1975年以降とは? わかりやすく解説

1975年以降

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/11 07:08 UTC 版)

あさかぜ (列車)」の記事における「1975年以降」の解説

1975年昭和50年3月10日 山陽新幹線博多駅乗り入れこれに伴い、「あさかぜ」(下り2号・(上り3号廃止また、あさかぜ」(下り1号・(上り2号従来編成大幅に変更し下関発着であったあさかぜ」(下り2号・(上り1号編成変更。これによりいわゆる殿様あさかぜ」はピリオドを打った1975年3月10日改正時の編成図表・編・話・歴・PJR・PJRN・C あさかぜ下り1号・(上り2号博多 東京号車1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 カニ21 ナロネ22 ナロネ22 ナロネ21 ナハネ20 ナハネ20 ナシ20 ナハネフ23 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネフ22 東京 - 博多間で運行 1975年昭和50年3月 - 1977年昭和52年9月あさかぜ1号・2号、「瀬戸列車編成図 表・編・話・歴・PJR・PJRN・C ← 下関宇野 東京基本編成 付属編成 号車1 2 3 4 5 6 7 8 10 11 12 13 14 カニ21 ナロネ21 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナシ20 ナハネ20 ナハネフ23 ナロネ21 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネフ22 所属区:基本編成下関運転所付属編成広島運転所あさかぜ下り2号・(上り1号」は付属編成東京駅 - 広島駅連結瀬戸」は全区間付属編成連結5号車営業休止 1977年昭和52年10月1日あさかぜ」(下り2号・(上り1号24系25形導入編成共用している「瀬戸」と同じく東京発着としては初めB寝台のみのモノクラス編成運行するまた、あさかぜ」(下り1号・(上り2号東京発着では最後20系使用特急列車となる。 1977年10月1日改正時の編成図表・編・話・歴・PJR・PJRN・C あさかぜ下り1号・(上り2号博多 東京号車1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 カニ21 ナロネ22 ナロネ21 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナシ20 ナハネフ23 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネフ22 東京 - 博多間で運行され20系あさかぜ最終形となった。なお、最終日であった1978年昭和53年1月31日の「あさかぜ」(下り1号2号車はナロネ21連結せず、ナロネ22とした。 表・編・話・歴・PJR・PJRN・C 「あさかぜ」(下り2号・(上り1号→「あさかぜ3・2号/「瀬戸」 ← 下関宇野高松 東京 → 24系25形客車編成基本編成下関運転所付属編成広島運転所号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 座席種別EG/C B B B B B B B B B B B B B 客車形式カニ24 オハネフ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネフ25 オハネフ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネフ25 座席種別記号B=2段式開放B寝台、EG/C=電源荷物合造車あさかぜ下り2号・(上り1号」→「あさかぜ3・2号」は付属編成東京駅 - 広島駅連結瀬戸」は全区間連結 1978年昭和53年2月1日あさかぜ」(下り1号・(上り2号24系25形導入。ただし、「はやぶさ」・「富士」・「出雲」と同じく個室A寝台食堂車連結した編成内容となる。電源車カニ24形は0番台100番台品川配置されていたが、「あさかぜ」はほぼ原則的に100番台充当され0番台は「富士「はやぶさ」出雲」への100番台充当よりも少なく散発的なものにとどまった1978年1月下旬 - 1986年10月までの24系25形車両使用列車編成図表・編・話・歴・PJR・PJRN・C 「あさかぜ1・4号「はやぶさ」富士」 「出雲1・4号)」 東京基本編成付属編成A付属編成B号車EG/C 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 座席種別A1 B B B B B B D B B B B B 客車形式カニ24 オロネ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネフ25 オハネフ25 オシ24 オハネ25 オハネ25 オハネフ25 オハネ25 オハネフ25 記号凡例 A1=1人用個室A寝台 B=2段式開放B寝台 D=食堂車 EG/C=電源荷物合造車号車表記なし) 運用概要列車名基本編成付属編成備考AB「はやぶさ」東京駅 - 西鹿児島駅間(鹿児島本線経由東京駅 - 熊本駅1985年3月14日より8 - 9号車にロビーカー連結ロビーカー9号車とし、以降1両ずつ号車番号増やす。 「富士東京駅 - 西鹿児島駅間(日豊本線経由東京駅 - 大分駅1980年10月1日より運行区間東京駅 - 宮崎駅間に短縮1986年3月より4号車2段開放B寝台オハネ25形)から4人用B個室寝台カルテット」(オハネ24形700番台)に変更。 「あさかぜ1・4号東京駅 - 博多駅間 「出雲東京駅 - 浜田駅東京駅 - 出雲市駅間 不連結 1978年10月1日より列車名が「出雲1・4号」に変更1986年昭和61年11月あさかぜ1・4号編成変更。 「あさかぜ2・3号については、国鉄時代の間は1977年昭和52年10月1日改正時の編成のままで推移した1986年11月1日以降編成図あさかぜ 1・4号博多 東京号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 座席種別EG/C B B B B4 A1 D B B B B B B B B 客車形式カニ24100番台 オハネフ25100番台 オハネ25 オハネ25 オハネ24700番台 オロネ25700番台 オシ24 オハネ25 オハネフ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネ25 オハネフ25 座席種別記号凡例A1=1人用個室A寝台シングルデラックス」 B=開放式B寝台 B4=4人用個室B寝台カルテット」 EG/C=電源荷物合造車 D=食堂車 なお、食堂車オシ24形」は1986年昭和61年12月中旬より改造。「オシ24形700番台」となる。

※この「1975年以降」の解説は、「あさかぜ (列車)」の解説の一部です。
「1975年以降」を含む「あさかぜ (列車)」の記事については、「あさかぜ (列車)」の概要を参照ください。


1975年以降

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/16 07:47 UTC 版)

ベトナム乞士派」の記事における「1975年以降」の解説

1975年サイゴン陥落後の社会情勢変化や偽乞士僧侶詐欺横行等により、托鉢実践されなくなった。 現在は覚全(Giác Toàn)長老ベトナム乞士派教団指導しており、本部嘉定精舎設置されている。ベトナム南部に約300精舎存在する他、米国世界乞士教会系の精舎20以上存在するとされる

※この「1975年以降」の解説は、「ベトナム乞士派」の解説の一部です。
「1975年以降」を含む「ベトナム乞士派」の記事については、「ベトナム乞士派」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「1975年以降」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「1975年以降」の関連用語

1975年以降のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



1975年以降のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのあさかぜ (列車) (改訂履歴)、ベトナム乞士派 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS