共同訳から新共同訳へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/22 09:45 UTC 版)
「日本語訳聖書」の記事における「共同訳から新共同訳へ」の解説
「共同訳聖書」および「新共同訳聖書」も参照 カトリック教会が1962年 - 1965年の第2バチカン公会議でエキュメニズムの推進を打ち出し、プロテスタントと共同で聖書を翻訳することが望ましい旨が示された。これにより、各国で聖書の共同翻訳事業が開始されたが、日本においてもその動きが起こった。1965年には日本聖書協会翻訳部とフランシスコ会聖書研究所との会合で新しい翻訳に向けて検討する合意が成立し、翻訳セミナーの開催、検討委員会の答申など踏まえ、1970年に共同訳聖書実行委員会(カトリックとプロテスタントが同数)が第1回会合を持った。その下に各種委員会が編成され、翻訳に当たった専門家はカトリック11名、プロテスタント31名であった。訳語を調整したうえでの翻訳作業は1972年に開始され、ルカ福音書のみの分冊(『ルカスによる福音』)が1975年に出された後、1978年に『新約聖書 共同訳』が出版された。日本で単に共同訳といえば、普通はこの翻訳を指す。これは聖書協会世界連盟発行のギリシャ語聖書第2版から始まり、最終的に第3版を底本とした。 その翻訳においては、アメリカ聖書協会翻訳部長を務めた言語学者ユージン・ナイダ(ナイダー)が提唱した「動的等価」が重視された。翻訳に先行するセミナーでは、動的等価を取り入れた現代英語訳(英語版)(TEV, 新約1966年、旧約1976年)の翻訳責任者であったロバート・ブラッチャーも講師として招かれていた。動的等価(ダイナミック・イクイバレンス)とは、形式的一致(フォーマル・コレスポンダンス)に対置される概念で、ナイダは単語と単語を対応させるのではなく、文化的差異などを踏まえて等しい意味になるように文そのものを置き換えるべきと主張したのである。現代訳聖書(後述)を個人訳した尾山令仁の喩えを借りると、Good morning を「良い朝」と訳すのが形式的一致、「おはよう」と訳すのが動的等価となる。この翻訳方針に基づいた共同訳は礼拝向けではなく、キリスト教になじみのない一般大衆に対し分かりやすい訳文を提供することに重心が置かれ、実際、読みやすくなったという好意的意見が寄せられた。その一方、厳しい意見も少なからず寄せられた。たとえば、共同訳では「義」という訳語を排して、文脈に応じて訳し分けられた。しかし、そのようなやり方は、本来キリスト教用語ではなかった「義」が、日本語訳聖書を通じてキリスト教的含意を持つようになってきた流れに逆行するものである上、他の登場箇所との関連性も分からなくなるとされた。同様に「こころの貧しいひとたち」(口語訳)を「ただ神により頼む人」と訳したことも改悪の例としてしばしば挙げられる。また、各派の固有名詞表記の揺れに対応するために、過度の原音主義を採り、「イエス」(またはイエズス、イイスス)を「イエスス」、「マタイ」を「マタイオス」とするなど、従来の慣用と多くの齟齬を生み出したことも批判を招いた。この結果、旧約聖書翻訳の完成を待たず、1983年には表記方針・翻訳方針の転換が行われ、旧約の翻訳と新約改訂は新たな方針に基づくことが決定された。 翻訳のやり直しに際しては、固有名詞の原音主義は原則にとどめて慣用表記を復活させたこと、動的等価に拘らないこと、教会での礼拝や典礼に用いることを考慮することなどが方針として確認されている。新約聖書の底本として聖書協会世界連盟発行の『ギリシャ語新約聖書(修正第三版)』、旧約聖書はドイツ聖書協会のヘブライ聖書(ビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア)(旧約続編はゲッティンゲン研究所の『ギリシャ語旧約聖書』)が採用された。旧約聖書のパイロット版として詩篇の抜粋(1983年)、ヨブ記・ルツ記・ヨナ書(いずれも1984年)が刊行され、1987年に旧約・新約聖書からなる『聖書 新共同訳』(単に「新共同訳」とも略される)が出版された。これには旧約聖書続編つきの版もある。続編部分は上述の日本聖公会訳に続くものだが、これは初の口語訳である。1987年は、明治訳の新約・旧約聖書が完成した年からちょうど100年目に当たる。 新共同訳は発売から6年ほどで100万部を超え、急速に普及した。カトリック教会はこれを公認しており、公式典礼でも新共同訳を用いることとなった。なお、前述のフランシスコ会訳は、新共同訳登場以後に合冊された聖書(2011年)、新約聖書(新版2012年)では、新共同訳にあわせて、イエズスをイエスとするなどの表記の統一が図られている。日本聖公会も新共同訳聖書を公認している。エキュメニズムの中で日本基督教団系の教会やルーテル教会なども新共同訳聖書を用いている。2005年の日本聖書協会の調査では、プロテスタント教会の61.5 %が使用している。2010年には新約のみと旧新約の総発行部数が1000万部を突破した。 このように広く受け入れられており、評価もされているが、批判もある。まずは共同訳の方針を転換したものの、その転換が不十分であり、共同訳の問題点が残存していると言われている。また、ナイダの理論に基づいて訳されているTEVや新英語聖書(NEB、新約1961年・旧約1970年)からの影響の強さも指摘されている。そして、田川建三や土岐健治はギリシャ語本文への忠実さの点で、新共同訳は全体として口語訳に劣ると評価している。また、固有名詞の表記については「イエズス」だったカトリックが譲歩して「イエス」となるなどしたが、教えに直結する箇所で新共同訳がフランシスコ会訳と一致している点を問題視する意見もある。 なお、新共同訳の作成では資金的な制約から1987年刊行を先延ばしにすることが許されない状況であったといい、検討委員による訳文検討のプロセスは、締め切りが近づくと簡略化されたという。その結果生まれた文体についても様々な意見がある。吉本隆明と小川国夫の対談では、旧約の翻訳に一定の評価がなされる一方で新約は酷評されており、リズムのなさ、平明な日本語と優れた日本語の両立に対する無頓着さ、かつてありえた暗記に適した文体とは程遠いことなどが述べられている(なお、小川は新共同訳の翻訳に携わった人物である)。逆に、田川は口語訳よりも読みやすくなった点があることは評価している。また、少なくとも詩篇については教会で読み上げるのにふさわしいものとなったとしばしば評価されている。
※この「共同訳から新共同訳へ」の解説は、「日本語訳聖書」の解説の一部です。
「共同訳から新共同訳へ」を含む「日本語訳聖書」の記事については、「日本語訳聖書」の概要を参照ください。
- 共同訳から新共同訳へのページへのリンク