きこう‐モデル【気候モデル】
気候モデル
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気候モデル(きこうモデル)とは、地球上の大気、海洋などの気候を長期的・量的にシミュレーションするもの。将来の気候の分野において使用される。気象予報において使用される短期的モデルは数値予報モデルと呼ばれるもので、気候モデルとは異なる。
気候モデルの役割
気候モデルは、過去の気象観測結果に基づいて、物理法則にしたがって将来の気象現象や気候要素を再現する。気候変動を予測することによって人類への悪影響を軽減することが最終的な目的となるので、できるだけ精度を高めなければいけないとされる。しかし、精密な気象観測結果が得られるのは過去90年間程度であり、ある程度の限界がある。また、文献や地質学的調査をもとにした過去の気象を参考にすることもできるが、あまり高い精度は期待できない。
気候モデル単独では大気現象以外を再現することはできないため、炭素循環モデル、海洋モデル、生物モデル、陸域状態モデルなどと連携して将来の状態を予測することもある。
気候モデルの歴史 [1]
大循環モデルの始まり
1956年にアメリカの気象学者フィリップス(Norman Phillips)は準地衡風2層傾圧モデルを用いて全球の数値計算を行った。このモデルは気象予測用の数値モデルとかなり似ているが、目的はある一定時間後の波の運動の予測ではなく、むしろ回転水槽実験のように地球上の大気循環の典型的なパターンをコンピュータによる計算で再現することだった[2]。
彼がこの数値モデルを約1か月分走らせた結果、以下の特徴が現れた[3]。
- 鉛直方向の位相が西に傾いた波長6000 km相当の傾圧波が東西方向に形成された。
- 高層で西風が強まってジェット気流が作られた。
- 地表では緯度によって東風、西風、東風のパターンが形成された。
- ハドレー循環、フェレル循環、極循環の3つのセルからなる子午面循環のパターンが現れた。
さらに彼は、数値モデルの中で発達しつつある波のエネルギー交換が、実際の大気中の傾圧過程でのエネルギー交換と定性的に一致していることを見つけた[4]。
フィリップスはイギリスの王立気象学会の大会でこの成果を示したことで、ネイピア・ショー賞の最初の受賞者となった。この結果は数値予報の根拠を強めるだけでなく、数値モデルが実際の大気状態を模した、あるいは仮想的な状態の下での地球規模の大気循環を理解するための実験手段の一つとなり得ることを示していた。この実験の成功により大気循環、引いては気候の研究に新たな手法が加わることになり、そのための数値モデルは大循環モデル(general circulation model)と呼ばれるようになった。
フォン・ノイマン(Von Neumann)とチャーニー(Jule Chaney)は、この数値モデル技術を利用するための研究組織の設立を推進した。これらを受けて数値モデルを用いた大循環の研究に関して大きく分けて3つのグループができた[5]。
GFDLのモデル(全球気候モデル)
一つ目のグループは1955年に設立されたアメリカ気象局のジョセフ・スマゴリンスキー(Joseph Smagorinsky)を指導者とする大循環研究部(General Circulation Research Section)だった。この研究部は1959年にワシントンで大循環研究所(General Circulation Research Laboratory)となり、さらに1963年にプリンストン大学に移って地球物理学流体力学研究所(Geophysical Fluid Dynamics Laboratory: GFDL)となった[6]。スマゴリンスキーは1959年に東京大学から真鍋淑郎を招請し、彼と協力して1963年に9層大循環モデルを作って長期間積分を行った[6]。その後、真鍋淑郎は実質的にGFDLでの大循環モデルの開発を主導し、二酸化炭素を倍増させた大循環モデルや、大気と海洋と結合させた大循環モデルを開発した。
UCLAのモデル(ミンツ・荒川モデル)
二つ目のグループは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のミンツ(Yale Mintz)を中心としたものだった。彼はスマゴリンスキーと同様に気象庁にいた荒川昭夫をUCLAに招聘し、1961年から気候モデルの研究を進めて1963年にはUCLAの大循環モデルを完成させた。彼らの大循環モデルはUCLAの卒業生たちがそれを持って各地の研究所に移ったため、その後の世界の大循環モデルに大きな影響を及ぼした[6]。
1956年に行ったフィリップスの数値モデル計算は、計算不安定のために約1か月以上先に計算を進めることができなかった。荒川昭夫は1966年に新たな差分スキームを考案することによってこれを解決した[7]。また彼はシューバート(Wayne Howard Schubert)と協力して、小さなスケールの積雲対流が集まった雲の効果を全球規模で扱うパラメタリゼーションの手法を開発した[7]。
NCARのモデル(笠原・ワシントンモデル)
三つ目のグループは、1960年に設立されたアメリカ気象局の国立大気研究センター(National Center for Atmospheric Research: NCAR)だった。笠原彰は1963年にトンプソンの招聘でNCARへ移り、1964年からワシントン(Warren Washington)と共同でさまざまな物理学過程を含んだ大循環モデルを開発した(NCAR1-3)。これは、その後NCARで発展していった気候モデルの原型となった[4]。彼らは新しい知見を共通の数値モデルに組み込んだり仮説を確認したりすることを可能にする「コミュニティモデル」(CCM)という形態の大循環モデルを開発した[8]。
気候モデルへの発展
1960年にアメリカのスクリプス海洋研究所のキーリング(Charles Keeling)によって大気中の二酸化炭素濃度が季節変化しながらも緩やかに上昇していることがわかると、大循環モデルの研究者は地球規模の気候変動に関心を持ち始めた。
GFDLにいた真鍋淑郎は、1967年に同僚のウェザラルド(Richard Wetherald)と一緒に1次元の放射対流平衡モデルで計算を行った。彼らは二酸化炭素濃度の増加が当時の濃度の約2倍(600 ppm)となると、平均的な雲量のもとで地球の平均気温が2.36℃上昇するという結論を出した[9]。さらに真鍋らは、1960年代後半から3次元の大循環モデルを開発し、1975年には、2倍の二酸化炭素濃度の下では2.93℃の気温上昇と水循環の活発化、成層圏の寒冷化、極域でのより強い温暖化などが起こることを示した[10]。この成功によって大循環モデルは気候モデルへと発展し、今日の気候研究を支える基盤となった。
真鍋らの結果は他の研究者たちに対して大きな影響を与え、多くの気候研究者たちが気候変動の複合的な原因を探るために気候モデルを使い始めた。これらの気候研究は気候変動についての国際的な関心を高め、それらを通して政治家や民衆へも影響を与えた。1979年には、アメリカ科学アカデミーがチャーニーを議長とする暫定委員会で気候モデルによる将来予測結果を検討し、気候モデルの予想する気温上昇が将来起きるという結論を政府に提出した[11]。さまざまな気候モデルの将来予測の結果は地球の温暖化を示し、その後世界気象機関(WMO)などの主導によって、1988年に「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)」が設立され、1992年の地球温暖化防止のための「気候変動に関する国際連合枠組条約」の採択へとつながっていった。
また真鍋は、海洋学者であるブライアン(Kirk Bryan)と協力して大気と海洋を結合した数値モデルを作った。彼らは実際の約2/3の面積を持つ膨らんだ円筒形の地球に幾何状の海陸分布を入れた簡単な数値モデルを用いて、1969年におおまかではあるが実際に近い気温と水温の高度(深度)緯度断面の結果を示した[12]。さらに1975年に彼らはより現実に近い海陸分布や水蒸気の循環を入れた気候モデルを開発し、現実に近い結果を得た[13]。これは大気と海洋を結合させた気候モデルの発展への大きなステップアップとなった。
気候科学との関わり
現在、大気と海洋の循環だけでなく、大気、海洋、陸上植生との間の二酸化炭素などの化学物質の循環も取り入れて気候を解析したり予測したりする数値モデルは、「地球システムモデル」と呼ばれている。地球システムモデルはエルニーニョなど現在起こっている気候変動の原因解明だけでなく、地球温暖化などの人間が地球に及ぼす気候への影響の将来予測にも欠かせないものになっている。
気候の将来予測に欠かせなくなった気候モデル、地球システムモデルは、これまでの歴史的な気候データに対しても大きな変革をもたらそうとしている。過去数十年間の既存地点の観測値から、その期間の気象要素の全球格子点での気象データを、数学的な手法(データ同化手法: Data Assimilation)を用いて物理学的に合理的に推測することが行われている。これはいってみれば過去の気候の数値的な再現であり「気候再解析(Climate reanalysis)」と呼ばれている。気候再解析はこれまで観測値がなかった地域や上空を含めて、全球の格子点上の気象データを時間的・空間的にシームレスに推測する。こうやって算出した再解析値を用いれば、過去の気象や気候のイベントを詳しく分析することが可能になる。気候再解析は新たな気候学研究を支えるようになってきている[14]。
なお、この気候シミュレーションには膨大な計算量が必要となる。このためのスーパーコンピュータは、かつて日米の貿易摩擦を引き起こした[15]。
気候モデルの種類
脚注
- ^ 堤 之智 (2018). 気象学と気象予報の発達史 気候科学の発展. 丸善出版
- ^ “気象学と気象予報の発達史: 気候学の歴史(7):気候モデルの登場 (History of Climatology (7): Advent of General Circulation Model)”. 気象学と気象予報の発達史 (2019年10月2日). 2020年10月9日閲覧。
- ^ 有賀 暢迪 (2008). “洗い桶からコンピュータへ-大気大循環モデルによるシミュレーションの誕生-”. 科学哲学科学史研究: 61-74.
- ^ a b Lynch, Peter, 1947- (2006). The emergence of numerical weather prediction : Richardson's dream. Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 978-0-521-85729-1. OCLC 70399629
- ^ “気象学と気象予報の発達史: 気候学の歴史(7):気候モデルの登場 (History of Climatology (7): Advent of General Circulation Model)”. 気象学と気象予報の発達史 (2019年10月2日). 2020年10月9日閲覧。
- ^ a b c Randall A.David, ed (2000). A brief history of atmospheric general circulation modeling. Academic Press
- ^ a b 増田善信 (1984). 気象と科学. 草友出版. ISBN 4-88223-107-7
- ^ Kasahara Akira (2015). Serendipity: Research Career of One Scientist. National Center for Atmospheric Research
- ^ Manabe, Syukuro; Wetherald, Richard T. (1967-05). <0241:teotaw>2.0.co;2 “Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Given Distribution of Relative Humidity”. Journal of the Atmospheric Sciences 24 (3): 241-259. doi:10.1175/1520-0469(1967)024<0241:teotaw>2.0.co;2. ISSN 0022-4928 .
- ^ Manabe, Syukuro; Wetherald, Richard T. (1975-01). <0003:teodtc>2.0.co;2 “The Effects of Doubling the CO2Concentration on the climate of a General Circulation Model”. Journal of the Atmospheric Sciences 32 (1): 3-15. doi:10.1175/1520-0469(1975)032<0003:teodtc>2.0.co;2. ISSN 0022-4928 .
- ^ 異常気象で読み解く現代史. 田家 康. 日本経済新聞出版社. (2016.4). ISBN 978-4-532-16987-9. OCLC 1183189587
- ^ Manabe, Syukuro; Bryan, Kirk (1969-07). <0786:ccwaco>2.0.co;2 “Climate Calculations with a Combined Ocean-Atmosphere Model”. Journal of the Atmospheric Sciences 26 (4): 786-789. doi:10.1175/1520-0469(1969)026<0786:ccwaco>2.0.co;2. ISSN 0022-4928 .
- ^ Manabe, Syukuro; Bryan, Kirk; Spelman, Michael J. (1975-01). <0003:agoacm>2.0.co;2 “A Global Ocean-Atmosphere Climate Model. Part I. The Atmospheric Circulation”. Journal of Physical Oceanography 5 (1): 3-29. doi:10.1175/1520-0485(1975)005<0003:agoacm>2.0.co;2. ISSN 0022-3670 .
- ^ “気象学と気象予報の発達史: 気候学の歴史(10): モデル技術を用いた気候再解析 (History of Climatology (10): Reanalysis based on Data Assimilation)”. 気象学と気象予報の発達史 (2019年10月7日). 2020年10月9日閲覧。
- ^ “気象学と気象予報の発達史: 気候学の歴史(9): 気候モデルとコンピュータ (History of Climatology (9): Climate model and computer)”. 気象学と気象予報の発達史 (2019年10月4日). 2020年10月9日閲覧。
外部リンク
- 気象庁 地球温暖化予測情報
- 2-5 気候の再現、予測の仕方 - ウェイバックマシン(2016年8月24日アーカイブ分)
- 気候シミュレーションとは何か - ウェイバックマシン(2010年1月1日アーカイブ分)
- IPCC第二次評価報告書で使用された単純気候モデルの手引き (PDF) IPCC、GISPRI仮訳、1997年2月。
気候モデル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/14 09:30 UTC 版)
(注:この内容は未整理です。最新のIPCC第4次評価報告書の評価結果も、反映されていない可能性があります) 温暖化の研究ではコンピュータモデルを用いた気候研究が行われている。使われるモデルは、実際の気候変化(季節変化や北大西洋振動、エルニーニョなど)の観測事実とシミュレーション結果が良く一致するものが使われる。これらの全てのモデルの結果が、温室効果ガスの増加は将来的に気候を温暖にするであろうと示している。しかし、温暖化の程度予測はそれぞれのモデルによって異なり、これは雲についての評価の違いなどが反映していると思われる。 気候モデルは第4次報告書でも用いられ、1980 - 1999年と比較した2090 - 2099年の世界平均地上気温は1.1℃から6.4℃上昇すると予想している。また、気候に対する放射強制力として働く(自然原因および人為的な)様々な要素をシミュレーションした結果を、これまで実際に観測されたデータと比較することによって、近年の気候変化の原因を推測することも出来る。最新の気候モデルでは、過去1世紀の地球規模の気温の観測データとよく一致する結果が得られた。これらのモデルでは、1910年から1945年頃に起こった温暖化が自然の変化なのか人類の影響なのかは明らかに示されてはいない。しかし、1975年以降の温暖化は人類が排出した温室効果ガスの影響が極めて大きいものであると示唆している。 第3次報告書による将来の気候変動は次のシミュレーション結果にもとづいて見積もられている。 全ての結論は、GCM(全球気候モデル)を使って数百km以上のいくつかのスケールに適用したシミュレーションにもとづいている。それぞれの気候変動シミュレーションは1990年から2100年の期間にわたって行い、温室効果ガス濃度の変動と硫酸エアロゾル排出の直接影響の変動の様々な予想によるシナリオ全体の幅にもとづいている。 沢山あるモデルのうちで数少ないAOGCM(大気-海洋結合モデル:atmosphere-ocean coupled general circulation model)ではオゾンによる影響や間接的なエアロゾルの影響も考慮している。ほとんどのモデルでは、重要視されていない強制力やまだよく分かっていない強制力、例えば陸上表面の変動や、黄砂などの土壌粒子、ススなどなどについては全く考慮されていない。また、AOGCMシミュレーションであっても、太陽放射強度や火山灰濃度の変動などは考慮されていない。なお、AOGCMシミュレーションは計算機資源に対して複雑すぎてほとんど行えなかったため、結論はずっと単純なモデルにもとづいて見積もられた。したがって、結論はAOGCMによるものとはやや異なっている。 結論には使われなかったAOGCM実験では次のようになった。全球平均の表面気温(SAT)が、1961年から1990年までの平均と比べて2071年から2100年までの平均の変化では、SRES(Special Report on Emissions Scenarios)草案のA2シナリオで+3.0℃(-1.7, +1.5)、SRES草案のB2シナリオで+2.2℃ (-1.3, +1.2) となった。 シミュレーションに、地球が持っている二酸化炭素を吸収する能力(炭素固定能力)を加えると、化石燃料からの二酸化炭素の排出が増加するにつれ大気中から吸収源(陸上生態系や海洋)への吸収能力が減少し、その結果、気候の変化が急激にあらわれ予想を超える温暖化を招くという結果が示される。しかしこのモデルでは、気候変化は水理学的及び生態学的な影響で相殺されて結果的に小さくなるため、21世紀の終わりの温暖化速度はまだ小さいとしている。 他にも、温暖化によってツンドラの溶解が進み永久凍土や氷クラスレートに大量に含まれている強力な温室効果ガスであるメタンを放出させ、更に温暖化を促進するというメカニズムが考えられている。 雲に関するモデルが進歩しているにもかかわらず、これの取り扱いについてが現在のモデルにおける不確かさの一番の要素となっている。現在でも議論中のものとして、間接的かつ重要な要素である太陽放射量の変化のフィードバック効果を気候モデルにどう取り入れるかという問題もある。さらに、これらの全てのモデルは、コンピューターの能力に限定されるので、小さな規模の気象現象(例えば嵐やハリケーン)を見落とす可能性もある。しかしながら、これらの制約を除いても、IPCCでは気候モデルは将来の気候の推定に適した手法として有用であると見なしている。 2005年12月、Bellouin他は雑誌ネイチャーに、空気中の大気汚染物質が持つ日射の反射効果(日傘効果)が従来考えられている2倍あり、実際の温暖化の何割かがそれに隠れされていると述べている。この説では、従来のモデルは温暖化を過小評価している危険性が指摘されている。
※この「気候モデル」の解説は、「地球温暖化の原因」の解説の一部です。
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