5000系
5000系 普通用
5000系
5000系
|
| |||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
5000系

形式 | 5000形 | 5100形 | 5600形 | 5500形 |
---|---|---|---|---|
車種 | 電動車 M1 | 電動車 | 付随車 T | 制御車 Tc |
車体 | アルミ合金製 | アルミ合金製 | アルミ合金製 | アルミ合金製 |
旅客定員 (座席) | 152人 (座席54人) | 152人 (座席54人) | 152人 (座席54人) | 141人 (座席50人) |
最大寸法 長さ | 20,725 ミリメートル | 20,725 ミリメートル | 20,725 ミリメートル | 20,825 ミリメートル |
最大寸法 幅 | 2.830 ミリメートル | 2.830 ミリメートル | 2.830 ミリメートル | 2.744 ミリメートル |
最大寸法 高さ | 4,160 ミリメートル | 4,050 ミリメートル | 4,050 ミリメートル | 4,050 ミリメートル |
自重 | 33.0トン | 33.0トン | 24.0トン | 29.0トン |
台車 | SU型ミンデン・ボルスタレス空気バネ台車 | SU型ミンデン・ボルスタレス空気バネ台車 | SU型ミンデン・ボルスタレス空気バネ台車 | SU型ミンデン・ボルスタレス空気バネ台車 |
主電動機 | 三相交流かご形誘導電動機 170kW | 三相交流かご形誘導電動機 170kW | - | - |
駆動装置 | 歯車式平行可とう駆動式 | 歯車式平行可とう駆動式 | - | - |
制御装置 | VVVFインバータ制御 | VVVFインバータ制御 | - | - |
ブレーキ 装置 | 電気指令式空気ブレーキ・回生ブレーキ併用 | 電気指令式空気ブレーキ・回生ブレーキ併用 | 電気指令式空気ブレーキ・回生ブレーキ併用 | 電気指令式空気ブレーキ・回生ブレーキ併用 |
製造年度 | 平成2~7年度 | 平成2~7年度 | 平成2~7年度 | 平成2~7年度 |
5000系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/19 13:23 UTC 版)
5000系(5000けい)とは、5000の数値を使用するないしは4桁の数値の内上1桁目が「5」を使用する体系を持つものを指す。
- 1 5000系とは
- 2 5000系の概要
5000系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 23:57 UTC 版)
1979年(昭和54年)5月から同年8月にかけて4両編成・2両編成各2本の計12両が登場した。更新施工は西新井工場内にある津覇車輌で行われた。 4両編成は浅草方から順にモハ5100形-サハ5200形-モハ5300形-クハ5400形、2両編成はモハ5500形-クハ5600形の順にそれぞれ編成されており、4両編成の編成形態は種車である78系のそれを踏襲したものであるが、2両編成・4両編成ともに78系とは編成の向きが逆となり、8000系等新性能車各系列と同一の向きとされた。MGはクハ5400形・クハ5600形に1基、CPは4両編成ではサハ5200形およびクハ5400形に1基ずつ分散して搭載し、2両編成ではクハ5600形に1基搭載した。 前述のように車体外観および車内設備は8000系と同一であり、運転席もマスコン・ブレーキ弁を除き共通のレイアウトである。本系列はいずれも非冷房車として落成しており、ベンチレーターとパンタグラフ(PT-42J)は8000系の冷房化改造に伴い余剰となったものが流用された。なお、パンタグラフは各電動車の連結面寄りに1基搭載されている。前面方向幕上のおでこ上辺が平面となっており、3000系と共に津覇車両製の車体の特徴となっている。 竣工当初は伊勢崎・日光線系統と東上線系統に分散配置されたが、5050系が登場すると本系列はそれらとの併結が不可能であったことから、後に全車東上線系統へ集約され、主に6 - 8連で朝ラッシュ時などの限定運用に就いていた。
※この「5000系」の解説は、「東武5000系電車」の解説の一部です。
「5000系」を含む「東武5000系電車」の記事については、「東武5000系電車」の概要を参照ください。
5000系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 23:57 UTC 版)
前述冷房改造後は一旦本線系統へ配属された後、間もなく森林公園検修区に転属し東上線小川町 - 寄居間および越生線運用に転用され、1990年(平成2年)には野田線系統を担当する七光台検修区(現・南栗橋車両管区七光台支所)へ転属した。さらに野田線への8000系転入に伴い、5101編成を除く全編成が館林検修区(現・南栗橋車両管理区館林出張所)に転属し、群馬地区のローカル運用へ転用された。 しかし、走行機器の老朽化から5501・5502編成が1997年(平成9年)3月以降休車となり、館林駅構内に留置された。1999年(平成11年)3月限りで野田線における運用より離脱した5101編成も館林駅に回送された後休車となり稼動編成は5102編成のみとなったが、同編成も2001年(平成13年)3月限りで休車となって本系列は全編成が運用を離脱した。 廃車は2001年(平成13年)5月の5101編成から開始され、2003年(平成15年)10月の5102編成を最後に全車廃車となり形式消滅した。 なお、5501・5502編成については地方私鉄への譲渡が予定されていたものの、実現せずに終わった。
※この「5000系」の解説は、「東武5000系電車」の解説の一部です。
「5000系」を含む「東武5000系電車」の記事については、「東武5000系電車」の概要を参照ください。
5000系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 15:09 UTC 版)
1998年(平成10年)に京王5000系(初代)の2両編成を、一部座席のクロスシート化を行った上で2編成譲受した、ワンマン対応車両である。
※この「5000系」の解説は、「一畑電車」の解説の一部です。
「5000系」を含む「一畑電車」の記事については、「一畑電車」の概要を参照ください。
- 5000系のページへのリンク