他の武術との違い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/12 01:13 UTC 版)
日本の古武道の中に中国武術の要素を指摘する研究もあるが、その影響は一部であり、基本的には国内の風土・時代状況の中ではぐくまれたものとするのが一般的な見解である。 まずその代表的な特徴として、動作が骨盤(東洋医学における丹田)を中心に派生しているという点がある。これは日本に限らず西洋以外の地域における伝統舞踊・武術では比較的多く見られる特徴であるが、中でも日本のそれらは特に顕著な部類に属し(歩法に明瞭)、体軸方向における重心の位置が非常に低い。 「かつての日本武術には現代の運動理論では扱われてこなかった身体操作や心理操作による身体技法が伝えられている」として古武道の動作や技法が研究されることもあり、甲野善紀はその第一人者である。甲野は古武道における身体操作の特徴を「捻らない、うねらない、溜めない(、踏ん張らない、蹴らない)」ところにあると指摘している(ただし甲野曰く、「正確にいえば捻らないように、うねらないように、タメを少なくという事で、全く捻ったり、うねったりしていないわけではありません」ともしている)。 また古武道では、武具の使用を基本としていることも大きな特徴である。それは、日本における古来からの武具に対する畏敬度の高さや、武具製造技術・鍛冶技術の高さ、帯刀という武士の文化により、武具に対する信頼度が高かったことに大きく関連している。ただし日本の武具は、殺傷力や防御力が高い一方で、比較的重量があり、加えて、日本人は元来華奢な体格である。そのため、必要最小限の力で効率的に身体を動かす・武器を扱う・相手を崩すことに修行の重点が置かれている。 身体の重心の低さも相まって、柔らかく飛び跳ねる、軽やかなステップを踏む、などの動作は基本的には見られず、武器を全方向に素早く振り回すような派手な動きも少ない。また蹴り技も少ない傾向にある。弓術の座射や居合術の座業、柔術の座捕りなどは、手足の動きを制限することにより必要最小限の力で身体を動かすことを学ぶ、日本独自の修行方法である。また前記の身体操作は軽い武器を扱う棒術(杖術)などにも派生しており、ほぼ同じ武器を扱う他国の棒術の多くとは、動きが質的に異なっている。それは#芸術性で述べた「抑制の美的規範」にも通ずる、一見すると地味とも言えるような、素朴で静けさのある動きである。 なお古武道が成立する以前(南北朝時代以前)の白兵戦においては、技術以上にまず、敏捷性の欠いた古式の甲冑を着用した状態で長大な武器を振り回せる体力と筋力が求められており、それは基本的には古武道と相容れない発想であった。ただし示現流や薬丸自顕流などに代表される一部流派では、逆にこの発想から見出された究極の形を伝えている。 素手での攻撃については、武具の使用を前提とした上で、武器を捨てたり脇差などを持った戦闘終盤の状態、すなわち至近距離に迫り、相手の身体を掴むなどのいわゆる「取っ組み合い」を想定している。そのため、徒手武術では当身以上に投げや崩しが多く含まれており、それが"柔"術と呼ばれるようになった由来でもある。またそのために受身は、徒手において身体的ダメージを軽減するための重要な技法となっている。 騎士と西洋剣術のように、その伝承を主に担ったのが支配階級の武士であったため、格式が比較的高かったことも古武道の特色である。古武道が将軍家や大名家に「御流儀」として学ばれていたことや、「武芸上覧」という旗本が藩主に対して武技を披露する文化が存在したことは、その格式の高さを示す事例の一つである。剣道家の中野八十二は、剣術から現代剣道への推移について、「剣道というものは、御承知のように武士階級の盛んな封建時代に育ったもので、それがだんだんと発展してきて民主的になったといっても、まだそのような気分の抜けきれぬところが多くある。『俺は剣道をやっているのだ、俺はほかの者よりいいものをやっているのだ』という貴族的な、あるいは武士的な気持が多分に残っていたと思うのです」と述べている。 伝系が正確な点も特徴的である。もちろん、流祖を伝説上の著名な人物に仮託している、創始者が不明あるいはその存在を証明できない、といった場合については、古武道も決して例外ではない。しかしながら、現在に伝わる古武道流派の大半が、少なくとも江戸時代までその伝系を正確に辿ることが可能であり、このような事例は世界各国に存在する伝統武術の中でも稀有である。前述したように主に武士によってその伝承が担われていたことや、伝書(目録)の授与という慣習があったこと、近世当時の識字率が高い水準であったことなどが、その理由として考えられる。日本武術史研究家の綿谷雪は、1969年に『武芸流派大事典』を出版し、史実として残る数百もの古武道流派を体系的にまとめあげたが、それは伝承が全般的に正確でなければ不可能な所業であったとも言える。 礼法に重きを置く傾向は、日本文化には必ず見受けられる、広く周知された特徴の一つである。中でも古武道における礼法は、多くの流派で形の中に取り入れられ、技法と同様に研鑽・習得・継承されているという点が特徴的であり、それは神仏(先人)や武具への礼をも含む儀式的側面が強い。 全体を通して、能楽、歌舞伎、日本舞踊などの伝統芸能と共通した動作が見られることが多いが、それは、日本人独自の身体的特徴や身体操作、美的感覚、宗教観、また相互の交流のためとも言われる。なお、日本人の身体的特徴として「骨盤後傾」が挙げられており、踵重心で猫背になりやすい傾向にあるとされるが、現代に伝わる古武道や伝統芸能では、「骨盤後傾」は一般的には好まれない姿勢であるため、これら芸道の身体操作をかつての日常動作の延長として捉えてはならないとする意見もある。
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