近代の筑後川開発とは? わかりやすく解説

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近代の筑後川開発

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/25 06:21 UTC 版)

筑後川」の記事における「近代の筑後川開発」の解説

明治以降筑後川における治水事業は、当時発達していた水運考慮入れて行われた筑後川1884年明治17年)より内務省直轄河川事業対象となり、1886年明治19年)より第一期筑後川河水改修事業河口から大分県日田市間で開始されたが、主なもの水運強化のための低水敷工事中心であった。 また淀川木曽川九頭竜川など全国各地河川改修尽力したヨハニス・デ・レーケ筑後川でも河川改修携わったがこの時も主眼舟運強化であり、筑後川河口から早津江川間の6キロメートル断続的な導流堤建設し河口堆砂防除して水運の便を図った。だが1889年明治22年流域未曾有(みぞう)の大水害が起こり、これを契機1923年大正12年)より第二期筑後川河水改修事業が行われた。 第二期では本支流堤防建設のほか、第一期着手され筑後川本流開削工事本格的に施行され金島小森野天建寺坂口の4捷水路開削して河道直線化し流下能力の向上を図った。この事業幕末田中政義が立案したもので、自費投じ筑後川の千分の模型作成し効果実証した。なお、この模型日本初河川水模型実験である。この捷水路により総延長は9キロメートル短くなった。 近代灌漑については従来筑後川四堰加え筑後川河口からおよぞ29キロメートル区間における感潮区間揚水取水が行われるようになった。この区間では満潮になると有明海海水筑後川遡上するが、この時に上流から流れ来る河水海水により河川表層押し上げられるこのような河水を「淡水と書いて「アオ」と地元では呼ぶが、このアオ用いた灌漑用水取水江戸時代より盛んになった。当初水門などでクリーク導水して取水が行われたが、明治時代に入るとポンプによる取水採用され1万4,000ヘクタール農地アオによる用水供給行っている。一方筑後川中流部直接取水でもポンプによる取水が行われ、1893年明治26年)には久留米市蒸気機関によるポンプ取水開始された。 甘木など両筑平野北部や耳納山地など八女茶産地では各所揚水ポンプ設置して用水供給が盛んとなるが、過剰な取水後年新たな水不足呼んだ従来農地の灌漑にのみ利用されていた筑後川利水であるが、日本各地河川同様に明治時代富国強兵政策などで次第上水道工業用水道水力発電利用されるようになった水道に関して上水道久留米市によって1923年7月9日筑後川流域としては初め計画され1925年大正14年3月31日内務省許可得て事業開始1930年昭和5年1月最大毎秒1万5,000立方メートル給水開始したその後日田市などが続いた何れも上水道事業第二次世界大戦後行われた工業用水道についてもやはり久留米市中心に取水開始され1931年昭和6年)に日本ゴムブリヂストン筑後川からの取水開始して以降月星化成1943年昭和18年)に取水を行うなど久留米市産業中心を担うゴム製造業筑後川利用している。 戦後味の素1961年昭和36年)に筑後川取水開始しており、キリンビールコカコーラ工場なども筑後川水系より取水しており、両社九州生産しているビール清涼飲料水については筑後川利用されている。 水力発電に関して1907年明治40年)に日田水電株式会社筑後川三隈川)に出力1,000キロワット石井発電所を運転させたのが最初である。その後は主に玖珠川流域開発が行われ、1913年大正2年12月15日には筑後川合流点付近玖珠川最下流部に女子発電所(おなごはたはつでんしょ)が運転を開始した。これは玖珠川中流部筑後川上流部より取水した女子第一第二調整池という二箇所ダム貯水し、発電所導水して発電を行う水路式発電所である。出力2万6,750キロワット当時としては大規模な水力発電所であり、『東の猪苗代、西の女子畑』として福島県耶麻郡猪苗代町建設され猪苗代第一発電所並び称される水力発電所であった1922年には最上流部の地蔵原川アースダム地蔵ダム建設してその利用する町田第一第二発電所出力合計7,600キロワット)も稼働し玖珠川流域当時九州でも有数電源地帯となった戦後筑後川本流夜明発電所出力1万2,000キロワット)が1954年昭和29年)、下筌発電所出力1万5,000キロワット)が1969年昭和44年)、松原発電所出力5万600キロワット)が1971年昭和46年)に運転を開始する何れも筑後川本流上流域ダム式発電所である。最後に建設されたのが発電所で、筑後川本流松原ダムより導水した日田市合流する筑後川支流高瀬川建設した高瀬川ダム貯水。さらに高瀬川ダムから筑後川本流そばに建設され発電所導水して発電するダム水路式発電所であり、出力は61,900キロワット筑後川水系最大である。 筑後川流域総出力は21万2,292キロワットとなったが、発電所以降新規水力発電行われず揚水発電出力10万キロワット超える水力発電所建設されていない急峻な地形豊富な水量がある割には電源開発があまり行われなかった一級河川一つである。

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