吉田茂 一族

吉田茂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/03 15:29 UTC 版)

一族

家族・親族

1955年2月9日、九霞園にて麻生太賀吉(左)と
生家(竹内家)
  • 実父:竹内綱(実業家、政治家)
  • 実母:瀧子
    • ただし実母は芸者某とする説がある。『日本の上流社会と閨閥』203頁によると、「…母親の名も素性もはっきりしないが、後年、名門出の雪子夫人との間にすき間風が吹き始め、芸者遊びに精を出すようになると、雪子は “芸者の子は芸者が好きね” と言ったそうだから想像がつく。…」という。『吉田茂とその時代(上)』6頁によると、「…実母の身元はいまでもはっきりしない。母親は芸者だったらしく、竹内の投獄後に東京へ出て竹内の親友、吉田健三の庇護のもとで茂を生んだのである…初期の戸籍は明らかに母 “不詳” としているが、吉田の存命中は竹内の本妻に生まれたという虚構の説が公に唱えられ、出生をめぐる回想のなかでも吉田は実母に言及することを用心深くさけている…」という。
  • 実兄:竹内明太郎(実業家、政治家)
  • 姉:菊(白石直治の妻) 菊の子息である白石宗城は、昭和26年に日窒(現・チッソ)社長となり、水俣病の発生、患者の公式確認(昭和31年)の事態を引き起こした(「助触媒の変更」が原因)。昭和33年退任。後任社長の吉岡喜一は有罪確定となったが、白石は訴追されていない。白石は、吉田の甥にあたり、社長就任時、吉田政権下であった。
養家(吉田家)
岳家(牧野家)
自家(吉田家)
  • 妻:雪子(1941年(昭和16年)に死別。牧野伸顕の長女)
  • 長男:健一(英文学者)妻に信子
    • 孫・吉田健介(物理学者)
(よしだ けんすけ)1942年9月12日[93]-2008年8月29日
清泉女学院小学校から暁星小学校に転入[94]暁星中学校・高等学校を卒業し、1961年東京大学理科一類に進学[95][96]。大学2年の夏にケンブリッジ大学に留学[96]。ケンブリッジ大学で博士号を取得[96][97]。イギリスのダラム大学、イタリアのナポリ大学で研究を行う[96]1974年にイタリア人女性と結婚[98]ミラノ大学教授[96]、のちローマ大学教授[96]として国際的に活躍した[97]。娘のエレナがいる[96][98]。2008年8月29日、東京聖路加国際病院肝臓癌のため死去[96][98]久保山墓地に分骨されている[96]

[99]~2005 [102]で4男1女[102]

系譜

  • 吉田家
           佐藤秀助    ┏佐藤市郎━━━━佐藤信太郎
            ┣━━━━━━╋岸信介━━━━洋子━━━━━━━━━━━┳安倍晋三
           ┏茂世     ┗佐藤栄作━━━┳佐藤龍太郎━佐藤栄治  ┗岸信夫
           ┃               ┗佐藤信二
    佐藤信彦━━━┻さわ━━━━━━吉田寛
                     ┃
    竹内綱━━━┓          ┃
          ┃          ┃     鈴木善幸━┳━━━━鈴木俊一  
    吉田健三==┸吉田茂      ┏桜子         ┗千賀子
            ┣━━━━━━━╋吉田健一━━┳吉田健介 ┃
    牧野伸顕━━━━雪子(1)   ┣吉田正男  ┗吉田暁子 ┣麻生将豊
            ┃       ┣江子          ┃
            喜代(2)   ┗和子   ┏━━━━麻生太郎
                     ┣━━━━╋麻生泰
   麻生太吉━━━━麻生太郎━━━麻生太賀吉   ┣雪子
                          ┣旦子
                          ┗信子
                           ┣━━━━━┳彬子女王
               三笠宮崇仁親王━━━寛仁親王    ┗瑶子女王

注釈

  1. ^ ただし、ジョン・ダワーは「吉田は一八七八(明治一一)年九月二二日横須賀に生れたといわれる。」と著書に記している[1]
  2. ^ 事務方の次官が「事務次官」と称されるのは1949年の改正国家行政組織法施行以降のことで、当時は単に「(外務)次官」と称していた。
  3. ^ ただし、大村立三は著書にて、戦前において対英米関係とアジア進出の両立を唱える外交官をその政策から前者重視を「英米派」、後者重視を「アジア派」と呼んで区別し、前者として幣原喜重郎・重光葵・佐藤尚武・芦田均を挙げ、後者として吉田と有田八郎谷正之を挙げている。また、奉天総領事・外務次官として東方会議をはじめとする「田中外交」を支えた吉田は、幣原や重光と比較した場合にはアジア進出に対してより積極的であったとする見解をとっている[9]
  4. ^ 牧野伸顕の義妹の嫁ぎ先宮崎県の旧高鍋藩主家秋月家の縁で高鍋出身の海軍中将小沢治三郎を頼るようアドバイスを受け、そのツテで軍令部次長の小沢に「イギリスを通して講和を進めるために荷物扱いでもいいから潜水艦航空機で自分を運んで欲しい」と懇願したが、小沢は十中八九沈められる旨と憲兵隊に目を付けられている点を指摘し丁重に断った。憲兵隊に拘束されたのはその翌日だったと、吉田は自著に記している[13]
  5. ^ 特にフジテレビでは、追悼番組を放送するために、国葬当日のスポットCMを全て削除し、全ての通常番組を変更した[34]
  6. ^ 国葬の様子について、読売新聞は「弔辞はことごとく型通りのものだった。喜楽を分けたはずの親しい人の弔辞も制限された。参列者も、各省ごとに、機械的に割り当てられ、人選された」「“国葬”というより、無感動な“官葬”という気がしてならなかった」と批判的に報じている[35][36]
  7. ^ 松平は元会津藩主京都守護職松平容保の六男で、長女の節子秩父宮の妃になっていた。
  8. ^ 鳩山はこの「追放が解除されたら……」を含めて4条件であったと主張していた[73][2]
  9. ^ これが最後の大命降下である。
  10. ^ 通常洗礼は本人が望まなければできないが、遺書や遺言などで生前明確な意思表示をしていることを司祭が確認できれば、例外的に死後洗礼を行うことができる(東京大司教館)。
  11. ^ 翌1968年(昭和43年)9月に吉田邸が盗難に遭った際に失われ、発見されないまま1975年(昭和50年)9月に時効を迎えた[92]
  12. ^ 戸籍上の名は“コト”である。
  13. ^ 吉田寛は将来が嘱望された若手外交官だったが、桜子と結婚して数年後に死去してしまう。その葬儀に来た親戚の佐藤榮作と吉田茂は初めて会うが[101]、その時の佐藤の風貌が亡き女婿と瓜二つだったので、以後吉田は佐藤を我が子のように可愛がるようになったという。
  14. ^ 和子と太賀吉を結びつけたのは側近の白洲次郎であり、ふたりの仲人もつとめている。

出典

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