サン・ピエトロ大聖堂 大聖堂の装飾

サン・ピエトロ大聖堂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/13 08:16 UTC 版)

大聖堂の装飾

サン・ピエトロ大聖堂を含むイタリアを訪れた観光客がかかる「スタンダール症候群」という病気を、1979年にフィレンツェの精神科医師ガジエッラ・マゲリーニが指摘した。これは、膨大な芸術作品群をできる限り多く見て回ろうとする強迫観念が、観光を楽しむ余裕を奪い、頭痛などの症状を発するものである。1975年にガラッシ・パルッツィが著した本によると、大聖堂の美術品はトラヴェルティーノ像165体、ストゥッコ像125体、大理石彫像が110体、ブロンズ像40体があると記されており、そのひとつひとつが大作揃いである。祭壇画はほとんどがモザイクの複製画に取り換えられているが、これも膨大な数になる。聖堂内にある歴代教皇の墓は147基あり、多くは地下礼拝堂にあるが堂内でもたくさんの墓碑を見ることができる[35]

サン・ピエトロ広場

広場は楕円形と台形が組み合わさったコロネードに囲まれ、中央には高さ25.5mのオペリスクがある。このオペリスクはカリグラ帝の戦車競技場にあったもので、旧パジリカ時代には大聖堂の横に立っていたが、1686年に現在の場所へ移された。[36]。コロネードの湾曲部分は「楕円」と言われるが、実際はそれぞれの中心がもう一方の円周上にある2つの正円である。各中心には円盤の目印があり、ここから眺めると4列の柱が重なって1本に見える。柱の総数はドーリス式円柱が240本、ピラスター(角柱)が88本。そして高さ3.2mの聖人像144体がある[36]。楕円中心部には2つの噴水があり、右側はカルノ・マデルノ(1613年)、左側はカルロ・フォンターナ(1677年)の作である[36]。19世紀中ごろ、聖ペテロと聖パウロの像は、15世紀の彫刻から現在のものへと置き換えられた[36]

ファサード

ファサードは2階構造で、8本の円柱、6本の半角柱、4本の角柱が支える。屋上にはそれぞれ5.7m高の聖人像13体が飾られ、その下になる2階部分には5つのバルコニーがある。その中央は教皇が祝福を行う専用のロッジャとなっている[37]

ポルティコ

ポルティコ(玄関廊)から聖堂内に入る扉は5つあり、右から『聖なる扉(ポルタ・サンタ)』(ポッロミーニ設計)、『秘蹟の扉』(ヴェンルツィオ・クロチェッティ)、『中央の扉』(アントニオ・フィラレーテ、旧聖堂から移設)、『善と悪の扉』(ルチアーノ・ミングッツィ)、『死の扉』(ジャコモ・マンズー、1964年)である[38]。中央扉上部にはベルニーニら作の浮彫『私の羊を飼え』(1646年)がある[38]。反対のファサード側にあるモザイク画『小舟(ナヴィチェッラ)』(ジョット、1298年)は、旧聖堂の前庭にあったものだが、のちに修復を受けた際に大きく改変された[38]

ポルティコの右側にはヴァチカン宮殿へ繋がる階段(スカラ・レージャ)の踊り場にはベルニーニ作の『コンスタンティヌス帝の騎馬像』(1669年)があり、反対の左側には『カール大帝の騎馬像』(コルナッキーニ、1730-1735年)がある[38]

身廊

身廊に入って右手前に通称「ピエタ礼拝堂」がある。正式にはクロチフィッソ(磔刑像)礼拝堂というが、ミケランジェロの『ピエタ像』が安置されたことからこう呼ばれる。旧聖堂から移されたピエタ像は新聖堂内で場所を何度も変えられたが、1749年にこの場所に落ち着いた。1972年にはトルコ人の精神病者がハンマーを打ち付ける事件が起き、それ以来防弾ガラスが据えられている[39]。次にはサン・セバスティアーノ礼拝堂があり、モザイク画『聖セバスティアヌスの殉教』(ドメニキーノ)がある。この右壁には『教皇ピウス11世の墓碑』、左壁には『教皇ピウス12世の墓碑』がある[40]。次にあるサクラメント(聖体)礼拝堂は元々聖具室だった。ボッロミーニによる特徴的な鉄柵の中に、神殿形式の『チポーリオと天使』はベルニーニ作。背後には聖堂内唯一の油彩画『聖三位一体』(ピエトロ・ダ・コルトーナ)があり、右壁にはモザイク画『聖フランチェスコの法悦』(ドメニキーノ)、天井にはスコット装飾(カゾラーノとダーリアと伝わる)がある[41]

身廊に入って右手前に洗礼礼拝堂があり、据えられたブロンズ製の洗礼盤はカルロ・フォンターナがデザインした。祭壇にはモザイク画が、中央に『キリストの洗礼』(原画カルロ・マラッタ)、右には『聖ブロケッススと聖マルティニアヌスに洗礼を授ける聖ペテロ』(原画パッセリ)、左には『ケントゥリオン・コルネリウスに洗礼を授ける聖ペテロ』(原画プロカッツーニ)がある[42]。次の礼拝堂へ繋がる部分には、『マリア・クレメンティナ・ソビエスカの墓碑』(彫刻ピエトロ・ブラッチ)の墓碑、その向かいには彼女が嫁いだ『スチュアート家の人々の墓碑』(アントニオ・カノーヴァ)がある[43]。次の礼拝堂はプレゼンタツィオーネ(宮参り)礼拝堂を呼ばれ、『ヨハンネス13世の浮彫モニュメント』(エミリオ・グレコ)、『教皇ベネディクトス15世のモニュメント』(ピエトロ・カノニカ)があり、祭壇には教皇ピウス10世の遺体が安置され、モザイク画『マリアの宮参り』(下絵ロマネッリ)がある[44]。奥への接続部には、墓碑としては唯一旧聖堂から移された『教皇インノケンティウス8世の墓碑』があるが、古いスケッチからの類推では当初と左右を逆転して据えられている[45]。この奥には参事会員のためのコーロ礼拝堂があり、ジャコモ・デッラ・ポルタ設計、ジャン・バッティスタ・リッチ制作と伝わるストゥッコ装飾が飾る[46]

その他

内部

内陣および至聖所部分


内陣周辺の各礼拝堂
  • グレゴリアーナの礼拝堂『救いの聖母の祭壇』(コンスタンティノポリス総主教ナジアンゾスのグレゴリオスの遺体を安置)
  • グレゴリアーナの礼拝堂『教皇グレゴリウス16世のモニュメント』
  • クレメンティーナ礼拝堂– ジャコモ・デッラ・ポルタ
  • クレメンティーナ礼拝堂のモザイク『布の奇跡』– アンドレア・サッキ
  • クレメンティーナ礼拝堂『教皇ピウス7世のモニュメント』– アルベルト・トロバウゼン
  • モザイク『聖ヒエロムニスの聖体拝領』– ドメニキーノ
  • キリストの変容』– ラファエロ・サンティ
  • 『聖バシレイオスの祭壇』
  • 教皇ベネディクトス14世のモニュメント』
  • 教皇ピウス8世のモニュメント』
  • 『ブジーアの祭壇』
  • 聖ベンチェスラオの祭壇の祭壇画 – アンジェロ・カロセッリ
  • 聖プロチェッソとマルティアーノの祭壇のモザイク『聖プロチェッソとマルティアーノの殉教』 – ジャンボローニャ
  • 聖エラスムスの祭壇のモザイク『聖エラスムスの殉教』 – ニコラ・プーサン
  • 聖トマスの祭壇モザイク『聖トマスの不信』 – ビンチェンツォ・カムッチーニ
  • 聖シモンとユダの祭壇のモザイク『聖ヨセフ』 – アキッレ・フーニ
  • 聖ペテロの祭壇の祭壇画『聖ペテロの磔刑』 – グイード・レーニ
  • 教皇クレメンス13世のモニュメント』 – アントニオ・カノーヴァ
  • 小舟の祭壇
  • アレクサンデル7世墓碑』 – ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ
  • 『聖なる心の祭壇』
  • 聖ミカエルの礼拝堂の祭壇画『聖ミカエル』 – グィード・レーニ
  • コロンナの礼拝堂『聖母像』
  • コロンナの礼拝堂『教皇レオ1世とアッティラの出会い』 – アレッサンドロ・アルガルディ
アヴェンティーノの丘の「鍵穴(聖ヨハネ騎士団の館)<it:Villa del Priorato di Malta>のサン・ピエトロ大聖堂」



  1. ^ 大辞林 第三版の解説”. コトバンク. 2018年2月4日閲覧。
  2. ^ 石鍋 (2000)、はじめに
  3. ^ a b c d 石鍋 (2000)、p.24-32、Ⅱコンスタンティヌス帝のバジリカ、旧サン・ピエトロ大聖堂
  4. ^ 時代が下ると、サン・ピエトロ、サンタ・マリア・マッジョーレ、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ、サン・パオロ・フオリ・レ・ムーラの四つを廻れば良いとされ、現在はどれか一つの教会堂の聖なる扉を通ればよいことになっている。
  5. ^ a b 石鍋 (2000)、p.7-13、Ⅰペテロの墓、ローマの聖ペテロ
  6. ^ 石鍋 (2000)、p.1-3、Ⅰペテロの墓、ペテロの墓の発見
  7. ^ a b c d 石鍋 (2000)、p.13-19、Ⅰペテロの墓、ヴァチカンのネクロポリス
  8. ^ 石鍋 (2000)、p.3-7、Ⅰペテロの墓、古代のヴァチカン
  9. ^ P.マレー『図説世界建築史ルネサンス建築』p79-p80。
  10. ^ a b 石鍋 (2000)、p.20-24、Ⅱコンスタンティヌス帝のバジリカ、汝、この印によって勝利するであろう
  11. ^ R.クラウトハイマー『Early Christian and Byzantine Architecture』p54。
  12. ^ R.クラウトハイマー『Early Christian and Byzantine Architecture』p54-p56。
  13. ^ 石鍋 (2000)、p.35-38、Ⅱコンスタンティヌス帝のバジリカ、カール大帝の戴冠
  14. ^ 石鍋 (2000)、p.48-51、Ⅱコンスタンティヌス帝のバジリカ、新聖堂の計画
  15. ^ 石鍋 (2000)、p.57-60、Ⅲ新大聖堂、ユリウス二世の野心
  16. ^ P.マレー『図説世界建築史ルネサンス建築』p82。
  17. ^ a b c 石鍋 (2000)、p.62-66、Ⅲ新大聖堂、新聖堂の美学
  18. ^ a b 石鍋 (2000)、p.66-68、Ⅲ新大聖堂、ドームの意味
  19. ^ a b c 石鍋 (2000)、p.69-71、Ⅲ新大聖堂、レオ10世とラファエッロ
  20. ^ a b 石鍋 (2000)、p.72-74、Ⅲ新大聖堂、サッコ・ディ・ローマ、ローマ略奪
  21. ^ a b c 石鍋 (2000)、p.74-78、Ⅲ新大聖堂、パウルス3世とサンガッロ
  22. ^ a b c d 石鍋 (2000)、p.78-81、Ⅲ新大聖堂、サンガッロ木製モデル
  23. ^ a b c 石鍋 (2000)、p.81-84、Ⅲ新大聖堂、ミケランジェロの登場
  24. ^ a b c d 石鍋 (2000)、p.84-89、Ⅲ新大聖堂、ミケランジェロのプラン
  25. ^ a b 石鍋 (2000)、p.84-89、Ⅲ新大聖堂、シクストゥス5世。都市計画者教皇
  26. ^ a b c 石鍋 (2000)、p.95-100、Ⅲ新大聖堂、ドームの完成
  27. ^ a b c 石鍋 (2000)、p.100-105、Ⅲ新大聖堂、パウルス5世の決断
  28. ^ a b c d 石鍋 (2000)、p.105-111、Ⅲ新大聖堂、マデルノの身廊とファサード
  29. ^ a b 石鍋 (2000)、p.128-131、Ⅳ広場と聖堂の装飾、未完のファサード
  30. ^ 石鍋 (2000)、p.118-123、Ⅳ広場と聖堂の装飾、バルダッキーノ
  31. ^ 石鍋 (2000)、p.124-128、Ⅳ広場と聖堂の装飾、四つの聖遺物
  32. ^ a b c 石鍋 (2000)、p.131-138、Ⅳ広場と聖堂の装飾、広場の整備
  33. ^ 石鍋 (2000)、p.138-144、Ⅳ広場と聖堂の装飾、カテドラ・ペトリ
  34. ^ 石鍋 (2000)、p.144-146、Ⅳ広場と聖堂の装飾、ローマの時代
  35. ^ 石鍋 (2000)、p.152-160、Ⅳ広場と聖堂の装飾、教皇たちの墓碑
  36. ^ a b c d 石鍋 (2000)、p.172-173、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、広場
  37. ^ 石鍋 (2000)、p.173-174、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、ファサード
  38. ^ a b c d 石鍋 (2000)、p.174-176、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、ポルティコ(玄関廊)
  39. ^ 石鍋 (2000)、p.195、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、ピエタ礼拝堂
  40. ^ 石鍋 (2000)、p.196、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、サン・セバスティアーノ礼拝堂
  41. ^ 石鍋 (2000)、p.197-198、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、サクラメント(聖体)礼拝堂
  42. ^ 石鍋 (2000)、p.194、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、洗礼礼拝堂
  43. ^ 石鍋 (2000)、p.193、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、洗礼礼拝堂への接続部分
  44. ^ 石鍋 (2000)、p.193、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、プレゼンタツィオーネ(宮参り)礼拝堂
  45. ^ 石鍋 (2000)、p.193、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、第二・第三ベイの接続部分
  46. ^ 石鍋 (2000)、p.191-192、サン・ピエトロ大聖堂見学案内、コーロ礼拝堂


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