日本に対するスタンスとは? わかりやすく解説

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日本に対するスタンス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/23 22:59 UTC 版)

ジョルジュ・ビゴー」の記事における「日本に対するスタンス」の解説

ビゴー身長は160cmと欧米人としては低く当時日本人成人男性平均とほぼ同じであった清水勲は、このことで威圧感与えず日本人中に入り込むことができたこと、また日本人目線変わらない絵の構図獲得できたことを推定している。 ビゴー描いた風刺画のうち、鹿鳴館日清戦争扱ったものは中学校高校社会科歴史教科書にしばしば教材として掲載されてなじみが深い。これらの絵では日本に対して辛辣な描き方がされている。これについて清水勲は、ビゴー条約改正尚早考える点では居留地外国人と同じスタンス立っており、日本人の非近代的な側面強調することでそれをアピールしようとした際に、貧相な容姿と非近代性こじつけることが読者理解を得やすいと考えたからだとしている。 ただし、ビゴー批判したのは日本国家の皮相的欧化主義であり、日本の伝統的な文化庶民営みには敬意共感抱いていた。子守少女鉢巻き巻いた姿で遊ぶのを目にして「鉢巻き赤ん坊の顔に髪が触れないための工夫で、少女が遊ぶことで赤ん坊楽しめるという点で日本の子守は悧巧である」と感服したという日本人証言残されている。女性については『トバエ』の中で「日本で一番いいもの、それは女性だ。(中略日本女性生まれたのだから、どうぞ日本女性のままでいてもらいたい」と記し、絵においても上流階級人々は別として、風刺少ない絵を描いた。後には日本人女性と結婚している。この背景として、日本女性ビゴー求め日本的なものや江戸情緒伝え存在だったからだと清水勲記している。 1898年頃と推定される画集横浜バラード』には、日本への幻滅糞尿を運ぶ荷車悪臭や、外国人には高額ふっかける日本商売人)が歌われ離日直前刊行した画集1899年5月』では条約改正後の日本対す外国人の不安がストレートに表現されていた。しかし、フランス帰国後亡くなるまで日本に対して愛着抱き続けたまた、日本軍をよく知っていたビゴーは、日露戦争当時フランスでロシア圧勝」という世論同調しない数少ないフランス人でもあった。 欧米における日本人描写ステレオタイプとなったつり目出っ歯」という姿はビゴー風刺画にも登場するが、その点について清水勲は「当時日本人は現在に比べて国民全体栄養状態悪く小柄出っ歯の人が多かったそうした日本人の姿が1867年パリ万博直に欧米人目に触れたことと、ワーグマンビゴーなどの来日外国人の絵や当時写真など影響とによって広まり欧米人日本人観の一要因となったではないか」といった意見述べている。 一方同じくステレオタイプとしてよく登場する眼鏡については、ビゴーは「一般的に言って日本人視力はたいへん悪い。日本では様々な形をした、また様々な色をした眼鏡をかけている人に出会う」と記している。清水勲当時日本人が「栄養状態悪かったせいか、また家屋作りから来る照明状態の悪さからか視力よくなかった」ことと明治以降印刷物を読む機会増えたことで、眼鏡多くの人が使うようになったではないか推定している。ただし、ビゴーの絵に眼鏡をかけた人物は必ずしも多くない清水も、昭和期以降欧米での日本人像に眼鏡多く出る理由には昭和天皇東条英機といった眼鏡をかけた要人がいた影響指摘している。ビゴー庶民スケッチした絵では男女問わず様々な人相年齢職業人物描き分けている。 清水勲は「ビゴー反日家なのか親日家かと聞かれることがあるが、答えはもちろん親日家である」と述べている。 及川茂は、帰国後のビゴーは、当時フランスで見られインドシナなど他の風俗混交したようなでたらめな日本描写快くは思わなかったが、それに立ち上がって抗議するような形での感情日本抱いていなかったとしている。及川ビゴーが「日本をエキゾチストではなく、生活の一部として生きてきた人間」であり、「日本対決した競い合った摩擦感じたりするのではなく、あればあるがままになければなしでもやっていけた」という。滞日当時日本は「そこで生活していれば批判対象であり、揶揄の種であった」が、それはビゴー初め知った日本とは別物であったとする。帰国後のビゴーにとって日本は「いつも優しくそこにある国」で、素で自然で暖かい日本自分心の中しまっておきたいという感情故にジャーナリズム挿絵画家という職を捨てざるを得なかったと指摘している。 吉村和真は、マンガ表現内在するステレオタイプとその起源に関する考察一環としてビゴー鹿鳴館に行くため洋服を着る日本人として描いた有名な絵を(ワーグマンの「日本では馬も眼鏡をかけている」という風刺画とともに取り上げた吉村その中で、これらの図からは「眼鏡出っ歯」や「顔・つり目」といった特徴持った当時後発近代国家属する「日本人」という<他者>の未開性を描くことによって、先発近代国家属する(中略)<自己>の文明性を確認しようとする」二人自他意識(「一等国民」としての自負)が看取され、それはビゴーが絵の片隅書いた「名磨行(なまいき)」という文字にも如実に示されていると記している。吉村は、二人日本人偏見持っていたとか当時日本人文明開化の意味取り違えていたといった過去への断罪主張したいわけではない断った上で、これらの絵に描かれた「日本人」の視覚的イメージその後マンガ表現与えた影響力大きさ指摘している。また、二人がともに親日家写実的なスケッチ数多く残している事実合わせ、「これらの「日本人描写通じて浮き彫りとなる、彼らの視線意味するところは複雑で重い」と述べている。

※この「日本に対するスタンス」の解説は、「ジョルジュ・ビゴー」の解説の一部です。
「日本に対するスタンス」を含む「ジョルジュ・ビゴー」の記事については、「ジョルジュ・ビゴー」の概要を参照ください。

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