引用分析
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/03 03:29 UTC 版)
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【左】引用:記事Aが記事Bを引用している。
【中央】共引用:2つの記事AとBが、1つの記事Cで一緒に引用されている。
【右】書誌結合:2つの記事AとBが、共通の記事Cを引用している。
研究 |
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対象 |
料紙 |
装丁 |
寸法 |
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書籍の一部分 |
引用分析(いんようぶんせき、英語: Citation analysis)とは、書籍の文献や雑誌の記事に記載されている参考文献の引用について分析する学問である。学問領域としては科学計量学の一分野であり、いわゆる図書館情報学に属する。また計量書誌学における主要な分析手法である[1]。
概要
「引用」とは、記事などを執筆する過程で著者が必要とする別の記事などを引くことで、自説を展開・補強・証明する行為である[2]。そうした記事などが文章などに引用されている状態を「被引用」といい、計量書誌学においては「後続研究へのインパクトの大きさ」として解釈されてきた[3]。なお、ある文献がそれ以前の2つの文献を同時に引用している状態は「共引用」という[4]。

こうした「被引用」を「著者による文献利用の明示的な表現」と捉え、その特性を分析することにより、研究に関係する様々な事象を解明しようとするのが引用分析である[5]。客観的なデータが収集できる点に特徴があり、時間と空間の制約を受けない情報伝達を調査するのに適している[6]。ただし「被引用」の情報を用いるという特徴から一定数の「被引用」を得ている文献にしか適用できないとされる[7]。なお「科学技術や社会科学では盛んであるが、人文科学では馴染みが薄い」という印象があるが[8]、人文科学では古い資料の重要性が一般的に述べられているため、研究者個人間の接触は不可能でも資料は利用されている可能性が高い[9]。
科学において「引用」は特別な意味を持つ。先行研究の明示、主張の根拠の提示など、様々な動機に導かれているが、いずれも「被引用」との関連性を明示する機能を持っているからである[10]。そのため出典が不明な引用や注釈での不正確な文献情報・参照指示といった文献資料の取り扱いについて指摘する書評も少なくないが[11]、これもある意味では引用分析といえる。「引用」に注目するのは、科学を科学たらしめるミクロな基礎の1つだからであり、場合によっては学史の叙述に有力なアプローチを提供する[12]。引用は知識や情報の継承関係を表しているのだから、引用を辿って検索したり、文献問の関係を研究したりすることは、ある主題分野の情報の系譜を辿るもの(すなわち系譜学)といえる[13]。
引用分析は学術研究についての情報を引き出す研究手法として長い歴史を持っているが[14]、限界や多くの問題点が指摘されている。例えば研究評価は、当初こそ「引用を評価に用いるべきでない」とする議論も少なからずあったが 、各種の評価方法で評価した結果と引用分析で評価した結果の相関が高いことから、次第に「引用分析は研究実績を示す指標として妥当な指標である」との認識が確立したことで[15]、その評価の精度を高めるために「客観的」指標が望まれ、論文数や引用数を主軸とする計量的評価指標が用いられるようになったが、数字の比較は誰にでもできる分かりやすい指標だけに乱用されがちでもあり、これを「数字の独り歩き」として、その弊害を指摘・糾弾する向きも多い[16]。
応用
古典研究
古典が古典たりうるのは、「引用」という享受を通じて規定される[17]。例えば『源氏物語』の場合、漫画コミック、映画、教科書といった場で、どの本文が受容され、新たな表現と結びついているかという問題がある[18]。1例として江戸時代の出版文化においては、数々の梗概書や注釈書、世俗的な絵本として、また俳諧や浮世草子、戯作を通した改作やパロディとして、『源氏物語』は幅広く享受されていた[19]。
文化とは引用の積み重ねであり、引用に次ぐ引用によって継承されることで発展してきたといえる[20]。いわゆる名著と呼ばれるものは、内容が優れているのみならず、多くの後続研究によって参照され、踏み台とされ、それを乗り越えられることで、学史上に位置づけられている[10]。
ウィキペディアにおける出典

「引用分析」という方法とその重要性は、あらゆる学問分野において適用されるものであるが、それはウィキペディアの編集上においても当てはまる。ウィキペディアの個々の記事に書かれている内容には、「事実確認や正確性に定評のある情報源による意見=参考文献の引用」が正しく明示されること、つまり「検証可能か否か」に基づいた「出典を明記すること」が方針として求められており、例外なく執筆者の個人的見解である「独自研究」は禁止されている[21]。実在する一次資料から執筆者の独自解釈で構築される「トンデモ記事」を避けるために、個々の事実とされる記述だけではなく、論証・解釈・評価などについての二次資料を示すことが求められているのである[22]。
しかし記事によっては、適切な校閲を経ていない出典[注 1]が明記されているなど、出典の信頼性に問題がある場合も少なからずある。そのため問題となる情報源について誠実な検証を行う必要がある。
脚注
注釈
出典
- ^ 酒井大輔 (2024), p. 6.
- ^ 「引用」『精選版 日本国語大辞典(小学館)』 。コトバンクより2025年3月3日閲覧。
- ^ 酒井大輔 (2024), p. 8.
- ^ 「共引用」『図書館情報学用語辞典(丸善出版)』 。コトバンクより2025年3月3日閲覧。
- ^ 「引用分析」『図書館情報学用語辞典(丸善出版)』 。コトバンクより2025年3月3日閲覧。
- ^ 山西史子 (1999), pp. 2–3.
- ^ 伊神正貫 (2020), p. 209.
- ^ 小松三蔵 (1999), p. 990.
- ^ 山西史子 (1999), p. 3.
- ^ a b 酒井大輔 (2024), p. 7.
- ^ 水谷誠 (2010)、小柳敦史 (2013)など。
- ^ 酒井大輔 (2024), pp. 7–8.
- ^ 村主千賀 (1998), p. 699.
- ^ 気谷陽子 (2002), p. 34.
- ^ 角田裕之 (2008), p. 80.
- ^ 根岸正光 (2004), p. 176.
- ^ 池田亀鑑 (1991), p. 201.
- ^ 和田敦彦 (2020), p. 254.
- ^ 和田敦彦 (2020), p. 253.
- ^ 齋藤孝 (2017), p. 131.
- ^ 栗岡幹英 (2010), p. 138.
- ^ 日下九八 (2012), p. 6.
参考文献
- 図書
- 酒井大輔『日本政治学史:丸山眞男からジェンダー論、実験政治学まで』中央公論新社〈中公新書〉、2024年12月。ISBN 978-4-12-102837-2。
- 池田亀鑑『古典学入門』岩波書店〈岩波文庫〉、1991年5月(原著1952年1月)。ISBN 4-00-331841-2。
- 藤田保幸『引用研究史論:文法論としての日本語引用表現研究の展開をめぐって』和泉書院〈研究叢書〉、2014年5月。ISBN 978-4-7576-0709-5。
- 和田敦彦『読書の歴史を問う:書物と読者の近代』(改訂増補版)文学通信、2020年8月(原著2014年7月)。ISBN 978-4-909658-34-0。
- 齋藤孝『「言葉にできる人」の話し方:15秒で伝えきる知的会話術』小学館〈小学館新書〉、2017年6月。ISBN 978-4-09-825299-2。
- 論文
- 伊神正貫「文献の関連性の分析:書誌結合、共引用分析、自然言語処理」『情報の科学と技術』第70巻第4号、情報科学技術協会、2020年4月、208-210頁。
- 角田裕之「引用分析に基づく研究実績の評価方法に関する一考察」『尚絅学園研究紀要(A.人文・社会科学編)』第2号、2008年3月、79-96頁。
- 角田裕之「科学コミュニケーションにおける引用分析に関する一考察」『尚絅学園研究紀要(A.人文・社会科学編)』第3号、2009年3月、15-34頁。
- 角田裕之「学術知識集積指標と大学ランキングの類似に関する一考察」『尚絅学園研究紀要(A.人文・社会科学編)』第6号、2012年3月、79-85頁。
- 梶川裕矢「リンクマイニングを用いた引用情報の活用」『情報の科学と技術』第60巻第6号、情報科学技術協会、2010年6月、224-229頁。
- 鎌田修「日本語の引用」『日本語学』第19巻第5号、明治書院、2000年4月、140-152頁。
- 気谷陽子「博士論文の引用分析を用いた博士課程大学院生の文献利用についての研究:筑波大学の事例」『大学図書館研究』第66巻、国公私立大学図書館協力委員会、2002年12月、33-41頁。
- 宮入暢子「特許引例の視覚化における考察:ビブリオメトリクス概念の活用」『情報の科学と技術』第54巻第11号、情報科学技術協会、2004年11月、575-581頁。
- 玉川義人「フォーマル・コミュニケーションに見られる間接情報伝達過程」『情報の科学と技術』第42巻第5号、情報科学技術協会、1992年5月、455-463頁。
- 栗岡幹英「インターネットは言論の公共圏たりうるか:ブログとウィキペディアの内容分析」『奈良女子大学社会学論集』第17号、奈良女子大学社会学研究会、2010年3月、133-151頁。
- 根岸正光「研究評価における文献の計量的評価の問題点と研究者の対応」『薬学図書館』第49巻第3号、日本薬学図書館協議会、2004年7月、176-182頁。
- 佐藤真弓「『家政学雑誌』掲載報文の引用分析よりとらえた家政学の特質」『日本家政学会誌』第42巻第11号、日本家政学会、1991年11月、927-936頁。
- 佐藤翔「ハゲタカOA論文の4割は一度は引用されている」『情報の科学と技術』第69巻第4号、情報科学技術協会、2019年4月、171-172頁。
- 三浦崇寛「引用分析における暗黙の仮定との向き合い方:論文引用情報を用いた研究の動向とAI ×論文の発展に向けて」『人工知能』第38巻第3号、人工知能学会、2023年5月、384-391頁。
- 山西史子「引用分析から見た国文学・国語学研究者の資料利用」『Journal of library and information science』第12号、愛知淑徳大学図書館情報学会、1999年3月、1-10頁。
- 山西史子「引用分析から見る日本文学情報の階層モデル」『中京国文学』第26号、中京大学文学会、2007年3月、130-123頁。
- 小松三蔵「引用分析におけるJCRの利用」『情報管理』第39巻第3号、科学技術振興機構、1996年6月、199-207頁。
- 小松三蔵「人文科学分野における引用文献の利用」『情報管理』第41巻第12号、科学技術振興機構、1999年3月、989-997頁。
- 小柳敦史「深井智朗著『ヴァイマールの聖なる政治的精神:ドイツ・ナショナリズムとプロテスタンティズム』(岩波書店、二〇一二年、三一二頁)」『日本の神学』第52号、日本基督教学会、2013年9月、139-144頁。
- 松木正恵「引用と話法」『日本語学』第24巻第1号、明治書院、2005年1月、60-70頁。
- 水谷誠「深井智朗著『十九世紀のドイツ・プロテスタンティズム:ヴィルヘルム帝政期における神学の社会的機能についての研究』(教文館、二○○九年、四三五+xxx頁)」『日本の神学』第49号、日本基督教学会、2010年9月、174-179頁。
- 増田晃一「引用分析からみた内科学教科書の特性」『医学図書館』第37巻第4号、日本医学図書館協会、1990年12月、272-277頁。
- 村主千賀「情報の系譜学:引用に見る情報の関連性」『情報の科学と技術』第48巻第12号、情報科学技術協会、1998年12月、699-703頁。
- 大場郁子「研究者の論文分析ツールとしてのScopus:著者検索と引用分析」『情報の科学と技術』第56巻第10号、情報科学技術協会、2006年10月、490-494頁。
- 棚橋佳子「ISI研究動向評価ツールの紹介」『情報の科学と技術』第49巻第11号、情報科学技術協会、1999年11月、578-579頁。
- 日下九八「ウィキペディア:その信頼性と社会的役割」『情報管理』第55巻第1号、科学技術振興機構、2012年4月、2-12頁。
- 櫻田忠衛「わが国の経済学分野におけるビブリオメトリックス:その概観と引用分析手法による一事例」『経済資料研究』第17号、経済資料協議会、1983年10月、35-57頁。
関連項目
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