ゲイ・ブームとは? わかりやすく解説

ゲイ・ブーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 07:34 UTC 版)

日本における同性愛」の記事における「ゲイ・ブーム」の解説

Mr.レディーブームとゲイブーム 1988年フジテレビ系笑っていいとも」で始まりその後一年続いた人気コーナー、「Mr.レディー & Mr.タモキンの輪」が火を点けたニューハーフブームがまず起こり1990年頃からはメディアで「ゲイブーム」が起きた比留間久夫二丁目舞台にした小説YES・YES・YES」(1989年)が文芸賞受賞し多く週刊誌取り上げられ話題になった。それに続き文藝春秋雑誌クレア1991年2月号)が、「ゲイ・ルネッサンス'91」という医学社会・文化芸術風俗など多岐にわたる47ページゲイ大特集を組んだのを筆頭に、IMAGOゲイ心理学」(91年2月号)、SPA!ゲイ聖地新宿二丁目ヌーベルバーグ体験ルポ」(91年4月24日号)、DIME仕事ができる女はゲイが好き」(91年5月16日号)、朝日ジャーナルゲイ恋する女たち」(91年7月12日号)、インパクションゲイリベレーション」(71号8月発売)、アエラ当世大学生事情 キャンパスに咲く“ゲイ・ルネサンス”」(93年10月25日号)、マルコポーロ普段着ゲイ」(94年2月)など多く雑誌がそれに続いた別冊宝島でも度々同性愛取り上げられテレビ情報番組などでもゲイ特集組まれることがあった。 1990年には「動くゲイとレズビアンの会」(通称OCCUR)が東京都宿泊施設利用拒否されたことがメディア取り上げられ(「府中青年の家事件」)、結果として同性愛注目を浴びることになった文学 文学の分野では他に、両刀男娼描いた中上健次の『讃歌』(90年)、比留間久夫2作目ゲイニューハーフ描いたハッピー・バースデイ」(90年)も話題集めたエドマンド・ホワイトある少年物語」、「美し部屋空っぽ」、ジョン・フォックス (作家)(en)の『潮騒少年』(en)、パトリシア・ネル・ウォーレン「フロントランナー」など、海外ゲイ小説もこの時期邦訳され、西野浩司のゲイ短編集ティッシュ」(95年)、「息子」(97年)などもゲイの間で脚光を浴びた1996年には、高校男性教師男子生徒との同性愛関係描いた福島次郎バスタオル』が第115芥川賞候補となったSEX終える度に、精液拭って押入れ放り込んでいたバスタオルタイトルになっており、この作品宮本輝石原慎太郎絶賛している。 映画 ゲイ映画多く公開され1980年代後半イギリスゲイ映画アナザー・カントリー」、「モーリス」の日本公開経てゲイ青年同士恋愛模様をドッキュメンした小島康史監督らせんの素描」(91年)、リヴァー・フェニックスキアヌ・リーブスゲイ男娼役で主演したマイ・プライベート・アイダホ」(91年)、豊川悦司筒井道隆ゲイ役を演じたきらきらひかる」(92年)、中島丈博監督「おこげ」(92年一部二丁目撮影されている)、キャスト奥田瑛二演じゲイ登場した滝田洋二郎監督の「眠らない新宿鮫」(1993年)、橋口亮輔監督作品で、袴田吉彦ゲイ男娼役で主演した二十才の微熱」(93年)、岡田義徳ゲイ役で主演しロッテルダム国際映画祭グランプリ受賞した渚のシンドバッド」(95年)、トム・クルーズブラッド・ピット主演の「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」(94年)、レオナルド・ディカプリオ主演した太陽と月に背いて」(1996年日本公開)、今泉浩一監督の「憚り天使」(1999年)などが公開された。 ドラマ テレビドラマでは、日本初め本格的に男性同性愛全編渡って描いた日本テレビ系連続ドラマ同窓会」(93年)が話題集め放送時間帯には新宿二丁目閑散としたといわれた。その他、キャスト一部西島秀俊演じゲイ登場するフジテレビ系あすなろ白書」(93年)、同性愛テーマ池内博之主演日本テレビ系「告白」97年エンディング主題歌同性愛テーマユーミン告白』)、つかこうへい戯曲原作で、五輪目指し水泳情熱を燃やす2人青年の愛と葛藤描いた同「ロマンス」(99年新宿二丁目でもロケが行われた)などが放映された。 因みに同窓会」では野外出会いの場や二丁目のホストバーが、「新宿鮫」ではゲイ旅館出てきて衝撃与えた。また「同窓会」に出てくるゲイバースプラッシュ」の店名ニューヨーク実在したゲイバーから取られセット二丁目実在したZIP」(現ANNEX)がモデルだった。その他TBS系上岡龍太郎がズバリ!」でもゲイの回が放送され、「ゲイ50人」(Badi出演者募集TBS広告掲載された)や「サラリーマンゲイ」のほか、ニューハーフの回も多く放送された。 ゲイナイト ゲイ・レズビアンナイト文化開花した1989年5月13日には日本初一般向けクラブでのゲイナイト新宿花園神社裏の「ミロス・ガレージ」で始まり1991年には芝浦大箱ゴールド」でも開催された。同年には大阪ゲネシス」でも開かれた初期ゴールドなどのパーティーにはニューヨークからGO-GO-BOYSが招かれることがあり、ドラァグ・ショウもゴールドから始まった。こうしてゲイナイト日本のゲイシーンの一つとして定着していった。 1994年にはユーミンこと松任谷由実Badi創刊準備号1994年)を脇に抱え仲通り交差点の「薔薇文庫センター」「ベルジュルネ」(後に「レインボーワールド」に統合,現在閉店)の前で写真収まったことは有名。 そのほか90年代は、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭92年)やゲイパレード94年)が始まったり、新興ゲイ雑誌BadiG-menの2誌が創刊されたり、ゲイビデオ会社激増した時代でもある。このようにゲイ注目集めたり、ゲイマーケットが拡大した一連の現象90年代ゲイブームと呼ばれる。但し90年代ゲイ取り上げたメディア多く一部除いて女性目を通してみたゲイとか、女性ゲイ人気という脈絡のものが多く、ゲイブームといってゲイ当事者不在仮初もしくは偽物といえるのだったゲイ当事者主体的にメディア関わり注目を浴びるうになるには2000年代まで待たねばならなかった。

※この「ゲイ・ブーム」の解説は、「日本における同性愛」の解説の一部です。
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