万葉仮名の歴史
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漢字によって日本語の音を写すという点では、中国の史書『魏志倭人伝』(3世紀末)に「卑弥呼」「耶馬臺」等の先例がある。仏典でサンスクリット(梵語)の人名、地名などを漢字で表記するのと同様である。 現在知られる国内最古の資料と言えるのは、5世紀の稲荷山古墳から発見された金錯銘鉄剣である。辛亥年(471年)の製作として、第21代雄略天皇に推定される名「獲加多支鹵(わかたける)大王」やその宮「斯鬼(しき)宮」、日本神話の登場人物で四道将軍の1人の大彦命に推定される「意富比垝(おほひこ)」を始祖として、鉄剣の製作者とある「乎獲居(をわけ)臣」に至る8代の系譜があり、それらの人名や地名を表記する文字が刻まれている。5世紀には江田船山古墳出土銀錯銘大刀にも、「獲加多支鹵(わかたける)大王」、「无利弖(むりて)」、「伊太和(いたわ)」という字音表記がある。なお、「癸未」銘のある隅田八幡神社人物画像鏡に「意柴沙加(おしさか)宮」、「斯麻(しま)」、「開中(かはち?)費直」の表記があり、「癸未」が443年で、かつ日本製だった場合は国内最古の資料となる(503年説や百済製説も有力)。いずれにしても漢字の音を借りて固有語を表記する方法は既に5世紀に存在していた事になる。 7世紀初めの推古期になると上宮聖徳法王帝説や金石文(伊予道後温湯碑、法隆寺金堂薬師如来像光背銘、法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘など)に多くの事例が見られる。ただし、これらの推古期遺文は年代についての異説も多い。7世紀中頃の木簡(大阪市中央区の難波宮跡出土。652年以前と推定)に「皮留久佐乃皮斯米之刀斯(はるくさのはじめのとし)」と和歌の冒頭と見られる11文字が記されている。7世紀末の木簡(徳島市、観音寺遺跡出土)にある「奈尓波ツ尓作久矢己乃波奈(なにわつにさくやこのはな)」は古来有名な難波津の歌を写したものとしてよく知られている。 8世紀に成立した古事記・日本書紀や万葉集には多くの万葉仮名が使われている。それぞれ以下のような特徴がある。 古事記(712年) - 呉音の字音を用いる。一字一音節(漢字一字で一音節を表わす)本文は漢文であるが、一部に日本語を万葉仮名で表記する。例:久羅下那州 多陀用弊流(くらげなす ただよへる) 歌謡は万葉仮名で表記する。例:夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐(やくもたつ いづもやへがき) 日本書紀(720年) - 漢音を主とし、呉音も用いる。一字一音節。歌謡は万葉仮名で表記する。例:波魯波魯你 渠騰曽枳舉喩屢 之麻能野父播羅(はろはろに ことそきこゆる しまのやぶはら)(皇極紀) 万葉集(8世紀後半) - 呉音に加え、和訓を用いる。その他、一字二音節などの表記や、十六(しし)のような言葉遊びも含め、自由な用法が見られる。また、万葉仮名を主体に表記するものと、和訓を主体に表記するものがある。仮名主体表記の例:安思比奇能 夜麻毛知可吉乎 保登等藝須 都奇多都麻泥尓 奈仁加吉奈可奴(あしひきの やまもちかきを ほととぎす つきたつまでに なにかきなかぬ) 訓字主体表記の例:春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山(はるすぎて なつきたるらし しろたへの ころもほしたり あめのかくやま)(持統天皇) 一字一音節で漢字の字音(音読み)を用いるのが古い用例である。もっとも、漢字の音と日本語の音は必ずしも一致しておらず、例えば「ヌ」に当る音が中国語になかったため「奴」(no)の字を用いたが、この字は「ノ」とも読まれた。和訓(訓読み)は後に生まれたもので、推古期遺文にも見られる(前述のように年代の異論がある)。例えば「をはりだ」という地名は、音で「乎波理陀」、訓で「小治田」と書くことができる。また、日本で一般的に使われていた音読みは呉音であり、『日本書紀で漢音(当時の中国語の音)が用いられているのは異例である(日本書紀中国人述作説の根拠の一つともなっている)。奈良時代にはこの他にも、正倉院文書(大宝二年戸籍、正倉院万葉仮名文書等)や金石文(仏足跡歌碑等)、木簡資料、風土記、続日本紀宣命などの例がある。 平安時代に入っても「新撰万葉集」(893年、913年)のように万葉仮名が用いられていたが、やがて平仮名・片仮名が万葉仮名に代って広く用いられるようになる。平仮名は万葉仮名の草書体化が進められ、独立した字体と化したもの、片仮名は万葉仮名の一部ないし全部を用い、音を表す訓点・記号として生まれたものと言われている。ただし平仮名・片仮名が普及した後にも「催馬楽」などの歌謡、神道の祝詞、「和名類聚抄」などの辞書(漢字の読み方を万葉仮名で示す)などでは万葉仮名が使われている。 現代でも地名や人名(特に女性名)などで漢字の意味を離れ、音を使って書き表す例があり、万葉仮名と同様に捉えることができる。
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