文献資料 (歴史学)
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研究 |
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対象 |
料紙 |
装丁 |
寸法 |
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書籍の一部分 |
歴史学における文献資料(ぶんけんしりょう)とは、史料のひとつで、文書および古文書[注 1]、個人的な日記や備忘録などの古記録、書籍、新聞、雑誌など文字によって伝達あるいは記録された資料の総称である。
概要

文書としては廃棄され、再利用に供した漆紙文書や紙背文書を含む。媒体は紙に限らず、木簡・竹簡・金石文・甲骨文・粘土板文書・パピルス文書なども情報量に応じて文献資料に含めるが、墨書土器や篦書・刻書土器などに記された文字断片は通常は文字資料と呼んでいる。
文献資料は歴史学研究における根本的な資料であり、われわれは歴史的事件や人物に関しての詳細を文献を通じて知ることができる。ただし、以下の点に注意しなければならない。
- 当時の人々にとって重大で書き留めておかなくてはならないと意識された事象・事物のみが記録され、すべての事象が記録されるわけではないこと。とくに、あまりにも日常生活に根ざして語るまでもなく当然視されていたような事象・事物[注 2]は記録されず、記録されたとしても廃棄されてしまうケースが多いこと[1]。
- 時代を遡るほど、著述・編纂が為政者層、体制側、知識階級、有力者側、成人男性、都市住民に片寄る傾向があること。それゆえ、時代が古くなればなるほど、庶民、女性、子供、地方の実態は掴み難い傾向が生じる。また、掴み得た情報も著述・編纂に携わる階層の価値観を反映したものになりがちである[2]。
- 記憶違いによる誤記や写本として流通する過程で生じる誤写、また、記録・書写の過程で作為による改変なども考えられること。
それゆえ、歴史事象の究明のためには、文献資料を互いに付き合わせて史料批判や文献学的な検討をおこなうだけでなく、絵画や写真などの図像資料、考古学的発見によって得られる遺構・遺物などの考古資料、長い間伝承されてきた風俗・習慣・伝説などの民俗資料、関係者からのインタビューによる聞き取り調査(オーラル・ヒストリー)も視野に入れた論考が必要となる。
脚注
注釈
出典
参考文献
- 青木, 和夫、高木, 昭作、佐藤, 進一 ほか 編『文献資料を読む―古代から近代』朝日新聞社、2000年10月。ISBN 402257545X。
- 佐原眞「文献資料と考古資料」『歴博大学院セミナー考古資料と歴史学』吉川弘文館、1992年2月。 ISBN 978-4-642-07754-5。
- 横山浩一 著「考古学とはどんな学問か」、大塚, 初重、戸沢, 充則、佐原, 眞 編『日本考古学を学ぶ(1)』有斐閣〈有斐閣選書〉、1988年11月。 ISBN 978-4-642-07754-5。
関連項目
歴史文献
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バビロニア軍はオピスにおいて敗れ、どうやらペルシア軍は無抵抗でバビロンに入城し、バビロニアの独立は失われたようである(もっとも、後のペルシア帝国支配者に対しては幾多の叛乱があった - いずれも失敗に終わったが)。バビロニアがあっけなく崩壊したことは、メソポタミアにおけるキュロスの軍事行動についての古代の記述や、ペルシア軍による征服のすぐ後に作成された楔形文字による碑文などの証言などにより、おおむね立証される。バビロニア政府のあっけない崩壊については、多くの説明が為されてきた。 キュロスの円筒形碑文及び現時点での「ナボニドゥスの詩」の大まかな解読内容によれば、これらの文献では、ナボニドゥスの失敗は主神マルドゥクの意に背いた政府を罰しようとのマルドゥク神の意思によるとしている。これらの文書には強力な反ナボニドゥスの空気が漂う。前王は気まぐれに振る舞い、神への崇拝を怠ったと非難している。これは、これらの文書の著者 -おそらくは、バビロンの支配的祭司階級層 - がナボニドゥスから遠ざけられて、ペルシアの支配を歓迎したかもしれないことを示唆している。 しかしながら、バビロニアにおいてペルシア軍がどれぐらいの範囲・広さで支持されたかについては、はっきりわからない。なぜなら、侵略とナボニドゥスの支配についての記述は、その後のキュロスのプロパガンダによって脚色されているからである。他の著者はバビロニアの敗北について、数多くの補足あるいは代わりの説明をしてきた。 例えばムハンマド・ダンダマエブ(英語版)(ロシアの歴史学者)は、様々な説明を提示する。バビロニア政府は同盟国の不足に苦しみ、国民の不支持に苦しんだ。例えばユダヤ人などの臣民からの抵抗もあった。彼らはペルシア軍の侵攻を解放者としてとらえていた。そして数の上で勝り、装備にも優れた敵に対抗する力は、バビロニア軍には無かった。
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