奈良小1女児殺害事件とは?

楓ちゃん事件

読み方:かえでちゃんじけん
別名:奈良県少女誘拐殺人事件奈良少女誘拐殺人事件、奈良小1女児殺害事件、小林薫事件

2004年11月奈良県発生した小児誘拐殺人事件。「ちゃん」は殺害された(被害者の)児童の名。

加害者の男(小林薫)は誘拐殺人死体遺棄などの罪により死刑判決が下され、2013年2月死刑執行されている。

奈良小1女児殺害事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/05 03:09 UTC 版)

奈良小1女児殺害事件(なら しょういちじょじ さつがいじけん)は、2004年平成16年)11月17日奈良県で発生した誘拐殺人事件[8]


注釈

  1. ^ a b 死体遺棄現場は『読売新聞』 (2004) では「平群町菊美台の道路側溝[富雄北小から南西約6キロメートル (km) 付近で、近鉄生駒線東山駅の南約500 mの住宅街造成地]」[30]、『奈良新聞』 (2006) では「平群町菊美台二丁目の道路脇側溝」[1]、奈良地裁の判決文 (2006) では「平群町大字椣原の町道北椣原373号線・道路脇側溝」となっている[3]
  2. ^ 奈良地裁 (2006) は「被告人の1歳下の弟(次男)は現在も自営業を営みつつ、家庭を持ち、障害を持つ一番下の弟(三男)の面倒も見て、一般的な社会人として暮らしている」と認定している[12]
  3. ^ 小林の父親は小林の非行について、厳しく叱責したりする一方で店に対し万引きの被害弁償をしたり、学校・父兄へいじめの相談をしたりしていたほか、母親も「薫が弟をいじめるので困っている」と担任教師に伝えたりした[12]
  4. ^ 大阪市内の小中学校を卒業[5]。中学校には1981年(昭和56年)4月に入学した[12]
  5. ^ 中学入学後は同級生の不良グループから暴力を振るわれるなどのいじめを受け、不良たちの機嫌を取るため、言われるまま物を買いに行ったり盗んだりして使い走りのようなことをしていた[12]。高校進学後はいじめを受けるようなことはなくなったが、同級生の恐喝行為の見張りをして強盗致傷の非行に問われることがあった[12]
  6. ^ 小林の祖母は家事を切り盛りするのに忙殺され、生前の母親のように孫の小林に構うことはできなかったが、可能な限り孫たちを可愛がり、小林たちも父親に叱られると祖母に助けを求めたり、いろいろな相談をしたりしていた[12]
  7. ^ 高校3年の夏休み、小林はクラブの合宿で行った鳥取県で小学生の女児にわいせつ行為をして快感を覚えていた[12]
  8. ^ 当時は同僚と酒を飲みに行くなど比較的良好な人間関係を構築し、働きぶりは普通で勤務態度も良好だった[12]。そのため、小林の配達区域内の住民から「新聞配達員に女の子がいたずらされたが、おたくの配達員ではないか?」と疑われた際、店長らは「小林を含め、うちの従業員にはそのような悪いことをする人物はいない」と回答していた[12]
  9. ^ 『東京新聞』 (2005) はこの時の犯行について「女児の口に自分の性器を入れた」と報道している[14]
  10. ^ 小林の父親はこの窃盗事件の被害弁償や留置場への金員・衣服の差入れ、公判への情状証人としての出頭を行った[12]
  11. ^ 運送会社で勤務するようになって以降は仕事上で大きな失敗をしたことはなかったが、「遅刻が多く、時間にルーズでなまくらな人間」「注意を繰り返しても改善せず、同じ失敗をしても動じず、反省の色が全くない」と評価されていた[12]
  12. ^ 同事件当時、小林はトラック運転手として勤務し、住吉区長居三丁目に居住していた[15]。同事件の際には家宅捜索により、自室からポルノコミック・雑誌約20冊が見つかったため、住吉署は「コミックなどの性描写に刺激されて女児を襲った」として小林を追及した[15]
  13. ^ 『日本経済新聞』 (1991) によれば、事件現場は住吉区苅田一丁目の「東長居団地」1階階段付近[16]
  14. ^ この時、小林の父親は服役中の長男・小林と面会し、出所時には1歳下の弟(次男)とともに小林を迎えに行き、出所後の就職の世話もした[12]
  15. ^ 実際には小林には結婚歴はない[10]
  16. ^ それ以降、東住吉署は2度にわたり逮捕状を取り直していた[17]
  17. ^ 小林は2004年10月以降、持ち逃げした購読代金を返済するため湯里販売所長の口座に計12万円を振り込んでいた[18]
  18. ^ 2004年9月初めごろには湯里販売所からその事実を把握されていた[18]。一方、西大和ニュータウン販売所は小林が湯里販売所で起こした横領事件の事実を把握していなかった[19]
  19. ^ この車は事件当時、小林が勤務していた新聞販売所の同僚(当時、小林と起こしたミニバイク同士の衝突事故により負傷して入院中)から借りた車で、同僚が退院する3日後(11月20日)に返さなければならなかったため、事件当日は小林が自由に車を使える最後の休日だった[23]
  20. ^ 小林は1998年(平成10年)ごろに生駒市鹿ノ台で働いていた際、「この辺りは子供が減っている」と聞いていたため、その点を思い出したことで生駒市ではなく、奈良市を犯行現場に決めた[3]。また、1999年(平成11年)7月からはA宅近くの新聞販売店で働いていた[24]
  21. ^ 被害者・女児Aは2004年3月に奈良市立富雄北幼稚園を卒園し、事件直前(11月11日)に7歳の誕生日を迎えたばかりだった[25]。A宅の周囲では同年春ごろから不審者の目撃情報があり、地域住民が警戒を強めていた[25]
  22. ^ 魚沼学園前東方約10メートル (m) 付近路上[3]
  23. ^ 小林は事件当夜に行きつけの飲食店を訪れており、事件発覚後に来店した際には「おととい、俺はこの店に来ていたからアリバイあるよな?」とつぶやいていた[10]
  24. ^ 遺体の一部・口付近にあった刃物などによる傷跡には生活反応がなかったため、殺害後に遺体を傷つけたことが判明している[26]
  25. ^ この約10分前(19時55分ごろ)、Aの携帯電話(A宅から南へ約200 mの公園)から母親の携帯電話へワン切りがあった[27]
  26. ^ 脅迫メールを送信した地点は『奈良新聞』 (2006) では「中山田池公園東側駐車場」(北葛城郡河合町中山台一丁目)[1]、奈良地裁の判決文 (2006) 「鮫島公園東側駐車場(北葛城郡河合町中山台)」となっている[3]
  27. ^ この画像は事件当日と同じ[28]
  28. ^ 加害者小林の職場付近[10]
  29. ^ 捜査員に連行される直前、小林は販売所に届いた「不審人物浮かぶ」と報じた12月30日付の毎日新聞を配達し、配達後には同僚に「これで(自分への)疑いが晴れる」と話していた[10]
  30. ^ 奈良地検は小林の供述などから「犯行は殺人だけでなく、Aを殺害する故意を持って強制わいせつに及び、Aを死亡させた」と認定した[41]。またAの両親が強制わいせつ容疑で告訴していたため「事実に即した認定をし、処罰するべき」と判断し、被告人小林を強制わいせつ致死罪でも起訴した[41]
  31. ^ 大阪近鉄バファローズは同年の球界再編によりオリックス・ブルーウェーブと合併し、同年限りで消滅した[44]。中村は選手分配ドラフトにより合併球団(オリックス・バファローズ)へ所属することになったが、2005年1月にポスティングシステムを利用してメジャーリーグベースボール (MLB) のロサンゼルス・ドジャースへ移籍した。
  32. ^ 中村は事件当時娘3人がおり、次女は被害者Aと同い年だった[44]
  33. ^ 宅間は2004年9月に死刑を執行されていたが、宮﨑は当時上告中で[43]月刊『創』2006年1月号で「精神鑑定も受けずに『第二の宮﨑勤』は名乗らせません」と被告人小林を批判した。その後、宮﨑は2006年1月に死刑が確定し、2008年6月に死刑を執行された。
  34. ^ 宮﨑はペドフィリアとは診断されていない。
  35. ^ その理由について、周囲には「謝罪・反省の言葉は減軽を望んでいるようで、自分の真意ではない。それを促す弁護人にも従いたくない」と話していた[47]
  36. ^ 小林と文通していた『創』編集長・篠田博之によれば、小林には一般人から「早く死ね」などの手紙が届いていた[47]
  37. ^ 前田雅英首都大学東京教授(刑事法)は「性犯罪に対する国民感情を重く受け止めた判決だ。加害者が性犯罪の前科を有しており、反省の情を示さなかったことに加え、裁判所の『性犯罪を撲滅しなければならない』という意識の表れでもあろう」と評している[59]
  38. ^ 同事件で広島地裁は「被害者1人の殺人事件の場合、死刑適用には被害者が複数の事件より高い悪質性が必要」と判断した[61]
  39. ^ この時、小林は控訴に異論を示さなかった[62]
  40. ^ 小林はその直前に弁護人と面会し「午後にも控訴を取り下げる」と話しており、弁護人から「なぜこんな事件を起こしたのかを説明する必要がある」と説得されたが、熟慮の末に決断したためか翻意しなかった[63]。取り下げ後にも弁護人と再び面会し「(10月)5日に結論を出した。何を言っても社会は理解してくれない」と話していた[64]。また、死刑確定後には控訴取り下げの理由について「弁護士を信じられなかったから」と述べている[49]
  41. ^ この新証拠は2008年3月25日、大阪拘置所講堂で行われた大阪高裁への公判期日申立てに関する事実調べの際に獲られた調書[68]
  42. ^ 2011年12月時点で新たな死刑確定者にも同様のアンケートを送付している[72]

出典

  1. ^ a b c d e 奈良新聞 2006, 「計画的殺意なかった」-弁護側、減刑求める【第10回公判】.
  2. ^ a b c d e 36歳の男を誘拐容疑で逮捕 奈良女児誘拐」『asahi.com朝日新聞社、2004年12月30日。2005年1月1日閲覧。オリジナルの2005年1月1日時点におけるアーカイブ。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af 奈良地裁 2006, 罪となるべき事実.
  4. ^ a b c d 小1女児、誘拐・殺害-下校後不明、平群で遺体発見」『奈良新聞』奈良新聞社、2004年11月19日。オリジナルの2004年11月19日時点におけるアーカイブ。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 奈良地裁 2006, 犯行に至る経緯.
  6. ^ a b 小林死刑囚の刑執行 - 小1女児誘拐殺人」『奈良新聞』奈良新聞社、2013年2月22日。2020年4月20日閲覧。オリジナルの2020年4月20日時点におけるアーカイブ。
  7. ^ a b c d e f 奈良の女児誘拐殺人、新聞販売店員を誘拐容疑で逮捕」『YOMIURI ONLINE』読売新聞社、2004年12月30日。2004年12月30日閲覧。オリジナルの2004年12月30日時点におけるアーカイブ。
  8. ^ 楓ちゃん誘拐殺害事件から17年 父が手記「喪失感埋まることない」”. 産経ニュース (2021年11月17日). 2021年11月17日閲覧。
  9. ^ a b c d 年報・死刑廃止 2019, p. 261.
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n 女児の画像を知人に、携帯見せ得意気…小林容疑者」『YOMIURI ONLINE読売新聞社、2004年12月31日。2004年12月31日閲覧。オリジナルの2004年12月31日時点におけるアーカイブ。
  11. ^ a b c 3人の死刑を執行 奈良女児殺害の小林死刑囚ら」『日本経済新聞日本経済新聞社、2013年2月21日。2020年4月19日閲覧。オリジナルの2020年4月19日時点におけるアーカイブ。
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 奈良地裁 2006, 被告人の生育歴.
  13. ^ a b c 奈良新聞 2006, 最終弁論要旨.
  14. ^ a b 東京新聞』2005年5月10日朝刊家庭面11頁「子どもを守ろう 奈良女児殺害の公判から(下) 犯行の背景 多角的解明を 被告は『癖のもん』『治らん』と言うが… 小児性愛や生育歴どう関係 識者『個人ごとに矯正・治療必要』」(中日新聞東京本社 記者:岩岡千景)
  15. ^ a b c d e f 読売新聞』1991年7月27日大阪朝刊23頁「22歳トラック運転手、幼女に襲いかかる/大阪・住吉区」(読売新聞大阪本社
  16. ^ a b 日本経済新聞』1991年7月27日大阪朝刊社会面「大阪・住吉区、幼女殺人未遂、運転手を逮捕」(日本経済新聞大阪本社
  17. ^ a b c 奈良小1殺害、誘拐の日に逮捕状 前勤務先での横領容疑」『asahi.com』朝日新聞社、2005年1月14日。2005年2月6日閲覧。オリジナルの2005年2月6日時点におけるアーカイブ。
  18. ^ a b c d e f 奈良女児殺害:小林容疑者、事件当日に横領容疑で逮捕状」『毎日新聞毎日新聞社、2005年1月14日。2005年3月6日閲覧。オリジナルの2005年3月6日時点におけるアーカイブ。
  19. ^ a b 大阪で新聞代持ち逃げ-女児誘拐殺人の小林容疑者」『奈良新聞』奈良新聞社、2005年1月16日。オリジナルの2005年2月24日時点におけるアーカイブ。
  20. ^ 2販売所との契約解除-小林容疑者勤務、河合など【毎日新聞大阪本社】」『奈良新聞』奈良新聞社、2005年1月20日。オリジナルの2005年1月23日時点におけるアーカイブ。
  21. ^ 毎日新聞社が販売所2店との取引解約 女児殺害事件」『asahi.com』朝日新聞社、2005年1月19日。2005年2月6日閲覧。オリジナルの2005年2月6日時点におけるアーカイブ。
  22. ^ 毎日新聞が販売局長らを処分 奈良女児誘拐殺害事件で」『asahi.com』朝日新聞社、2005年1月25日。2005年2月6日閲覧。オリジナルの2005年2月6日時点におけるアーカイブ。
  23. ^ 「1人の女の子探した」-計画的犯行裏付け【小林容疑者】」『奈良新聞』奈良新聞社、2005年2月7日。オリジナルの2005年2月8日時点におけるアーカイブ。
  24. ^ 奈良新聞 2005, 「誘拐は誰でもよかった」-騒がれたので殺害.
  25. ^ a b 奈良女児誘拐殺害 > 誕生日迎えたばかり 自宅近くで春から不審な男」『YOMIURI ONLINE』読売新聞社、2004年11月18日。オリジナルの2004年12月23日時点におけるアーカイブ。
  26. ^ 奈良女児誘拐殺害 > 女児の衣服などに多数の毛髪付着 犯人が接触か」『YOMIURI ONLINE』読売新聞社、2004年11月20日。オリジナルの2005年1月26日時点におけるアーカイブ。
  27. ^ 小1女児誘拐・殺害事件 詳報」『奈良新聞』奈良新聞社、2004年11月19日。オリジナルの2004年11月20日時点におけるアーカイブ。
  28. ^ a b c d e 奈良の女児殺害事件、36歳男を逮捕へ」『YOMIURI ONLINE』読売新聞社、2004年12月30日。2004年12月30日閲覧。オリジナルの2004年12月30日時点におけるアーカイブ。
  29. ^ a b 奈良新聞 2005, 写真送付で「殺害伝えた」-自分の携帯にも転送(2005.01.03).
  30. ^ a b 奈良女児誘拐殺害 > 「娘もらった」母にメール 下校後不明 造成地側溝に遺体」『YOMIURI ONLINE』読売新聞社、2004年11月18日。オリジナルの2004年12月23日時点におけるアーカイブ。
  31. ^ 室内浴槽などで殺害か-小1女児誘拐殺人」『奈良新聞』奈良新聞社、2004年11月22日。オリジナルの2004年12月12日時点におけるアーカイブ。
  32. ^ 奈良誘拐殺人 遺体に女児でない毛」『スポニチアネックス』スポーツニッポン新聞社、2004年11月21日。オリジナルの2004年11月21日時点におけるアーカイブ。
  33. ^ 遺体に成人男性の毛-遺棄は7時半以降【女児誘拐殺人】」『奈良新聞』奈良新聞社、2004年12月2日。オリジナルの2004年12月9日時点におけるアーカイブ。
  34. ^ 犯人血液型はB型か-遺体付着物の鑑定で判明【女児誘拐殺人】」『奈良新聞』奈良新聞社、2004年12月3日。オリジナルの2004年12月4日時点におけるアーカイブ。
  35. ^ 白い車に連れ込む-同じ小学校の母親が目撃」『奈良新聞』奈良新聞社、2004年11月19日。オリジナルの2004年12月12日時点におけるアーカイブ。
  36. ^ 奈良新聞 2005, 「誘拐は誰でもよかった」-騒がれたので殺害(2005.01.04).
  37. ^ 奈良新聞 2005, 女児殺害、遺棄認める-接点は浮上せず(2005.01.01).
  38. ^ 奈良の女児殺害、小林被告を再逮捕…死体損壊容疑も」『YOMIURI ONLINE』読売新聞社、2005年1月20日。2005年1月21日閲覧。オリジナルの2005年1月21日時点におけるアーカイブ。
  39. ^ 殺人と死体遺棄容疑で再逮捕 奈良の女児殺害事件」『asahi.com』朝日新聞社、2005年1月19日。2005年1月21日閲覧。オリジナルの2005年1月21日時点におけるアーカイブ。
  40. ^ 小林容疑者を追送検-死体損壊と脅迫容疑」『奈良新聞』奈良新聞社、2005年2月9日。オリジナルの2005年2月10日時点におけるアーカイブ。
  41. ^ a b c 小林容疑者を追起訴-強制わいせつ致死など5罪」『奈良新聞』奈良新聞社、2005年2月10日。オリジナルの2005年2月10日時点におけるアーカイブ。
  42. ^ a b 松谷創一郎「マスコミは猟奇事件の容疑者をどう報じるか――2005年「奈良幼女誘拐殺人事件」における物語化」『Yahoo!ニュース』Yahoo!JAPAN、2016年3月31日。2020年8月15日閲覧。オリジナルの2020年8月15日時点におけるアーカイブ。
  43. ^ a b c d 小林被告、反省どころか満足感 奈良小1女児誘拐殺人事件」『日刊スポーツ九州』日刊スポーツ新聞社、2005年4月19日。オリジナルの2005年11月30日時点におけるアーカイブ。
  44. ^ a b c 中村紀、(被害者の実名)ちゃん霊前にサイン入りバット」『nikkansports.com』日刊スポーツ新聞社、2004年11月19日。オリジナルの2004年11月20日時点におけるアーカイブ。
  45. ^ Aちゃん通夜、同級生や中村紀洋選手のサインに送られ」『YOMIURI ONLINE』読売新聞社、2004年11月19日。オリジナルの2004年12月20日時点におけるアーカイブ。
  46. ^ a b c 『朝日新聞』2006年9月26日東京夕刊第4版第一社会面15頁「奈良女児殺害判決 笑う被告、涙の両親 ともに臨んだ『極刑』 遺影胸に母は嗚咽」(朝日新聞東京本社)
  47. ^ a b c d e f 『朝日新聞』2006年9月26日東京夕刊第4版第一社会面15頁「奈良女児殺害判決 孤立感じ現実逃避?小林被告」(朝日新聞東京本社)
  48. ^ 月刊『創』(つくる) 2006年” (日本語). 創出版 (2006年). 2007年9月28日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2007年9月28日閲覧。
  49. ^ a b c d 執行前「申し訳ない」小林死刑囚、思いつづる 公判で後悔も」『47NEWS』(共同通信社)、2013年2月22日。オリジナルの2013年2月25日時点におけるアーカイブ。
  50. ^ a b c d 奈良地裁 2006, 被告人の反省状況等.
  51. ^ 篠田博之死刑執行! 小林薫死刑囚と○○死刑囚からの手紙(『創』2013年4月号より)1/2」『創』第43巻第4号、創出版、2013年4月10日、 116-121頁、 NAID 40019607456 - タイトルに別事件(土浦連続殺傷事件)の死刑囚の実名が使われているため、その箇所を伏字とした。
  52. ^ a b c フォーラム90 2009, p. 78.
  53. ^ 小林被告に死刑求刑-更正は不可能【論告求刑公判】」『奈良新聞』奈良新聞社、2006年6月6日。2007年9月6日閲覧。オリジナルの2007年9月6日時点におけるアーカイブ。
  54. ^ a b 『読売新聞』2006年9月26日東京夕刊第4版第一社会面21頁「奈良女児殺害に死刑 小林被告、表情変えず 遺影抱き 両親涙 怒りに震え鋭い視線」(読売新聞東京本社)
  55. ^ 奈良新聞 2006, 言いたいこと「何もない」.
  56. ^ a b c 『朝日新聞』2006年9月26日東京夕刊第4版第一総合面1頁「奈良女児殺害 死刑 地裁判決 『更生の可能性ない』 被害者1人で適用」(朝日新聞東京本社)
  57. ^ a b 『読売新聞』2006年9月26日東京夕刊第4版一面1頁「奈良女児殺害 小林被告に死刑判決 奈良地裁 『矯正極めて困難』」(読売新聞東京本社)
  58. ^ a b c 『朝日新聞』2006年9月26日東京夕刊第4版第一総合面1頁「奈良女児殺害 死刑 地裁判決 幼少・性犯罪を重視」(朝日新聞東京本社 記者:高橋昌宏)
  59. ^ 『読売新聞』2006年9月26日東京夕刊第4版第二社会面20頁「奈良女児殺害に死刑 前田雅英・首都大学東京教授(刑事法)」(読売新聞東京本社)
  60. ^ 奈良地裁 2006, 結論.
  61. ^ 『読売新聞』2006年9月26日東京夕刊第4版一面1頁「奈良女児殺害 小林被告に死刑判決」(読売新聞東京本社)「解説 高い悪質性認定」(読売新聞奈良支局:河下真也)
  62. ^ a b c d 『朝日新聞』2006年9月27日東京朝刊第14版第二社会面38頁「奈良女児殺害に死刑 弁護側が控訴 『本質に迫っていない』」(朝日新聞東京本社)
  63. ^ a b c 中日新聞』2006年10月10日夕刊E版第一社会面15頁「奈良の女児誘拐殺人 小林被告、控訴取り下げ 死刑判決が確定へ」(中日新聞社
  64. ^ a b 『中日新聞』2006年10月11日朝刊第12版第二社会面28頁「奈良の小1女児殺人 小林被告の死刑確定」(中日新聞社
  65. ^ 特別抗告を棄却 - 最高裁、少女殺害の小林死刑囚」『奈良新聞』奈良新聞社、2009年12月19日。2020年4月20日閲覧。オリジナルの2020年4月20日時点におけるアーカイブ。
  66. ^ a b 小林死刑囚の抗告棄却 - 小1女児殺害事件」『奈良新聞』奈良新聞社、2009年8月11日。2020年4月20日閲覧。オリジナルの2020年4月20日時点におけるアーカイブ。
  67. ^ 小林死刑囚の再審、最高裁認めず 奈良女児殺害」『asahi.com』朝日新聞社、2009年12月17日。2009年12月20日閲覧。オリジナルの2009年12月20日時点におけるアーカイブ。
  68. ^ a b フォーラム90 2012, p. 76.
  69. ^ 小林薫「広島・栃木と相次いだ女児殺害事件をめぐって 奈良女児殺害・小林薫被告獄中手記『性犯罪はなぜなくならないのか』」『』第36巻第2号(通巻第398号)、創出版、2006年2月、 132頁、 NAID 40007096848
  70. ^ フォーラム90 2009, p. 13.
  71. ^ フォーラム90 2009, p. 79.
  72. ^ フォーラム90 2012, p. 10.
  73. ^ フォーラム90 2012, pp. 10–12.
  74. ^ フォーラム90 2012, pp. 75–76.
  75. ^ 法務大臣谷垣禎一 (2013年2月21日), “法務大臣臨時記者会見の概要 平成25年2月21日(木)” (日本語) (プレスリリース), 法務省, オリジナルの2013年6月13日時点におけるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20130613140605/http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_00397.html 2013年6月13日閲覧。 
  76. ^ 奈良女児誘拐殺人:ネットに手口掲載 事件を誘発か」『毎日新聞』毎日新聞社、2004年11月22日。2005年1月13日閲覧。オリジナルの2005年1月13日時点におけるアーカイブ。





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「奈良小1女児殺害事件」の関連用語

奈良小1女児殺害事件のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



奈良小1女児殺害事件のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
新語時事用語辞典新語時事用語辞典
Copyright © 2022 新語時事用語辞典 All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの奈良小1女児殺害事件 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS