各国の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 21:20 UTC 版)
「ハイパーループ」も参照 イギリスではイザムバード・キングダム・ブルネルの指導の下に1847年から真空チューブ列車の試験を行い、1848年の2月から9月まで運行されたが、管のシールやその他の問題で通常の蒸気機関の3倍近い費用がかかったため成功しなかった。19世紀後半以前より、アメリカ大陸とブリテン島を結ぶ大西洋のトンネル建設の提案が存在した。このアイディアはドイツの小説家、ベルナルド・ケラーマン (Bernhard Kellermann) の書いた『Der Tunnel(邦題:トンネル)』で提案された。この作品は1933年にドイツで映画化され、さらに1935年、イギリスで『Transatlantic Tunnel』という題名でリメイクされた。 現在の真空列車の概念は空中に設置されたチューブ内を磁気浮上式リニアモーターが走るというもので、アメリカの技術者ロバート・ゴダードが大学生時代に詳細な試案を1910年代に創始したものである。ゴダードは1945年に死去するが、死後発見された彼の案によればこの列車はボストンからニューヨークまで時速1,600kmで走り12分で到着するというものであった。 真空列車については、その主要な提唱者であるランド研究所員のロバート・F・ソルター (Robert F. Salter) が1970年代に発表したものがあり、彼は1972年に詳細な記事を書いて1978年に再発表した。彼は詳細として、当時のアメリカ政府が利用可能な技術を利用してチューブ内を走る列車が構築できるはずであると楽観的に話した。しかしその時点ではリニアモーターカーはまだ開発されておらず、ソルターは鉄の車輪で建設をすることを提案していた。 深い地下内に設置されたチューブ内は扉が開放され、真空状態であるチューブ内を空気が後ろから列車を押すことにより列車を加速させ、巡航速度に達すると今度は重力を用いてさらに加速させることになっていた。その後、巡航速度まで達した列車は前で希薄になっている空気を入れることによりその速度を抑えて減速することになっていた。また駅には空気ポンプが設置されて列車とチューブの隙間や摩擦などで失われる空気圧を補充することになっており、列車自体に動力が必要ではなかった。その後修正されたこの重力と大気を用いた列車案は、エネルギーの消費は無いが亜音速が限界であった。そのため大陸横断するよりも数十から数百マイルを走るのに適しており、最初のルートも提案された。 列車には連結器が存在せず各々の車両が密接するようになっており、路線は鋼を用いる関係上簡単に曲線を作るわけにいかなかったため直線で作ることを求められていた。終点では列車は側線に入れられ終点の空間へ移されることになり、路線は列車が通るチューブとさらに外側にトンネルを持つことになっていた。そのトンネルには水が投入されてチューブの高さを調整し、このトンネル内の水は列車が巡航速度で走れる高さへチューブを保つことになっていた。また、この水による高さ調節は減速する際にも用いられることになっていた。 路線としてはボスウォッシュルートが提案され、9つの駅(ワシントンD.C.、メリーランド州、デラウェア州、ペンシルベニア州、ニューヨーク州、ロードアイランド州、マサチューセッツ州にそれぞれ1つずつ、コネティカット州には2つ)が提案された。また通勤列車としてサンフランシスコからニューヨーク間の案があり、より長いチューブとより重い列車を使用することになっていた。さらに、ニューヨーク市内では3本の路線を建設することになっており、バビロン、パターソン、ハンディングトン、エリザベス、ホワイト・プレインズ、セントジョージへそれぞれ駅が作られる予定であった。 ソルターは、それらのシステムで陸上輸送や航空機による輸送手段を置き換えることにより大気汚染などの環境破壊を抑えることになると指摘した。ソルターは最深度高速鉄道(チューブシャトル)をアメリカの「次世代への論理的ステップ」と呼んだが、結局この案は採用されることはなかった。 これらのレポートが発表されたとき、すでに日本において新幹線が高速列車の例として走っていたためアメリカの国威として問題であり、また磁気浮上式鉄道は当時最先端の技術であった。アメリカン・プレーントラン社 (The American Planetran) はアメリカ合衆国内で大陸横断地下鉄を建設、ロサンゼルス-ニューヨーク間を1時間で結ぶことを発表した。トンネルは数百フィートの深さに固定状態で埋められることになっており、建設にはアライメントを確実にするためにレーザーを使用、またタングステンを用いて火成岩を溶かすことになっていた。トンネルは抗力を最小限に抑えるため、部分的に真空を維持するようになっていた。平均速度は時速4,800kmで、乗客は1.4Gにおよぶ加速度を受けるため、それに合わせて回転する客室を利用することが必要であった。しかし巨額な建設費(1兆米ドル以上)がかかることから、結局ソルターの提案が実行されなかったのと同様に中止となった。 フランク・デービッドにより最近提案された真空列車は英仏海峡トンネルプロジェクトの初期メンバーと日本の技術者(Yoshihiro Kyonati ?)らにより海底にチューブを浮かせてそれをケーブルで固定するもので、チューブは海流など水の動きを避けるために海面下300mに置くという案である。 真空化されたチューブ、もしくはトンネルの中をリニアモーターカーが走るというものについては、ディスカバリーチャンネルの番組『エクストリーム・エンジニアリング』の「トランスアトランティック・トンネル(大西洋間トンネル)」の回で放送した。それによると、大陸横断、大陸間横断のルートとして地下鉄ネットワークを形成し、それに真空列車を使用する。速度はマッハ5から6を想定しており、地下深くに建設され、加速には重力も利用することにより、ロンドン-ニューヨーク間が航空機よりも早く輸送できるようになるとのことである。中国では、最高時速4000kmの「真空リニア」を2020~2030年の実用化を目指して開発中である。
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