漫才師たちとその関係者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 12:32 UTC 版)
「わろてんか」の記事における「漫才師たちとその関係者」の解説
秦野 リリコ(はたの リリコ) 演 - 広瀬アリス(幼少期:莉帝) 旅芸人一座「福楽座」の芸人、のちに女優、そして四郎との漫才コンビミス・リリコ アンド シローの片割れミス・リリコとなる。本名や娘義太夫芸人としての名の表記は凛々子(りりこ)。てんの恋敵。 幼少期に両親を亡くし、父親の知り合いの芸人仲間に引き取られて以来、旅芸人を続ける。幼いころから優しくしてくれた藤吉に恋をし、藤吉とてんの仲を引き裂こうと策略を図る。藤吉に失恋後は自棄になり贔屓客の後添いになろうとするが、藤吉から義太夫の才能を理由に引き止められて考えを改める。 明治43年の時点では関西で人気娘義太夫として活躍。風鳥亭開業と同じころに東京へ進出し人気の娘義太夫となるが、大正4年に引退し大阪の芸人長屋に戻る。その後、藤吉と栞に勧められ、栞が興行する活動写真の専属女優に転身。気まぐれな気質で、早々に女優業に飽き、契約を一方的に破棄しようとするなど自由奔放だったが、乙女組の指導などを経て次第にプロとしての自覚を得てゆき、主演級の人気女優として活動する。女性客に向けた人気漫才師を世に送り出したいてんの要望に応え、栞を説得して伊能商会から業務提携先の北村笑店に移籍する。 のちに川上四郎とコンビを組み、ミス・リリコ アンド シローのコンビ名で漫才師として歩み出す。始めは四郎と気が合わなかったものの、次第に結束してゆく。やがて四郎と恋に落ち彼の上海行きを機に結婚、夫を支えるため漫才活動を休止し家庭に入る。 昭和14年、四郎が所属する上海の楽団の解散と、風太らが上海に慰問に来たことを機にミス・リリコ アンド シローとして「わろてんか隊」に加入し漫才活動を再開。慰問活動を終えて四郎とともに帰国する。 昭和15年、洋風の名前を禁じる「芸名統制令」の施行により、芸名を「凜々子」に変更させられる。 昭和20年の北村笑店解散時には、田舎の生活が合わないために大阪に残ることを告げる。 昭和21年、路上で歌を披露していたところ、てんと再会。北村笑店に復帰した。 ミスワカナがモデル。 川上 四郎(かわかみ しろう) 演 - 松尾諭 アコーディオンを奏でる漫才師。ミス・リリコ アンド シローの片割れ。音楽学校でピアノを学んだ後、無声映画の伴奏楽士をしていた。ベルリンに留学して自分の楽団を持つことを夢見ている。トーキー映画への転換による失業危機の中、栞からリリコの漫才の相方の仕事を紹介される。手抜き仕事を理由にリリコから拒絶され、自身も気が強いリリコを気に入らないことから当初は反りが合わなかったものの、てんや北村笑店の女性陣らの尽力で気持ちを切り替えてリリコと結束していく。喋りが不得手なことから客の反応はいまいちだったが、てんが考案した「喋らない漫才」に転向し、客の笑いを獲得するようになる。また、次第にリリコに恋をし、告白をして両思いとなる。 看板芸人として人気が上昇する中、昔の音楽仲間から上海での楽団結成に誘われ、リリコを思い遣るあまりに深く悩む。しかしリリコと話し合い、てんたちの理解を経て漫才活動を休止しリリコと上海に渡る。 昭和14年、戦局が激しくなる時勢柄、所属楽団が活動困難が見込まれて解散。折しも北村笑店の慰問団「わろてんか隊」が上海に来たことから、リリコとともに隊に加入し漫才活動を再開する。 昭和21年、リリコとともに路上でアコーディオンを披露していたところ、てんと再会。北村笑店に復帰した。 玉松一郎がモデル。 舶来屋 キース 演 - 大野拓朗(幼少期:前田旺志郎) 藤吉やリリコの芸人仲間で、外国人の物真似を芸としている。胡散臭い言動をしては騒動を引き起こしている。本名は山村 喜助(やまむら きすけ)。 父が残した借金に悩む藤吉に、儲け話として電気式髪結い機(電髪)を購入して商売することを勧め、結果として北村屋を倒産させるきっかけとなる。 風鳥亭の立ち上げから舞台に立ち続けるが、大正5年、藤吉が高額の契約金で団吾と専属契約を結ぼうと動いていると知って、芸人仲間を先導し抗議する。藤吉に取り合ってもらえなかったことから舞台をストライキするが、看板芸人を入れることで芸人の士気を上げたい藤吉の意図を知り考えが変わる。アサリとコンビを組むとともにハリセンを開発し、どつき漫才を経てしゃべくり漫才と新しい笑いに挑み好評を得ていく。 一時期アメリカへ行くためにアサリとのコンビを解消し、帰国後東京で栞の実母・志乃の居候になりながら現地の寄席で成功を目指していたが、藤吉と再会直後、関東大震災に被災したのをきっかけに大阪へ帰りコンビを復活。昭和9年11月22日の「天下一決定戰 全國大漫才大會」で優勝する。風太の提案によるコンビ解散と新しい相方との活動を理解して受け入れ、東京へ行く。 昭和14年、アサリとのコンビ復活とともに「わろてんか隊」として現地を慰問。帰国後、映画でも活躍するようになる。 昭和15年、洋風の名前を禁じる「芸名統制令」の施行により、芸名を「喜助」に変更させられる。 昭和21年、アサリとともに「カナダからの直輸入」と銘打った食料品を販売して生計を立てていたが、そのことで警察に追われていたところ、てんと再会。北村笑店に復帰した。 横山エンタツをモチーフにしている。 潮 アサリ 演 - 前野朋哉 「俄」を持ち芸にしている芸人でキースの相方。本名は浅井 利一(あさい りいち)。ドケチで金が絡むと気性が荒くなる。開業当初の風鳥亭が閑古鳥が鳴く有様になった途端、保身のために神戸の新開地の寄席に逃げだすが、1年後の藤吉とてんの祝言の日に戻ってくる。漁師の祖父に育てられるが船酔いするので将来漁師になることを心配されていた。 キースとのコンビ別れを当初受け入れられず反発するが、キース自身からの説得もあり承諾し大阪に残る。しかしその後紹介される相方たちが気に入らず、自分の相方は生涯キースのみと宣言して、漫談家として一人で活動を始める。 昭和14年、キースとのコンビ復活とともに「わろてんか隊」として現地を慰問。 昭和15年、洋風の名前を禁じる「芸名統制令」の施行により、芸名を「潮浅利」に変更させられる。 昭和21年、キースとともに「カナダからの直輸入」と銘打った食料品を販売して生計を立てていたが、警察に追われていたところをてんと再会。北村笑店に復帰した。 竹中功は、花菱アチャコがモデルと推測している。 浅井 治五郎 演 - 佐川満男 アサリの祖父。漁師、アサリが栞の所の専務になったと言う嘘は見抜くが、笑われることで人を幸せにできる芸人を誇りに思うと褒め称え帰郷する。 万丈目 吉蔵(まんじょうめ きちぞう) 演 - 藤井隆 藤吉の昔の芸人仲間でのちに漫才師、漫才作家。藤吉のこと、およびその息子の隼也を「ぼん」と呼ぶ。 「後ろ面」を持ち芸としているが笑いを取ることができず、歌子に尻を叩かれている。キースが仕入れた電髪の実験台に自ら買って出る。 風鳥亭の立ち上げから舞台に立ち続ける。大正5年のストライキ後にキースとアサリが新たな笑いに挑む一方、後ろ面を極めることに勢力をあげる。大正10年の時点では、後ろ面の芸を生かしつつ歌子を相方に夫婦漫才のウタコ・キチゾーとして舞台に立っている。やがて新聞への小噺掲載など文筆の才能を発揮し、キース・アサリの漫才台本作家として活動を始める。昭和9年に発足した北村笑店文芸部の部長および「月刊キタムラ」編集長に就く。 昭和14年、慰問団「わろてんか隊」に加わりウタコ・キチゾーを復活。 昭和17年、台本を書き上げると芸人が出征していく現状を気にかけて時間を惜しみ執筆活動を続ける。しかし無理がたたり倒れ、歌子やてんの強い勧めで静養するため十津川に帰省する。 終戦後、歌子とともに大阪に戻り、台本執筆を再開する。 秋田實がモチーフであると報じられたが、夫婦漫才を経て漫才作家になった経歴は志摩八郎と軌を一にしている。 万丈目 歌子(まんじょうめ うたこ) 演 - 枝元萌 吉蔵の妻。一膳飯屋「万々亭」店主。 気と腕力は吉蔵よりも強く、夫婦喧嘩時には店から飛び出るほどに吉蔵をど突いている。 大正10年の時点では、万々亭を事業転換した洋食店「マンマン」を営みつつ、吉蔵とともに舞台に立っている。吉蔵が作家となった際には、彼を支えるため舞台を引退するなど、一貫して夫の才能を生かすために行動することを自分の喜びとしている。 昭和14年、慰問団「わろてんか隊」に加わりウタコ・キチゾーを復活。 昭和17年、体調を崩した吉蔵を静養させるため、彼とともに十津川に帰省する。 終戦後、吉蔵と大阪に戻る。 岩さん(がん さん) 演 - 岡大介 怪力を売りにしている芸人。アサリ、キース、万丈目とともに同じ長屋に住み4人で「芸人長屋四天王」と名乗っていたが、3人がそれぞれ新しい芸や道を模索するうちに取り残され、寄席の出番が徐々に減っていく。藤吉の死後間もなく、孫と過ごすために隠居を宣言する。
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