24時間テレビ 「愛は地球を救う」
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歴史
本番組がスタートする前年(1977年)に行われた開局25周年記念番組の社内コンペにおいて、当時『11PM』のスタッフだった都築忠彦が同番組にて放送されていた「巨泉の考えるシリーズ・世界の福祉特集」を下敷きとした企画を日本テレビに提案したところ採用された[5]。なお、アメリカのラスベガスで毎年開催されていたチャリティーテレソン『レイバー・デイ・テレソン』を参考にしたという指摘もあり、当時同局制作局長の井原高忠も自身の著書においてそう主張しているが[20]、都築は『レイバー・デイ・テレソン』は特定の病気(筋ジストロフィー)のための募金集めであり、趣旨が異なることや(指摘されるまで)該当の番組を全く見ていなかったとして、それらの指摘を否定している[5]。
- 第1回(1978年) - 『日本テレビ開局25年記念番組・テレビ25年スーパースペシャル・24時間テレビ 愛は地球を救う』としてスタートした。
- 放送時間は土曜日20:00 - 日曜日20:00の24時間。
- 当時の民放番組のスポンサー体制は一社提供が主流であり、複数社が提供を行う形とした本番組の仕組みにスポンサーが難色を示していたことに加え、週末のゴールデンタイムの番組が固定されていた関係で、局内からも本番組の放送には反対の声が多かった。そのため1回限りの予定で放送されたが、募金額が予想以上に多かったこともあり、エンディングにフィナーレ会場の代々木公園へ顔を出して系列局・スポンサー・代理店・募金をしてくれた視聴者に感謝を述べた当時日本テレビ社長の小林與三次が、萩本欽一の「また来年もやってくれと言ってますよ」という問い掛けに対して「ご支持いただくなら何度でもやります!」と宣言し、その意向で翌年以降も開催することが決定した[21][22]。
- エンディングでは番組キャスターの大橋巨泉が「(募金額の)99%が1円玉、5円玉、10円玉だと思うんですね。金額は少なくとも量は。ということは、決して豊かでない人たちが僕たちの企画に賛成してくれて、募金してくれたと思うんです。僕が言いたいのは、福田(赳夫)総理大臣を始め、政府の方、全政治家の方に、本来はあなた方がやることだと思うんです。ですから、福祉国家を目指して良い政治をして頂きたいと思います」と時の政権に訴えかけ[22]、募金のために代々木に集まった観衆にも「お金を寄付したから終わりでは無く、一番大事なのは意識。強い者が弱い者を蹴飛ばすのではなく、弱い人たちと一緒に行く。そういう意識が大事だと思うんです。」と話した。
- 募金総額は同年11月2日の『木曜スペシャル』にて「みなさんありがとう!こんなに集まりました。きっと誰かが幸せになれます。24時間テレビ ありがとう番組」のタイトルで放送された報告番組にて発表された[23]。
- 後年の徳光と都築の証言によれば、先述通り、あくまで日本テレビの開局25周年により1回限りの番組の予定であった。都築が巨泉にオファーをしたのは『11PM』での進行を含めてのことであり、もうひとつチャリティ番組としての〝顔〟として、すでに『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』(ニッポン放送[24])で実績のあった萩本を抜擢。徳光の当時の役割は何等かのハプニングやトラブルの際の局員としてのフォローであった。放送終了後、なかなか帰らない観衆を萩本は何度もなだめたものの、一向に帰らないどころかかえって盛り上げてしまう結果となり、これ以上萩本をステージ上に置くのは危険と判断し退場させた。かわって徳光が登場し、小林與三次を呼び出して締めてもらおうとするも、社長コールが起こってしまい、結果前述の発言につながることとなった。ところが1回きりと思っていた都築は頭を抱え、日本テレビ社内ではかなり問題になったという。
- 第2回(1979年) - テレビ熊本が熊本県での放送を開始した。静岡県での放送が静岡けんみんテレビ(現:静岡朝日テレビ)から静岡第一テレビに移行した。西日本放送の放送エリア拡大に伴い、岡山県での放送を開始した。番組開始時刻を19:00、番組終了時刻を19:30にそれぞれ繰り上げた。
- 第3回(1980年) - メイン会場として初めて日本武道館が使用された。徳光和夫が初めて総合司会を務めた。
- 第4回(1981年) - テレビ信州が長野県での放送を開始した。新潟県での放送が新潟総合テレビ(現:NST新潟総合テレビ)からテレビ新潟に移行した。
- 第5回(1982年) - 熊本県での放送がテレビ熊本からくまもと県民テレビに移行した。
- 第6回(1983年) - 「日本テレビ開局30年記念番組」として放送された。
- 萩本欽一が全国のメイン会場などを回り、募金活動をする「ふれ愛の旅」がスタートした。
- 第7回(1984年) - 前年まで長崎放送とテレビ長崎での相互放送であった長崎県での放送がテレビ長崎に一本化された。
- 第8回(1985年) - 番組開始時刻を17:30に繰り上げ、番組終了時刻を20:00に繰り下げた。これによって、土曜日も夕方のニュースが内包されるようになった。萩本はこの年休養していたが、この年も本番組のみ出演していた。
- 第9回(1986年) - 番組終了時刻を18:30に繰り上げた。
- 第10回(1987年) - 「第10回記念番組」として放送された。番組開始時刻を19:00、番組終了時刻を20:00にそれぞれ繰り下げた。この年と第11回(1988年)は、番組と並行して昭和記念公園でチャリティーコンサートが行われた。
- 第11回(1988年) - 「日本テレビ開局35年記念番組」として放送された。番組開始時刻を17:00、番組終了時刻を19:00にそれぞれ繰り上げた。
- 第12回(1989年) - 番組開始時刻を12:00に繰り上げ(日本テレビと一部地域のみ)、放送時間が31時間となる。「グランドプロローグショー」は17:00から(この時間から開始する地域もあった)。この年の放送終了時の時点で、第1回(1978年)からの募金総額が100億円を突破した。
- 第13回(1990年) - テレビ金沢の開局により、石川県での放送を開始した。これにより、全都道府県でのネット体制が確立した。
- この年から提供クレジットを全面表示から画面下部表示に変更。
- 第14回(1991年) - 日本武道館の改修工事と、1991年世界陸上競技選手権大会の日テレ系独占放送[注 39]などの事情から、放送が7月末に繰り上がり、この年春に丸の内から移転した東京都庁舎の都民広場がメイン会場として使用され、新宿アルタ前の新宿ステーションスクエアでも募金受付を実施した。
- しかし、番組内容のマンネリ化が進んだことで視聴率が低迷し、責任を取る形で都築が同年を最後に番組から降板した。また、番組開始以来多数の番組挿入曲(LOVE SAVES THE EARTHなど)を提供し、音楽監督として参加してきた大野雄二も同年限りで番組から降板している。なお、同年の平均視聴率は6.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)で、過去最低を記録している。
- またこの年、長崎県での放送がテレビ長崎から長崎国際テレビに移行し、番組開始時刻を14:00に繰り下げた。
- この年から提供クレジットに現在も続いているアニメーションが付くが、「このコーナーは…」で始まる提供読みはこの回で最後となる。
- 第15回(1992年) - 番組の「テコ入れ」と以下のリニューアルを実施し、番組のエンターテインメント化を打ち出した。この改革は『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』や『マジカル頭脳パワー!!』を手掛けた「日本テレビクイズプロジェクト」のメンバー(日本テレビの制作スタッフである小杉善信・渡辺弘・吉川圭三・五味一男と、番組制作会社ハウフルスの社長・菅原正豊)によるもので5人はこの回の総合演出・プロデューサー・ディレクターとして携わった。改革自体は「クイズプロジェクトの成果・集大成」とされている[25]。
- 前年までは各コーナー毎に放送時間をはっきりと区切っていた[注 40]番組全体を1つのプログラムとして作られるようになり、タイムテーブル上のパート編成を開始した。これは、「クイズプロジェクト」のメンバーたちが何度となくブレーンストーミングを行った結論で、本番組がいつしか「それぞれのクオリティを重視するあまり、ドキュメンタリー・アニメ・バラエティなど12本にぶつ切りされた2時間番組を繋げていた」[注 41]という状態になっていたため、「24時間を1つの生放送のイベント番組」という原点に返ろうと考えたためである[26]。
- 「悲惨な現状を確認することも大事だが、今年は楽しみながら感動し、参加できるチャリティーを目指す」とし、従来のドラマやドキュメンタリーなどチャリティー色の強いものから、歌と音楽をテーマにしたシンプルな物に改められ、タイトルも「愛の歌声は地球を救う」に設定された。これは菅原の「武道館をカラオケの殿堂にしよう」という発案で生まれた企画である。ただし、この回では事前にオファーしたゲストが歌を披露する現在の形式ではなく、武道館に集まった出演者たちが事前にアンケートで募った新旧の歌謡曲・J-POPからなる「思い出の歌99曲」(100曲目として、後述する「愛の歌(後の「サライ」)」が入る)を歌う「有名人歌声チャリティー」という形式であった。これは司会・パーソナリティなど前もって決められた出演者だけではなく、その出演者たちが生放送中に交友のある著名人に電話を繋いで突然呼び出し、それに応じやってきた著名人も歌い、さらにその著名人が交友のある別の著名人へ電話を繋いでいくシステム。歌う曲はその時にならないと分からず、普段カメラの前で歌うことがない有名人までもが歌声を披露するという生放送ならではのハプニング性のある企画であった[27][28]。
- チャリティーマラソン(後述)がスタートした。これは小杉が上記『マジカル』や『いつみても波瀾万丈』など当時の日本テレビの人気番組にレギュラー出演していたことから間寛平が欠かせないと考え、当時の寛平のマネージャーに話を持ち掛けたところ、マネージャー側から「24時間、うちの寛平を走らせたら」と提案されたことに始まる[29]。
- 上述した思い出の歌の100曲目および新たな番組テーマソングとして、番組放送時間内で「愛の歌(タイトル決定までの仮称)」を製作し、「サライ」と名付けられた。前年まで大野が作曲し使用されてきた、従来の番組挿入曲・テーマ曲がほぼ使用されなくなった[注 42]。
- 番組開始時刻を19:00、番組終了時刻を20:00にそれぞれ繰り下げた。土曜夕方のニュース枠も、この年以降は単独番組として放送している。
- 提供クレジットから提供読みが廃止され、代わりに提供社名の上下に「この放送は(ここからは・ここまでは・ひきつづき)」「の提供でお送りします(しました)」という文言が付く(第42回(2019年)まで)。
- 「歌」をテーマに設定したことから、音符をモチーフにした公式キャラクター「おたまジャクソン」が導入された。提供クレジットの際にもこの「おたまジャクソン」が登場し、日本テレビの各バラエティ番組にもセットにぬいぐるみが置かれる等の番宣を行った。第16回(1993年)には「おたまジャネット」も追加されたが、両キャラクターはこの2回限りで、以降は一切使われていない。
- これらの企画が功を奏し、視聴率は17.2%と前年の最低記録から一転して当時としては歴代最高の記録を、瞬間最高視聴率も37.7%(共にビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)を打ち出した[30]。
- 第1回(1978年)から放送されていた読売テレビ制作担当のコーナーは、この年を最後に放送されていない。このコーナーではこれまで大阪城公園や大阪城ホールから、途中武道館などと中継を結びながらの「ひろがれ愛の輪 熱唱コンサート」などを放送してきたが、最後となったこの回は「全日本有線放送大賞」(現在のベストヒット歌謡祭)の過去のグランプリ受賞者などを迎えたコンサートが行われた。
- 第16回(1993年) - 「日本テレビ開局40年記念番組」として放送され、タイトルも前年に引き続き「愛の歌声は地球を救う」として設定された。この回は前回の要素に加えて「ご対面」企画も軸に放送された。なお、この回は2年ぶりに世界陸上(ドイツ・シュツットガルトで開催)の開催期間と当番組の放送がバッティングしていたが、この時は深夜帯に競技中継を内包することで対応した。
- 第17回(1994年) - この回に限り、番組開始時刻を18:00に繰り上げた。鹿児島県での放送が鹿児島テレビから鹿児島読売テレビに移行した。これにより、現在のネット局体制が確立した。なお、この回は夜にJリーグ中継(ヴェルディ川崎 - 横浜マリノス戦)が挿入された。
- 第20回(1997年) - 番組終了時刻を19:56に繰り上げた[注 43]。
- 第21回(1998年) - 「日本テレビ開局45年記念番組」として放送された。
- 第22回(1999年) - この年のみ番組開始時刻を18:00、終了時刻を19:30に繰り上げた。
- 同年2月、ネット局である静岡第一テレビによる「CM未放送問題」が発覚し、民放連からの除名処分、日本テレビネットワーク協議会からの無期限会員資格停止処分を受け、同年の番組制作の参加が不可能となる事態となる。これに伴い静岡第一テレビは同局舎前で例年開催されていた番組の募金イベントを自粛した他、街頭募金も大幅に規模を縮小、ローカル枠の番組制作も取り止め、日本テレビからの映像を中継するのみとなった。詳細は「24時間テレビ 愛は地球を救う22」を参照。
- 第24回(2001年) - 番組開始時刻を18:30に繰り上げた。徳光和夫が同年6月に急性心筋梗塞の手術を受けたため、体調を考慮して土曜日深夜から日曜日昼まではみのもんた[注 44]が総合司会を代行した。
- 第25回(2002年) - 番組終了時刻を20:54に繰り下げた。以降の放送時間は一部の回を除き、土曜日18:30 - 日曜日20:54の約26時間半となっている。
- 第26回(2003年) - 「日本テレビ開局50年記念番組」として放送された。この年はパーソナリティを務めたTOKIOが出演する『ザ!鉄腕!DASH!!』とのコラボとして福島DASH村[注 45]から初めて生中継する試みも取り入れられた。
- 『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』の人気コーナー「日本列島ダーツの旅」の特別版である『日本列島ダーツの旅的全国1億人インタビュー』がスタート。
- 第27回(2004年) - アテネオリンピックを中継する影響で土曜日19:30 - 日曜日21:24に放送される予定だったが、野球中継が延長したことやチャリティーマラソンのゴール時刻が遅れたことから、土曜日19:45 - 日曜日21:34に放送された。
- 第28回(2005年) - 平均視聴率が過去最高の19.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)を記録した。
- 第29回(2006年) - 本格的なハイビジョン制作を開始。地上デジタル放送ではこの年からサイドカットせずに画面アスペクト比16:9で放送。なお、VTR映像やネット局など一部の中継は後年までに順次整備された。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の人気企画だった「高校生ダンス甲子園」が復活した。
- 第30回(2007年) - 新テーマソング「勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜」が誕生した(翌年以降は使用されていない)。グランドフィナーレ中の20:52には、歴代最高となる瞬間最高視聴率43.9%を記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)[31]。この回はATP賞の特別賞を受賞し、10月23日に行われた授賞式には萩本欽一と徳光和夫が参加した。
- 第31回(2008年) - 「日本テレビ開局55年記念番組」として放送された。
- 第32回(2009年) - この回に限り、番組終了時刻を21:00に繰り下げ、日本武道館に代わり、東京ビッグサイトがメイン会場として使用された。日曜日が第45回衆議院議員総選挙の投開票日と重なったため、本番組終了直後の21:00からは『ZERO×選挙2009』を放送した[注 46]。PART10を例年とは異なり、19:59で打ち切ったうえで、投票締め切り1分前の19:59から20:05までの6分間は本番組を中断して『ZERO×選挙2009』のスタジオから出口調査の速報を報じた。再開後の最終パートであるPART11(20:05 - 21:00)ではL字型画面やテロップで当落情報を随時伝えた。選挙特別番組との兼ね合いからメイン会場を変更したりローカル枠を縮小する地方局も多かった。
- なお、この回からオープニングで用いられるタイトルCGの基本的なCGやエフェクトは第46回(2023年)まで長らく変わらずに使われている。
- 第34回(2011年) - 前年まで長らく総合司会を務めてきた徳光がチャリティーランナーに起用されたため、総合司会には羽鳥慎一が起用された(これ以降も総合司会は羽鳥が務めている)。
- 第35回(2012年) - この回に限り、番組終了時刻を21:09に繰り下げた。
- 第36回(2013年) - 「日本テレビ開局60年記念番組」として放送された。
- 第37回(2014年) - グランドフィナーレにあたるPART10(日曜日19:00 - 20:54)の平均視聴率が歴代最高となる31.5%を記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)。
- 第41回(2018年) - 「日本テレビ開局65年記念番組」として放送された。
- 第42回(2019年) - 2019年世界柔道選手権大会の開催と2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた改修工事で日本武道館が使用できないため、メイン会場を両国国技館に移して行われ、翌年以降も両国国技館で行われている[33]。
- 第43回(2020年) - この年は新型コロナウイルスの拡大が番組にも大きく影響した。
- この回は「チャリティー笑点」のパートを除き無観客での放送となった。ソーシャルディスタンス確保のため、会場にはMC席とメインステージ・企画セットに加えてパフォーマンス用のサブステージが設けられた。さらに例年行われていたチャリティーマラソンやチャレンジ企画中継、メイン会場入口からのゲスト紹介は第44回(2021年)まで中止となり、代わりに日本テレビ系列で放送しているニュース・情報・バラエティ番組とのコラボ企画やその番組の制作班担当のVTRが多数放送され、深夜企画も全編事前収録に変更された。なお、この回は放送回数のカウントである第43回に変わりはないが、放送上は「新しい日常での第1回」と銘打っていた。
- 募金活動に関しても非公開となるためメイン会場に入場してボランティアや出演者に募金を受け渡す方式はなくなった(同様にゲストの募金持ち込みもなくなっている)。募金に関しては会場などに行かなくても募金できるメリットがあるキャッシュレス方式が呼びかけられたが、従来の銀行振り込みやイオンなど協賛企業・系列各局の本社などでは現金の受付も行っている。
- 日本テレビにおける日産自動車グローバル本社ギャラリー[注 49]をはじめ、系列各局でも例年行っていた大規模なチャリティーイベント・長時間ローカル枠の公開放送などを取りやめ、協賛店舗などでの募金活動のみへ縮小・ローカル枠自体も一部地域は自局のスタジオから非公開での放送、局によっては最小限にミニローカル枠のみへ縮小して、それ以外は全編日本テレビからのネットに切り替えた。
- 放送を決行することになった理由を、リニューアルを行った第15回(1992年)のプロデューサーであり上記の「クイズプロジェクト」を経て日本テレビの社長となっていた小杉善信が放送前の7月、定例記者会見で「かねてからどんな形であろうとやると宣言しておりました。コロナの状況にあった、感染につながらない形で今回の24時間テレビをやるというのは変わりありません。番組の社会的意義。一度休止等すると、24時間テレビの援助、電動車いすやリフト付きバスなどが届かなくなる。毎年、待っていらっしゃる届け先に届けられなくなるということで、その使命を果たさなければということで、24時間テレビの精神をこの番組で伝え、視聴者の皆様に寄付を頂き、それをしっかりと一円残らず届けるということをまず実現するのが放送局としての使命であり、24時間テレビのもつ意味であると思っております」と説明した[35]。
- この回から提供クレジットの文言が無くなり、番組ロゴとチャリTシャツのCG(それ以前からあったが、左下からスポンサー名の上に変更された)とスポンサー名のロゴのみになった。
- チャリティーマラソンとしては中止になっているため、今回は応援メッセージの募集が廃止された。
- 国技館から放送する時間帯のみ、1階マス席上部にMC席を見渡す形で特設されたブースから、日本テレビの公式YouTubeアカウント、日本テレビが関与している動画配信サービス「hulu」、民放の番組配信サービス「TVer」での生配信企画「スペシャル募金ルーム」が行われた。こちらは指原莉乃、チョコレートプラネット、フワちゃん(4人とも両日にわたり)、近藤春菜(23日の朝まで)、松丸亮吾(23日の昼から)が司会を務め、国技館からの地上波向け放送にもほぼ全編にわたって出演した。
- 第44回(2021年) - この年も引き続き両国国技館から無観客で放送された。
- 前年に引き続き、メイン会場でボランティアや出演者に募金を受け渡す方式はなく募金に関してはキャッシュレス方式が呼びかけられたが、従来の銀行振り込みやイオンなど協賛企業・系列各局の本社などでは現金の受付も行っていた。
- 前年と同様に系列各局でのチャリティーイベント・ローカル枠は規模を縮小するなどの対策がなされた。ただし、前年中止の日産自動車グローバル本社ギャラリーでのイベントは生配信形式で2年ぶりに復活した。
- 「想い」をテーマに設定したことから、髙橋海人・水野学考案の狼をモチーフにしたキャラクター「おもウルフ」が導入された[36][37]。
- MISIA・さだまさしが手がける新チャリティーソング「歌を歌おう(24時間テレビver.)」が誕生した[38][39]。
- 提供クレジットは、この回のみチャリTシャツのCGの代わりに「おもウルフ」が登場した。また、この回からスポンサーロゴの表示が白色の枠付き・全社カラー表示に変更された。
- 第45回(2022年) - 日本武道館は改修工事ならびに東京オリンピック・パラリンピック開催が終了したが[注 50]、本番組は両国国技館からの放送を続けることとなり、3年ぶりに有観客形式での生放送に戻った。
- 前年と同様に系列各局でのチャリティーイベント・ローカル枠は規模を縮小するなどの対策がなされたが、前年と異なり一部系列局は3年ぶりに復活した所もあった。
- 第43回(2020年)から新型コロナウイルスの影響で中止されていたメイン会場入口からのゲスト紹介やチャリティーマラソン、中継でのチャレンジ企画なども3年ぶりに復活した。
- 第46回(2023年) - 「日本テレビ開局70年記念番組」として放送された。
- 両国国技館への募金持ち込みのための入場が再び可能となったが、以前の会場内での募金の受け渡しは場外に長蛇の列が出来ること、加えて近年の気温上昇による酷暑により列の中で熱中症となる危険性も高くなるため行わない形をとり、代替として国技館の館外に寄付金を預ける「募金ブース」(出演者への受け渡しは一切行われない)、チャリTシャツ・チャリティーグッズの物販コーナー「チャリティーグッズブース」や福祉車両の展示などを行う「チャリティー広場」を新設する[42]。
- 殆どの系列各局でもチャリティーイベントはコロナ禍以前となる(第42回(2019年))4年ぶりの形式に戻す事となり、日産グローバル本社ギャラリーでのイベントも有観客形式(配信も継続)に戻された[43]。しかし、ローカル枠は予算等の事情から引き続き規模を縮小する局も多かった。
- 番組本編としては初となるTVerでのリアルタイム配信を行う。ただし、諸事情や並列加盟局のテレビ大分・テレビ宮﨑への配慮から同時配信は1日目のオープニングからドラマスペシャル終了までと2日目の「チャリティー笑点」から番組終了まで及び『行列のできる相談所』のみとなった[42]。また、配信対象外の時間帯の一部コーナーを含めてTVer並びにHuluなどにて見逃し配信を行う[42][44]。
注釈
- ^ 通常は白色で表示されるが、エンディングのスタッフロール表示時は黄色で表示される。
- ^ 第1回(1978年)のみモノラル放送。
- ^ 対応は第40回(2017年)まではドラマスペシャルのパートのみ、第41回(2018年)からはPART1全編。
- ^ 第14回(1991年)のみ7月下旬に実施された。
- ^ a b テレビ宮崎はNNSには非加盟。
- ^ a b c 沖縄県には日本テレビ系列局が無いため、唯一フジテレビ系列のフルネット局による参加となっている。
- ^ 第14回(1991年)までは『24時間テレビ「愛は地球を救う」○○』と、放送回数を末尾に表記したものが正式タイトルだった。第31回(2008年)以降の番組オープニングでは『24時間テレビ 愛は地球を救う○○』と放送回数が末尾に表記されている。
- ^ 第15回(1992年)・第16回(1993年)はタイトルを『24時間テレビ15(16)「愛の歌声は地球を救う」』とした。
- ^ 当時、終夜放送は緊急時(大規模な地震、台風などの自然災害や、戦争・紛争、交通ストライキなど)、ならびに近代オリンピックのうち、時差の関係で日本時間の深夜に開催されるヨーロッパ・アフリカやアメリカ大陸で開催する場合を除いて行われていなかった。第1回でスタジオ総合司会を務めた巨泉は、「これから24時間、今までやっていた通常の放送をすべてお休みにして、全く白紙に戻して、テレビが一体何ができるのかやってみたい。地球に住む我々が一体何が幸せかをかみしめたい。世の中にいる社会的弱者がテレビを通して役立つかどうか。テレビを通してチャリティーをやりたい」とのスピーチをしている。
- ^ 第15回(1992年)・第16回(1993年)は、当時日本テレビのキャッチフレーズだった「みんなのなかに、私はいます。」が使われた。
- ^ 第40回(2017年)の番組内で久里自身が発言。しかし、番組スタッフのほとんどはこれを地球と月と勘違いし、社内では「地球マーク」と呼ばれていた。
- ^ 土曜日19:45 - 日曜日21:34に放送された第27回(2004年)と土曜日18:30 - 日曜日21:09に放送された第35回(2012年)は除く。
- ^ 前後の『満天☆青空レストラン』『行列のできる相談所』も24時間テレビに関連した特集で、なおかつメイン会場からの生放送となるため、それらを含めると実質28時間となる。
- ^ 東日本大震災が発生した2011年以降は、大規模災害の被災者やその遺族に着目した企画も放送されている。
- ^ 日本武道館が諸事情により使用出来ない年など、別の会場を使用するケースもある。実例は第14回(1991年)、第32回(2009年)。
- ^ 第1回(1978年)はグランドフィナーレ(代々木公園)の進行、第2回(1979年)はチャリティーパーソナリティー、第34回(2011年)はチャリティーマラソンランナー、第35回(2012年)は出演者のひとり、第36回(2013年)以降は24時間テレビサポーターとしてそれぞれ参加している。
- ^ 日本テレビは1953年(昭和28年)、読売テレビは1958年(昭和33年)にそれぞれ開局。
- ^ a b c d 2日目が該当。
- ^ 1日目が該当。
- ^ a b 但し、インターネット募金をする際に発生するクレジットカード決済と携帯キャリア決済のシステム利用料は寄付金から差し引かれる。この事については公式サイトでも明記されている。
- ^ 日本テレビの放送エリア管内では日産ギャラリー、NISSAN CROSSING、日産販売会社ショールーム(ブルーステージ、レッドステージ、レッド&ブルーステージ、日産自動車販売、日産フォークリフトなど)、日産カレスト、イオングループ各店舗、住友生命各支社来店窓口、東洋水産各支店・営業所・工場・特設会場、ヤクルト本社・各支店、ライオンオフィス・事務所・特設会場、読売新聞販売店(YC)、草の根チャリティーネットワーク、新宿高島屋・大宮髙島屋、日本橋三越本店、横浜・川崎モアーズ、町田東急ツインズ、藤沢・小田急百貨店、東京駅一番街、ツリービレッジなど。
- ^ 日本テレビの放送エリア管内ではゆうちょ銀行、都市銀行各行(三井住友銀行、三菱UFJ銀行、みずほ銀行)、イオン銀行など。かつてはスポンサーの関係でauじぶん銀行や労働金庫も協力していた。イオン銀行とauじぶん銀行、労働金庫以外は、民営化前の郵便局(郵便貯金)並びに三井銀行・住友銀行・太陽神戸銀行(三井住友銀行の前身)、三菱銀行・三和銀行(三菱UFJ銀行の前身)、富士銀行・第一勧業銀行(みずほ銀行の前身)の時代にあたる開始初期から協力している。系列局でも放送エリア内の有力地方銀行(第二地方銀行を含む)が協力しており、中には農協(JAバンク)や信用金庫などが協力している地域もある[8][9]。
- ^ なお、2024年1月に発生した能登半島地震については後述の系列局社員による寄付金着服問題が発生したことに伴い、実施が見送られ、日本テレビ系列で放送されている報道番組などでは他の団体(日本赤十字社やジャパン・プラットフォーム)の募金窓口を紹介する対応を取った[12][13]。
- ^ 決済する場合はPayPayアプリで本人確認を完了させる必要がある。
- ^ ラテ兼営局では、ラジオのスポットCMでも同様の注意を流している。
- ^ 2017年頃から『フジネットワーク・サザエさん募金』の愛称を使用。
- ^ テレビ朝日系列(サブ)とのクロスネット局でもあるが、テレビ朝日系列の一般番組供給部門には非加盟で、日本テレビの公式ウェブサイト上でも単独ネット扱い。
- ^ 放送対象地域は福岡県のみだが、募金活動や各種支援活動、福祉車両の贈呈などについては福岡県・佐賀県の両県を対象地域としている。
- ^ 現在のNST新潟総合テレビ(NST)。
- ^ 現在の静岡朝日テレビ(SATV)。
- ^ アニメスペシャル『100万年地球の旅 バンダーブック』については、静岡放送(SBS)が10:30 - 11:25に短縮版を放送した。
- ^ オープニングから日曜日の早朝まで放送。第5回(1982年)は長崎大水害発生の影響を受けて参加を自粛し、テレビ長崎のみが参加したが、この時もテレビ長崎は前半部分をネットせず、後半のみの放送になった。
- ^ 第1回(1978年) - 第6回(1983年)は日曜日の早朝からエンディングまで放送。第7回(1984年) - 第13回(1990年)は24時間放送。
- ^ ビデオリサーチ社による。
- ^ 18:45頃からは県内ローカル放送を行い、19:00に番組が一旦終了する。
- ^ PART2開始より早く終わった場合には自社発のローカル枠で穴埋め。
- ^ この時間に『UMKニュース』(『FNNニュース』を改題したもの)を遅れネット。
- ^ 以降は後述するチャリティーマラソンを除くと、第15回(1992年)、第20回(1997年)、第28回(2005年)、第31回(2008年)、第32回(2009年)、第34回(2011年)、第35回(2012年)、第40回(2017年)にゲストとして出演。
- ^ 1987年から1995年まで世界陸上は日テレが放送権を所有していた。1997年からは現在のTBSに移行している。
- ^ 各コーナー内でも、当時並列加盟していた系列を含む他系列の番組や自社制作番組・後述のローカル枠を放送するネット局の飛び乗り・飛び降りに配慮し、例えば「グランドプロローグショー」や「グランドフィナーレ」は2 - 3部制で対応するなど、15 - 30分毎に飛び降り・飛び乗りポイントとなる区切りの部分が設置されていた。しかし、リニューアルされたこの回以降も暫くは、時間帯によって県政番組などをずらせない事情で飛び降りせざるを得ない局も発生していた。現在はそれらの番組を別日に振り替えたり休止にすることでクロスネット局以外はローカル枠を除いた全ての時間帯を日本テレビからのネットに統一している。
- ^ ただし、実際はすべてが2時間編成というわけではない。
- ^ 一部系列局では、この年まではローカル枠・協賛CMでも使用されていた。
- ^ 前年10月に日曜20時枠で開始した『特命リサーチ200X』が19:56開始のフライングスタートとなったため
- ^ 徳光は立教大学の先輩にあたり、在学期間も重なっている。
- ^ 当時は所在地を公表していなかったため放送内では「DASH村」と呼称。
- ^ NHKと民放5系列の中で、20時台から選挙特番を編成しなかった局は日本テレビ系列のみであった。
- ^ 「東日本大震災緊急募金」に寄せられた義援金を含む。
- ^ 総合司会経験者としては第30回(2007年)の萩本欽一、第34回(2011年)の徳光和夫に続き3人目。
- ^ 放送直前の8月18日にギャラリー従業員に感染者が発生したことを受け、ギャラリー自体も22日まで臨時休館となった。
- ^ 放送当日の日本武道館は、27日にLUNA SEAのコンサート[40]、28日に高円宮杯日本武道館書写書道大展覧会開催で使用[41]。
- ^ 番組公式サイトなど日本テレビ公式での記載。実際は放送時間内に放送する場所やスタジオを転々と移動しており、郵便貯金ホールは「グランドプロローグショー」のみで使用。その後の時間帯は巨泉らがいた麹町・日本テレビ旧本館(後に北本館に建て替え)のGスタジオ、グランドフィナーレは代々木公園の敷地内にある特設ステージとGスタジオの二元中継で放送した。
- ^ 番組公式サイトなど日本テレビ公式での記載。実際、久和と小牧は番組本編には出演しておらず直前生放送スペシャルの司会を務めていた(日本テレビ側の記載ミスと思われる)。
- ^ a b c d パーソナリティとして武道館には参加せず、チャレンジ企画の中継先から出演した
- ^ この回はパーソナリティでは無かったが、当時2人と同じくSMAPのメンバーだった中居正広・木村拓哉・稲垣吾郎も番組内に随時登場した。
- ^ 徳光和夫は前述の通り、出演者のひとり(チャリティーご意見番)として番組内に随時登場。
- ^ a b 羽鳥・水卜による同一コンビでの総合司会は第46回(2023年)現在、歴代最多回数。
- ^ 高畑裕太も出演予定だったが、不祥事により出演がキャンセルとなった。
- ^ 当日発表のチャリティーマラソンランナーに任命されたため、サポーターとしての出演は番組冒頭のみだった。
- ^ 読売テレビ制作のアニメ枠は「17:30枠のみ通常放送」または「18:00枠を30分繰り上げ」で対応。
- ^ 回によってはパーソナリティ陣によるタイトルコールが挿入される。第45回(2022年)は先にオープニングジングルと同時に番組タイトルとメインテーマが表示された後に、メインパーソナリティーによる『Happiness』の生ライブでスタートした。
- ^ 以前はメインパーソナリティーが先に登場してから各出演者を呼び込み、一言ずつ挨拶しながら登場していたが、近年は歌いながら登場することが多い。第42回(2019年)は各中継地点に分散してのスタートとなった。第46回(2023年)はメインパーソナリティはチャレンジ企画の会場、それ以外の出演者は国技館から登場し、先に総合司会から挨拶・テーマ趣旨の説明と出演者の紹介が行われ、その後に中継先のメインパーソナリティを呼び出す形式だった。
- ^ 第15回(1992年)から第22回(1999年)まではその年に入社した新人アナウンサーが「今年も次の場所で募金を受け付けています」などとコメントして後述のアイキャッチVTRに切り替えていた。
- ^ 外部の施設やイオンモールの各店舗をメイン募金会場にしている局ではメイン会場の受付・入場時間内は会場から放送し、使用できない深夜から早朝の時間帯は自局のスタジオから放送する。深夜帯に生中継をしない場合はVTRによって行う場合もある。
- ^ 通常は「〇〇(募金受付店舗・企業)では募金をお預かりしております。」等と案内される。ただし、第43回(2020年)以降は前述のキャッシュレス募金推進のため、この部分は協賛企業(後述)の紹介という形式に変更している。
- ^ メイン会場が使用できない深夜帯を除く。
- ^ 第10回(1987年)からはVTR。
- ^ このアイキャッチは第27回(2004年)まで毎年変えながら続いた。
- ^ 第1回(1978年)は日本テレビGスタジオから進行の大橋巨泉、竹下景子の2人がチャリティーの方法を案内していた。また、当時は手動切替マスターの地方局が多く地方局に切り替わる際は「各局の皆さん準備はよろしいですか?」と呼びかけていた場面もあった。
- ^ 読売テレビ、中京テレビ、福岡放送など。特に読売テレビは一時期差し替えの頻度が高く、マラソンゴール直前のメドレー部分からエンディングを神戸・京都・奈良・大阪の会場からリレーで最後の挨拶を行う中継や後述のスタッフロールに差し替えていた時期もあった。マラソンの場合は東京は音楽メドレーになっているため、東京の音源をBGMにしながら映像と音声をかぶせる形をとることで、自社の差し替え終了後も違和感なく復帰できるようにしている。
- ^ 全局ではない。第45回(2022年)は山口放送・鹿児島讀賣テレビ・ミヤギテレビ『24時間テレビ45 特別版』、テレビ新潟放送網『もっと24時間テレビ』、札幌テレビ放送『もっと! 24時間テレビ』、静岡第一テレビ『もっと見たい! 24時間テレビ』、読売テレビ『24時間テレビ45 見逃しスペシャル』、福岡放送『もうちょっと! 24時間テレビ』とそれぞれ題して放送。
- ^ 第33回(2010年)・第37回(2014年)は手術明けだったため、常時の併走は見合わせた。第42回(2019年)はマラソン用中継車の放送席にて解説も行った。
- ^ これに関しては日曜午後に警察から番組側に追尾行為を止めるよう勧告する文書が送られ、放送内で徳光が読み上げている。
- ^ 武道館の場合、走者は代官町通り側の入り口(東京国立近代美術館・科学技術館寄り)から北の丸公園に入り、武道館には正面入口を経て西側の客席入口から入る。国技館の場合、第42回(2019年)は東京都江戸東京博物館側から正面入口に向かっていたが、第45回(2022年)は正門手前の横断歩道を渡って正門から直接正面入口に入っている。第46回(2023年)はJR両国駅側から敷地内に入り、1階西2番入口から館内へ入って西側の客席入口に向かった。第32回(2009年)の東京ビッグサイトでは階段を設けず、モザイクアート企画で制作したゴールゲートが左右に開く形式をとった。第42回(2019年)と第45回(2022年)の両国国技館では、長い通路を経てから国技館に常設された階段を通ってゴールした。
- ^ a b 第29回(2006年)・第31回(2008年) - 第33回(2010年)。
- ^ 第42回(2019年)以降は両国国技館の正面入口。
- ^ ランナーは『サライ』の演奏終了後にメディカルチェック等を受けてからの出演となる。年によっては、ランナーの関係者も共に出演するケースがある。
- ^ 第43回(2020年)・第44回(2021年)は募金ランの会場が離れていた関係から、ランナーはマラソン会場から中継での出演となった。
- ^ 第36回(2013年)・第37回(2014年)は『24時間テレビ マラソン&深夜しゃべくりの裏側SP』として2部制で放送された。
- ^ 通常は親サブの汐留S1サブにて実況・レポーターのアナウンサー・チャリティーランナーで番組を進める。第42回(2019年)はチャリティーランナー4名と坂本のみで進行。第43回(2020年)・第44回(2021年)・第46回(2023年)はランナーを呼ばず、第44回(2021年)は生放送パート自体も無かった(第43回・第46回は実況・リポートのアナウンサーのみが生出演した)。
- ^ りんごちゃんも含まれていたが、直前のメディカルチェックでドクターストップとなり断念し、会場での進行及び応援する側に回った。
- ^ サポートメンバーとして太鳳の姉・炎伽が参加していた。
- ^ 直後に放送された『超天才・たけしの元気が出るテレビ!!』は前半コーナーの一部をカットするなど放送時間を短縮し、21時以降は通常編成となった。
- ^ 日本テレビでは『音のソノリティ』及び前後のステブレCM枠。
- ^ 第29回(2006年)・第30回(2007年)・第36回(2013年)・第37回(2014年)には陸上十種競技マスターズ日本記録に挑戦した。第36回(2013年)以後は徳光と同様に「24時間テレビサポーター」として毎年日曜夕方からの時間帯にメイン会場を訪れている。
- ^ 宗谷岬をスタート後は道内から青森→岩手→宮城→福島→栃木→埼玉を経て赤井に繋がる。
- ^ 佐多岬をスタート後は鹿児島県内から熊本→福岡→山口→広島→岡山→兵庫→大阪→京都→滋賀→岐阜→愛知→静岡→山梨を経て赤井に繋がる。
- ^ 一般ランナーの模様は各時間帯の情報番組(『ジパングあさ6』『ズームイン!!朝!』『ルックルックこんにちは』『ズームイン!!サタデー』『TVじゃん!!』『WIN』『スポーツうるぐす』)内で連日生中継で伝えた他、『NNNニューススポット・あすの天気』の背景映像としても生中継された。
- ^ 走者は坂本が決めた。番組史上初の試みで、本人にも知らされていなかった。
- ^ スイムは土曜日12:00 - 13:30の『メレンゲの気持ち』(一部地域では非ネット)内、自転車は土曜日15:30 - 16:55の事前番組(一部地域では非ネット)内、ランは本編開始後にスタート。
- ^ 水卜本人を含めた走者4名には、事前に告知されていた。
- ^ 第42回(2019年)・第45回(2022年)からは両国国技館の正面入口。
- ^ 第15回(1992年) - 第19回(1996年)・第22回(1999年)・第23回(2000年)は除く。
- ^ 第1作目の『機の音』(脚本:倉本聰)は「118歳で機織りを続ける日本最高齢者」を主人公とするフィクションである。
- ^ 長きに渡ってモノラル多重音声を実施していたが、第40回(2017年)よりステレオ多重音声を実施している。第41回(2018年)からはドラマスペシャルを含むPART1(オープニングから深夜企画の途中まで)全編が多重音声に対応するようになったが、実際に多重音声を実施しているのは、従来通りドラマスペシャルのみである。
- ^ 会員登録の手続き不要で視聴出来る。
- ^ 在京民放テレビ局5社が共同運営している動画配信サービス「TVer」を利用した同時配信システム。
- ^ 『24時間テレビ』放送前日の『金曜ロードショー』で特別企画として放送された。
- ^ 企画はドラマ終了後すぐに始まるが、第43回(2020年)時点の編成上では深夜企画の途中に挿入される『NNNニュース』が終わる1時45分までがPART1、1時45分から早朝企画開始までがPART2、早朝企画開始から『NNNニュースサンデー』開始までの時間帯がPART3という形式が続いている。PART2終了・PART3開始は年によって異なるため詳細な時間はここでは省略する。
- ^ 第37回(2014年)までは翌5時半、第38回(2015年)・第43回(2020年)は翌5時、第39回(2016年)から第41回(2018年)までは翌4時、第42回(2019年)・第44回(2021年)は翌4時30分まで。
- ^ 第28回(2005年)までは麹町Gスタジオ、第29回(2006年)から第41回(2018年)は汐留S1・S2スタジオ。
- ^ ただし、退所したタレントや不祥事などで離脱したメンバーは編集等で映らないようにされた。
- ^ 得票数1位のシソンヌはドラマ撮影中のため剥奪となったため、とにかく明るい安村が「ミスター壁総選挙」繰り上げ優勝となった。
- ^ 第1回(1978年)は通常通りスーツとネクタイを着用していた。
- ^ 第39回(2016年)までは日曜日1:10 - 1:45に『Going!Sports&News』(それ以前は『NNNきょうの出来事』『スポーツうるぐす→SUPERうるぐす』)の特別版として放送されていた。深夜企画のスタジオに『Going!』のキャスター陣が出演し、メインパーソナリティーや深夜企画の進行役がゲスト出演していた。第40回(2017年)から第42回(2019年)までは日曜日1:38 - 1:45に放送された。
- ^ 『きょうの出来事』時代の1990年代初期までは当時の土曜日の定刻通りに開始した短縮版で放送されていた。また、報道スタジオにはその年の出演者がゲスト出演することもあった。
- ^ 第39回(2016年)までは6:45 - 6:57。
- ^ テレビ宮崎は朝のニュースはFNNから供給を受けるため、日曜朝に通常時ならばフジテレビと同時ネットの『FNNニュース』をこの日に限り時差ネットしている。
- ^ 第29回(2006年)から第42回(2019年)までは11:17 - 11:27。なお、前身の『NNN昼のニュース』及び『NNNニュースダッシュ』時代は、通常の放送枠と同じ時間に放送していた。
- ^ テレビ宮崎と福井放送は昼のニュースをANNから供給を受けているため、昼の長時間ローカル枠内で『ANNニュース』を通常通り放送している。
- ^ テレビ大分は昼のニュースをFNNから供給を受けているため、昼の長時間ローカル枠内で『FNN Live News days』を通常通り放送している。
- ^ 第44回(2021年)・第45回(2022年)を除く。同年は柴田と佐藤栞里がメイン会場を訪れた。
- ^ お天気リレーでは、局によってはズームインシリーズ名物の大型温度計を用意するところもある。
- ^ EPGでは独立させていたものの、通常一人で放送するところ、岩本乃蒼・伊藤遼の2人体制となったほか、天気予報も高塚哲広ではなく、木原実が担当。2021年までは実質独立扱いで通常通り構成していた。ただし、沖縄は例年通りテロップを載せたうえでの完全飛び降りスタイル。
- ^ 第21回(1998年)までは「サライ」の演奏が始まる前に発表していた。
- ^ この時に流れるBGMはテレビアニメ『ママは小学4年生』の劇中サントラ「なつみのテーマ」で、長期に渡り使われた。
- ^ この時期の日本テレビの番組で使用していたものと同じフォント表示形式。
- ^ この電光掲示板は第15回(1992年)の放送前に設備更新されてからは、番組放送時は演出や観客への案内などの役割を果たしており、募金総額発表時以外は放送しているコーナー名やCM中である旨、ステージで歌唱している曲の歌詞、マラソンランナーのゴール前後には応援や労いの言葉(東京ビッグサイトから放送した第32回(2009年)は外の壁面への映写で代用)が表示される。第13回(1990年)以前は番組名が常に表示されていた。
- ^ 第46回(2023年)は19時頃に放送。
- ^ 第36回(2013年)・第37回(2014年)・第41回(2018年)など。
- ^ 過去には日本武道館や、銀座にあった日産ギャラリー(後のNISSAN CROSSING)、お茶の水スクエア(JCB旧本社)、日本テレビ汐留本社の特設スタジオから放送したこともあった。
- ^ 第37回(2014年)・第38回(2015年)が該当。
- ^ 第41回(2018年)が該当。同年7月に慢性閉塞性肺疾患で死去したため。
- ^ 第32回(2009年)は谷村がアリスのコンサート開催日と重なったため欠席。第46回(2023年)は谷村が3月に急性腸炎の手術を受け、6月末に年内の治療専念を発表したため欠席したが、放送後の10月8日に死去。同回で番組宛に綴った手紙が最後のメッセージとなった。
- ^ 第28回(2005年)は「負けないで」「サライ」の合唱後、エンディングは「世界に一つだけの花」の大合唱が行われた。「サライ」がエンディング曲として用いられるようになった第15回(1992年)以降、「サライ」でない曲の合唱で番組が締まるのは唯一この回のみ。ちなみに、この回のメインパーソナリティは「世界に一つだけの花」を歌うSMAPの草彅剛・香取慎吾だったが、グランドフィナーレにはSMAPの全メンバーが集結して「世界に一つだけの花」の大合唱に参加した。
- ^ 各局会場ではローカル枠・イベントの出演者やスタッフ・ボランティア等が勢揃いしてリズムに合わせながら「サライ」を歌い、放送ではその模様が数秒ずつリレー中継される(一部の局ではタイムラグにより歌のタイミングがずれる)。必ずと言っていいほど局ロゴもしくは地名(日産グローバル本社ギャラリーは「NISSAN」ロゴ)が書かれた巨大なパネルを見せるのが恒例。メイン会場がイオンモール専門店街の物販店舗で閉店時間が21時の場合、もしくはイベントが夕方に終わる局の場合は、自局のスタジオに移動して対応することが多い。なお、沖縄テレビはこの時間はフジテレビ系の番組の同時ネット枠であるためこの中継には参加していない。また、静岡第一テレビと福岡放送が前述したCM間引き問題による自粛時はイベントそのものが開催されなかったためこの中継にも参加しなかった。第19回(1996年)はリレー中継自体が無かった。
- ^ かつてはチャレンジなど各企画の中継先でも行っていたが近年は無くなっている。
- ^ 第43回(2020年)以後は日本テレビ小鳩文化事業団手話コーラス部と合唱隊の出演はオミットされ、司会・パーソナリティ・ゲスト出演者・ランナーのみで大合唱している。なお、それ以前の一部の回においても日本テレビ小鳩文化事業団手話コーラス部の出演が無かった回があった。
- ^ 1990年代後半から2000年代を除いた全ての回でスタッフロールの先頭には『24時間テレビ〇〇「愛は地球を救う」→24時間テレビ〇〇「(テーマ名)」』とタイトルが表記される(第16回(1993年)まではその後に主要出演者の名前も表示していた)。
- ^ マラソンランナー未到着時は表示されない。
- ^ 第44回(2021年)は、使命を全うしたおもウルフ(この回で随所に登場したオオカミをモチーフにしたキャラクター)が、世界中から届いた光で満たされた満月へと消えていくアニメが流された(おもウルフが『24時間テレビ』が放送終了と一緒に活動を終えるため)。なおおもウルフが去ったあとの最後の提供クレジットにもおもウルフが出現しなかった。
- ^ 第19回(1996年)・第22回(1999年)・第28回(2005年)・第43回(2020年)など放送時間内に歌唱が終わったケースもある。放送にはほとんど入らないが、終わりの歌詞は2回繰り返されており第44回(2021年)以後は終わりの歌詞を2回繰り返している途中で放送が終わる形になっている。
- ^ 読売テレビの場合、音声は東京から放送したまま映像のみを切り替え、テロップを流した。
- ^ 第10回(1987年)・第11回(1988年)は除く。
- ^ その年の9月に『関西国際空港』の開港記念である。
- ^ 日本テレビでは「愛の協賛各社紹介」とほぼ同じ映像構成でBGMだけ変えた『新春テレビ年賀状(社名告知)』という番組も同時期に制作・放送していた。こちらは地方局にてよく見られる年賀広告と同じものである。
- ^ 第37回(2014年)は予選大会を勝ち抜いた7チームが当日の午前中にチャリティーイベント会場(日産グローバル本社ギャラリー)で準決勝を行い、その内5チームが決勝に進出した。
- ^ 第36回(2013年)までは電話投票。
- ^ かつて番組内で日曜日の朝に放送されていたアニメスペシャルを「スミセイ・アニメスペシャル」の冠タイトルで提供していたことがある。
- ^ なお、日本テレビホールディングス傘下には日テレ7が存在しており、同社で『女神のマルシェ』(日本テレビ、テレビ信州、札幌テレビのみ放送)の番組制作、運営を行っている。
- ^ 字幕放送CMで実施。
- ^ 当時は黄色い私服を着用する人がいなかったため。なお、私服がカラフルになるのは1980年代後半のバブル景気頃である。「一目で24時間テレビだと分かる目立つ色」という利点が反映され、他局・他の媒体でも24時間テレビを指す暗喩の演出として『サライ』『負けないで』と共にチャリTシャツを模したものが登場する事がある。
- ^ なお、イオングループの店舗が存在しない福井県では、福井放送や平和堂などで販売される。
- ^ 「Tree Village」(東京スカイツリータウン・東京ソラマチ内)、よしもと各劇場(よしもとテレビ通り渋谷店・新宿店・NGK店、神保町花月、よしもとたのむヮ買うてぇ屋 道頓堀店)、よみうりランド(グッズショップ「よみうり本舗」)、ランキンランキン(自由が丘店・あざみ野店・北千住店・ekimoなんば店)など。
- ^ 但し、日テレジータスでのプロ野球巨人戦(東京ドーム)並びに日テレNEWS24でのプロ野球千葉ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム、2018年から。製作は千葉ロッテ球団)の中継を担当する解説者と実況アナウンサーは放送当日であっても着用しない。
- ^ 但し前述の通り、プロ野球中継を担当する解説者と実況アナウンサーは放送当日であっても着用しない。
- ^ きゃりーぱみゅぱみゅ、阿萬暖々果、川島義徳、山中伸弥、高橋宗司、ゆめ花、松浦敬一、大川香菜、桂歌丸、山崎直子、TAKA、重松夏帆・山本美歩、上地結衣、小栗楓子、羽生結弦。
- ^ 第31回(2008年)までは旧・日産本社ギャラリー及び日産銀座ギャラリー(現:NISSAN CROSSING)。第34回(2011年)は日産スタジアム東ゲート前広場で開催された。第43回(2020年)は同年限定で日産本社近隣に設けられた「NISSAN PAVILION Yokohama」での開催となった。
- ^ 第13回(1990年)以前は、日中に事前収録したものを土曜深夜(ドラマスペシャル終了後)に『チャリティー報告』のタイトルで放送していた。当時は出演者の一人がチャリティー委員会の代表という形で出演していた。
- ^ 第37回(2014年)、日本テレビの場合。
- ^ 第32回(2009年)は『ZERO×選挙2009』を放送したため、同番組は休止となった。
- ^ 『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日制作)並びに『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』(ニッポン放送制作)を指す。
- ^ なお、羽鳥が出演している当該番組は、本番組の一部ネット局でも放送されている。
- ^ この2件については発生した年に関係者への謝罪や返金を行っている。
- ^ インストゥルメンタルアレンジ版、イントロ部分のみ。
- ^ テレビ朝日系列(サブ)とのクロスネット局でもあるが、テレビ朝日系列の一般番組供給部門には非加盟で、日本テレビの公式ウェブサイト上でも単独ネット扱い。
- ^ 24時間テレビチャリティー委員会会長
- ^ 弁護士(A&S福岡法律事務所弁護士法人所属)
- ^ フジテレビ系列中心で、日本テレビ系列・テレビ朝日系列(サブ)とのクロスネット局でもあるが、日本テレビ系列・テレビ朝日系列の一般番組供給部門には非加盟。
- ^ テレビ朝日系列(サブ)とのクロスネット局でもあるが、テレビ朝日系列の一般番組供給部門には非加盟で、日本テレビの公式ウェブサイト上でも単独ネット扱い。
出典
- ^ 『福島民報』、1988年08月27日朝刊、22面、紙面下部の福島中央テレビの当番組番宣広告より引用。
- ^ “共演NG問題に質問も…「ジャニーズありき」の番組制作、テレビ業界に影響力”. 読売新聞 (2023年9月7日). 2023年9月8日閲覧。
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- ^ 「性加害問題」が解決しない中…ジャニーズ『なにわ男子』が24時間テレビ〝メイン〟抜擢の裏事情
- ^ YOSHIKI『24時間テレビ』で「ノーギャラ」出演発言の物議
- ^ 24時間テレビはノーギャラにすべきか マラソンもマンネリ化
- ^ 外国人も呆れる"エセチャリティ"『24時間テレビ』最大の過ちとは
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- ^ デーブ・スペクターが『24時間テレビ』のギャラ問題に苦言 共感の声が続出
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- ^ 24時間テレビの“偽善商法”にモノ申す
- ^ 「感動の押し売り」とブーイングの嵐…いらないメディア・イベント3位「レコ大」2位「紅白」大差をつけた1位は?【500人に聞いた】
- ^ 乙武洋匡さんがツイッターで暴露「24時間テレビのメインパーソナリティを断った」
- ^ 【乙武が解説】24時間テレビの問題点とは!? - YouTube
- ^ 「吐き気がしそう」 百田尚樹氏が「24時間テレビ」を批判する理由
- ^ デーブ・スペクター「24時間テレビは絶対見ない」「本当のボランティアとは何か」
- ^ 検証!『障害者×感動』の方程式
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- ^ 日テレ24時間テレビに重大なヤラセ疑惑 タイで行った“東日本大震災の死者を弔う祭り”は金を払って人々を集めたデッチ上げだった!(TABLO)
- ^ 『24時間テレビ』にやらせ疑惑。芸人の元カノYouTuberが涙の訴え(扶桑社)
- ^ 【放送事故伝説】「24時間テレビ」伝説のアンガールズ事件とは?(リアルライブ)
- ^ スタッフが「立ち入り禁止」場所に立ち入る? 日テレ24時間テレビを縄文杉ガイドが批判(ジェイ・キャスト)
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