勲一等宝冠章受章者とは? わかりやすく解説

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勲一等宝冠章(旧)受章者

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/13 15:14 UTC 版)

宝冠章」の記事における「勲一等宝冠章(旧)受章者」の解説

皇族叙勲 氏名身位及び称号授章当時のもの)受章年月日備考皇后 美子 1888年明治21年11月1日 公文書での記載では、皇后昭憲皇太后)は同勲章を「自ら佩用」している。 皇太后 夙子 1888年明治21年11月1日 公文書によれば英照皇太后明治天皇ではなく皇后美子昭憲皇太后)から親授されている。 有栖川宮熾仁親王妃 董子 1888年明治21年11月1日 上記同様、皇后からの親授小松宮彰仁親王頼子 1888年明治21年11月1日 同上伏見宮貞愛親王利子女王 1888年明治21年11月1日 同上北白川宮能久親王妃 富子 1888年明治21年11月1日 同上有栖川宮威仁親王妃 慰子 1888年明治21年11月1日 同上伏見宮邦家親王景子 1888年明治21年11月1日 同上華頂宮博経親王郁子 1888年明治21年11月1日 同上閑院宮載仁親王智恵子 1891年明治24年11月1日 載仁親王との結婚際し納采の儀当日授与小松宮依仁親王八重子 1892年明治25年7月19日 小松宮依仁親王周子 1898年明治31年5月28日 依仁親王との結婚際し結婚の儀の約4ヵ月後に授与中山慶子 1900年明治33年1月17日 明治天皇生母生前従一位まで昇叙され、政府より国母としての待遇を受ける。 九条節子 1900年明治33年5月9日 皇太子嘉仁親王との結婚のため、納采の儀の際に授与山階宮菊麿王妃 範子 1901年明治34年11月9日 勲二等宝冠章より昇叙賀陽宮邦憲王好子 1906年明治39年11月3日 同上伏見宮博恭王経子 1906年明治39年11月3日 同上竹田宮恒久王妃 昌子内親王 1908年明治41年4月29日 恒久王との結婚際し結婚の儀前日授与北白川宮成久王妃 房子内親王 1909年明治42年4月29日 成久王との結婚際し結婚の儀当日授与久邇宮邦彦王妃 俔子 1910年明治43年2月11日 勲二等宝冠章より昇叙梨本宮守正王伊都子 1910年明治43年2月11日 同上朝香宮鳩彦王妃 允子内親王 1910年明治43年5月5日 鳩彦王との結婚際し結婚の儀前日授与山階宮菊麿王常子 1913年大正2年10月31日 勲二等宝冠章より昇叙東久邇宮稔彦王妃 聡子内親王 1915年大正4年5月17日 稔彦王との結婚際し結婚の儀翌日授与李王妃 尹氏 1915年大正4年11月10日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国李王家王公族として日本の皇族準ずる扱いを受ける。 良子女王 1922年大正11年9月28日 皇太子裕仁親王摂政宮)との結婚のため、納采の儀の際に授与勲二等宝冠章より昇叙山階宮武彦王佐紀子女1923年大正12年9月1日 関東大震災被災により薨去薨去前日付で勲二等宝冠章より昇叙。 (久邇宮多嘉王妃 静子 1924年大正13年1月8日 勲二等宝冠章より昇叙王世子 李垠方子女王 1926年大正15年12月21日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国李王家王公族として日本の皇族準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙秩父宮雍仁親王妃 勢津子 1928年昭和3年9月28日 雍仁親王との結婚際し結婚の儀当日授与李埈公金氏 1928年昭和3年12月17日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国李王家王公族として日本の皇族準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙高松宮宣仁親王喜久子 1930年昭和5年2月4日 宣仁親王との結婚際し結婚の儀当日授与。 (伏見宮博義王妃 朝子 1930年昭和5年2月11日 勲二等宝冠章より昇叙賀陽宮恒憲王敏子 1931年昭和6年5月27日 同上李熹公李氏 1934年昭和9年4月29日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国李王家王公族として日本の皇族準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙李堈公金氏 1934年昭和9年4月29日 同上久邇宮朝融王知子女王 1935年昭和10年2月8日 勲二等宝冠章より昇叙。 (閑院宮春仁王妃 直子 1936年昭和11年7月14日 同上柳原愛子 1940年昭和15年2月11日 大正天皇生母大正元年1912年)より準皇族待遇賜る李鍵公妃 誠子 1941年昭和16年10月6日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国李王家王公族として日本の皇族準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙三笠宮崇仁親王百合子 1941年昭和16年10月6日 崇仁親王との結婚際し納采の儀3日後に授与。 (東久邇宮家盛厚王妃 成子内親王 1943年昭和18年10月12日 盛厚王との結婚際し納采の儀11日後に授与竹田宮恒徳王光子 1944年昭和19年5月16日 勲二等宝冠章より昇叙北白川宮永久王祥子 1945年昭和20年5月10日 同上李鍝公妃 賛珠 1945年昭和20年5月10日 韓国併合により、旧李氏朝鮮・大韓帝国李王家王公族として日本の皇族準ずる扱いを受ける。勲二等宝冠章より昇叙皇太子明仁親王妃 美智子 1959年昭和34年4月10日 皇太子明仁親王との結婚際し結婚の儀当日授与戦後生存者叙勲停止されていた時期唯一行われた新規叙勲鷹司和子 1964年昭和39年4月29日 (もと孝宮和子内親王)。民間人降嫁皇籍離脱していたが、生存者叙勲再開により内親王身位遡って授与池田厚子 1964年昭和39年4月29日 (もと順宮厚子内親王)。同上島津貴子 1964年昭和39年4月29日 (もと清宮貴子内親王)。同上甯子内親王 1964年昭和39年4月29日 生存者叙勲停止中に内親王として成年していたため、生存者叙勲再開合わせて授章常陸宮正仁親王妃 華子 1964年昭和39年9月30日 正仁親王との結婚際し結婚の儀当日授与容子内親王 1971年昭和46年11月1日 成年皇族となったのに際し二十歳誕生日6日後に授与寬仁親王妃 信子 1980年昭和55年11月7日 寬仁親王との結婚際し結婚の儀当日授与高円宮憲仁親王妃 久子 1984年昭和59年12月6日 憲仁親王との結婚際し結婚の儀当日授与紀宮清子内親王 1989年平成元年4月18日 成年皇族となったのに際し二十歳誕生日当日授与秋篠宮文仁親王妃 紀子 1990年平成2年6月29日 文仁親王との結婚際し結婚の儀当日授与皇太子徳仁親王妃 雅子 1993年平成5年6月9日 皇太子徳仁親王との結婚際し結婚の儀当日授与

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