法行為責任においては、被害者救済の見地から、裁判所により広い裁量を認める趣旨の規定であって、債務不履行責任との大きな違いのひとつといえる。
- 過失相殺を行うには、未成年者の場合、責任能力がなくとも事理弁識能力が備わっていれば足りる(最大判39・6・24民集18巻5号854頁)[62]。
損害賠償請求権の行使期間
時効期間
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する(民法第724条)。
- 被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき(1号)
- 加害者を知った時については「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知つた時」を意味すると解されている(最判昭和48年11月16頁民集27巻10号1374頁)。
- 特則として2020年(令和2年)4月1日から施行される民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)では、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効期間は、損害及び加害者を知った時(権利を行使することができることを知った時)から5年に延長されている(民法724条の2)[63]。
- 不法行為の時から20年を経過したとき(2号)
- 20年の期間について判例は除斥期間と解釈してきたが、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)で時効期間であることが明記された[64]。
- この除斥期間の起算点は「不法行為の時」とされているが、旧民法724条後段の判例には身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害される場合で、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病など、加害行為から相当期間たってから損害が発生する場合は、損害発生時から起算するとした判例がある(最判平成18年6月16日民集60巻5号1997頁)。
改正の趣旨
改正前の民法724条では「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする」と規定されていた。しかし、この規定には次のような問題があった。
- 民法724条前段により被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは損害賠償請求権は時効によって消滅するとされ、これは時の経過によって不法行為要件の有無や損害についての証明が困難となり被害者感情も薄れることなどを根拠としていたが、立法論としては3年という期間は現代においては短きにすぎ被害者救済の点から問題とされ、時効の起算点を遅らせるなど法解釈上の努力が重ねられてきた[65][66][67]。民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)は生命・身体の侵害による損害賠償請求権の時効期間を長期化する特則を設けた[63]。
- 民法724後段の「不法行為の時から二十年」については判例で除斥期間を規定したものと解されていた(最判平成元年12月21日民集43巻12号2209頁)。しかし、除斥期間と解釈すると被害者の相続人が被害者の死亡を知らないまま20年が経過した場合に不都合であることから、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)では20年の期間は除斥期間ではなく時効期間であることが明文化された[64]。
債務不履行責任との関係
ある行為が不法行為責任と債務不履行責任の両方の成立要件を満たす場合には請求権の競合という問題を生じる。この場合、当事者はいずれを行使することも可能であるとみる請求権競合説、いずれか一方の請求権が優先するとみる法条競合説、要件と効果は両制度の規範上における調整によって一つの請求権に統合されるとみる規範統合説などが対立するが、多数説・判例は請求権競合説をとっており被害者は加害者に対して不法行為責任を追及することも債務不履行責任を追及することもできるとする(詳しくは訴訟物を参照)[68]。
不法行為に基づく損害賠償請求権が消滅時効にかかっても、債務不履行に基づく損害賠償請求権が消滅時効にかかっていなければ債務不履行責任が認められうる(最判昭50・2・25民集29巻2号143頁)。ただし、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)により、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の長期の時効期間は、不法行為に基づく損害賠償請求権が不法行為の時(権利を行使することができる時)から20年(民法724条)、債務不履行に基づく損害賠償請求権も権利を行使することができる時から20年(民法167条)で同じになっている[63]。
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