北海道南西沖地震
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北海道南西沖地震(ほっかいどうなんせいおきじしん)は、日本標準時1993年(平成5年)7月12日午後10時17分に、北海道奥尻郡奥尻町北方沖の日本海海底で発生した地震である。マグニチュードは7.8(Mw7.7)で、日本海側で発生した地震としては近代以降最大規模。震源に近い奥尻島の揺れは震度6(烈震)であったと推定され、火災や津波で死者202人、行方不明者28人の大きな被害を出した(このため、奥尻島地震[2]とも呼ばれる)。さらに、ロシアでも行方不明者3人。奥尻島の震度が推定になっている理由は、当時の奥尻島に地震計が設置されていなかったためである。1年半ほど後の1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)は都市部の建築物や土木構造物の倒壊や火災による被害が顕著であったのに対し、本地震は津波による被害が特徴的であった。
注釈
- ^ 午後10時21分ごろから緊急警報放送が実施された午後10時24分47秒までは札幌局のスタジオから道内関係分の関連情報を放送した。また、午後10時24分22秒から15秒間、津波警報発表に伴い「ピロピロ」音が流された。
- ^ 現在は、(大)津波警報の範囲が拡大される場合は、速報字幕での表示。ただし、2022年1月15日にフンガ・トンガ噴火による『潮位変化』では、16日0時15分の鹿児島県奄美地方への津波警報発令と同日2時54分の岩手県の津波注意報から警報切り替え時の2回、緊急警報放送を発した。
- ^ ただし、2012年12月7日17時18分に発生した地震とそれに伴う津波警報発表では、NHKでは「第46回衆議院議員総選挙」の政見放送を放送中だったが、それを中断して緊急警報放送が流れた。
- ^ この時、取材スタッフが宿泊先の宿に残した水中カメラのハウジングが津波で流出した。その後14年経った2007年3月、南へ1キロ離れた海中で地元漁師により発見・回収されている。
- ^ 災害派遣命令の要請は当時都道府県知事等現在と違い限定的であり、命令前の派遣は処罰の対象となっていたためである。このため一部の部隊は訓練という名目での派遣を強行している
出典
- ^ a b c d “震度データベース検索”. 気象庁. 2021年7月13日閲覧。
- ^ 特別寄稿 奥尻島地震復興支援ボランティア体験記
- ^ a b 岡村行信:日本海東縁の地質構造と震源断層との関係 地質学雑誌 2010年 116巻 11号 p.582-591, doi:10.5575/geosoc.116.582
- ^ 地震予知連絡会会報 第51巻
- ^ 1993年北海道南西沖地震(M7.8)の特性化震源モデル 港湾空港技術研究所 地震防災研究領域 耐震構造研究チーム 地震動研究チーム
- ^ a b 平成5年北海道南西沖地震に伴う奥尻島の地殻変動 (PDF) 地震予知連絡会会報 第51巻
- ^ 越後智雄(2014):第204回地震予知連絡会(2014年8月22日)議事概要 奥尻島における1993年北海道南西沖地震(M7.8)以降20年間の地殻上下変動 地域地盤環境研究所
- ^ 鈴木貞臣, 宮町宏樹, 岡田弘 ほか、「1984年奥尻島群発地震の活動 北海道大学地球物理学研究報告 1985年 45巻 p.51-63, doi:10.14943/gbhu.45.51, hdl:2115/14135
- ^ 旧瀬棚町は現・せたな町瀬棚区、旧大成町は現・せたな町大成区。
- ^ a b c d 首藤伸夫 ほか、北海道南西沖地震津波の特徴と今後の問題 海岸工学論文集 1994年 41巻 p.236-240, doi:10.2208/proce1989.41.236
- ^ 北海道南西沖地震震源域の海底変動調査と余震観測 地震予知連絡会 会報 第53巻 (PDF)
- ^ 見上敏文、柴木秀之、後藤智明、北海道南西沖地震津波の二・三の特徴について 海洋開発論文集 1994年 10巻 p.259-264, doi:10.2208/prooe.10.259
- ^ 加藤健二、都司嘉宣:1993年北海道南西沖地震の 断層要素の推定とその津波の特性 東京大学地震研究所彙報. 第69冊第1/2号, 1994.9.30, pp.39-66, hdl:2261/13124
- ^ a b c 津波予報データベースNo3
- ^ 緊急警報放送 <大津波・津波警報> - NHKクロニクル
- ^ 「緊急警報放送 大災害への警戒促す(みんなのQ&A)」朝日新聞朝刊、1993年7月16日(5面)
- ^ NHKスペシャル「テレビは災害をどう伝えてきたか」より
- ^ 『奥尻 その夜』(朝日新聞社刊)より
- ^ a b c d e f g 内閣府防災, p. 45.
- ^ 内閣府防災, p. 52.
- ^ a b c d 内閣府防災, p. 44.
- ^ 内閣府防災, p. 47.
- ^ a b 内閣府防災, p. 48.
- ^ 北海道南西沖地震 災害記録 p83
- ^ 北海道南西沖地震 東京都調査報告書 p170
- ^ 2011年にNHK函館放送局の「どどんと道南ラジオ」に出演した当該パイロットが東日本大震災を受けて語ったものである
- ^ a b c d e "〈9〉ハートランドフェリー 蔦井孝典社長". YOMIURI ONLINE. 21 April 2017. 2018年6月4日閲覧。
- ^ 内閣府防災, p. 54.
- ^ 気象庁マグニチュードの改訂について Archived 2015年1月20日, at the Wayback Machine. 公益社団法人日本地震学会
- ^ 東北地方太平洋沖地震により被災した自動車の処理について 環境相 東日本大震災への対応について (PDF)
- ^ 内閣府防災, p. 46.
- ^ 内閣府防災, p. 49-51.
- ^ a b 内閣府防災, p. 49.
- ^ 内閣府防災, p. 55-56.
- ^ 内閣府防災, p. 57.
- ^ a b “「北海道内で初めて「自然災害伝承碑」を地図で発信」”. 国土地理院北海道地方測量部. 2020年1月2日閲覧。
- ^ 「奥尻の教訓 被災地へ 災害への備えは、悲しみを繰り返さないため」生きる語る 読売新聞2014年7月6日朝刊38面
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