勲一等宝冠章(旧)受章者
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皇族叙勲 氏名(身位及び称号は授章当時のもの)受章年月日備考皇后 美子 1888年(明治21年)11月1日 公文書での記載では、皇后(昭憲皇太后)は同勲章を「自ら佩用」している。 皇太后 夙子 1888年(明治21年)11月1日 公文書によれば、英照皇太后は明治天皇ではなく、皇后美子(昭憲皇太后)から親授されている。 有栖川宮熾仁親王妃 董子 1888年(明治21年)11月1日 上記同様、皇后からの親授。 小松宮彰仁親王妃 頼子 1888年(明治21年)11月1日 同上。 伏見宮貞愛親王妃 利子女王 1888年(明治21年)11月1日 同上。 北白川宮能久親王妃 富子 1888年(明治21年)11月1日 同上。 有栖川宮威仁親王妃 慰子 1888年(明治21年)11月1日 同上。 伏見宮邦家親王妃 景子 1888年(明治21年)11月1日 同上。 華頂宮博経親王妃 郁子 1888年(明治21年)11月1日 同上。 閑院宮載仁親王妃 智恵子 1891年(明治24年)11月1日 載仁親王との結婚に際し、納采の儀の当日に授与。 小松宮依仁親王妃 八重子 1892年(明治25年)7月19日 小松宮依仁親王妃 周子 1898年(明治31年)5月28日 依仁親王との結婚に際し、結婚の儀の約4ヵ月後に授与。 中山慶子 1900年(明治33年)1月17日 明治天皇生母。生前従一位まで昇叙され、政府より国母としての待遇を受ける。 九条節子 1900年(明治33年)5月9日 皇太子嘉仁親王との結婚のため、納采の儀の際に授与。 山階宮菊麿王妃 範子 1901年(明治34年)11月9日 勲二等宝冠章より昇叙。 賀陽宮邦憲王妃 好子 1906年(明治39年)11月3日 同上。 伏見宮博恭王妃 経子 1906年(明治39年)11月3日 同上。 竹田宮恒久王妃 昌子内親王 1908年(明治41年)4月29日 恒久王との結婚に際し、結婚の儀の前日に授与。 北白川宮成久王妃 房子内親王 1909年(明治42年)4月29日 成久王との結婚に際し、結婚の儀の当日に授与。 久邇宮邦彦王妃 俔子 1910年(明治43年)2月11日 勲二等宝冠章より昇叙。 梨本宮守正王妃 伊都子 1910年(明治43年)2月11日 同上。 朝香宮鳩彦王妃 允子内親王 1910年(明治43年)5月5日 鳩彦王との結婚に際し、結婚の儀の前日に授与。 山階宮菊麿王妃 常子 1913年(大正2年)10月31日 勲二等宝冠章より昇叙。 東久邇宮稔彦王妃 聡子内親王 1915年(大正4年)5月17日 稔彦王との結婚に際し、結婚の儀の翌日に授与。 李王妃 尹氏 1915年(大正4年)11月10日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国の李王家は王公族として日本の皇族に準ずる扱いを受ける。 良子女王 1922年(大正11年)9月28日 皇太子裕仁親王(摂政宮)との結婚のため、納采の儀の際に授与。勲二等宝冠章より昇叙。 山階宮武彦王妃 佐紀子女王 1923年(大正12年)9月1日 関東大震災被災により薨去。薨去前日付で勲二等宝冠章より昇叙。 (久邇宮)多嘉王妃 静子 1924年(大正13年)1月8日 勲二等宝冠章より昇叙。 王世子 李垠妃 方子女王 1926年(大正15年)12月21日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国の李王家は王公族として日本の皇族に準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙。 秩父宮雍仁親王妃 勢津子 1928年(昭和3年)9月28日 雍仁親王との結婚に際し、結婚の儀の当日に授与。 李埈公妃 金氏 1928年(昭和3年)12月17日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国の李王家は王公族として日本の皇族に準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙。 高松宮宣仁親王妃 喜久子 1930年(昭和5年)2月4日 宣仁親王との結婚に際し、結婚の儀の当日に授与。 (伏見宮)博義王妃 朝子 1930年(昭和5年)2月11日 勲二等宝冠章より昇叙。 賀陽宮恒憲王妃 敏子 1931年(昭和6年)5月27日 同上。 李熹公妃 李氏 1934年(昭和9年)4月29日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国の李王家は王公族として日本の皇族に準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙。 李堈公妃 金氏 1934年(昭和9年)4月29日 同上。 久邇宮朝融王妃 知子女王 1935年(昭和10年)2月8日 勲二等宝冠章より昇叙。 (閑院宮)春仁王妃 直子 1936年(昭和11年)7月14日 同上。 柳原愛子 1940年(昭和15年)2月11日 大正天皇生母。大正元年(1912年)より準皇族の待遇を賜る。 李鍵公妃 誠子 1941年(昭和16年)10月6日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国の李王家は王公族として日本の皇族に準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙。 三笠宮崇仁親王妃 百合子 1941年(昭和16年)10月6日 崇仁親王との結婚に際し、納采の儀の3日後に授与。 (東久邇宮家)盛厚王妃 成子内親王 1943年(昭和18年)10月12日 盛厚王との結婚に際し、納采の儀の11日後に授与。 竹田宮恒徳王妃 光子 1944年(昭和19年)5月16日 勲二等宝冠章より昇叙。 北白川宮永久王妃 祥子 1945年(昭和20年)5月10日 同上。 李鍝公妃 賛珠 1945年(昭和20年)5月10日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国の李王家は王公族として日本の皇族に準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙。 皇太子明仁親王妃 美智子 1959年(昭和34年)4月10日 皇太子明仁親王との結婚に際し、結婚の儀の当日に授与。戦後、生存者叙勲が停止されていた時期に唯一行われた新規叙勲。 鷹司和子 1964年(昭和39年)4月29日 (もと孝宮和子内親王)。民間人へ降嫁し皇籍離脱していたが、生存者叙勲の再開により内親王の身位を遡って授与。 池田厚子 1964年(昭和39年)4月29日 (もと順宮厚子内親王)。同上。 島津貴子 1964年(昭和39年)4月29日 (もと清宮貴子内親王)。同上。 甯子内親王 1964年(昭和39年)4月29日 生存者叙勲の停止中に内親王として成年していたため、生存者叙勲の再開に合わせて授章。 常陸宮正仁親王妃 華子 1964年(昭和39年)9月30日 正仁親王との結婚に際し、結婚の儀の当日に授与。 容子内親王 1971年(昭和46年)11月1日 成年皇族となったのに際し、二十歳の誕生日の6日後に授与。 寬仁親王妃 信子 1980年(昭和55年)11月7日 寬仁親王との結婚に際し、結婚の儀の当日に授与。 高円宮憲仁親王妃 久子 1984年(昭和59年)12月6日 憲仁親王との結婚に際し、結婚の儀の当日に授与。 紀宮清子内親王 1989年(平成元年)4月18日 成年皇族となったのに際し、二十歳の誕生日当日に授与。 秋篠宮文仁親王妃 紀子 1990年(平成2年)6月29日 文仁親王との結婚に際し、結婚の儀の当日に授与。 皇太子徳仁親王妃 雅子 1993年(平成5年)6月9日 皇太子徳仁親王との結婚に際し、結婚の儀の当日に授与。
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