ヒッグス粒子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/29 07:48 UTC 版)
一部の粒子の質量の起源を説明する理論であるヒッグス機構において存在が予想された素粒子であり、2011年以降にヒッグス粒子の存在が観測されたため、ヒッグス機構の正しさが示された。
ヒッグス自身はヒッグス粒子を「so-called Higgs boson(いわゆる ヒッグス粒子と呼ばれているもの)」と呼んでおり、他にも様々な呼称がある。
概要
ウィークボソンをはじめとするいくつかの粒子の質量の起源を説明するため、1964年にエディンバラ大学のピーター・ウェア・ヒッグスは、自発的対称性の破れの考えに基づいた理論を提唱した。この理論はヒッグス機構と呼ばれる。
ヒッグス機構においては、ヒッグス場と呼ばれるスカラー場が導入され、それに対応するスカラー粒子も同時に導入される[注 1]。これをヒッグス粒子と呼ぶ。ヒッグス粒子はスピン0・電荷0 のボース粒子である。
ヒッグス機構を含む理論模型が現実に即しているかどうかを判定する上で、その模型に対応するヒッグス粒子が存在するかどうかの実験的検証が鍵となる。ヒッグス粒子という言葉は、広い意味ではヒッグス機構において現れる粒子のことであるが、特に標準模型(ワインバーグ=サラム理論)のヒッグス粒子を指して使われる場合が多い。標準模型においては、ウィークボソン(W±,Z)はヒッグス機構により質量を獲得しているとされており、クォークやレプトンもヒッグス場との相互作用を通して質量を得ているとされている。
ヒッグス機構
ヒッグス機構とは、ピーター・ヒッグスが1964年に提唱した、ゲージ対称性の自発的破れに関する理論である[1]。この理論の下では、南部・ゴールドストーン粒子は物理的には現れず、その自由度はゲージ場の縦成分として吸収され、ゲージ場はベクトル粒子としてふるまうことになる[1]。この理論は、質量をもつベクトル粒子を、きわめて基本的な対称性に基づいたゲージ場として解釈することを可能にする[1]。つまり、ヒッグス機構は質量の起源について合理的な説明を与えることができる。
この理論では、「真空」と同じ量子数を持つスカラー粒子が現れる、とされるので、この仮説が正しいものだと証明するためには、このいわゆる「ヒッグス粒子」を実験的に見つけることが課題になる[1]。
なお、似たようなメカニズムは、ブリュッセル自由大学のロベール・ブルー (Robert Brout) とフランソワ・アングレールも1964年に、ヒッグスとは独立に提唱していた。
ヒッグス機構では、宇宙の初期の状態においては全ての素粒子は自由に動き回ることができ、質量を持たなかったが、低温状態となるにつれ、ヒッグス場に自発的対称性の破れが生じ、真空期待値が生じた(真空に相転移が起きた)と考える。これによって、他のほとんどの素粒子がそれに当たって抵抗を受けることになった。これが素粒子の動きにくさ、すなわち質量となる。質量の大きさとは、真空期待値が生じたヒッグス場と物質との相互作用の強さであり、ヒッグス場というプールの中に物質が沈んでいるから質量を獲得できると見なす。光子はヒッグス場からの抵抗を受けないため相転移後の宇宙でも自由に動き回ることができ、質量がゼロであると考える。
ヒッグス粒子の存在が意味を持つのは、ビッグバン、真空の相転移から物質の存在までを説明する標準理論の重要な一部を構成するからでもある。もしヒッグス粒子の存在が否定された場合は、標準理論(および宇宙論)は大幅な改訂を迫られることになる。
マスメディアによるニュース報道等では「対称性の破れが起こるまでは質量という概念自体が存在しなかった」などと紹介されることがあるが、これは正確ではない。電荷、フレーバー、カラーを持たない粒子、標準模型の範囲内ではヒッグス粒子それ自体および右巻きニュートリノはヒッグス機構と関係なく質量を持つことが出来る。また、重力と質量の関係、すなわち重力質量発生の仕組みは空間の構造によって定められるものであり、標準模型の外部である一般相対性理論、もしくは量子重力理論において重力子の交換によって説明されると期待される[要出典]。
標準模型
標準模型のうち、電弱相互作用を説明する部分のワインバーグ=サラム模型においてヒッグス機構が用いられている。ワインバーグ=サラム模型はウィークボソンに質量があることが無理なく説明でき、しかもWボソンとZボソンの質量比が実験結果と一致するため、素粒子の標準模型の主要な部分をなしている。
標準模型のヒッグス場は SU(2)L×U(1)Y の下で
の形の表現を持つ。これがヒッグス場のポテンシャル項により真空期待値
を持って対称性を破る。真空期待値の大きさは
である。ここで GF はフェルミ結合定数である。 対称性を破りヒッグス場の内3つのスカラー場はWボソンとZボソンに吸収されて質量を与え、残った1つのスカラー場を量子化して得られるのがヒッグス粒子である。
高次の対称性が破れ低次の対称性に移る際、ワイン底型ポテンシャルの底の円周方向を動くモードは軽いが、ワイン底を昇るモードにはたくさんのエネルギーが必要である。そのうちの前者を南部・ゴールドストンボソンと呼ぶ。対称性が保たれている状態でヒッグズ場は複素スカラー2つで計4つの自由度を持つが、対称性の破れによって3つの南部・ゴールドストンボソンが生じ、3つのウィークボソンW±・Zに、それぞれの一成分としてとりこまれる。実験検証の望まれているヒッグス粒子はワイン底を昇るほうのモードに対応するものである。
注釈
出典
- ^ a b c d 『改訂 物理学事典』培風館、1992
- ^ a b “ATLAS experiment presents latest Higgs search status”. CERN. (2011年12月13日). オリジナルの2012年1月6日時点におけるアーカイブ。 2011年12月13日閲覧。
- ^ a b “CMS search for the Standard Model Higgs Boson in LHC data from 2010 and 2011”. CERN. (2011年12月13日) 2011年12月13日閲覧。
- ^ a b “Detectors home in on Higgs boson”. Nature News. (2011年12月13日) 2011年12月13日閲覧。
- ^ a b “LHC: Higgs boson 'may have been glimpsed'”. BBC. (2011年12月13日) 2011年12月13日閲覧。
- ^ a b “Higgs boson: LHC scientists to release best evidence (Updated)”. BBC. (2011-12-13 (Updated)) 2011年12月13日閲覧。
- ^ a b “Have scientists at the LHC found the Higgs or not?”. BBC. (2011年12月12日) 2011年12月12日閲覧。
- ^ a b “Cern scientist expects 'first glimpse' of Higgs boson”. BBC. (2011年12月7日) 2011年12月8日閲覧。
- ^ a b “'Moment of truth' approaching in Higgs boson hunt”. BBC. (2011年12月1日) 2011年12月8日閲覧。
- ^ a b “Higgs particle could be found by Christmas”. BBC. (2011年9月1日) 2011年9月2日閲覧。
- ^ CMS Collaboration (31 July 2012), Observation of a new boson at a mass of 125 GeV with the CMS experiment at the LHC 2012年8月15日閲覧。
- ^ ATLAS Collaboration (31 July 2012), Observation of a new particle in the search for the Standard Model Higgs boson with the ATLAS detector at the LHC 2012年8月15日閲覧。
- ^ 長年探索してきたヒッグスボソンとみられる粒子を CERN の実験で観測 LHC アトラス実験
- ^ “Latest update in the search for the Higgs boson”. CERN. (2012年7月4日) 2012年7月4日閲覧。
- ^ 「ヒッグス粒子 量産工場/日本難航 横目に中国で計画/宇宙解明 けん引役に」『日経産業新聞』2019年4月9日(16面)2019年4月11日閲覧。
- ^ "Rochester's Hagen Sakurai Prize Announcement" (Press release). University of Rochester. 2010. 2012年7月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。
- ^ “Anything but the God particle”. The Guardian. (2009年)
- ^ Leon M. Lederman and Dick Teresi (1993) (英語). The God Particle: If the Universe is the Answer, What is the Question. Houghton Mifflin Company
- ^ Ian Sample (2009年3月3日). “Father of the God particle: Portrait of Peter Higgs unveiled”. London: The Guardian 2009年6月24日閲覧。
- ^ a b c d e f Ian Sample (2009年5月29日). “Anything but the God particle”. London: The Guardian 2009年6月24日閲覧。
- ^ “The Higgs boson: Why scientists hate that you call it the ‘God particle’”. National Post (2011年12月14日). 2011年1月6日閲覧。
- ^ Ian Sample (2009年6月12日). “Higgs competition: Crack open the bubbly, the God particle is dead”. The Guardian (London) 2010年5月4日閲覧。
- 1 ヒッグス粒子とは
- 2 ヒッグス粒子の概要
- 3 実験
- 4 さまざまな呼称
- 5 脚注
- 6 外部リンク
ヒッグス粒子と同じ種類の言葉
- ヒッグス粒子のページへのリンク