門
『イシュタルの冥界下り』(アッカド) 女神イシュタルが冥界へ下る。冥界の7つの門を通るごとに、彼女の飾りや衣服が1つずつはぎ取られ、素裸になって冥界の宮殿に到る。イシュタルが冥界から帰る時には、7つの門でそれぞれ取られたものを返してもらった〔*類話であるシュメールの『イナンナの冥界下り』では、冥界からの帰りの門を通る部分がない〕。
★1b.極楽の東門。
『弱法師(よろぼし)』(能) 春彼岸、中日の夕刻。天王寺に集まる人々が、西門・石の鳥居の彼方に沈む日を拝んで、日想観をする。「弱法師」と呼ばれる盲目の乞食俊徳丸は、西を向いて「東門を拝み、南無阿弥陀仏」と唱える。父・高安の通俊(*→〔再会(父子)〕2)が、「ここは西門ではないか」と言うと、俊徳丸は「天王寺の西門は、極楽の東門に向かっているのです」と説く。
*龍宮城の東門→〔龍宮〕4の『太平記』巻18「一宮御息所の事」。
『弱法師(よろぼし)』(三島由紀夫) 俊徳(としのり)は5歳の時、空襲の炎で目を灼かれ盲目になった。それから15年後、彼は、生き別れた父母と対面すべく、家庭裁判所の一室にいる。夕刻、「裁判所の西門の向こうに日が沈む」と聞かされた俊徳は、「日は東へ沈む。裁判所の西門は地獄の東門に向かっているのだ」と言う。彼は夕焼け空に顔を向けて空襲の焔を幻視し、「この世の終わりの景色だ」と叫ぶ。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第3歌 地獄の外門には「憂いの国に行かんとする者はわれをくぐれ。・・・・われを過ぎんとする者は一切の望みを捨てよ」との文章が刻まれている。「私(ダンテ)」は、ヴェルギリウスに手を引かれて門を入る。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第8~9歌 地獄の第5圏谷を経てディースの市までヴェルギリウスと「私(ダンテ)」は進むが、千余人の悪魔たちが市門(=地獄の内門)を閉じて妨げる。天使が飛来し、杖で叩いて門を開き「神の思し召しに逆らうな」と悪魔たちを叱る。「私」たちは門を入り、第6圏谷へ踏みこむ。
『遠野物語拾遺』156 佐々木(喜善)君の友人某が、大病で息を引き取った時のこと。絵にある龍宮のような門が見えるので走って行ったが、門番が入れてくれない。そこへ、近所の女を乗せた車が非常な勢いで走って来て、門を通り抜けて行った。某は口惜しがってそれを見ているところを、皆に呼び返されて蘇生した。後で聞くと、車に乗って門を通った女は、その時刻に死んだのであった。
*吉原は龍宮のごとき異郷で、入り口に大門がある。出入りには必ず大門をくぐらねばならない→〔童貞〕3の『明烏』(落語)。
★1f.天国の門。
『現代民話考』(松谷みよ子)5「死の知らせほか」第1章の2 祖父は私が中学1年の時に亡くなったが、その数年前から入退院を繰り返していた。その頃、生死の境に2~3度行き、美しい花畑に出たけれども、門を開けてもらえず引き返して来た、と言っていた(神奈川県江の島)。
『スーフィーの物語』26「天国の門」 集中力の欠けた男が死んで、天国へ向かう。天国の門は閉まっており、「この門は、百年に1度しか開かない」と告げる声が聞こえた。男は腰を下ろし、門が開くのを待つ。何年も見つめ続けているような気がしたあげく、男は睡魔に襲われて、一瞬その瞼を閉じる。その時、門が大きく開き、再び男の瞼が開く前に、門は閉じた。
★2.疫病に侵され死に瀕した市は、現世に出現した冥府である。冥府の入り口に相当する市門は、閉鎖される。
『ペスト』(カミュ) 194×年4月、アルジェリアのオラン市にペストが発生する。疫病を封じ込めるために市門が閉じられ、市から外へ出ることも、外から市に入ることも禁止される。手紙さえも、ペスト菌を媒介する恐れがあるので、許されない。夏から秋にかけてペストは猛威をふるい、多くの市民が死ぬ。しかしクリスマスを過ぎた頃から、にわかにペストの勢いは衰え、やがて終息し、2月になって市門は開かれる→〔鼠〕2。
『今昔物語集』巻1-3 浄居天は、悉達太子が城の東門から出遊した時には老人に化身して出会い、南門から出遊した時には病人に化身して出会い、西門から出遊した時には死人となって横たわった。太子が北門から出遊した時には、浄居天は僧の姿となって法を説き、虚空に飛び去った。
『十訓抄』第10-6 都良香が羅城門を通る時、「気霽(は)れては風新柳の髪を梳(けづ)る」と詠ずると、楼上から声がして「氷消えては波旧苔の鬚を洗ふ」とつけた。良香がこの詩を自讃すると、菅丞相は「下句は鬼の詞だ」と言った〔*『本朝神仙伝』「都良香の事」第24では、ある人が良香の句を詠じ、朱雀門の鬼が感嘆した、と記す〕。
『十訓抄』第10-20 博雅三位が月夜に朱雀門前で笛を吹くと、同じように笛を吹く不思議な男が現れた。明月の夜ごとに2人は一緒に笛を吹き、やがて互いの笛を交換した。博雅三位が男から得た笛は素晴らしい名笛で、後に、男は鬼であることがわかった。
『長谷雄草子』(御伽草子) 朱雀門に住む鬼が、中納言長谷雄に双六の勝負を挑む。門の楼上で長谷雄と鬼は双六をし、勝った長谷雄は美女を得る。
『羅生門』(能) 春雨の宵。源頼光の館で、渡辺綱や平井保昌たちが酒宴を開き、さまざまな物語をし合う。九条の羅生門に住む鬼神の噂が出て、本当に鬼神がいるかどうか言い争いになり、渡辺綱が確かめに行く。夜更けの羅生門で、渡辺綱は鬼神と激しく戦い、剣をふるって鬼神の片腕を斬り落とす。鬼神は怒りの声をあげ、虚空へ飛び去る。
★4.入れない門。
『掟の門』(カフカ) 掟の門が開いている。1人の男が来て、「入れてくれ」と門番に頼む。門番は「今はだめだ」と断る。男は待ち続けるが、いつまでたっても入れてもらえない。長い年月がたち、男に死期が訪れる。男は「皆、掟を求めているのに、どうして私以外の誰も、『入れてくれ』と言って来なかったのだろう?」と不思議がる。門番は言う。「他の誰も、この門を入れない。これは、お前1人のための門だった。もう俺は行く。門を閉めるぞ」。
『門』(夏目漱石)21 宗助は門を叩いて、開けてもらおうとした(*→〔悟り〕2)。門番は扉の向こう側におり、「叩いてもだめだ。1人で開けて入れ」という声だけが聞こえた。宗助は、門の閂(かんのき)を開ける手段と方法を、頭の中でこしらえた。けれども、門を実地に開ける力は養成できなかった。彼は門を通る人ではなかった。門を通らないですむ人でもなかった。門の下に立ちすくんで、日の暮れるのを待つ不幸な人であった。
★5.門が倒れる。
『宇治拾遺物語』巻12-3 比叡山で受戒が行なわれる定めの日に、諸国の沙弥(しゃみ)が大勢集まった。ところが天台座主の良源が、急に受戒を取りやめ、後日に延期したので、人々は不審に思いつつ帰って行った。すると未(ひつじ)の時(午後2時前後)頃に大風が吹いて、南門が倒れてしまった。もし受戒を行なっていたら、多くの人が死んだことだろう。良源はこの変事を予知して、人々を帰らせたのである。
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