デモ隊強制排除
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/11 23:37 UTC 版)
「2013年エジプトクーデター」の記事における「デモ隊強制排除」の解説
8月7日、エジプト暫定政権は、10日間継続していた欧米諸国やアラブ諸国とムスリム同胞団との和解交渉打ち切りを発表。和解交渉では同胞団メンバーの釈放や、資産凍結解除、閣僚ポストの提供などが提案されていた。ムルシー支持派による座り込みの抗議デモについて、地元住民からの苦情を受け強制排除警告を発していたが、8月14日、中央治安部隊が、ムルシ前大統領の母校で前大統領支持派の拠点となっていたカイロ大学前及びラーバア・アダウィーヤ広場(英語版)2カ所で継続されていた座り込みの抗議デモの強制排除を行い、デモ隊多数記者などが死亡した。エジプト保健・人口省の報道官の発表によると、実弾の発砲はなく、15日夜までの死者数は全土で638人とされる が、実弾が使用されたとの報道があり、ムスリム同胞団も治安部隊の実弾発砲があったとし、15日夜までに2600人以上が死亡したとしている。また、治安部隊が救急車両の通行を妨害していた、との報道もある。警察は、デモ参加者らの殺害は「違法性のかけらもなく、非常に静かに行われた」と主張した。 暫定政権はさらに、1ヶ月間の令状なしでの逮捕を可能とする非常事態宣言と12都市における夜間外出禁止令を出した。 強制排除を受け、同日モハメド・エルバラダイ暫定政権副大統領は辞意を表明 したが、エルバラダイへの国民の支持率はムルシーより低い状態で大勢に影響はないとされた。またムスリム同胞団の支持率も20パーセント程度にとどまる一方、軍への信頼は高く、また民主主義への失望から伝統的な街頭政治への期待が高まっていることもあり、最終的に軍が独裁政権に引導を渡した2011年のエジプト革命同様に、国民の大勢は軍によるクーデターやデモ隊の強制排除を認めているとされる。一方、ムスリム同胞団への国民の反発は強いとされ、8月16日には、エジプトの34人権団体から、「同胞団はテロ組織であり、国民に対し過剰な暴力を加えている。」などとの声明が出された。また、同日、キリスト教系メディアが、キリスト教徒殺害の続発や中部都市アシュートで「キリスト者を侮辱しろ。」とのシュプレヒコールをあげる1万人規模でのデモ行進などが発生したと伝える中で、コプト正教会も「武装テロリスト集団と対峙している軍や警察、その他のさまざまな組織を強く支持する。」との声明を発表し、暫定政権への支持を表明した。人権組織マスペロ青年連合報道官によると、14日15日の2日間だけでも、38ヶ所のコプト教会への放火があったとされる。他にもカトリック教会広報担当ラフィク・グレイシェ神父によるとカトリック教会7ヶ所がムスリム同胞団に襲撃を受けたとされるなど、暫定政権によるムルシ派デモ強制排除以降、キリスト教徒に対する襲撃が激化している。なお、コプトの教皇タワドロス2世は教皇に選任されてより、ムルシー批判を強めてきており、ムルシー政権崩壊直後に行われたアブドルファッターフ・アッ=シーシー軍最高評議会議長の演説にも、コプト教会トップの大主教が同席していた。さらにエジプトの人口の1割を占めるコプト教徒の大半は、イスラム教の教義に立脚した統治体制整備を進めようとする同胞団に対して警戒心が強く、軍のクーデターを支持しており、これらのことがムルシ支持派から反発を招いたと考えられる。 一方、バラク・オバマ米国大統領が暫定政権との合同軍事演習を中止するなど、国際社会からの批判は高まっている。欧米諸国以外でも、トルコは、大使召喚を行うなどクーデターに反発を示した。背景には、トルコでは長年、ムスタファ・ケマル・アタテュルクにより確立された政教分離の憲法原則を守ろうとするトルコ軍の政治介入によりイスラム化が阻まれてきた歴史があり、強権的な政治手法などに対する反発などから生じた2013年トルコ反政府運動渦中にあるイスラム主義者レジェップ・タイイップ・エルドアン首相らの、軍による政治介入を否定したい意思がみられる。 湾岸諸国ではカタールのみが同胞団を支持し(ただし、カタールは6月末に首長が代替わりをしており、クーデター直後に暫定大統領に祝電を送付するなど外交姿勢に変化も見られるほか、ムルシー政権崩壊後もエジプトに対する支援を継続している が、暫定政権とは距離を置いているとも指摘され、シリア騒乱ではムスリム同胞団を支援している。)、同国の衛星放送局アルジャジーラがムルシー派寄りの報道を行っている。暫定政権はアルジャジーラなどの海外メディアが偏った情報を流していると批判しており、ムスリム同胞団を支援するカタール(ただし、カタールは6月末に首長が代替わりをしており、クーデター直後に暫定大統領に祝電を送付するなど外交姿勢に変化も見られ、ムルシー政権崩壊後もエジプトに対する支援を継続している が、暫定政権とは距離を置いているとも指摘され、シリア騒乱ではムスリム同胞団を支援している。)の衛星放送局アルジャジーラに関し、「アルジャジーラを打ち倒せ。」との主張を掲げる反ムルシ派によるデモが行われたほか、サウジアラビア系のアル・ハヤート紙 は、CNN、アルジャジーラ、クドゥスといった、ムルシー派に友好的なメディアが、8月14日の最初のデモ隊排除の際に、排除に先立ち当局が拡声器で安全に外に出るように警告を発する様子などや、座り込み隊やデモ隊が所持する機関銃や自動小銃、カービン、ナイフ、火炎瓶などの映像を流さず、平和主義的なデモであると報じていたことを指摘。「極めて不明瞭で矛盾に満ちたもの」として批判する など、両勢力による情報戦の様相を呈している。 一方、サウジアラビアのアブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ国王は、16日、「テロリズムと戦うエジプトを支援する。」との声明を発表。19日には外務大臣のサウード・アル=ファイサル王子が「アラブとイスラム諸国は豊かであり、エジプトに支援の手を差し伸べるだろう。」の声明を発表し、エジプト暫定政権に対する圧力を強める欧米がエジプトへの支援を打ち切った場合、アラブ諸国が代わって支援を続ける考えを示した。ヨルダン外務省もサウジアラビア国王の声明への支持を表明。またアラブ首長国連邦外務省も「最大限の自制の末に取った主権に基づく措置」として暫定政権の対応を支持して、ムスリム同胞団を批判。サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦は、年額120億ドルの軍への支援を続けるのに対し、米国によるエジプト軍への支援は13億ドルで、ニューヨーク・タイムズ誌が「エジプト軍が米国の要請に留意している兆しはない。」と報じるなど、中東における米国の影響力低下が浮き彫りとなった。米国はエジプト軍への支援打ち切りには踏み込まず、チャック・ヘーゲル米国防長官はエジプトとの軍事関係を維持する方針であることを明らかにするとともに、米国のエジプトに対する影響力は限定的なものにとどまるとの認識を示した が、これに対して、共和党のジョン・マケインらの有力議員や米国のメディアからはエジプト軍に対する巨額援助の停止を求める声が出ている なお、13億ドルの軍事援助は、主にエジプト軍による米国軍需企業からの兵器購入にあてられている、とも指摘されている。。カイロ大学のハッサン・ナファ教授は、軍はエジプト唯一の安定装置と指摘、軍や暫定政権への圧力を強めることはエジプト状勢の一層の不安定化に繋がりかねず、米国も強い態度を取ることが困難な状況になっているとされる。暫定政権も、米国による強制排除批判は「暴力的な集団を勢いづかせるものだ。」として反発している。また、サウジアラビアなど湾岸君主国が暫定政権に対する支援を行う背景には、民主勢力である同胞団が君主制を脅かすとの警戒感がある、との指摘もあり、サウジアラビアやUAEは国内でムスリム同胞団を厳しく取り締まっており サウジでは同胞団は禁止されている。ただ、アラブ首長国連邦は、反ムスリム同胞団の姿勢で一貫しているものの、サウジアラビア、カタールなどはムルシー政権に対しても資金援助をしており、いかなる政権であろうとも、地政学的に重要な位置にあるエジプトに対し影響力を及ぼしておきたいという思惑があるともされる。
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