吉田茂 ノーベル平和賞候補

吉田茂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 05:17 UTC 版)

ノーベル平和賞候補

ノーベル平和賞に3回推薦されている。ノルウェー・ノーベル委員会が守秘義務期間を過ぎ開示した選考資料によれば、1965年、1966年、1967年の候補になっていたことが明らかになっている[74]。特に1965年には当時の首相佐藤栄作や外相椎名悦三郎、また日本政府の働きかけによって元米国務長官ディーン・アチソン、元西ドイツ首相コンラート・アデナウアーからの推薦も得て吉田を平和賞候補にする推薦状が作られ、最終審査対象リストにも残っている[75][76]。1965年と1966年の推薦状作成の過程については、外交史料館の推薦史料を調査した吉武信彦(高崎経済大学)の論文が詳しい[77][78]

経歴

年譜

選挙歴

当落 選挙 執行日 年齢 選挙区 政党 得票数 得票率 定数 得票順位
/候補者数
政党内比例順位
/政党当選者数
第23回衆議院議員総選挙 1947年4月25日 68 高知県全県区 日本自由党 98,176票票 29.4% 5 1/9 /
第24回衆議院議員総選挙 1949年1月23日 70 高知県全県区 民主自由党 81,289票票 22.9% 5 1/13 /
第25回衆議院議員総選挙 1952年10月1日 74 高知県全県区 自由党 87,160票票 22.7% 5 1/11 /
第26回衆議院議員総選挙 1953年4月19日 74 高知県全県区 自由党 88,620票票 24.0% 5 1/8 /
第27回衆議院議員総選挙 1955年2月27日 76 高知県全県区 自由党 52,962票票 14.1% 5 1/11 /
第28回衆議院議員総選挙 1958年5月22日 79 高知県全県区 自由民主党 52,286票票 12.2% 5 4/11 /
第29回衆議院議員総選挙 1960年11月20日 82 高知県全県区 自由民主党 68,506票票 16.6% 5 2/8 /

栄誉・栄典

位階
勲章等

著書

単著

書簡

回想十年

新潮社(1957年-1958年)

東京白川書院(1982年-1983年)

中央公論社(1998年、改版2014年-2015年)

共著


注釈

  1. ^ ただし、ジョン・ダワーは「吉田は一八七八(明治一一)年九月二二日横須賀に生れたといわれる。」と著書に記している[2]
  2. ^ 事務方の次官が「事務次官」と称されるのは1949年の改正国家行政組織法施行以降のことで、当時は単に「(外務)次官」と称していた。
  3. ^ ただし、大村立三は著書にて、戦前において対英米関係とアジア進出の両立を唱える外交官をその政策から前者重視を「英米派」、後者重視を「アジア派」と呼んで区別し、前者として幣原喜重郎・重光葵・佐藤尚武・芦田均を挙げ、後者として吉田と有田八郎谷正之を挙げている。また、奉天総領事・外務次官として東方会議をはじめとする「田中外交」を支えた吉田は、幣原や重光と比較した場合にはアジア進出に対してより積極的であったとする見解をとっている[9]
  4. ^ 牧野伸顕の義妹の嫁ぎ先宮崎県の旧高鍋藩主家秋月家の縁で高鍋出身の海軍中将小沢治三郎を頼るようアドバイスを受け、そのツテで軍令部次長の小沢に「イギリスを通して講和を進めるために荷物扱いでもいいから潜水艦航空機で自分を運んで欲しい」と懇願したが、小沢は十中八九沈められる旨と憲兵隊に目を付けられている点を指摘し丁重に断った。憲兵隊に拘束されたのはその翌日だったと、吉田は自著に記している[13]
  5. ^ 吉田の国葬は佐藤栄作総理の強い要望で閣議決定を経て実現したが、1926年に制定された「国葬令」は新憲法の施行によって失効していたため(20条の「国による宗教的行為の禁止」と7条の「天皇の国事行為」に抵触するため)、国葬自体が違憲ということになり、野党や革新系の言論界からこれを批判する声もあった。しかし戦後の大宰相の記憶は多くの人々にとっては褪せることがなく、世論調査でも大多数がこれを容認するものだった。
  6. ^ 特にフジテレビでは、追悼番組を放送するために、スポットCMを全て削除し、全ての通常番組を変更した。
  7. ^ 松平は元会津藩主京都守護職松平容保の六男で、長女の節子秩父宮の妃になっていた。
  8. ^ 鳩山はこの「追放が解除されたら……」を含めて4条件であったと主張していた[66][3]
  9. ^ これが最後の「組閣の大命」である。
  10. ^ 通常洗礼は本人が望まなければできないが、遺書や遺言などで生前明確な意思表示をしていることを司祭が確認できれば、例外的に死後洗礼を行うことができる(東京大司教館)。
  11. ^ 翌1968年(昭和43年)9月に吉田邸が盗難に遭った際に失われ、発見されないまま1975年(昭和50年)9月に時効を迎えた[83]
  12. ^ 戸籍上の名は“コト”である。
  13. ^ 吉田寛は将来が嘱望された若手外交官だったが、桜子と結婚して数年後に死去してしまう。その葬儀に来た親戚の佐藤榮作と吉田茂は初めて会うが[85]、その時の佐藤の風貌が亡き女婿と瓜二つだったので、以後吉田は佐藤を我が子のように可愛がるようになったという。
  14. ^ 和子と太賀吉を結びつけたのは側近の白洲次郎であり、ふたりの仲人もつとめている。

出典

  1. ^ 旺文社日本史事典 三訂版「吉田茂」
  2. ^ a b c d ジョン・ダワー 1981a, p. 6.
  3. ^ a b c d e f g h i 実録首相列伝 2003, p. 98.
  4. ^ a b ジョン・ダワー 1981a, p. 5.
  5. ^ ジョン・ダワー 1981a, p. 9.
  6. ^ ジョン・ダワー 1981a, p. 11.
  7. ^ 有岡二郎 2001, p. 73-74.
  8. ^ 北岡伸一 (2012年9月). 官僚制としての日本陸軍. 筑摩書房 
  9. ^ 大村立三『日本の外交家 300人の人脈』読売新聞社、1974年
  10. ^ 内閣印刷局 1935, p. 2.
  11. ^ 吉田元首相「統計正確なら戦争なかった」幼い麻生氏に言い聞かせ東京新聞、2019年2月19日朝刊。[リンク切れ]
  12. ^ a b 有岡二郎 2001, p. 75.
  13. ^ 回想十年.
  14. ^ 吉田茂が固辞、幣原にお鉢が回る(昭和20年10月7日 毎日新聞(東京))『昭和ニュース辞典第8巻 昭和17年/昭和20年』p239
  15. ^ 実録首相列伝 2003, p. 99.
  16. ^ 実録首相列伝 2003, p. 99-100.
  17. ^ 実録首相列伝 2003, p. 100.
  18. ^ 春名幹男「秘密のファイル CIAの対日工作」
  19. ^ 実録首相列伝 2003, p. 103.
  20. ^ 史料にみる日本の近代: 乱闘国会と衆院事務総長の嘆き 国会図書館
  21. ^ 実録首相列伝 2003, p. 190.
  22. ^ アサヒグラフ 1967, p. 89.
  23. ^ 『別冊歴史読本特別増刊 — ご臨終』(新人物往来社、1996年2月号)
  24. ^ 長谷川 2014, p. 527.
  25. ^ a b c d e f g “愛用のステッキ交換 吉田邸 佐藤さん再度の弔問”. 読売新聞: p. 14. (1967年10月23日) 
  26. ^ 長谷川 2014, p. 529.
  27. ^ a b c d 「吉田四姉弟の人生態度」『週刊新潮』第12巻第44号、新潮社、1967年11月4日、 136-140頁、 大宅壮一文庫所蔵:100044054
  28. ^ a b c d e 長谷川郁夫 『吉田健一』新潮社、2014年、527-532頁。ISBN 978-4-10-336391-0 
  29. ^ 明治150年記念連載 大磯歴史語り 第44回「吉田茂【11】」”. タウンニュース (2020年5月15日). 2022年5月7日閲覧。
  30. ^ 昭和42年11月 中日ニュース No.720_3「しめやかに国葬」 中日映画社
  31. ^ 『産経新聞』2008年10月20日付朝刊、14版、3面
  32. ^ 明治150年記念連載 大磯歴史語り 第46回「吉田茂【13】」 タウンニュース, 2022年5月5日閲覧
  33. ^ 吉田暁子「墓の引越し」『文藝春秋』2011年6月、 90-91頁、 大宅壮一文庫所蔵:100081678
  34. ^ 大磯旧吉田茂邸内社七賢堂について照沼好文 (1984). 神道研究紀要 (9). 
  35. ^ 労働関係調整法 - e-Gov法令検索
  36. ^ a b 日本国憲法
  37. ^ 教育基本法 - e-Gov法令検索
  38. ^ 学校教育法 - e-Gov法令検索
  39. ^ 労働基準法 - e-Gov法令検索
  40. ^ 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律 - e-Gov法令検索
  41. ^ 刑事訴訟法 - e-Gov法令検索
  42. ^ 労働組合法 - e-Gov法令検索
  43. ^ 公職選挙法 - e-Gov法令検索
  44. ^ 生活保護法 - e-Gov法令検索
  45. ^ 住宅金融公庫法 - 衆議院
  46. ^ 地方公務員法 - e-Gov法令検索
  47. ^ 毒物及び劇物取締法 - e-Gov法令検索
  48. ^ 結核予防法(廃) - 法庫 houko.com
  49. ^ 覚せい剤取締法 - e-Gov法令検索
  50. ^ 破壊活動防止法 - e-Gov法令検索
  51. ^ 麻薬及び向精神薬取締法 - e-Gov法令検索
  52. ^ 厚生年金保険法 - e-Gov法令検索
  53. ^ 警察法 - e-Gov法令検索
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  56. ^ 原彬久 2005.
  57. ^ 佐藤寛子 1985, p. 133-134.
  58. ^ 大磯城山公園「旧吉田茂邸地区」が全面開放しました 神奈川県庁ホームページ(2017年6月6日)
  59. ^ “旧吉田茂邸再建、孫の麻生太郎財務相は反対だった…「全然意味がありませんからお止めになったら」”. 産経新聞. (2017年3月26日). https://www.sankei.com/article/20170326-BW66AOMLRVOIVAUNJ2H3DEJ5WI/ 2021年7月12日閲覧。 
  60. ^ 河野外務大臣とクリスチャン・ミクロネシア連邦大統領との懇談及び夕食会 外務省報道発表(2017年10月23日)
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  63. ^ 『昭和の政党』、406頁。
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  67. ^ 麻生太郎 2007, p. 73.
  68. ^ 春名幹男『秘密のファイル CIAの対日工作』
  69. ^ 麻生太郎 2007, p. 73-74.
  70. ^ 戸川猪佐武『小説吉田茂』「あとがき」
  71. ^ 佐藤寛子 1985, p. 140-141.
  72. ^ アサヒグラフ 1967, p. 81.
  73. ^ 猪木正道『評伝吉田茂』
  74. ^ Nomination Database - ノーベル賞公式サイト
  75. ^ “吉田元首相をノーベル平和賞に 推薦状発見、65年に佐藤氏ら”. 47NEWS. (2014年9月13日). http://www.47news.jp/CN/201409/CN2014091301001177.html 2014年9月13日閲覧。 
  76. ^ “吉田茂氏、ノーベル賞候補に3度…最終候補にも”. 読売新聞. (2017年8月16日). http://www.yomiuri.co.jp/world/20170816-OYT1T50112.html 2017年8月17日閲覧。 
  77. ^ 吉武信彦「ノーベル賞の国際政治学―ノーベル平和賞と日本:1960年代前半の日本人候補― (PDF) 」『地域政策研究』第17巻2号、高崎経済大学、pp.1 - 23
  78. ^ 吉武信彦「ノーベル賞の国際政治学――ノーベル平和賞と日本:吉田茂元首相の推薦をめぐる1966年の秘密工作―― (PDF) 」高崎経済大学地域政策学会、2016年
  79. ^ 吉田雪子『ジョージ六世戴冠式と秩父宮』長岡祥三編訳、新人物往来社、1996年 p.179
  80. ^ 『官報』第7076号「叙任及辞令」1907年2月2日。
  81. ^ 『官報』第1212号「叙任及辞令」1931年1月16日。
  82. ^ 『官報』第1218号「叙任及辞令」1931年1月23日。
  83. ^ 川村皓章『勲章ものがたり 栄典への道』、p. 220
  84. ^ 増補 近世防長人名辞典 吉田 祥朔 マツノ書店
  85. ^ a b 佐藤寛子 1985, p. 134-135.


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