クレメンス7世_(ローマ教皇)とは?

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クレメンス7世 (ローマ教皇)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/06 08:58 UTC 版)

クレメンス7世(Clemens VII, 1478年[1]5月26日 - 1534年9月25日)は、ローマ教皇(在位:1523年 - 1534年)。メディチ家の出身で、本名はジュリオ・デ・メディチGiulio de' Medici)。2代前のレオ10世の従弟に当たる(パッツィ家の陰謀で殺害されたジュリアーノの遺児)。ヘンリ8世の離婚問題を承認した、ケンブリッジ大学教授(後にカンタベリー大司教になる)のトマス・クランマー[2]ヘンリ8世破門した[3]




  1. ^ [1]
  2. ^ Cranmer, in a letter, describes it as a divorce, but it was clearly not a dissolution of a marriage in the modern sense but the annulment of a marriage which was said to be defective on the grounds of affinity—Catherine was his deceased brother's widow. In his decree, Cranmer uses the words, "...dictum matrimonium..., ut praemittitur, contractum et consummatum, nullum et omnino invalidum fuisse et esse..." Gilbert Burnet (1825) (Latin). The History of the Reformation of the Church of England ... in Six Volumes. Volume I, Part II. London: W. Baynes and Son. p. 153. https://books.google.com/books?id=-u83AQAAMAAJ. 
  3. ^ 木村靖二岸本美緒小松久男、『詳説世界史研究』山川出版社、2017年第1刷発行、262,263頁より引用
  4. ^ 江村洋 『カール5世 ハプスブルク栄光の日々』 河出書房新社、2013年11月20日。


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