カール・グスタフ・ユング ユングが登場するフィクション

カール・グスタフ・ユング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/02 20:53 UTC 版)

ユングが登場するフィクション

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親族

  • 父方の曽祖父であるフランツ・イグナツ (1759–1831) はナポレオン戦争のとき、野戦医師を勤め、マンハイムに移る。その際、マンハイム劇場の近くで、ゲーテを取り巻く多くの詩人と交友。後妻となるゾフィー・ツィーグラーも詩人らと交友していてゲーテと関係を持ち私生児としてユングの祖父であるC.G.ユングを生んだという伝説がある[4]
  • 父方の祖父であるC.G.ユング(1794–1864:ユングと同名)はハイデルベルクで医学を勉強。その際、ベルリンの神学者フリードリッヒ・ダニエル・エルンスト・シュライエルマッハーの影響からカトリックからプロテスタントに改宗される。1817年ドイツ統一のためのデモに参加し投獄(時代のパラダイムとしてはナポレオンのくびきを落とし統一ドイツに繋がる1848年の革命「フォアメルツ」に繋がる)。その後、パリに行きアレクサンダー・フォン・フンボルト (1769–1859) と知り合いになり、スイスのバーゼル大学に紹介され後々には教授となり更には総長になる。また1848年の肖像画は今もバーゼル大学の昔の玄関にかかっている[4]。市民病院を拡大させ、精神薄弱児たちの住む家「希望の施設 (Anstalt der Hoffnung)」を作る。またバーゼル市長の娘ゾフィー・フライと三度目の結婚をし父パウルを出産。
  • 父のパウルはアラビア語に関する研究で哲学博士を得るが、経済的な理由で教授になる道を断念しボスヴィルの牧師になる。この側面がニーチェを受け入れる準備となる[4]
  • 母方の祖父であるザムエル・プライスヴェルク (1799–1871) はバーゼルのレオンハルト教区の説教師。改革派の牧師仲間ではいわゆるアンティスティス(牧師長)として通っていてた。ヘブライ語の私講師として学位を得ており、アメリカにまで普及したヘブライ語の文法書の著者と見なされていた。彼によって発刊されていた月刊雑誌『モルゲンラント(朝の国)』で彼は、ユダヤ人がパレスチナに再び定住することに対して関心がある事を公言した(シオニズムに先駆ける発言)[4]

脚注


注釈

  1. ^ 『夢判断』に触れた当初は特に影響がなかったという説もある[10]
  2. ^ ユング著「リビドーの変容と象徴」(1912)にフロイトは難色を示したが、ユングは学問的な視野の拡大化をはかる意味合いを著書に持たせていた。
  3. ^ 1906年4月から1913年の訣別まで、約360通の書簡が、『フロイト=ユンク往復書簡』(上・下、金森誠也訳、講談社学術文庫、2007年)で訳されている。
  4. ^ ナチスが国際精神療法学会に干渉して、ナチスへの忠誠を誓うマニフェストが学会誌に掲載されたために、会長のユングは非難された。ユングは反論したが、非難の意見は現在も存在する。
  5. ^ ただし、これに関してはフロイトに「敵の援助を受けることは出来ない」と拒まれている。

出典

  1. ^ 山中 2001, p. 12.
  2. ^ a b c d 篠原道夫「夢分析,能動的想像法,箱庭療法 ― 分析心理学の臨床」『東洋英和女学院大学人文・社会科学論集』第26巻、東洋英和女学院大学、2009年、36頁。 
  3. ^ ヴェーア 1994, p. 13.
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q ゲルハルト・ヴェーア(訳)村本詔司 (1994). ユング伝. 創元社 
  5. ^ a b ユング(訳)高橋義孝 (1977) [1916]. 無意識の心理. 人文書院 
  6. ^ 山中 2001, p. 34.
  7. ^ a b c d e 『ユング自伝』。[要文献特定詳細情報]
  8. ^ a b c d ゲルハルト・ヴェーア(訳)安田一郎 (1996-09-10). C・G・ユング 記録でたどる人と思想. 青土社 
  9. ^ 山中 2001, p. 35.
  10. ^ a b ヴェーア 1994, p. 80.
  11. ^ ゲイ 1997, p. 232〜235.
  12. ^ 山中 2001, p. 38.
  13. ^ ヴェーア 1994, p. 107.
  14. ^ ヴェーア 1994, p. 131.
  15. ^ ヴェーア 1994, p. 138.
  16. ^ 篠原道夫「夢分析,能動的想像法,箱庭療法 ― 分析心理学の臨床」『東洋英和女学院大学人文・社会科学論集』第26巻、東洋英和女学院大学、2009年、33--34頁。 
  17. ^ 篠原道夫「夢分析,能動的想像法,箱庭療法 ― 分析心理学の臨床」『東洋英和女学院大学人文・社会科学論集』第26巻、東洋英和女学院大学、2009年、33--34頁。 
  18. ^ ザビーネ・リッヒェベッヒャー 著、田中ひかる 訳『ザビーナ・シュピールラインの悲劇』岩波書店、2009年。 [要ページ番号]
  19. ^ ヴェーア 1994, p. 189.
  20. ^ 河合 1994, p. 137.
  21. ^ 河合 1994, pp. 137–139.
  22. ^ ヴェーア 1994, p. 185.
  23. ^ 河合 1994, pp. 111–112.
  24. ^ 河合 1994, pp. 148–150.
  25. ^ ヴェーア 1994, p. 224.
  26. ^ 河合 1994, pp. 180–181.
  27. ^ C.G.ユング 著、河合隼雄監訳 訳『人間と象徴』 上、河出書房新社、1975年。"序文"。 
  28. ^ 篠原道夫「夢分析,能動的想像法,箱庭療法 ― 分析心理学の臨床」『東洋英和女学院大学人文・社会科学論集』第26巻、東洋英和女学院大学、2009年、40頁。 
  29. ^ 湯浅赳男『面白いほどよくわかる現代思想のすべて』日本文芸社〈学校で教えない教科書〉、2003年1月、29頁。ISBN 453725131X 
  30. ^ エレンベルガー 1980b, p. 308.
  31. ^ 河合隼雄『ユングの生涯』第三文明社レグルス文庫100、1978年、pp.52-56。
  32. ^ 平田武靖「ユンク心理学の系譜 -ユンク・ナチス・ユダヤ人-」『is No.1』ポーラ文化研究所、1978年。
  33. ^ ノル 1998, pp. 201–202, 382–383, 415–417.
  34. ^ ユング 1972a, p. 127.
  35. ^ 上山 1989, pp. 483, 488–491.
  36. ^ 林道義 『ユング思想の真髄』 朝日新聞社、1998年。[要ページ番号]






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