各種流加方式
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/05 06:20 UTC 版)
流加培養では、基質(溶液)の流加によって、バイオリアクター内の培養液量は多かれ少なかれ、増大する。増加量が無視できる場合と、無視できない場合に大別される。前者を培養液量一定流加培養 (constant-volume fed-batch culture)、後者を培養液量可変流加培養 (variable-volume fed-batch culture) と区別できる。前者は液状基質(メタノール、エタノール、グリセリンなど)や粉末状のグルコースや濃厚基質溶液を流加する場合であり、後者はそうでない場合である。基質の水溶液をフィードする場合は、基質と共に水がフィードされるが、実用的な観点からすると、水を供給しても培養液が希釈され培養液量が増えるだけで、何のメリットもない。運転・解析の容易さを考えると、出来るだけ濃厚な溶液をフィードすべきである。さて、流加培養の要点は、流加基質濃度を制御することであるから、その中心的問題は、何を流加するかということと、いかに流加するかということである。後者には、いつ流加を開始するかという問題も含まれる。前者を決定するには、微生物生理学、生化学、遺伝学の知識が必要である。エンジニアリングは後者とかかわりがある。流加の仕方により流加培養を分類できる。表1に各種流加方式として、その分類を示す。 表1 流加培養法の分類 (1) フィードバック制御のない流加法 1.1 定流量流加法 1.2 指数的流加法 1.3 最適化流加法(最大原理(MP),動的計画法(DP)など) 1.4 間欠的添加法 (2) フィードバック制御のある流加法 2.1 直接的 (培養液中の流加基質濃度を測定して、その値を直接的に制御指標とする。) 2.2 間接的 (微生物反応に密接に関連している可観測なパラメータを制御指標とする。 パラメータとしては、pH、DO,qo2, RQ,濁度、アンモニア添加量、排ガス中のCO2分圧、などがある。) 2.a 定値制御(PID制御) 2.b プログラム制御 2.c 最適制御 2.d 知的制御(ファジー制御(FC)、ニューラルネットワーク(NN)など) 4.1 定流量流加培養 定流量流加培養 (Constantly fed-batch culture, CFBC) は基質の質量流量、fm[g/h]、あるいは体積流量、fv[L/h]、が一定の場合で、最も簡単な流加培養である。なお、流量とは単位時間当たりの流体の移動量であり、流速とは区別されねばならない。流速とは、文字通り、流体の流れの速度(速さ)である。定流量流加培養の数学的解析および実験的研究はほぼ完成している。この流加方式の最大の特色は、直線増殖 (linear growth) が起こることである。 すなわち、菌体濃度をx(単位はg乾燥菌体/L)、培養時間をt(単位はh)、流加開始時の培養液量をv0とすると、培養液量一定の流加培養の場合は、 d x d t = k L v 0 {\displaystyle {\frac {dx}{dt}}={\frac {k_{L}}{v_{0}}}} (一定) または、培養液量をv(単位はL)とすると、培養液量可変流加培養の場合は、 d ( v x ) d t = k L {\displaystyle {\frac {d\left(vx\right)}{dt}}=k_{L}} (一定) しかし、初期条件によっては、その前に指数増殖期(対数増殖期)が現われる。この指数増殖から、直線増殖への移行はきわめて急激であり、直線増殖期では比増殖速度 μ(単位は1/h)はずっと低くなり、時間的にあまり変化しない。菌体濃度の変化は、初期条件と希釈の程度によっていろいろな場合があり、減少することもある。また、ある特定の条件の時は、菌体濃度が時間的に変化せず一定となる。このように、定流量流加培養において菌体濃度が時間的に変化しない状態は‘準定常状態'と名付けられた。しかし、菌体濃度が時間的に変化するかどうかは、微生物の増殖の程度と流加液中の水による培養液の希釈の程度の大小によって決まるので、微生物の置かれている環境の状態からすると、直線増殖期では、非定常状態にあると言える。基質濃度s(単位はg/L)は指数増殖から直線増殖へ移行する時点できわめて急激に(数百分の一に)減少し、直線増殖期においては、sは基質飽和定数Ks(単位はg/L)より低いところでゆるやかに減少しその値はKsにはよらない。なお、流加培養で収穫時に培養液を一部残し、同じバイオリアクター内で次の流加培養の種菌として使い、これを繰り返すような操作法は反復流加培養(Repeated fed-batch culture (fermentation))と呼ばれる。 4.2 指数的流加法 微生物の増殖は理想的には時間に関して指数関数的であり、ケモスタッドでは流量によって希釈率を制御し、比増殖速度 μ (単位は1/h)を一定に保っている。よって、流加操作によってもμ を一定に保つように基質濃度、s を制御できるはずである。流量を培養時間に関して指数関数的に増加させることになるので、このタイプの流加操作は指数的流加法 (Exponentially fed-batch culture, EFBC) と呼ばれる。 すなわち、流加液の体積流量をfin(単位はL/h)、流加液の中の基質濃度をsin(単位はg/L)、培養液中の流加基質濃度をs(単位はg/L)、菌体収率をYx/s(単位はg乾燥菌体/g基質)、最大比増殖速度をμmax(単位は1/h)、指数関数的に増加させる際の指数をk、培養時間をt(単位はh)、とする。一般に、先に述べたように、s<<sinであるから、 f i n = k Y x / s s i n v 0 x 0 e k t {\displaystyle f_{in}={\frac {k}{Y_{x/s}s_{in}}}v_{0}x_{0}e^{kt}} とすれば、 (i) s = s0 (一定)、 (ii) μ = k (一定)となり、μはk<μmaxの範囲で外部から任意に制御できる、 という2つのユニークな特徴がある。この2点からして、指数的流加法はケモスタットに類似している。 なお、この場合バイオリアクター内の総バイオマス量は、 v x = v 0 x 0 e μ t {\displaystyle vx=v_{0}x_{0}e^{\mu t}} である。 このタイプの流加法は、パン酵母の培養において、一定の時間に増殖する菌体量から必要糖蜜量を計算し添加する方式に起源を発する。この流加法に関する数学的解析は、ほぼ完成している[14]。 この流加法は、メタノールのように、高濃度では誘導期の延長と増殖速度の低下を示す基質を用いて、最短の時間で可能な限り多量の菌体を得るのに適している。一般に、細胞内に存在する物質を短時間で多量に生産しようとすれば、μ=μmax附近で、指数的流加法を行い、最終菌体濃度を可能な限り増大させることである。 4.3 最適化流加発酵 前述の2種類の流加法は、基本的なものとして意義があるが、流加発酵により菌体外に分泌する代謝産物を生産しようとする場合、流量は目的に応じて最適に変化させるべきである。このように最適化された流加発酵を最適化流加発酵 (Optimized fed-batch fermentation) と呼ぶ。このタイプの流加法については多くの研究報告があるが、工業的な実施例の情報は少ない。 4.4 フィードバック制御がある流加培養 基質をあらかじめ決められた通りに流加する方式では、途中、発酵が好ましくない状態に陥っても、それに対処するのが困難である。したがって、可能ならば、何らかのフィードバック制御を行いたいと考えるのは当然である。ある場合には、これは直接現場の技術者が手動で行う。 フィードバック制御のある流加発酵は、制御方式の観点から、間接的なものと直接的なものとに分類できよう。また、制御される流加基質濃度の観点から、一定値に保つ場合(定値制御)と、濃度を時間的に変化させて制御する場合(プログラム制御)とに分類できよう。後者は、たとえば、発酵の初期、濃度を高く保ち、後半に入って低く保つ、といった場合を想定している。 間接的フィードバック制御のある場合: プロセスに密接に関連している可観測なパラメータを制御指標とする方式である。制御指標としては、溶存酸素 (DO)、呼吸速度、排ガス中のCO2分圧、呼吸商 (RQ)、pH、代謝産物、濁度、蛍光、などか報告されている。DOを一定に保つ方式では、基質濃度が臨界値より低下するとDOが上昇し、基質がある程度以上に存在するとDOが減少する現象を利用する。培養の進行とともに菌体濃度が上昇し、それにつれて酸素需要も多くなるから、通気量・攪拌速度を増やすかして気液間酸素移動容量係数 k L a {\displaystyle k_{L}a} を増加させるか、もしくは、空気に純酸素を補充して推進力を高めるかして、いずれにしても酸素移動速度を大きくしていかねばならない。オン・オフ的に流加することが多く、微生物は基質に関して半飢餓状態とそうでない状態とに交互に頻繁にさらされる。 RQを制御指標とする方式は、パン酵母製造において提案されており、炭酸ガス生成速度と酸素消費速度とを実測し、両者の比RQとを1.0より少し高い水準に保って糖濃度を低レベルに抑え、その結果、副産物であるエタノール生成を減少させる。発酵槽入口、出口のO2とCO2の分圧を正確に実測し、それらのデータをコンピュータに入力し、物質収支式からRQを計算し、糖蜜の流加を制御している。pHを制御指標とする方式では、発酵の進行とともに培地成分が消費され、pHが設定値からずれる(通常減少する)現象を利用する。あるいは、酢酸のようにそれ自身pHの変化をきたす基質の流加に応用される。この制御方式では、無機塩を主体とした合成培地であることが望ましい。代謝産物濃度を制御指標とする方式は、代謝産物は副産物であり、できるだけその生成を抑えたい場合に利用できる。パン酵母生産におけるエタノールがそのよい例である。最後に、特異な制御方式として、細胞内に存在するNADHの蛍光を利用する方法かある。RQや生細胞の蛍光のように、生物学的パラメータを制御指標に用いることは、大変興味ある方式である。 直接的フィードバックのある場合: 培養液中の流加基質濃度を連続的、あるいは間欠的に測定し、その値を制御指標とする方法である。もし、基質が揮発性で、廃気ガス中の分圧と培養液中の濃度とがほぼ平衡にあれば、培養液から抜け出た直後のガスの分圧が制御指標に使える。 どのようなフィードバック制御を適用するにしても、いかなる情報をコンピュータに入力し、どのような情報処理をしてどのようなソフトウェアを用いて基質の流加を最適化するか、が重要である。
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