平均寿命、乳児死亡率
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「江戸時代の日本の人口統計」の記事における「平均寿命、乳児死亡率」の解説
江戸時代の生活史の人口資料としてよく利用されている資料は宗門改帳だが、基本的に静態統計であり、出生直後から宗門人別改めの期日までに死亡した場合には記載漏れとなり、正確な出生数と乳児死亡率の把握が困難である。宗門改帳より推計された数え2歳時、5歳時、10歳時、15歳時の平均余命は以下の通りである。 宗門改帳を用いた江戸時代の数え2歳, 5歳, 10歳, 15歳時平均余命推計対象村落期間数え2歳時平均余命, 年数え5歳時平均余命, 年数え10歳時平均余命, 年数え15歳時平均余命, 年事例数計算方法出典男子女子男子女子男子女子男子女子男子女子岩代国安達郡仁井田村 1720–1870年 37.7 36.4 900 824 死亡コーホート(乳児死亡率200を仮定) 成松佐恵子 (1992年) 岩代国安積郡下守屋村 1716–1872年 37.8 38.6 674 641 死亡コーホート(乳児死亡率200を仮定) 成松佐恵子 (1985年) 信濃国諏訪郡横内村 1671–1725年 36.8 29.0 46.7 35.9 50.0 38.3 46.9 35.6 226 144 出生コーホート 速水融 (1973年) 1726–1775年 42.7 44.0 48.3 48.8 49.9 48.1 46.6 44.6 253 97 信濃国筑摩郡湯船沢村 1675–1740年 37.1 37.6 45.8 42.6 44.1 41.0 39.8 36.8 137 130 死亡コーホート 鬼頭宏 (2000年) 1741–1796年 43.2 42.0 48.2 44.6 45.1 41.7 42.7 37.7 286 264 美濃国恵那郡飯沼村 1712–1750年 37.4 37.4 43.8 45.4 44.2 43.8 40.4 39.9 104 112 死亡コーホート 速水融 (1992年) 1751–1800年 45.6 43.8 50.6 49.6 51.2 48.6 46.2 43.6 127 141 1826–1867年 44.4 44.9 47.9 45.2 46.6 44.3 42.1 39.6 128 128 1712–1867年(全期間) 42.8 42.3 47.7 46.9 47.6 45.7 43.1 41.2 359 381 1711–1780年 41.8 39.7 50.4 46.9 52.0 47.8 49.2 42.8 100 100 出生コーホート 美濃国安八郡西条村 1773–1800年 34.6 34.4 37.8 39.9 37.5 40.6 34.2 35.6 122 119 出生コーホート 速水融 (1992年) 出生時平均余命(平均寿命)と乳児死亡率に関しては、懐妊書上帳や出生調書上帳、明治以降の数値、モデル計算により推計値が出されている。以下江戸時代における乳児死亡率と出生、満5歳、満10歳、満15歳時平均余命の推計をまとめる。なお江戸時代全般に見られる異常な男女比は嬰児殺しの影響があると見られるが、出生調書上帳などでは出産後に殺された嬰児についても堕胎とともに死産(死産は平均余命の計算から除外される)扱いされている可能性があり、宗門改帳における乳児死亡の情報欠落と共に、平均余命が実際よりも高く見積もられている原因となり得る。 江戸時代の乳児死亡率と出生時, 満5歳時, 満10歳時, 満15歳時平均余命の推計対象村落期間乳児死亡率, ‰出生時平均余命, 年満5歳時平均余命, 年満10歳時平均余命, 年満15歳時平均余命, 年資料推計方法出典男子女子男子女子男子女子男子女子男子女子陸中国磐井郡狐禅寺村 1810–1823年 154 203 46.0 38.4 51.5 48.6 49.8 44.5 44.8 42.2 人数改帳,出減帳,出生調書上帳,病死書上帳,懐妊書上帳 長澤克重 (2008年) 200 43.6 38.5 乳児死亡率200を仮定 1851–1861年 141 186 46.9 40.0 54.0 48.8 50.7 45.5 47.0 42.4 人数改帳,出生調書上帳,病死書上帳,懐妊書上帳 200 43.8 39.3 乳児死亡率200を仮定 磐城国白川郡中石井村 1808–1826年 178~198~208 懐妊書上帳 最小~中間~最大値 鬼頭宏 (1976年) 岩代国会津郡金井沢村, 鴇巣村, 石伏村, 桑原村 1752–1859年 200 39.8 36.1 宗門改帳 乳児死亡率200を仮定 岡田あおい (2006年) 羽前国村山郡山家村 1760–1799年 222 204 39.1 41.1 51.8 52.6 49.8 52.2 45.1 47.7 宗門改帳 初年死亡率からの推計 木下太志 (2002年) 1800–1835年 232 213 35.4 35.6 47.3 45.8 45.1 45.0 41.9 41.4 1836–1870年 237 218 36.1 36.2 48.9 47.0 48.6 46.4 44.5 42.3 1760–1870年(全期間) 231 212 36.8 37.5 49.3 48.5 47.8 47.8 43.8 43.8 常陸国茨城郡川戸村 1854–1871年 158~170~176 懐妊書上帳 最小~中間~最大値 鬼頭宏 (1996) 常陸国河内郡小茎村, 六斗蒔村 1851–1871年 115~143~190 懐妊書上帳 最小~中間~最大値 鬼頭宏 (1972) 越前国坂井郡田島村 1819–1854年 26.3 24.1 宗門改帳 北モデル 坪内良博, 坪内玲子 (1984年) 信濃国伊那郡虎岩村 1812–1815年 229 189 36.8 36.5 48.8 46.3 46.6 46.4 43.9 45.0 宗門改帳 0-4歳死亡数の上方修正 小林和正 (1956年) 飛騨国大野郡往還寺村落 (宮村, 久々野村) 1776–1795年 264 228 32.5 33.6 49.9 47.6 48.4 46.0 44.8 42.0 過去帳 須田圭三 (1973年),Jannetta, Preston (1991年) 1796–1815年 291 252 33.9 32.9 52.3 49.7 51.3 49.9 47.4 45.8 1816–1835年 314 281 33.9 32.2 53.3 48.2 50.4 45.9 46.8 42.3 1836–1855年 315 313 31.8 31.5 50.0 47.9 48.5 46.1 44.7 42.7 1856–1875年 397 363 29.2 29.8 49.3 47.8 48.0 47.2 44.6 43.5 1776–1875年(全期間) 288 265 32.3 32.0 50.9 48.2 49.3 47.0 45.7 43.3 美濃国郡上郡中原村 1717–1830年 165 125 43.2 49.7 52.6 46.7 50.0 44.9 宗門改帳 北モデル Smith (1977年) 美濃国大野郡鹿野村, 安八郡小泉村, 西条村 1751–1869年 232 199 35.9 38.9 48.7 50.5 46.5 47.7 42.5 43.4 宗門改帳 西モデル 斉藤修 (1992年) 177 150 38.4 41.3 北モデル 美濃国安八郡西条村 1773–1869年 200 36.8 36.7 48.9 49.8 47.4 47.7 43.5 43.1 宗門改帳 乳児死亡率200を仮定 速水融 (1992年) 三河国宝飯郡西方村 1782–1787年 43.5 75.3 43.7 75.2 宗門改帳 西モデル Hanley, Yamamura (1977年) 1787–1792年 30.6 39.1 37.3 45.0 1791–1796年 30.5 50.6 35.1 56.2 1782–1796年(全期間) 34.9 55.0 38.7 58.8 大和国広瀬郡河合村 1789–1867年 38.2 過去帳 菱沼従尹 (1978年) 備前国児島郡藤戸村 1800–1805年 44.1 54.4 41.1 55.8 宗門改帳 西モデル Hanley, Yamamura (1977年) 1805–1810年 45.1 52.9 45.4 49.3 1825–1830年 40.8 40.3 53.6 36.5 1830–1835年 34.3 32.1 38.6 49.0 1800–1835年(全期間) 41.1 44.9 44.6 54.5 筑前国宗像郡泉福寺村落 (鐘崎村) 1700–1724年 48.9 43.4 過去帳 Kalland, Pedersen (1984年) 1725–1749年 47.1 49.1 1750–1774年 47.7 45.9 1775–1799年 41.2 41.2 1800–1824年 40.0 39.1 1700–1824年(全期間) 44.7 43.3 以上は農村を中心とした研究であるが、これに対して城下町などの人口密集地域では人の出入りが激しく、平均余命の推定が困難である。小林和正は江東区深川の浄土宗雲光院跡で出土した江戸時代の満15歳以上の人骨の平均死亡年齢を男子45.5歳、女子40.6歳と推定している。満15歳時平均余命は男子30.3年、女子25.6年、男女平均27.8年に相当する。 東京各所の墓地から出土した江戸時代の江戸の満15歳以上人骨平均死亡年齢 (小林和正, 1967年)出土場所満15歳以上人骨平均死亡年齢, 歳個体数男子女子男子女子東京各所 (深川以外) 39.9 40.4 37 21 深川 45.5 40.6 79 29 東京各所 43.9 40.6 116 50 また、ワイスのモデル生命表を15歳未満に適応することにより、菱沼従尹(1978年)は江戸深川の出生時平均余命を20.3年と推定している。長岡朋人, 平田和明(2007年)らも都立一橋高校内遺跡から出土した人骨を元に出生時平均余命を21.3年と推定している。江戸時代は一般的に都市部の方が農村に比べて死亡率が高くて出産率が低い傾向にあり、都市部への出稼ぎを担う農村からの余剰人口を減らすことで全体の人口を調整していたと考えられている(「都市アリ地獄説」)。 都立一橋高校内遺跡から出土した人骨から推定した江戸時代の江戸の平均余命(長岡朋人, 平田和明, 2007年)推計方法乳幼児(満5歳未満)死亡率, ‰出生時平均余命, 年満5歳時平均余命, 年満10歳時平均余命, 年満15歳時平均余命, 年直説法 362 20.7 26.0 25.2 23.1 ベイズ推定法 21.8 27.7 27.2 25.5 最尤推定法 21.3 27.0 26.4 24.5
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