スポーツキャスターからスポーツ実況へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 09:07 UTC 版)
「日比麻音子」の記事における「スポーツキャスターからスポーツ実況へ」の解説
2021年夏季の2020東京オリンピック開催期間中には、『アトロク』を休演する一方で、『あさチャン!』への全曜日出演を継続。夜遅くまで競技中継のリポートや(TBSテレビ系列では中継しない)競技の取材へ従事してから、数時間後(翌朝)に『あさチャン!』の生放送や別の競技中継内の「情報ステーション」(同系列で中継しない競技の最新情報を伝えるコーナー)へ出演することもあった(詳細後述)。2021年7月23日(金曜日)放送分の『ひるおび!』では、オリンピックの開会式を控えた(第2代)国立競技場の上空でブルーインパルス(航空自衛隊に所属する曲技飛行隊)による展示飛行が放送の時間帯(12時台後半)に実施されることが決まったことを受けて、(NHKを含めた)日本のテレビ局としては唯一の生中継を急遽敢行。競技場前特設スタジオからの中継で11時台(『JNN NEWS』の直前)から出演していた日比は、ブルーインパルスが飛行しながら5色のスモークで「五輪マーク」を空に描く光景を、中継と同じタイミングで地上(競技場に面した特設スタジオの窓)から実況する役割も任されていた。実際には競技場の上空が快晴だったものの、日比のいた窓際からは赤色のスモークの形跡が若干見えただけに過ぎず、本人曰く「視聴者の皆さんに申し訳ない」との思いからテレビカメラの前に向き直って頭を下げる羽目に陥った。本人は、オリンピック閉幕の3日後(2021年8月11日)に復帰した『アトロク』で、「五輪マークが見えた時のために、記録映像が(生中継の直後から)何度も放送されることを想定しながら、『東京の空に五輪の花が咲きました!』というフレーズを用意していた。それにもかかわらず、中継班が(飛行の直前に逐一伝えられていた)公式情報を基に予想していた地点の上空にマークが描かれていないことに気付いた瞬間、アナウンサーになってから初めて(放送中に呆気にとられて)言葉が出なくなった。実際にはスタジオの真上で五輪マークが描かれていたことを中継の後で(スタッフから)聞かされたのだが、自分が目にした『普通の空』はかえって忘れられない」と告白。さらに、「TBSテレビへの入社当初からの目標の1つだった東京オリンピック(の報道活動)に少しでも携われたことには感謝したいが、新型コロナウイルスへの感染が拡大している最中に開催されたので、実際には『(開催を歓迎するムードとは程遠い状況で競技や選手について視聴者に)どうやって伝えれば良いのか』と自問自答しながら言葉と向き合う日々だった」「感染拡大防止策の一環でメダリストへのインタビューを中継できる時間帯が早朝(TBSの場合には『あさチャン!』を放送中の7時台後半)の10分間に集中していた一方で、夕方から夜遅くまで競技中継への出演やインタビューへの準備に当たっていたせいか、東京にいながら(2019年の秋に世界陸上の中継リポートで)ドーハに滞在していた時よりも強い時差ボケ(のような感覚)に陥った」と述懐していた。 2020東京オリンピックの開幕前にも、前述した世界陸上のドーハ大会に加えて、日本国内で開催されるクイーンズ駅伝・プリンセス駅伝(いずれも女子選手限定の大会)・ニューイヤー駅伝(男子選手限定の大会)のテレビ中継でリポーターや前座番組の進行を経験。駅伝中継の現場では、先輩のスポーツアナウンサー(佐藤文康や熊崎風斗など)が準備を重ねた末に実況の重責を担う姿に敬意を抱く 一方で、後輩のスポーツアナウンサー(山本里菜と同期で入社した喜入友浩など)による実況への感想とアドバイスを本人に細かく伝えていた。さらに、東京オリンピックの開催期間中には、メディアの一員(TBSテレビの報道系アナウンサー)として入場を認められた競技会場で実況を聞いた際に「スポーツの実況には(新型コロナウイルスへの感染拡大防止策の一環で会場に入れず、会場のフェンス越しに選手へ声を掛けるしかなかった)御家族や観客の目や耳になれるほどの重みがある」と感じたという。このような経験から、「女性のアナウンサーがスポーツ(の現場で)中継に貢献できることは(前座番組や後座番組の進行・中継内でのリポート・選手や関係者へのインタビュー以外に)もっとあるのではないか?」「(男性のアナウンサーがもっぱら任されている)スポーツ中継の実況に、男女を問わず関われるようにしたい」との思いを強めた末に、実況を自ら志願。オリンピックの閉幕後にTBSテレビスポーツ局のチーフディレクターが日比へ実況を直々に打診するなど、女性アナウンサーによるスポーツ実況復活の機運が社内で高まっていること も相まって、2021年11月のクイーンズ駅伝テレビ中継で(放送上はおよそ5分間ながら)実況を初めて担当することが決まった。TBSテレビの現職女性アナウンサーによるスポーツ中継の実況は、TBS時代の1988年に「スポーツアナウンサー」として採用された香川恵美子(1998年12月31日付で退社)が世界陸上アテネ大会(1997年)テレビ中継で投擲系の3種目を担当して以来とされている。TBSテレビでは、日比が『クイーンズ駅伝』テレビ中継への実況陣に加わることを正式に発表した際に、「今(起用の時点で)は『女性(アナウンサーによるスポーツ中継での)実況』自体がまだ珍しい が、男女関係なく駅伝の魅力が伝わるような布陣で中継を作っていきたい」とコメント。本人も、「ニュース(キャスター)、バラエティ(番組の進行)、スポーツ(中継での実況)で『三刀流』をこなせるアナウンサーになること」を新たな目標に掲げている。もっとも、実際には「自分が(スポーツ中継の制作サイドからの打診で実況陣の)仲間に入れるとは想像に及ばなかった」とのこと で、クイーンズ駅伝開催の2ヶ月前からレギュラー番組への出演と並行しながら局内の「実況勉強会」や自主練習に臨んでいた。『アトロク』の水曜日でも、開催の4日前(11月24日)に、月曜パートナーでもある熊崎(中継では第1移動車からの実況を担当)を交えて 「日比麻音子、“駅伝実況”への道!駅伝実況のパイセン(先輩)・熊崎風斗さんから駅伝実況のコツを教わろう」 という特集を20時台に放送した。本人は練習の期間中に、「アナウンサーとしてはまだまだ『ひよっこ』の自分にとって、スポーツ実況は『(TBSテレビへの)入社後最大の壁』のようなもので、アナウンサー本来の技術を求められている(ことを痛感している)」「(普段担当している)バラエティ番組での主な仕事は進行・(クイズなどの)ルール説明・MCのサポートであって、ニュース番組では原稿を正確に読むこと(を求められているの)だが、(スポーツ中継の実況で話し続けるように原稿を)10分間読み続けることはない。実況については、『(目の前の)状況に合わせて話し続ける』という意味で『プロのアナウンサーとしての(技量が試される)究極のシチュエーション』と思っているので、(第2中継所の実況担当として)5分間喋り続けられたら(実況の前より)もっと良いアナウンサーになれそう」「実況は音楽のメロディーに似ていて、『序奏→Aメロ→Bメロ→Cメロ→エンディング』といった要素で構成されているように感じる」とコメント。『アトロク』の駅伝実況特集では、「(スポーツ中継ではまだ馴染みの薄い)女性の実況音声に視聴者から違和感を持たれることへの不安を感じつつ、(視聴者が聞き取りやすい)声の高さなどを探りながら実況の練習を始めたところ、学生時代にピアノの弾き方を一から複数の段階を経て身に付けた際の手順が実況の練習にも通じることに気付いた」と明かしていた。 実際には、クイーンズ駅伝2021のテレビ中継で、齋藤慎太郎(『あさチャン!』の木・金曜日→『ひるおび!』の金曜日で共演している横浜F・マリノスユースチーム出身の後輩アナウンサー)と揃って中継所の担当としてスポーツ実況にデビュー。担当の直前には「象に踏まれる夢を見るほど(日に日に強い)プレッシャーを感じている」とのコメントがTBSテレビから出されていた が、初めての実況を終えた後には、「『TBS(→TBSテレビ)の女性アナウンサーとしては初めての駅伝実況』という大きな使命と、(出場する)選手の皆さんのスピードや思いを全身で感じながら(第2中継所でのたすきリレーの模様 を)全力でお伝えした。正直なところ(自分の実況には)反省点ばかりで悔しさが残っているので、もっともっと勉強して(実況の技術を)極めていきたい」として、2022年以降のスポーツ中継でも実況に取り組む意向を示した。これに対して、チーフディレクターを務めたTBSテレビスポーツ局の西村和大は、中継後に「基本として声のトーンが実況向き」と総括している。TBSテレビの女性アナウンサーでは、日比の実況デビューの翌年(2022年1月22日)に、後輩の佐々木が第19回ブラインドサッカー日本選手権決勝の生中継(日本ブラインドサッカー協会の主催でTBSラジオの『週末ノオト』に内包)で喜入と共に試合の実況を担当した。TBSテレビの現職女性アナウンサーがTBSラジオの制作によるスポーツ中継で実況を担当したことは、この中継における佐々木が初めてである。
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